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第3章 静かな家に芽吹く声

◇ 名前のある朝、息づく生活


 白羽という名をもらってから、小屋の朝は少しだけ違って見えた。


 目を開けると、天井の木目の向こうで風が鳴っている。

 薪が割れる音が、規則正しく外から響く。

 それは“ここに朝が来た”と教えてくれる合図のようだった。


 白羽はまだ少し肌に重い痛みを抱えながら起き上がった。

 足裏に残る古い傷がじんと疼く。それでも、以前よりは格段に軽い。


 戸をそっと開けると、ヴォイドは台所で黙々と準備していた。

 鍋に水を入れ、野菜を刻む。包丁ではなく、手の感覚だけで。


 大きな背中。

 広い肩。

 無口で、けれど不思議に落ち着く人。


「おはようございます」


「……起きたのか。座れ」


 白羽は戸口で小さく息を整えた。

 ここからが彼女の“ささやかな挑戦時間”。


 名前を呼んでほしい。

 たったそれだけなのに、どう言えばその声が届くのか分からない。


 椅子に座ると、ヴォイドが手際よくスープをよそった。


「熱い。気をつけろ」


「はい……えっと……」


 白羽は言葉を切り出す。


「白羽は、昨日より……ずっと、歩けるようになりました」


「……そうか」


 淡々と返ってくる。

 名前入りの言葉を、まるで流れる水のように受け止めてしまう。


 白羽は少しだけ肩を落としたが、気持ちは沈まない。


(……言えた、から……大丈夫……)


 名前を自分の口で言うと、不思議と胸が温かくなる。

 たとえ彼が返さなくても。



◇ 小さな家事と、小さな挑戦


 朝食が終わると、白羽は歩く練習も兼ねて小屋の片づけを手伝う。

 床を掃き、乾いた布で棚を拭き、まだ重い体をそっと動かしながら。


 拭きながらふと思う。


(ここに……“わたしの手で触れていい場所”ができたんだ……)


 ついこの前まで、触れた相手は死んだ。

 触れた物からさえ死が移ることがあった。


 今は違う。

 この家の物は何も死なない。

 ヴォイドも、死なない。


 胸の奥が、ふわっと温かくなる。


「……ヴォイドさん。白羽は、窓も開けておきます」


「開けすぎるな。冷える」


「……はい」


 窓枠を少しだけ押し開ける。冷たい空気が指先に触れた。


(……今日もダメだった……)


 名前を呼んでもらう隙は、なかなか作れない。


 だけど、白羽の心は不思議なくらい折れなかった。

 むしろ、毎朝少しずつ楽しみが増えていた。



◇ 外へ──白羽の歩幅に合わせる背中


 昼前、ヴォイドは槍とナイフを軽く点検し、外へ出る支度を始めた。


「歩くぞ。回復具合を見る」


「はいっ」


 白羽は靴ひもを結びながら、胸が小さく震える。

 ヴォイドと外を歩くのが、最近の一番の楽しみだった。


 森へ向かうと、冷たい空気と土の香りが体に沁みる。


 白羽は少し遅れ気味の足取りでついていくが、

 ヴォイドは決して急がない。

 絶対に白羽が“置いていかれない”速さで歩く。


(……こういうところ、すごく優しい……)


 けれど、その優しさは言葉にはならない。

 だから白羽は名前を呼んでほしくて、今日も少しだけ挑戦してみる。


「ヴォイドさん……白羽は、その……」


「石だ。踏むな」


「――……はい」


 名前はまた流れていく。


 でも、白羽の声が届かなかったわけではない。

 ただ、ヴォイドが自然に会話を切り替えるから、続かなかっただけだ。


(……また言えばいい……)


 そう思えるようになったことが、一番の進歩だった。



◇ 狩り──そして零れた名前


 森の奥へ進むと、白羽はまだ少し怖い。

 けれど、ヴォイドと一緒なら不思議と足は止まらない。


「獣の気配がある。後ろにいろ」


「……はい」


 白羽が息を整えたその瞬間だった。


 ガサッ――ッ!


 茂みから巨大な鹿が飛び出し、白羽めがけて突進してきた。


「っ……!」


 白羽が後ずさった瞬間――


「白羽!」


 ヴォイドの声が森を裂いた。


 それは“反射”だった。

 それなのに、彼の声が白羽の胸を強く貫いた。


 ヴォイドは瞬きより速く動き、鹿の角を片手で受け止めて横に弾き飛ばす。

 獣は地面を転がり、起き上がれなくなった。


 静寂。


 白羽は息を飲んだまま動けなかった。


「いや、すまん。間違えた」


 ヴォイドは短くそう言って、白羽の肩に軽く触れた。


「怪我はないか」


「……っ……だ、大丈夫です……!」


 白羽の胸の奥が、熱くて苦しくて、どうしようもなく跳ねていた。


(いま……名前……)


 彼が初めて呼んだ“白羽”の名前。

 反射で零れただけだと分かる。

 その証拠に、すぐに“いつものヴォイド”に戻ってしまった。


 けれど。


(……聞けた……)


 ただそれだけで、足元がふわふわするほど嬉しかった。



◇赤い呼び鈴


 その日、小屋の中は穏やかだった。


 白羽は水を汲んだ小さな桶を両手で抱えて帰ってきて、

 まだ覚束ない足取りで台所に向かっていた。


 ヴォイドさんは椅子に腰かけ、銃の整備をしている。

 静かで、少しだけ暖かい時間。


 ――チリン。


 とても場違いな軽い音が、小屋の外壁を震わせた。


 白羽はびくりと肩を揺らす。

 こんな森の奥で、人が訪ねてくることなどありえない。


 音はもう一度鳴った。


 ――チリン、チリン。


「……誰だ」


 ヴォイドさんが立ち上がる。

 白羽は無意識に後ろへ下がった。

 胸がざわつき、何か良くないものを感じる。


 扉に手がかかる。

 ゆっくりと、ヴォイドさんが開ける。


 その隙間から流れ込んできたのは、

 風でも光でもなく――赤だった。


 鮮烈な赤のツインテール。

 黒のニーハイが白い太ももを縁取るように輝き、

 軽やかなステップで少女が立っていた。


 赤髪の少女――スレイ・スカーレット。


「やぁっと見つけた……!」


 その笑顔は、誰も歓迎していないのに勝手に喜ぶ笑みだった。


「ヴォイドさぁぁんっ♡」


「やめろ」


 ヴォイドさんの制止など届くはずもなく、

 スレイは勢いよく飛び込んできた。


 胸元に抱きつき、頬をすり寄せながら跳ねるように笑う。


「久しぶり〜! やっと追いついたぁ♡」


 ヴォイドさんは微動だにしない。


「……離れろ」


 その声音だけで空気が一段冷える。

 けれどスレイはむしろ嬉しそうに頬を赤くした。


「そんな冷たくされると、余計に会いたくなっちゃうのよねぇ、ヴォイドさん♡」


 白羽はその光景に、呼吸を忘れていた。


「なっ……なっ……なっ…………」


 出てくるのは声にならない音。

 胸の奥がぎゅっと痛む。


(……なに、これ……?)



◇ 赤い視線、白い震え


 スレイの視線がふと白羽に向けられる。


「あらぁ〜? 白羽ちゃん。

 まだ生きてたのねぇ?」


「っ……」


 白羽は瞬時に震えた。

 視界が揺れ、足がすくむ。


(……いや……来ないで……)


 スレイは楽しげに口角を上げる。


「前は楽しかったじゃない?

 泣きながら手足折ってあげたら、可愛い声で啼いちゃってさぁ……」


 白羽の呼吸が止まりそうになる。


(……覚えてる……忘れない……

 わたしを……“壊した人”……)


 スレイが近づこうと一歩踏み出した。


 ヴォイドさんの腕が動く。


 ただそれだけのことだった。


 スレイの襟を掴み、そのまま外へ向けて一投――。


「っきゃ!?」


 赤い少女は地面の上を転がり、

 埃を巻き上げて止まった。


 白羽は思わず息を呑んだが、

 スレイは頬を腫らしながらも笑っていた。


「っ……は……♡

 ほんと……最高……」


 まるで痛みに酔うように。


「白羽に触るな」


 ヴォイドさんはただそれだけを言って、扉へ戻る。


 その背中に、

 白羽の胸はぎゅっと熱く締めつけられた。


(……守ってくれた……

 ヴォイドさん……)



◇ 赤い嵐、居座る気満々


 スレイは地面に転がったまま、頬を押さえて笑っていた。

 痛みが嬉しい、みたいな歪んだ笑顔で。


「ヴォイドさんの投げ方……相変わらず最高……。

 あぁもう……これだから追いかけたくなるのよねぇ……」


「帰れと言った」


 ヴォイドさんは淡々とした声で告げた。

 扉を閉めようとすると、スレイが片手を差し込んで押し返す。


「やだって言ったでしょ?」


 にこりと笑うその顔は、悪戯を隠しもせず白羽を横目で見下ろした。


「ほら白羽ちゃんも思ってるでしょ?

 “もっと一緒に居てほしい”って♡」


「……っ……!」


 白羽は言葉が出ない。

 怒りなのか怖さなのか、自分でもよくわからない震えが胸元で暴れていた。


(……この人……やっぱり……嫌い……)


「お前を入れる気はない」


 ヴォイドさんが短く切り捨てる。

 だが、スレイは肩をすくめて言った。


「だったら遠くから見張るだけよ。

 ヴォイドさんのとこまで辿り着くのに3日もかかったのに……

 また森に戻るなんてムリムリ♡」


「……」


「それに──」


 ふいに、スレイの笑顔が少しだけ色を失った。


「わたし。終徴管理局タナトスロア……除名されたの」



◇ 赤い処理官、肩書きを失う


「除名……?」


 白羽がおそるおそる聞き返す。


「そうよ。お偉いさん達は“勝手な単独行動”“規律違反”とか言ってたけど……

 本音は、わたしが《災厄》を追うのに夢中すぎて困ってたんでしょ。

 殺し方に文句つけられてもねぇ? 仕事なんだから♡」


 軽い声なのに、言葉の端が妙に冷たい。


 そして、ヴォイドさんに向けられた瞳にだけ、ほんの僅かに誠実さが滲んだ。


「職も、住む場所も、仲間も──何もかも無くなっちゃったの。

 だから……ここに置いて?」


「断る」


 ヴォイドさんは迷わず切り捨てた。

 スレイの顔色は微動だにしない。むしろ楽しそうだ。


「ほらほら、そんな冷たくされると余計に燃えてきちゃう♡」


「……スレイ。俺を煩わせるな」


「名前呼んだ……♡」


「呼んでいない」


 白羽はそのやりとりを黙って見つめていた。

 胸の中に、得体の知れない熱がたまっていく。


(……やだ……この女の名前……わたしより先に……)



◇ タナトスロアの秘密


「……じゃあ、まずは一番大事な話から始めよっか」


 スレイは椅子に腰かけると、足を組みながら赤い瞳を細めた。

 茶化すでもなく、笑うでもなく──処理官としての“本当の顔”。


「タナトスロアはね、“自然の死”じゃない死をずっと追ってるの。

 毒でも病でも獣でも、事故でもない。

 “説明のつかない死”。」


 白羽の喉が音を立てて動く。


「……しら……」


 言いかけた白羽の声を、スレイは軽く手を上げて止めた。


「もちろん、白羽ちゃんのことも調べてた。

 けどね──あなた一人の話じゃないの」


 スレイは指を折っていく。

 一本、一本、まるで“死”を数えるように。


「この国で確認されてる不自然な死は全部で七種類。

 私たちはそれを 『七災ななさい』 と呼んでる」


 白羽は息を呑んだ。

 ヴォイドは表情を動かさないまま、スレイをじっと見ている。


「まず──」


七つの災厄


スレイは指を一本立てた。


一災《終凍(しゅうとう)

 能力:停止エンドフリーズ ──あらゆる“変化”を凍らせる。」


二本目。


「二災《無相(むそう)

 能力:剥識アンノウン──対象の“存在そのもの”を曖昧化する。」


三本目。


「三災《死祟(しづく)

 能力:消耗ライフドレイン──生きているものから命を奪う。」


四本目。


「四災《絶界(ぜっかい)

 能力:遮断アブソリュート・ヴェイル──対象の五感を遮断させる。」


五本目。


「五災《枯滅(こめつ)

 能力:枯渇ドライヴォイド──対象の生命力を消失させる。」


六本目。


「六災《歪因(ゆがみ)

 能力:偏向ディストーション──対象の“方向”が曖昧になる。」


七本目。


「七災《虚憑(うつろ)

 能力:精神空洞化ブレインホロー──対象の精神を崩壊させる。」


 スレイの声は軽いが、その内容は冗談ではなかった。

 部屋の空気が少し冷える。


“三災”の名を告げる


「──そして。

 この七つのうちのひとつが、白羽ちゃん」


 白羽の胸がきゅっと縮む。


「……わ、たし……?」


「そう。あなたは 三災《死祟しづく》。

 “因果の死”をばらまく災厄」


 白羽は震えた。

 手が膝の上でぎゅっと丸くなる。


(……まただ……

 どこへ行っても……

 わたしは……)


 スレイは続ける。


「歩いたあとに残る死の温度。

 近づくだけで命が削れる。

 触れた人が倒れる……」


「やめろ」


 ヴォイドの低い声が部屋を切った。


 スレイの言葉がぴたりと止まる。

 彼女は一瞬、ヴォイドを見つめ──そして目を伏せた。


「……ごめん。言い方は悪かったわね」


 ただし謝るのは、あくまで“ヴォイドにだけ”。


世界は真実に近づいていた


「でもね、ヴォイドさん──」


 スレイは椅子の背にもたれ、真っ直ぐにヴォイドを見た。


「タナトスロアは、あなたが思ってるよりずっと真相に近づいてるの。

 “七災が並ぶ構造”も、“それぞれの性質”も──

 ほぼ全部の断片が揃い始めてる」


 白羽は息を止めた。

 ヴォイドはわずかに眉を動かす。


 スレイは続けた。


「だって仕方ないじゃない?

 世界中で同じ“死”が起きてるんだから。

 あなたが世界から消えた後も、死は増え続けたのよ」


 ここで初めて、ヴォイドの瞳に“ほんの一瞬だけ汗が浮かんだ。

 世界が着実に真実に近づいてることに。



◇スレイの取引


「だからわたしの情報、ぜんぶ渡す。

 災厄のデータ、死の発生地点、七災の痕跡、機密……」


 スレイは身を乗り出す。


「その代わり──わたしをここに置いて」


「断ると言った」


「じゃあ言い方を変える。

 “情報源として”のわたしを置いて」


 明らかに作戦を変えてきた。


「白羽ちゃんが三災だってバレた以上、

 タナトスロアは確実に追ってくる。

 あの子を守るには、情報は必要よ」


スレイはさらに続ける。


「さらに最近は他の七災の噂も……」


 白羽は肩を震わせる。


「……わたし……そんな……ヴォイドさんに迷惑かけ……」


 ヴォイドが言う。


「迷惑ではない」


 白羽は驚いたように目を上げる。


 スレイはにやっと笑った。


「ほらね?

 ヴォイドさんだって分かってるじゃない」


「……」


 ヴォイドは短く息を吐いた。


「……情報源としてなら。

 期間限定で……置く」


「やったぁ♡」


 白羽の胸の奥に、複雑な感情が渦巻く。


(……どうして……

 嫌なのに……

 でも……)


 ヴォイドがスレイに近づくたび、胸がざわつく。



◇ヴォイドの決断


 ヴォイドはスレイの顔を見ずに言った。


「勘違いするな。

 お前を許したわけではない」


「はーい♡」


「役目が終われば追い出す」


「はーい♡」


「こいつに触れたら次は投げるだけじゃ済まない」


「……は………い……♡」


 スレイは頬を赤らめ、白羽は頭を抱えた。


(……こんな人……絶対いや……!)


 だが同時に、白羽は知っている。


ヴォイドがスレイを置いたのは、

 自分を守るためだ。


その事実が、胸の奥で静かに熱を灯す。




そして、奇妙で温かい、三人の暮らしが始まった。



◇ 料理戦争──静かな台所で飛び交う殺意


夜明け前。

白羽はこっそり起き出し、台所に立っていた。


(今日こそ……ヴォイドさんに“白羽が作った料理”を……)


じゃがいもをむく指先が震える。

それでも真剣だ。


だが──


「白羽ちゃ〜ん、おはよ♡

 朝の台所は“私の聖域”なんだけど?」


赤髪がひらり。

スレイがのんきに現れ、白羽の肩越しに調理台を覗き込んだ。


「そのじゃがいも……皮むきすぎじゃない?」


「……っ……む、難しいんです……!」


「ふふ、可愛い〜♡ 必死な顔して〜。

 でもねぇ、ヴォイドさんは“家庭的な女”が好きなのよ?」


白羽の手が止まる。


「……か、家庭的……」


「そう。

 私みたいに、ね♡」


スレイは鍋に油を流し、タッタッタッと手際よく野菜を刻み、

まるで料理人みたいに華麗に肉を焼き始めた。


じゅわぁぁ……


香ばしい匂い。

上手すぎて腹立つ。


「はい、白羽ちゃん。次は君の番〜。

 焦がしたらヴォイドさん泣いちゃうかもね?」


「な、泣きません……!」


必死に白羽はフライパンを握った。


扉が開き、ヴォイドが無言で入ってくる。


スレイがすかさず腕に絡みつく。


「ヴォイドさ〜ん♡ 今朝は私の特製──」


「離れろ」


「えぇ〜〜ケチ♡」


白羽は一瞬だけほっとする。


(……いつも通り……)


スレイの料理が完璧すぎて悔しかった白羽は、

勇気を振り絞って作ったスープに“香りの良い草”をひとつまみ入れる。


スレイが顔を近づけて嗅いだ。


「ん? ……いい香りじゃない。

 やるじゃん、白羽ちゃん」


(……!)


褒められて、白羽はちょっと胸が熱くなる。


だがスレイは次の瞬間、白羽の額をつついて言った。


「でもねぇ、香りが良くても……

 白羽ちゃんの胸は香りませんねぇ♡」


「っ!?」


煽りが急角度だった。


白羽の耳がカッと赤くなる。


(この人……やっぱり嫌い……!!)



◇ 食卓──


皿が並ぶ。


・白羽:普通のスープ

・ヴォイド:白羽の香草スープ

・スレイ:白羽が密かに調合した “ビター香草MAXスープ”


スレイがひとくち。


「ん……あれ……? ……ん゛っ!?!?」


机をドン!と叩く。

「なにこれ!? 舌がビリビリする!!

 白羽ちゃん!? やったわね!!?」


白羽はそっと目をそらし、

両手を膝の上に揃えて静かに微笑む。


「……身体にいいって書いてありました……」


「嘘でしょ!?!?」


ヴォイドは淡々と食べながら言う。


「白羽。今日のスープは悪くない」


「……っ……はい……!」


(勝った……)


スレイは涙目で皿を睨んだ。



◇ 服交換事件──赤い変態が匂いを吸う


白羽はヴォイドの黒いシャツを借りていた。

大きくて、包まれてる感じがして、

なにより──


(……匂いが、すこし……)


胸のあたりをぎゅっと握ると、なんだか落ち着く。


そこへスレイが来る。


「いいなぁ〜そのシャツ。

 ほら、ちょっと貸して?」


「か、貸しません!」


「じゃあ匂いだけ♡」


スレイは白羽の胸ぐらを掴み、

ヴォイドのシャツの襟元に顔を埋め──


すぅぅぅぅぅぅ~~~~っ……

 はぁぁぁぁあ~~~♡♡♡


「!?!?!?!?」


「……ヴォイドさんの匂い……

 やっぱり……落ち着く……♡

 安心するっていうか……抱かれてるみたいな……」


「やめてください!!」


「じゃあ……交換ね♡」


「しません!」


スレイは白羽の腰を抱えて持ち上げる。


「キャ──やっ、やめ──!!」


スレイは器用に白羽からシャツを脱がし、

自分のミニスカ制服を白羽に押しつける。


「あ、合わないです!!」


「いいの、いいの♡」


最終的にこうなった:


・白羽:スレイのミニスカ制服(丈が短すぎて危険)

・スレイ:ヴォイドの黒シャツ(ダボダボ)


スレイは胸元を掴み、また匂いを吸う。


「すぅぅ~~……ふ、ふふ♡♡♡」


白羽「な、なんで吸うんですか……っ!!」


スレイはヴォイドの服を胸に押し当て、

明らかに邪な笑みを浮かべている。


その時だった。


「……何をしている」


背後の声だけで空気が固まる。


スレイが振り返りかけた瞬間――


ゴッ!!


「ぶぎゃッ!?」


床に沈む赤いツインテール。


ヴォイドは白羽の肩にかかったスレイの上着をとってやりながら、

静かに言った。


「白羽。

 “よく分からん女”の

 "無駄に短い服"など着る必要はない」


「ッッ!?

 “よく分からん女”はまだしも“無駄に短い服”って何よ!?

 わたしの脚の長さにケンカ売ってるの!?」


(……ふふっ……)


ヴォイドはスレイを一瞥もせず、心底興味なさそうに続ける。


「二度と白羽に触れるな。

 ……次は投げるだけでは済まん」


「ちょっ……処刑宣言みたいなトーンやめてッ!?

 ねぇヴォイドさん!?!?」


白羽は袖を握りながら、胸の奥が静かにあたたかくなる。


(……守ってくれた……

 いつものヴォイドさんの服のほうが似合うって……

 思ってくれてる……?)


白羽の頬が、ほんのり赤くなる。



◇ 風呂侵入事件──白羽の復讐は冷たい


夜の小屋は静かで、湯気の白さだけが灯りの中に浮かんでいた。


白羽はそっと湯船に肩まで沈める。

まだ痩せている身体でも、湯の温度だけは優しく包んでくれる。


(……はぁ……あったかい……)


背中の古傷も、脚の冷えも、湯に溶けていくようで。

それは、白羽にとって一日の中で一番“ほっとする時間”だった。


──ガラッ。


「白羽ちゃ~ん? あ、入ってたの?」


その声に、白羽の心臓が跳ねる。


「っ!? な、な、なにしに……!」


スレイが当たり前のように湯場へ入ってくる。

腰にタオル一枚、脚はやたらと眩しい。

にやにやと白羽を見下ろす。


「やだぁ、そんなに隠すほどのものでもないでしょ?」


「っ……!! 出ていってください!」


白羽は慌てて沈み込み、胸元まで湯に隠す。

スレイはわざとらしく覗き込み、目を細める。


「ひゅ~……相変わらず細いわねぇ。その胸、成長待ちってやつ?」


「っ……やめ……っ!」


顔から火が出そうだ。

白羽の羞恥と怒りが、ぐつぐつと湯気より濃く沸騰していく。


スレイはひとしきり楽しんでから、

くるっと背を向けて言った。


「ま、気にしなくていいわよ。

 ──ヴォイドさんは、細い子も好きかもよ?」


「~~~っ!! 早く出ていって!!」


スレイは笑いながらひらひら手を振り、湯場から退室した。


(……絶対……許さない……)



仕返し、開始。


白羽は静かにタオルを握りしめ、

湯船から出ると、そっと湯場の湯桶に手を伸ばした。


(スレイさん……絶対冷たいお湯嫌いそう……)


桶いっぱいに汲んだのは──

外に備蓄してある、井戸の すっっごい冷たい水。


白羽はそっと足音を殺して湯場に戻り、


浴槽の縁から、ざばぁぁっ……


スレイが入る前の湯船へ、思いっきりぶち込んだ。


水面が一気に冷え込み、湯気がしゅん、と消える。


白羽は満足げに頷いた。


(ふふ……これで……)




数分後。


「ふぅ~~今日は汗かいちゃった♡ お風呂お風呂~♪」


スレイが上機嫌で戻ってきた。


タオルをひらりと外し、

足先を湯に──


「……あれ? なんかぬる……」


次の瞬間。


どぼんっ。


「ひゃぁああぁああああああああっっ!?!?!?」


スレイが湯船から飛び上がった。


水しぶきが天井まで跳ね上がり、

スレイの身体が白く光る。


「なんで!? なにこれ!? 氷水!?!?

 し、白羽ちゃん!?!?」


白羽は入口でタオルを抱えながら、無表情で言った。


「偶然です」


「ぜっっっったい偶然じゃないわよね!?!?」


スレイは鳥肌を立てながら湯場をバタバタ走りまわる。


そのとき──


「……何をしている」


その低い声とともに、扉が静かに開いた。


スレイは濡れた身体のまま固まり、

白羽は一瞬びくっとしたが、すぐ平静を装う。


「ヴ、ヴォイドさん違うの!!

 これは怪奇現象というか、事故というか──」


ヴォイドは視線だけでスレイを見、次に白羽を見た。


そして、


「……スレイ。外に出る時は服を着ろ。

 白羽が驚くだろう」


その一言が“死刑宣告”に等しかった。


スレイの顔が真っ赤になり、震えはじめる。


「ち、違うの……!これは、ほんとに……!」


ヴォイドはため息をついて、

タオルを白羽に渡した。


「白羽、風邪をひくな。早く上がれ」


「……はいっ」


白羽は胸の奥がぽっと温かくなる。


スレイはその横でわなわな震えながら叫ぶ。


「なんで白羽ちゃんだけ優しいの!?!?

 ねぇ!?なんで私にはその優しさないの!?」


ヴォイドは淡々と答えた。


「……いつも裸で走り回るやつに気遣う必要があるのか?」


「ぐはぁッ!?!?」


スレイはその場に膝をついた。


(……ふふ……スレイさん……ざまぁ……みろです)


冷たい水よりも甘く、

湯気より温かい勝利の味が胸に広がる。


“仕返し成功”。


白羽はこっそりと笑った。


騒々しくて、落ち着かないのに、

 その全部が白羽にとっては“初めての居場所”だった。



そして――――数日が経過した。



◇ タナトスロアの秘密と、旅立つ理由


 とある夕食後。

 三人はテーブルに向かい合った。


 スレイは表情を引き締めた。


「──で、タナトスロアの“本当の任務”の話なんだけど」


 白羽は息を飲む。


「最近、世界のあちこちで“死の兆候”が再発してるの。

 放射状に枯れた森。

 街全体が同時に心を失ったみたいに静まり返る事件。

 ……七災の能力に似すぎてる」


 ヴォイドの目がわずかに細くなる。


「…………」


「眠っていた……と思われていたわ。

 でも、そのはずの“死”が……また動きだした」


 白羽は胸の奥がざわついた。


「わ、わたしの……せい……ですか……?」


「違う」

ヴォイドは即答した。


 スレイは続ける。


「タナトスロアは、“七つの死の体系”の再発を裏で追ってた。

 でも組織はもう、災厄の制御を諦めかけてる。

 だから──」


 そして白羽を見た。


「あなたが第三災《死祟(しづく)》だってことも、記録されてた」


 静寂が落ちた。


 白羽は、指が震えるほど驚いた。


(……やっぱり……わたしは……)


「……白羽」

 ヴォイドが言った。


「お前は一人では生きられん。

 そして世界は、お前を許さない。

 なら──俺が連れていく他ない」


 白羽の胸が熱くなる。


(……行く……

 どこまでも……)


 スレイは手を叩いた。


「じゃあ決まりね! 三人で災厄の足跡を追う旅よ♡」


「……勝手にしろ」


 ヴォイドはコートを羽織った。


「白羽、スレイ。準備しろ。

 長い旅になる」


 白羽はぎゅっと胸に手を当てた。


(……怖いけど……

 ヴォイドさんと一緒なら……)


 小屋の扉が開く。

 冷たい風が吹き抜ける。


 こうして、静かな三人暮らしは終わり、

 “七災”を追う旅が動き始めた。

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