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第20章 焚き火と寝息と、小さな事件

◇ タナトスロア内部/出立準備区画・朝


朝の光は、硬かった。

高い天井から真っ直ぐ落ちて、

白い床を逃がさない。


金属の匂い。

油の残り香。


それと、

昨夜の祝宴が完全には消えきらなかった、

微かな甘さ。


少し離れたところで、

長官服のレイファが立っている。

姿勢はいつも通り、きっちり。


――きっちり、しすぎている。


視線は前。

ガルドを見ていない。

ガルドもレイファを見ない。


喧嘩じゃない。

怒ってもいない。


ただ――

少々、目を合わせづらいだけ。


白羽

「……もう、行くんですね」


確認というより、区切り。


スレイは肩を回し、軽く息を吐く。


スレイ

「行く行く。

 行かないと、始まらないし」


スレイ

「は~でも、

 美味しい料理たらふく食べれる生活も

 これで終わりなのね」


シオンは床に映る自分たちの影を見て、

ぴょんと一歩動く。

影がずれて、また戻る。


シオン

「朝、きもちいい」


その一言で、場がほんの少しだけ柔らぐ。


カレンが、一歩前に出た。

端末も、書類も持っていない。

ただ、現場の人間として。


カレン

「……あの。

 昨日の祝宴ですが……

 参加できず、申し訳ありませんでした」


カレン

「体調は回復しています。

 スレイ先輩に……助けていただきました」


白羽

「え、スレイさん……

 途中からいなかったのって……」


スレイ

「ち、違っ!

 “たまたま”だって!」


カレン

「果物も、持ってきてくださいました」


スレイ

「そこは言わなくていい!!」


白羽は堪えきれず、くすっと笑った。

朝の硬さが、ほんの少しだけ割れる。


そして。


カレンは、仕切り直すように一歩前へ。


カレン

「補給物資は、

 今回も多めに積んでおきました」


一拍。


カレン

「いつも、本当に助かります」


スレイ

「助かる~私よく食べるからさ」


レイファが、そこで一歩だけ前へ出る。

演説はしない。

指示もしない。


レイファ

「……では」


短く。


レイファ

「まずは、それぞれ目標の共有をしましょう」


“命令”じゃない。

“促し”。


最初に口を開いたのは、ガルドだった。


ガルド

「俺は、灰の里に戻る」


即答。


ガルド

「ここで一緒に戦った連中と

 やけに仲が深まってな……」


ガルド

「奴らからの送り物だってよ」


足元の荷物を見る。

小さな服。

縫いぐるみ。

木製の玩具。


数が、多い。


ぶっきらぼうだが、声は柔らかい。


ガルド

「次は、ガキ共を守らねぇとな」


がはは、と笑う。


白羽が、ほっと息を吐く。


白羽

「……ガルドさんらしいです」


ガルドは頷くだけ。

そして――

一瞬だけ、レイファの方を見る。


視線が、かすめる。


レイファも、ほんの一瞬だけ気づく。

でも、目は合わない。


次に、レイファが口を開く。


レイファ

「タナトスロアは、

 リゼ・アウレリアが最後に残した

 災厄に関する情報———」


空気が、少し締まる。

白羽が息を止める。

スレイの軽さが、ほんの一瞬だけ消える。


レイファ

「我々は、これをもとに調査を継続します。」


一拍。


レイファ

「彼女と同じ方法は、取りません」


断定ではなく選択だ。


レイファ

「別の角度から、世界の真実を探ります」


それ以上は言わない。

“やる”という事実だけで十分だった。


最後に、視線がヴォイドへ向く。


ヴォイドは、いつも通り立っている。

背中は真っ直ぐ。

だが、どこか“外側”を向いている。


ヴォイド

「俺たちは、当初の目的に戻る」


短い。


ヴォイド

「災厄を探す」


それだけで、空気が変わる。

外の話になる。


そのとき。


雛が、柱の影で、小さく表情を曇らせた。

誰にも見せないつもりの顔。


迷い。


一歩、下がる。

列から、ほんの少しだけ外れる。


(……このまま、ついていくのか)


(それとも、またひとりで――)


その背に影が重なった。


雛は、びくっとして振り返る。


ヴォイドだった。


声は低い。

いつも通り。


ヴォイド

「……行くぞ、雛」


「……っ」


一瞬、言葉が詰まる。

でも、逃げない。


「私……白羽とは、少し……」


白羽の方を見る。

白羽は、気づいて、黙って頷く。


「でも……他の人たちとは……まだ……」


迷惑かもしれない。


「だから、一人で動いた方が……」


言い切れない。


ヴォイドは、即答だった。


ヴォイド

「知らん」


一拍。


ヴォイド

「お前が必要だ」


それだけ。


雛の目が、ぱっと見開かれる。


「……!」


次の瞬間。


雛は、考えるより先に――

ヴォイドの胸元へ、全身で抱きついた。


ぎゅっ。


勢いがありすぎて、少しよろける。


白羽

「……あ」


スレイ

「……うわ」


シオン

「……よかった……」


ヴォイドは、何も言わない。

ただ、動かない。

受け止める。


雛は、しばらくそのまま。

そして、顔を上げて――


「……ヴォイド様、

 私もご一緒させてください」


迷いは、もうなかった。


――ここで、全員の方向が揃う。


レイファとカレンが、見送りの位置へ移る。

ゲートの向こうから、朝の外気が流れ込む。



進路は、すべて決まった。

雛も列に戻り、出立前の空気が整う。


……が。


白羽、スレイ、シオンの三人は、

なぜか列から半歩外れ、ひそひそしていた。


白羽

(……スレイさん、あれ……)


スレイ

(……うん……)


シオン

(……だんさ……)


三人の視線の先。

白い床。

床材の継ぎ目。


段差。


スレイは腕を組み、真剣な顔。


スレイ

(前回と同じタイプね)


白羽

(……今回も、来ますか……?)


スレイ

(うーん……)


スレイの視線が、ゆっくりと移動する。


レイファ。

そして――ヴォイド。


二人の距離。


スレイ、白羽、シオン

(……遠い)


三人、同時に頷く。


スレイ

(今回、長官とヴォイドさんの

 “事故距離”じゃないわ)


白羽

(じゃ、じゃあ……)


スレイ

(残念だけど……

 今回は不発ね)


シオン

(……きす……

 ない……?)


白羽

(……ない、ですね……)


スレイ

(段差の位置は完璧なんだけどね)


三人、しゅん……とする。


――そのとき。


レイファが、

見送りのために一歩前に出た。


スレイ、白羽、シオン

(……あ……)


レイファ

「では――」


足が出る。


――つまづく。


レイファ

「……っ」


前に、崩れる。


次の瞬間。


ガルドが、急に前に出た。


かばうように。

考えなしに。

反射で。


がしっ。


距離が一気に詰まる。


外套。

体温。

呼吸。


ちゅっ。


一瞬。


(………………………………)


その場にいる三人の思考が、

同時に、完全停止。


次の瞬間。


白羽

「そっっっっちぃぃぃ!?!?!?」


スレイ

「えっ!? え!? ガルドさん!?

 今のガルドさん!?!?!?」


シオン

「だんさ、強い」


三人、

目を見開いたまま、

ゆっくりと同時に頷く。


(これは……これで……)


(……アリだ)


(……めちゃくちゃアリだ)


時間が戻る。


レイファ

「~~~~~~っっっ!!」


勢いよく飛び退く。


レイファ

「ち、違います!!」


レイファ

「今のは事故です!!

 段差です!!」


レイファは、

一歩、距離を取ったまま固まっていた。


頬が、熱い。

頭が、真っ白。


(い、今……お父様に……!?)


呼吸が、遅れて戻ってくる。


レイファ

「……っ」


声が出ない。


その様子を見て、

ガルドは少しだけ眉をひそめた。


ガルド

「……大丈夫か。

 つまづいただけか?」


心配の方向が、完全にそっち。


レイファ

「……え?」


ガルド

「足、捻ってねぇならいい」


あっさり。

事故処理、完了。


レイファ

「…………」


(……え?)


(い、今の……何も……?)


レイファの思考が、

ようやく追いつく。


レイファ

「……あ、あの……」


小さく。

でも、震えている。


レイファ

「い、今の……」


一拍、息を吸って。


レイファ

「……お父様、

 な、何も思わないんですか……?」


ガルド

「……あ?」


一瞬、何の話か分からない顔。


それから、

ようやく理解したように目を瞬かせる。


ガルド

「……ああ」


一拍。


ガルド

「キスか?」


レイファ

「――っ!?」


直球。


ガルドは、

首を傾げたまま続ける。


ガルド

「小さい頃、

 よくやったじゃねぇか」


レイファ

「……っ!?」


ガルド

「寝る前とか」


ガルド

「“おやすみ”のやつ」


完全に過去形。

完全に親の記憶。


レイファ

「そ……っ

 そそそそ……!!」


顔が、

一気に赤くなる。


レイファ

「……そ、そういえば……

 そんなことも……

 ありましたけど……!」


思い出してしまった。

記憶の引き出しが、

勝手に開く。


レイファ

「で、でも……!」


一歩、踏み出す。


レイファ

「もう私は大人ですから!!」


必死。


ガルドは、

しばらくレイファを見て――


ふっと、

口元を緩めた。


ガルド

「……そうかぁ?」


低く、笑う。


ガルド

「お前はな」


一拍。


ガルド

「まだまだ、

 子供のとこもある」


レイファ

「――っ!」


ガルド

「……そういうとこが、

 可愛いんだわ」


照れも、

遠慮もない。


ただの、

親の言葉。


レイファ

「…………っっっ!!!」


完全に限界。


レイファ

「な、なななな……!!

 そ、そういう言い方……!!」


耳まで、真っ赤。


ガルドは、

そんな様子を見て、

満足そうに鼻で笑った。


ガルド

「……変わってねぇな」


その一言が、

すべてだった。


少し離れた場所で

ヴォイドは言う。


ヴォイド

「……お前たちは、いい親子だ」


静かに。

だが、はっきりと。


レイファ

「――っ!?」


ガルド

「……っ!」


今度は、

二人そろって言葉を失う。


雛は、

ヴォイドの手を握ったまま、

小さく微笑んだ。


「……あたたかい」


白羽

「……うん。

 ちゃんと、戻りましたね」


スレイ

「いやもう……

 親子って、こういうのでいいんだよ」


シオン

「……レイファと、

 くまおじさん。

 なかよし」


ヴォイド

「……ああ」


そして短く。


ヴォイド

「そうだな」


それ以上、

誰も言葉を足さなかった。


朝の光は、

変わらず差し込んでいる。


でもそこには、

戻った距離と変わらない関係が、

確かにあった。


――出立の刻は、もうすぐだ。



◇ 出立


低い駆動音が、床の奥から立ち上がった。


ゲートが、ゆっくりと開いていく。

白い光ではない。

朝の外気そのものが、金属の匂いを押し流すように流れ込んできた。


風。

冷たく、澄んでいる。


カレンが、一歩だけ前に出る。


カレン

「……出立可能です」


それ以上は言わない。

言葉を足す場面ではなかった。


ヴォイドが、歩き出す。


一歩目は、いつもと同じ。

重さも、迷いもない。


雛が、その半歩後ろに続く。

今度は、影に隠れない。

列の中に、ちゃんといる。


白羽は、外套の留め具を確かめてから、顔を上げた。


白羽

「……行ってきます」


誰に向けた言葉かは、分からない。

でも、確かに置いていく言葉だった。


スレイは、肩をすくめる。


スレイ

「じゃ、またね。

 世界、無事だといいんだけど」


軽い。

でも、覚悟はある。


シオンは、一度だけ振り返る。


白い床。

高い天井。

そして――段差。


シオン

「……またね」


段差に、だった。


ガルドは、少し遅れて歩き出す。


足取りは大きく、迷いがない。

だが、ゲートをくぐる直前――

ほんの一瞬だけ、立ち止まった。


振り返らない。

それでも、声だけは届く。


ガルド

「……達者でやれ」


それで十分だった。


レイファは、長官としての姿勢のまま、見送る。


背筋は伸びている。

視線は真っ直ぐ。

でも、手は――わずかに、握られている。


誰も、触れない。


ヴォイドが、最後に足を止めた。


振り返る。


レイファと、カレンを見る。

それだけ。


言葉はない。


だが、雛の手を引いたまま、

ほんの一瞬、頷いた。


――受け取った。


レイファも、同じだけ頷く。


ゲートの向こう側で、光が揺れる。

世界が、続いている音がする。


一歩。


そして、もう一歩。


全員が、外へ出る。


ゲートが、ゆっくりと閉じ始める。


金属音。

硬く、でも、もう冷たくはない。


完全に閉じきる、その直前。


レイファ

「……いってらっしゃい」


声は、小さい。

でも、確かだった。


最後の隙間が消える。


朝の光は、

タナトスロアの内部から、

完全に失われた。


残ったのは、静けさ。


そして――

それぞれが選んだ、次の道だけ。



◇ 街道/昼


乾いた土の道が、

どこまでも続いている。


空は高く、

風は穏やか。


平和――

と言っていい。


ただ一つを除けば。


ヴォイドの肩の上。

そこに、シオンがいた。


小さな足が、

胸元でぶらぶら揺れている。


あまりにも自然で、

あまりにも当然の光景。


シオン

「……たかい……」


満足げ。


その後ろを、

白羽、スレイ、雛が並んで歩く。


スレイは、

それを三歩に一回見る。


そして、

四歩目で必ず溜息。


スレイ

「あー……」


もう一度。


スレイ

「あーーーー……」


白羽

「……スレイさん」


スレイ

「またよ……

 またシオン、肩車されてる……」


白羽

「まあまあ」


落ち着いた声。


白羽

「まだ疲労もありませんし、

 親子、ということで」


スレイ

「理屈は分かるのよ!!

 感情が納得してないだけ!!」


雛は、

横からちらりと見て――


鼻で、笑う。


「なに?」


一拍。


「あんた、

 うらやましいの?」


スレイ

「うらやましい(断言)」


即答。

間、ゼロ。


「……はぁ」


肩をすくめる。


「こんな騒がしいの連れて、

 ヴォイド様も大変ね」


――止まる。


スレイが、

ぴたりと立ち止まる。


スレイ

「は?」


一拍。


スレイ

「死刑確定なんだけど」


「……あら?」


スレイ

「私の焔、

 今めちゃくちゃ熱いよ?」


拳を握る。


スレイ

「一瞬で

 “炭”にできるけど?」


「まだまだね」


一切、動じない。


「百音に、

 あのままだと負けてたし」


スレイ

「はぁ!?」


半歩、前へ。


スレイ

「それ、

 あんたもでしょ!?」


「私は白羽をかばって

 死にかけただけ」


スレイ

「私は!?」


「自爆寸前」


即断。


スレイ

「……もう怒った」


低く。


スレイ

「一回、この新人を

 “分からせる”」


「へぇ」


口角が、

ほんの少し上がる。


「やってみなさい?」


空気が、

軽く張る。


白羽

「ま、待ってください!!」


慌てて、間に入る。


白羽

「ここ、街道です!!

 戦場じゃありません!!」


その瞬間。


ごん。

ごん。


鈍い音が、

きれいに二回。


スレイ

「いったあああああ!!」


頭を押さえてしゃがみ込む。


雛も、

一拍遅れて額を押さえ――


次の瞬間。


「……」


顔が、

ぱあっと明るくなる。


「ヴォイド様に……

 叱ってもらえた……」


一拍。


「……嬉しい……!」


白羽

「雛!?

そこ、喜ぶところじゃないです!!」


スレイ

「ここに変態がいまーす!!」


即、指差し。


シオンは、

高い位置から静かに見下ろす。


シオン

「……けんか、

 だめ……」


ヴォイド

「……進むぞ」


短く。


誰も、

逆らわない。


――肩の上だけが、

一番平和だった。



◇ 街道/昼


街道は、

ゆるやかにうねりながら、先へ続いていた。


乾いた土。

踏み固められた轍。

遠くで揺れる陽炎。


歩調は一定。

誰も急いではいない。


白羽は、

少しだけ間を見てから、

前を行くヴォイドに声をかけた。


白羽

「……あの、ヴォイドさん」


ヴォイド

「何だ」


短く、歩みは止めない。


白羽

「今、私たちが目指している災厄って

 誰なんですか?」


ほんの一拍。


街道の風が、

衣服を撫でて抜けていく。


ヴォイド

「第二災《無相むそう》だ」


それだけ。


だが――

その一言で、空気が変わった。


白羽は、

横を歩く雛の気配が

一瞬だけ、沈んだのを感じた。


雛は何も言わない。


だが、

足音が、わずかに重い。


白羽は、

思わずそちらを見る。


スレイの方も、

同じ違和感に気づいたらしい。


スレイ

「……ん?」


スレイ

「ちょっと」


雛に、

視線を投げる。


スレイ

「あんた、今の反応」


一拍。


スレイ

「何か思い当たる顔だったけど?」


雛は、

少しだけ、目を伏せた。


歩きながら、

静かに息を吐く。


「……ええ」


肯定。


「知ってる、なんて

 軽い言葉じゃ足りないけど」


白羽

「……?」


雛は、

そこで初めて、

はっきりと言葉を選ぶ。


「私は――

 そいつに、殺されかけたわ」


白羽

「……っ」


「とんでもない……

 強さだった」


一拍。


「……いえ」


自分の言葉を、

自分で否定する。


「“強さ”で図ろうとすること自体が、

 おこがましいのかもしれない」


街道の先。

地平線が、揺れている。


「私、前に言ったでしょう」


「ヴォイド様に、

 命を守られたって」


白羽は、

小さく頷く。


「その元凶が――

 そいつよ」


そこで、

雛は立ち止まらないまま、

名前だけを落とした。


「名前は、遺乃いの


「私と同じ原初災厄———

 プロト・カタストロフよ」


名を呼んだ瞬間、

空気が一段、冷えた。


白羽

「無相も原初災厄プロト・カタストロフ……」


(雛と同じで、3千年以上……生きてる)


雛はしばらく黙っていたが

少しだけ黙ったまま歩き続けて――

ふいに、胸元を押さえた。


白羽

「……雛?」


「遺乃の手がかり」


「場所、ってほどじゃないけど」


一拍。


「遺乃が“動く”と……

 ここが、ざわつくの」


指先が、

自分でも理由が分からないまま、

胸元に留まっている。


「近いと、はっきり分かる。

 遠いと、薄くなる」


白羽

「……感覚、ですか?」


「ええ」


短く、肯定。


「道を示すほど親切じゃないけど……

 外したら、すぐ分かる」


そこで、

小さく息を吐く。


「時間はかかるわ。

 でも――」


一瞬だけ、

ヴォイドの方を見る。


「私が、遺乃のところまで連れていく」


街道の音。

足音。

風。


それらが一巡してから、

意を決したように口を開く。


「……ヴォイド様」


呼びかけは、

いつもより、ほんの少しだけ強い。


「図々しいのは、

 承知の上で言います」


立ち止まらない。

だが、言葉は真っ直ぐだった。


「もし、遺乃が現れたら」


一拍。


「私に、戦わせてください」


白羽が、

思わず息を呑む。


「私も、

 ヴォイド様のおかげで

 強くなりました」


「今なら、

 遺乃相手でも

 戦えると思います」


拳が、

無意識に握られている。


「このままでは……

 終われないんです」


言い切った。


空気が、

一瞬だけ張る。


ヴォイドは、

歩みを止めないまま、

雛を一瞥する。


そして、

短く。


ヴォイド

「あまり、無茶をするなよ」


一拍、置いて。


ヴォイド

「……あと、独りで抱え込むな」


それだけ言って――

自然な動作で、

雛の頭に手を置いた。


ぽん。


軽く、

撫でる。


「……」


一瞬。


雛の表情が、

ぱぁっと明るくなる。


分かりやすいくらい。


スレイ

「うわ、今の顔見た?」


スレイ

「完全にご褒美もらった犬」


「なっ……!?」


「ち、違うし!!」


スレイ

「はいはい」


スレイ

「じゃあそのにやけ顔、

 自主的にやってるってことね?」


「だめ……」


急に、真顔になる。


「あんたと一緒にいると、

 なんか負け組になる気がする……」


スレイ

「は?」


間髪入れず、踏み出す。


スレイ

「失礼すぎなんだけど!?」

 この、ゴスロリ女!

 変な服!!」


一歩、詰める。


「……は?」


視線が、

ゆっくり下へ落ちる。


「その格好で、

 よく言えるわね」


視線が、

スレイの脚へ。


「痴女みたいな

 短いスカート履いてるくせに」


スレイ

「はぁ!?」


思わず、指を突きつける。


スレイ

「これは機能美!!

 戦闘効率!!」


「説得力ゼロ」


スレイ

「そっちこそ、

 その黒レース!!

 戦場じゃなくて

 舞踏会行きなさいよ!!」


「喧嘩売ってる?」


スレイ

「買ってる!!」


言い合いが始まる。


声が重なる。

歩調が乱れる。


――その間に。


ふと前を見て、

二人は同時に気づいた。


街道の先。

ヴォイドの背中が、もう遠い。


その肩の上で、

シオンが楽しそうに揺れている。


シオン

「……ぱぱ、

 はやい……」


ヴォイド

「落ちるな」


白羽はその横で、

なぜか楽しそうに頷いていた。


白羽

「ふふ……

 今日も平和ですね」


雛、スレイ

「あ」


二人、

同時に気づく。


「ちょっと待って!!」


スレイ

「置いてくの早すぎでしょ!!」


慌てて走り出す。


言い争いの続きを、

そのまま引きずりながら。


雛とスレイは、

全力で追いかける。


「ま、待ってー!!」


声だけが、

街道に響いた。



◇ 街道脇・野営地/夜


日が落ちると、

街道脇の空気は一気に冷えた。


昼の乾いた熱が、

地面の奥へ引いていく。


焚き火に向いた場所を見つけると、

動きは自然に分担された。


ヴォイドはキャンプの組み立て。

白羽は地面を均し、火の場所を作る。

スレイは鍋と食材を並べ、シオンは薪を積む。


ぱち。


火が入る。

夜の輪郭が、焚き火でほどけた。


焚き火が立ち上がると、

夜の輪郭が、少し柔らぐ。


白羽は鍋に水を張り、

火にかけながら言った。


白羽

「手際、いいですね」


スレイ

「何回やってると思ってんのよ」


軽く肩をすくめる。


スレイ

「は~……またこの生活かぁ……」


鍋をかき回しながら、

大げさに溜息。


スレイ

「私たちさぁ」


一拍。


スレイ

「まだ十そこらの女の子なのにね?」


白羽

「……主語、大きくないですか?」


スレイ

「細かいこと言わない!」


鍋を指で叩く。


スレイ

「ほら!

 私たち全員、若い!

 まとめて“若者”!」


白羽

「……その理屈だと」


一拍置いて、

静かに。


白羽

「スレイさんだけ、

 時間の進み方が違いますよね」


スレイ

「――――」


鍋の音が、止まる。


スレイ

「ちょっと待って!?

 それどういう意味!?」


白羽

「焚き火を見てたら、

 ふと、人生を感じただけです」


スレイ

「やめなさい!!

 哲学を薪に混ぜないで!!」


シオンが、

薪を置いたまま顔を上げる。


シオン

「……赤いの、

 いちばん、がき」


スレイ

「そこ!?

 そこ年功序列なの!?」


頭を抱える。


スレイ

「お風呂……

 ちゃんと入れる生活、恋しい……」


白羽

「贅沢ですね」


スレイ

「贅沢でいいの!!

 若さは主張しないと減るのよ!!」


火が、

ぱちぱちと音を立てる。


鍋の中で、

干し肉の匂いが立ち始めた。


夜の冷えと、

湯気の温度。


野営の空気が、

きちんと出来上がっていく。


誰も急がない。

誰も困っていない。



焚き火のそばでは、

作業がほぼ終わりかけていた。


鍋は火にかかり、

テントも形になっている。

薪も、道具も、きれいに配置されている。


――つまり。


雛だけが、

完全に手持ち無沙汰だった。


少し離れた場所で、

雛は立ち尽くす。


(……何か、役に立たないと)


役に立ちたい。

ここにいるだけ、は嫌だった。


視線を走らせる。


鍋。

薪。

水袋。

道具箱。


一歩、近づく。

すでに誰かの手が入っている。


方向を変える。


今度はスレイ。

手際が良すぎて、入り込む隙がない。


引き返す。


(じゃあ……ヴォイド様の……)


思考が止まる。


(……いえ。さすがに……)


完全に迷子。


雛は少し早足になる。

右へ、左へ。

視線と足が、噛み合わない。


そのとき。


裾が、引っかかった。


「あ――」


ドレスの裾が、

地面に張られたロープをさらう。


重心が、後ろへ。


(……まず……)


倒れる――


はずだった。


ふわり、と。


視界が浮く。


次の瞬間、

雛の身体は、確かに受け止められていた。


腕。

胸元。

逃げ場のない、安定した体温。


――お姫様抱っこ。


「……っ!?」


息を呑む。


「ヴ、ヴォイド様……!?」


顔が一気に熱くなる。

思考が、追いつかない。


「す、すみません!!

 私、何か手伝おうとして……!」


慌てて身をよじろうとする。


ヴォイド

「雛」


名を呼ばれる。


それだけで、

身体が、ぴたりと止まった。


ヴォイド

「焦るな」


低く、落ち着いた声。


ヴォイド

「今は、それでいい」


一拍。


ヴォイド

「お前にも、役目はある」


「……っ」


言葉が、胸の奥に落ちる。


視線が合う。

近い。

息がかかる距離。


胸の奥が、

じわ、と熱を持つ。


(……私……ここにいて、いい……)


心臓が、少しだけ速くなる。


世界が、

焚き火の音だけになる。


――そのとき。


スレイ

「あーーーー!!」


指を突きつける。


スレイ

「あれ見て!!

 ヴォイドさんに抱っこされてる!!」


一歩、近づく。


スレイ

「やっぱりその服、

 そういう目的だったのね?」


「……(うっとり)」


スレイ

「聞いてない!?」


目は合っていない。

完全に上の空。


スレイはじっと覗き込む。


ひらりと揺れる、

胸元の飾り。


スレイ

「こんなヒラヒラ付けてさ……」


文句を言いながら、

指先を伸ばす。


襟元をつまむ――

はずだった。


が。


むに。


指先が、

やわらかい感触に沈んだ。


スレイ

「……」


完全停止。


一拍。


スレイ

「…………え?」


思考が、追いついていない。


雛の頬は、

焚き火の光を受けてほんのり赤く、

力が抜けきった表情のまま。


口元はゆるみきり、

目はとろりと半開き。


――ふにゃぁ。


自覚ゼロ。


もう一度。


むに。


スレイ

「…………は?」


今度は、

確かめるように、慎重に。


むに。

むにむに。


スレイ

「……ちょっと待って……」


雛は抵抗しない。

むしろ、触れられるたびに、


「……ふ……」


小さく、

意味のない息が漏れる。


頬が、さらに緩む。


スレイ

「なにこれ……」


顔を上げる。


スレイ

「この……反則級の弾力……」


横を見る。


スレイ

「シオンに、

 強力なライバル登場じゃない!?」


シオン

「……?」


一拍。


シオン

「……むに族?」


首を傾げる。


確認するように、

指一本で――


むに。


雛の頬が、

ぷに、と沈む。


「……ふぁ……」


幸せそうに、

力の抜けきった吐息。


完全に、ふにゃ顔。


シオン

「……ほんとだ」


淡々と。


シオン

「……むに族」


確定。


スレイ

「でしょ!?

 これはもう種族!!」


その様子を見ていた白羽が、

慌てて割って入る。


白羽

「ちょ、ちょっと!

 さすがに雛で遊びすぎです!」


止めようとして、

雛の手首を取ろうと――


指先が、ずれる。


むに。


白羽

「……っ」


思考停止。


雛は、

白羽を見上げて、


にこぉ……。


全幅の信頼と安心を乗せた、

ふにゃ笑顔。


白羽

「…………」


白羽

「……むに……」


ぽつり。


スレイ

「はい!

 白羽ちゃんもムニ族加入!!」


白羽

「ち、違います!

 事故です!!」


シオン

「……共犯」


静かな断罪。


その瞬間。


ごっつん。

ごつん。

こつん。


スレイ

「いったああああ!?」


白羽

「あいた……」


シオン

「あう……」


ヴォイド

「お前達」


一拍。


ヴォイド

「雛で遊ぶな」


そう言って、

雛の頭をもう一度だけ、

ぽん、と撫でた。


そこで、

雛がようやく瞬きをする。


「……え……?」


世界が、

一気に戻ってくる。


自分の状況を理解し――


顔が、

一瞬で真っ赤に染まった。


「な、なにを……!

 なにをしてるのっ!?」


スレイ

「……ちぇ」


頬を膨らませる。


スレイ

「もうちょっと、

 ふにゃ雛、見てたかったのに」


焚き火は、ぱちぱちと音を立てる。


夜は静かで、

キャンプは相変わらず平和だった。


――雛の頬だけが、

まだしばらく、

ほんのり熱を残していた。



焚き火の前に、

いつもの野営用の食材が並んだ。


干し肉。

乾燥野菜。

香草。

水袋。


見慣れた光景。


スレイが鍋を覗き込み、肩を回す。


スレイ

「よし、あとは煮るだけね」


白羽

「塩は、このくらいで……」


シオンは黙々と木皿を並べている。

動きに、迷いがない。


――その後ろで。


雛は、まだ少しだけ頬を赤くしたまま、

小さく声を出した。


「……ねえ」


三人の手が止まる。


「料理、手伝っていい?」


一瞬の間。


白羽

「ぜひ、お願いします」


白羽

「私、雛のお料理……大好きなので」


スレイ

「ほんとに?

 見た目からは想像つかないけど」


雛は料理台に向かう。


「野営用でもさ。

 ちょっと手を入れれば、変わると思う」


焚き火の向こうから、低い声。


ヴォイド

「任せてみろ」


短く、それだけ。


雛は一瞬だけそちらを見て、

それから鍋の前に座った。


「火、少し弱めて」


スレイ

「はいはい」


雛は干し肉を裂き、

一度水にくぐらせてから鍋に戻す。


香草は控えめ。

野菜は順に。


説明はしない。

手が、迷わない。


白羽

「……匂い、違いますね」


シオン

「……いつものじゃない」


焚き火の上に、

野営食とは思えない香りが立ちのぼった。


雛は鍋をひと回しして、蓋をする。


「……ちょっと待って」


ぱちぱちと薪が鳴る。


数分後。


蓋を開けた瞬間、

湯気と一緒に、丸い香りが広がった。


スレイ

「……え、なにこれ」


白羽

「しっかりと料理です」


雛は器によそっていく。



それぞれの手に、皿が渡る。


スレイが一口。


一拍。


スレイ

「……おいし」


次の瞬間。


スレイ

「え、待って。

 野営だよね? これ」


白羽も口にして、目を見開く。


白羽

「おいしいです!

 干し肉なのに、全然固くない……」


白羽

「どこで覚えたんです?

 こんな調理……」


「まあ、色々とね」


シオンは無言で、

二口、三口。


そして一言。


シオン

「……もっと、いる」


雛の肩が、わずかに緩む。


「よかった」



焚き火の前は、自然と賑やかになる。


スレイは黙々と食べている。

もぐもぐ。

止まらない。


――が。


皿の中身が、少なくなる。


スレイは一瞬、手を止め、

鍋を見る。


……見るだけ。


さっき、

雛をさんざん煽ってしまった。


そのせいで、

おかわりがしづらい。


雛は、それをちゃんと見ていた。


「ちょっと、貸して」


スレイ

「え?」


返事を待たず、

スレイの皿を奪う。


スレイ

「ちょ、ちょっと!?」


雛は鍋の前へ行き――


たーん。


遠慮なしに、盛る。


たーん。


もう一回。


皿を戻す。


「はい」


スレイ

「……」


一拍。


スレイ

「……ありがと」


少し照れた声。


「どういたしまして」


スレイは、すぐに食べ始める。


スレイ

「……やっぱ、うまい」


白羽が、くすっと笑う。


白羽

「いい時間ですね」


焚き火の音。


湯気。

匂い。

人の気配。


ヴォイドが、静かに言った。


ヴォイド

「今は、ゆっくりと休め」


誰も、異論はなかった。


夜は深く、

危険は、今は遠い。


この時間だけは――

ただの、温かい野営だった。



◇ 街道脇・野営地/深夜


焚き火は完全に落とされ、

野営地は夜の底に沈んでいた。


残った熾が、

ときどき ぱち と小さく鳴るだけ。


椅子にもたれたヴォイドは、

目を閉じたまま、微動だにしない。


夜番――のはずだが、

今は完全に眠っている。


「……すー……すー……」


音というより、存在感が薄い寝息。

呼吸は深く、静かで、

生きてるか不安になるレベル。


その少し離れた暗がり。


影が、四つ。


草を踏まないように。

装備が鳴らないように。

なぜか全員、息まで揃えて。


そろそろ、そろそろと近づく。


白羽(小声)

「ま、待ってください……!」


雛とスレイが同時に振り返る。


雛(小声)

「なに?」


白羽(小声)

「これ……ほんとに、やるんですか……?」


スレイ(小声)

「今さら?」


雛(小声)

「ここで引く?」


一拍。


雛は、白羽の目をじっと見て――

にやっと笑った。


雛(小声)

「ヴォイド様の可愛いところ」


さらに声を落とす。


雛(小声)

「今日見逃したら、

一生見れないかもよ?」


スレイ(小声)

「そう、一生」


白羽

「……」


白羽は一瞬だけ迷って、

ごくりと喉を鳴らし――


白羽(小声)

「……見たいです」


「よし」


スレイ

「覚悟完了」


その瞬間。


すっ、と前に出る小さな影。


シオンだった。


「……え?」


スレイ

「シオン?」


シオン

「だいじょうぶ」


そのまま、当たり前みたいに。


シオン

「見てて」


ぽす。


ヴォイドの膝に、座った。


――一瞬。


次の瞬間。


眠ったままのヴォイドの腕が、

自然に動く。


ぎゅ。


シオンを包むように、

落ちない位置へ引き寄せる。


完全に無意識。

なのに、正確すぎる。


「……すー……」


シオンは慣れた様子で、

そのまま体を預けた。


「……っ!!」


スレイ

「ちょ、待っ……!!」


白羽

「……これっ!!!」


三人、同時に口を押さえた。


声出したら終わり。

でも、表情が全部うるさい。


雛はスレイの腕を掴み、

スレイは白羽の袖を引っ張る。


雛(小声・震え)

「いまの……」


スレイ(小声)

「見た……?」


白羽(小声)

「寝てるのに……腕……!」


シオン

「……いつも、こう」


「いつも!?」


スレイ

「常習犯!!」


白羽

「かわ……かわ……かわ……」


語彙、完全崩壊。


スレイ

「白羽ちゃん壊れた」


「次、ほっぺいこ」


雛は、指を一本立てる。


スレイ

「白羽ちゃん、つんってして」


白羽

「え!? 私!?」

シオンちゃん乗ってますけど!?」


「だからこそよ」


スレイ

「今なら警戒ゼロだって」


白羽

「……」


白羽は深呼吸して、

そっと指を伸ばす。


つん。


一拍。


ヴォイドの指が、

白羽の指を――


ぎゅ。


白羽

「――っ!!?」


「来た!!」


スレイ

「掛かった!!」


白羽

「これ本当に寝てます!?

 起きてないですよね!?」


ぎゅう。


白羽

「あ……♡」


「離そうとすると」


スレイ

「もっと来る」


ぎゅっ。


白羽

「本当だ!!」


白羽の顔が、じわじわ赤くなる。


白羽

「なにこれ……」


白羽

「可愛さの暴力じゃないですか……

こんなの……」


スレイ

「はい、白羽ちゃんも落ちた」


「まだあるよ」


白羽

「……まだあるの!?」


「頭、こつんって」


白羽

「……」


白羽

「や、やります」


雛が先に。


こつん。


一拍。


――こつ。


ヴォイドの頭が、

小さく押し返した。


スレイ

「返した!!」


「反発された、今!!」


白羽

「わ、私も……」


白羽も、そっと。


こつん。


――こつ。


白羽

「……返ってきました!」


白羽

「……ああもう!

かわいすぎません!?」


シオン

「いや、ってしてる」


「ちゃんと意思あるみたいね」


スレイ

「赤ちゃんか!!」


白羽は、

ぎゅっと握られた指を見つめて、

小さく息を吐いた。


白羽

「……これ……」


一拍。


白羽

「一緒に見ちゃったら、

 もう、戻れないやつじゃないですか……」


「でしょ」


スレイ

「わかる」


シオン

「みんな、いっしょ」


焚き火の残り火が、

ぱち、と小さく鳴った。


ヴォイドは、

相変わらず眠ったまま。


「……すー……」


その周りで、

四人は小さく、でも確かに、

同じ温度で笑っていた。


この夜。

彼女たちは確かに――

ヴォイドを通して、

同じ側になった。



◇ 街道脇・野営地/早朝


朝の空気は冷たく、

野営地は静まり返っていた。


焚き火はすでに落ち、

灰だけが白く残っている。


霧の向こうで、

ヴォイドは一人、立っていた。


夜番を終えた直後。

剣を点検し、周囲を確認し、

いつもと変わらぬ様子だ。


そこへ、

後ろから足音。


白羽が最初に姿を見せる。


白羽

「……おはようございます、ヴォイドさん」


少しだけ、声が慎重。


続いてスレイ。


スレイ

「おはよ……ございます」


間に、微妙な溜め。


雛とシオンも並ぶ。


「おはようございます、ヴォイド様」


シオン

「……おはよ」


ヴォイドは振り返る。


ヴォイド

「起きたか」


短く、それだけ。


白羽は一瞬迷ってから、

一歩前に出た。


白羽

「……昨晩は」


一拍。


白羽

「夜番、お疲れさまでした」


それから、言葉を選ぶ。


白羽

「特に……問題は、ありませんでしたか?」


ヴォイド

「ない」


即答。


ヴォイド

「異常も、気配もない」


四人が、

ほっとしたように息を吐く。


スレイ

「そっか」


「……それなら、よかったです」


雛はそう言って、

ほんの一瞬だけ表情を緩める。


シオン

「……へいわ」


ヴォイドは、

四人の様子を一度だけ見渡す。


ヴォイド

「……?」


何かを感じ取ったようだが、

深くは追及しない。


ヴォイド

「出発する」


いつも通りの号令。


白羽

「はい」


スレイ

「了解」


「承知しました、ヴォイド様」


シオン

「……いく」


五人は、

自然と歩き出す。


先頭はヴォイド。

その背中を、四人が追う。


朝の街道へ。


夜は、何事もなく終わった。


――少なくとも、

表向きは。


五人の足音が、

静かな朝に重なっていった。


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