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第15.5章 外伝 〜落ちてきたのが、あなたでよかった〜

◇ 机の前・朝/雛の小屋 


朝の光は、

木の隙間を縫うように、小屋の中へ入り込んでいた。


乾いた土の匂いと、

夜の名残が、小屋に沈んでいた。


白羽は、

目を開けたまま、

しばらく天井を見ていた。


昨夜のことを思い出して、

胸の奥が、ほんの少しだけ重くなる。


雛の小屋。

簡素な寝床。

それでも、不思議と落ち着く場所。


視線を横にやると、

隣で雛が眠っている。


髪はほどけ、

いつもより無防備で、

呼吸は静かだ。


白羽は音を立てないように起き上がり、

上着を整える。


(起こさないように……

 そーっと)


そう思ったその時。


小さく身じろぎする雛。


「……ん……」


白羽

「……あ」


だが、目を開けない。


そのまま、

寝返りを打って、

また静かになる。


白羽

(……助かりました)


小さく息を吐き、

視線を逸らす。


机の方へ。


小屋の隅に置かれた、

簡素な木机。


昨夜は暗くて気づかなかったが、

朝の光の中では、

机の上がよく見える。


無意識のまま、一歩近づいた。


紙と封筒が、

机の上にきれいに揃えられていた。


書きかけの一枚。

インクは、まだ乾いていない。


(……雛の、手紙)


雑に置かれた紙ではない。


一瞬だけ迷って――

視線を落とした。



紙の上に、

整った文字が並んでいる。


丁寧で、

少し古風で、

雛らしい筆跡。


無意識のまま、最初の一行を追った。


──────────────────────────────

 親愛なる、ヴォイド様へ

──────────────────────────────


白羽

「…………」


一拍。


「……ヴォイド、様?」


黒い外套。

無表情。

会話が最短距離で終わる、あの人。


(……あの、ヴォイドさん?)


思わず、

小さく声に出してしまう。


慌てて口を押さえるが、

雛はまだ眠っている。


白羽

(一旦落ち着きましょう)


深呼吸。


もう一度紙を見る。


敬称。

文頭。

言葉遣い。


間違いない。


白羽

(雛とヴォイドさんが……

 手紙?)


記憶を辿る。


会話はあった。でも、

こんな改まったやり取りがあっただろうか。


白羽

(……私の知らないところで?)


ごくり、と喉が鳴る。


突然、空から風を切る音。


ばさばさばさっ


屋根を叩く音。


白羽

「……?」


小屋の外で、

羽ばたきが収まる。


反射的に入口を見る。


――だが。


背後で、布の擦れる音。


「……おはよ……」


白羽

「お、おはようございます」


一拍。


雛の視線が、

白羽の手元――

机の上に、落ちる。


次の瞬間。


「――――っ!?」


空気が、

一気に変わった。


視線が机の上に釘付けになる。


次の瞬間。


「――っ、ちょ!?」


声が裏返った。

顔が一気に赤くなる。


それはもう耳まで。

一瞬で。


「な、なに見てるの!?

 それ、だめだから!」


白羽

「えっ」


雛は布団から飛び降り、

机に駆け寄る。


ばさっ。


手紙を掴もうとして、

指が滑る。


「あっ、ちょ……っ

 もう最悪……!」


紙が一枚、

白羽の視界に残ったまま。


「ちがっ、ちがうから!

 それは、その……!」


言葉が続かない。


雛は紙束をかき集め、

胸にぎゅっと抱きしめる。


「……見ないでって、

 言ったのに……」


声が小さくなる。


白羽はその様子を見て、

思わず瞬きをした。


白羽

「……それ、

 すごく大事なもの、ですよね」


「~~~~っ!」


顔を覆いそうになるのを、

必死でこらえる。


「……だ、

 大事に決まってるでしょ……」


その言い方は、

強がっているのに、

全然強くなかった。


一度だけ目を伏せてから、

そっと続ける白羽。


白羽

「……あの」


「な、なに……」


白羽

「もしかして……」


一拍。


白羽

「ヴォイドさんと、

 手紙のやり取り、してます?」


正解。


「――――!!」


声が出ない。


否定も 言い訳も、

一瞬、全部遅れた。


完全に、

間に合っていなかった。



沈黙。


雛は固まり、

白羽は困った顔で首を傾げる。


白羽

「責めてるわけじゃないです」


「……ほんと?」


白羽

「はい。ただ、気になっただけで」


――その直後。


白羽

「それで」


「……うん?」


白羽

「ヴォイドさんと雛って、

 前から何か関係ありましたっけ?」


「か、かんけい!?」


白羽

「特別な意味じゃなくて」


「今の言い方がもう特別!!」


白羽

「……そうでした?」


「そう!!」


一息。


「……ただの……

 知り合い……」


白羽

「“ただの”にしては」


視線が、抱えられた紙束へ。


白羽

「博物館みたいですね」


「だから言わないで!!」


真っ赤。


白羽は、少しだけ微笑んで言う。


白羽

「安心してください」


「……?」


白羽

「まだ、“どういう関係か”までは

 聞いてませんから」


「――――っ!?」


安心では、なかった。



雛は、

しばらく黙っていた。


抱えていた手紙を、

そっと机に置く。


「……命、助けてもらったの」


白羽

「はい」


「そのあと……

 行く場所、なくて……」


そこで、言葉が途切れる。


雛は、

視線を落としたまま、

小さく肩をすくめた。


「……一緒に、住んでただけ」


一拍。


「……それだけよ」


白羽

「なるほど」


一拍。


白羽は、

とても穏やかな声で言った。


白羽

「つまり」


「……なに……」


白羽

「私が無人島で、

 必死に生きてる間」


「……」


白羽

「雛は、

 ヴォイドさんと二人で

 いちゃいちゃ生活して」


「い、いちゃいちゃ!?」


白羽

「その後、

 丁寧に文通してた、と」


「……っ」


白羽

「へぇ」


完全に棒。


白羽

「いいですね」


「棒読み!!」


白羽

「そんなことないです」


「ある!!

 今の“へぇ”、

 感情ゼロだった!!」


首をかしげる白羽。


白羽

「……何か」


白羽

「私に、

 言うことはありませんか?」


「…………」


完全沈黙。


「……あの……」


白羽

「はい」


「……い、いちゃいちゃして 

 ごめんなさい……?」


白羽

「…………」


「…………」


白羽は、

一瞬だけ目を閉じてから――

ふっと息を吐いた。


白羽

「ふふ……冗談です」


「……え」


白羽

「だってヴォイドさん、

 とても優しいですし」


それと、と続く。


白羽

「雛も……

 大変だったようですし」


「白羽……」


一拍。


白羽

「でも、次は……」


「……次は?」


ごくり。


白羽

「死祟……でちゃうかも?」


「怖いって!!」


白羽

「ふふっ

 これで、おあいこです」


笑顔。


「……も、もう!

 あんたって子は……」


これから気をつけよう。


再び手紙を抱え込む雛。


その様子を一度見てから、

白羽は、そっと視線を外した。



白羽

「……そういえば」


「……?」


白羽

「先ほど、

 外で羽音がしました」


その瞬間。


雛の頬が、

ふっと――分かりやすく緩んだ。


目が、ほんの少しだけ見開かれて、

口元が、隠しきれずに上がる。


「……あ」


声まで、軽い。


「たぶん……

 ヴォイド様」


立ち上がるのが早い。


「この時間、

 だいたいいつも、そうだから」


言いながら、

もう入口に向かっている。


足取りが、

いつもより少しだけ弾んでいる。


ふふん~


鼻歌まで。


外に出ると、

灰色の鳥が枝に止まっていた。


雛は慣れた様子で腕を差し出し、

顔を近づける。


その時、

完全に笑っていた。


頬が上がって、

目が細くなって。


嬉しいのを、

まるで隠す気がない。


筒を外す指先も、

どこか楽しそうだ。


小屋に戻ってきた雛は、

紙を胸の前で持ったまま――

はっとしたように立ち止まる。


一拍。


雛は、

慌てて口元を引き締めた。


「……ごめん」


何に、とは言わない。


「……ちょっと、

 読ませて」


白羽

「いいですよ」


胸の奥で、

何かが動いた気がした。


手紙を取り出す。


──────────────────────────────


 雛殿


  小屋での暮らしには慣れたか。  

  不便な日々は心と技を磨く時間になる。

  それを乗り越えて強くなれ。

  

  それと

  白羽がカナリア原生林に飛ばされた。

  悪いが匿ってやってほしい。


  追伸。

  久々に語り合うといい。

  こちらのことは気にするな。


 以上。


──────────────────────────────


雛は、

最後まで読み終えると、

しばらく黙ったまま、紙を見つめていた。


白羽

「……前と、違いますね」


「……ええ」


二人とも、

同じことを思っている。


前はもっと短くて用件だけで。

安心だの、成長だの、

そんな言葉はなかった。


追伸の行に、

もう一度目を落とす。


「久々に、語り合うといい」


「……余計なこと、

 書くようになったね」


白羽

「……らしいです」


小さく笑った。


(……前と違う)


でも。


頬がゆっくり緩む。


(……でも、嬉しいな)


一拍。


少しだけ表情を緩める白羽。


白羽

「とても……

 気にかけてくれてますね」


こくり。


小さく頷く。


白羽

「……ありがたいですね」


「……そうね」


二人とも、

それ以上は言わない。


でも、どちらの声にも

同じ温度の安心があった。


手紙を胸元に引き寄せてから、

そっと引き出しにしまう。


今度はさっきほど慌てていない。


「……だったら」


「白羽。

 今日は、ゆっくりしよ」


白羽

「……不束者ですが、

 よろしくお願いします。」


「……ええ、こちらこそ」


ふふっと笑う。


小屋の中に、

静かな時間が戻ってきた。


その場にあった“急ぐ理由”は、

確かに消えていた。



◇ 洗濯場/雛の小屋の裏


小屋の裏手。

簡単に作られた洗い場に、

水桶が二つ並んでいる。


水桶の横で、

雛は白羽の服を手に取った。


びろーん。


布地が、

遠慮なく引き延ばされる。


白羽

「……ちょっと」


「なに?」


雛は白羽の服全体を広げて、

まじまじと眺める。


淡い色合いの、

動きやすそうなワンピース。


ヴォイドに、

似合ってると言われて以来ずっと、

白羽のお気に入り。


本来であれば、

かなり可愛い部類だ。


――本来なら。


「……」


泥。

血。

乾いた染み。


「……絵になるわね」


白羽

「や、やめてください!」


「だって」


雛は、

靴まで持ち上げる。


「普通ここまで汚れる?」


白羽

「……戦闘、

 してましたので……」


「それは分かるけど」


雛は、

ふっと笑う。


「可愛い服が、

 台無しなのがいいのよ」


白羽

「よくありません!」


雛は、

楽しそうに桶に水を張る。


そして、

ゆっくりとため息をついた。


一拍。


「……ねぇ」


白羽

「はい」


「あんた、

 一体どんな戦いしてきたのよ」


白羽

「……いろいろと」


「“いろいろ”で

 済む量じゃないでしょ、

 この血しぶき」


靴を持ち上げる。

ぽた、と泥水が落ちた。


「災厄級?」


白羽

「いえ」


「原初級?」


白羽

「いえ」


「……じゃあ、何?」


白羽は、

一瞬だけ言葉に詰まってから――

視線を逸らした。


白羽

「……百音という人に」


「……人?」


白羽

「はい。

 ただの人間です」


一拍。


白羽

「……負けました」


「……」


白羽

「……ボロボロに」


肩がほんの少しだけ落ちる。


雛はその様子を見て――

ふん、と鼻を鳴らした。


「へぇ」


白羽

「……?」


「人間にしては、

 なかなかやるじゃない」


腕を組んで、少し得意げに言う。


「でも」


一歩、白羽に近づく。


「私のほうが、

 余裕で強いわ」


白羽

「……」


「なんたって、

 原初災厄プロト・カタストロフだし」


白羽

「……それは」


「今度、

 白羽達の前に現れたら」


にっこり。


「私が殺してあげるわ。

 サクッとね」


拳を高く上げる。


白羽

「あ、ありがとうございます?」


「どういたしまして!」


空気が、

一気に軽くなった。



雛は、

桶に水を汲み直す。


「さ、洗うわよ」


白羽

「ええ。

 やりましょう!」


白羽も、

袖をまくって水に手を入れる。


雛は、

容赦なく服を水に沈めて――


ごしごし。


白羽

「……っ」


「なに?」


白羽

「……その……」


「?」


白羽

「……私の、服を……」


「うん」


白羽

「……雛に洗われるの

 ……い、いえ、

 なんでも……」


一拍。


雛は、

ぴたりと手を止めた。


それから――

ゆっくり、にやり。


「……あら」


「もしかして」


「恥ずかしいの?」


白羽

「……」


「自分の服とか」


ごしごし。


「下着とか」


白羽

「……っ!」


「ふふ」


「大丈夫よ。

 洗濯なんて、ただの作業だし」


白羽

「……それでもです!」


「へぇ」


くぅ…


雛は、

完全に楽しんでいる。


こうなったら、

こっちも反撃するしかない。


「白羽って案外可愛――」


白羽は、

無言で立ち上がり、

別の桶に手を伸ばした。


「……?」


白羽

「では」


雛の服を手に取る。

ヴォイドに買ってもらった、

紺のワンピース。


雛一番のお気に入りである。


びろーん。


「ちょっと!?」


白羽

「私が洗濯しますね」


「ダメダメ、絶対ダメ!!」


白羽

「なぜですか」


「自分でやるから!」


白羽

「先ほど、“ただの作業”と」


「それとこれは話が別!」


慌てて服を取り返そうとする。


白羽

「逃げないでください」


「逃げるわよ!!」


結果。


雛は白羽の服を。

白羽は雛の服を。


互いにごしごし。


「……なんでこうなるのよ!」


白羽

「……私にも分かりません」


「やめなさいって、

 言ってるでしょ!」


白羽

「雛こそ!」


雛、白羽

「むーーっ!」


水音と、

布の擦れる音。


無意味に続く、

相互洗濯。


「……ねぇ」


白羽

「はい」


「これ……

 誰も得してないわよね」


白羽

「……はい」


二人は同時に手を止めた。


一拍。


「……ばか」


白羽

「……そっちこそ」


2人は小さく笑った。



◇ 狩り・採取/カナリア原生林・外縁


小屋を離れて、

森の外れを歩く。


雛は前で、

白羽はその少し後ろ。


狩りというより、

採取に近い。


雛は歩きながら、

木の根元や岩陰を見ては、

迷いなく手を伸ばす。


白羽

「雛、ずっと

 気になってたんですが」


「なに?」


白羽

「どうして、

 ここに住んでるんです?」


一瞬だけ足を止めた。


それから、

特に隠す様子もなく答える。


「あの小屋ね」


「昔、ヴォイド様が

 使ってたんだって」


白羽

「……え」


その言葉で、

白羽の記憶が引っ張り出される。


苔むした小屋。

無駄のない作り。

必要最低限の生活。


白羽

「……私も」


「?」


白羽

「グレイヴェルの森」


白羽

「そこにある小屋で、

 一緒に暮らしていたことがありました」


「……ふふ」


「あの人、

 いくつ小屋持ってるのよ」


白羽

「……確かに」


二人は、

同時に少しだけ笑った。


雛は歩きながら、

地面から食べられる根を掘り出す。


「ここ、好きなの」


「食べるものは、

 たくさんあって困らないし」


川のほうを指差す。


「水も澄んでる」


少し間を置いて。


「……それに、

 人もまず来ない」


白羽

「……」


「私はね」


小さな実を摘みながら言う。


「まだ、

 普通の人と一緒に生活できるほど、

 大人じゃないの」


白羽

「……雛」


雛の声は、

自嘲でもなく、

諦めでもなかった。


ただ、

現状をそのまま言っている。


「でも」


袋の中身を確かめてから、

少しだけ顔を上げる。


「ヴォイド様から、

 いっぱい手紙くるし」


「今とっても幸せ」


白羽

「……」


「あなたみたいなのも、

 落ちてくるしね」


白羽

「……落ちてきちゃいました」


「ふふ」


「飽きないわ。本当に」


白羽は、

その横顔を見て、

思わず口元を緩めた。


白羽

「ここ……

 いい場所ですね」


「でしょ」


少しだけ誇らしげだった。


二人は、

それ以上言葉を重ねず、

ゆっくりと森を歩く。


枝を拾い、

実を摘み、

必要な分だけを集める。


狩りでもなく、

戦いでもなく。


ただ、

ここで生きている時間。


森は静かで、

風は穏やかで。


白羽は、

この時間を――

悪くないと思った。



二人で、

袋の中身を確かめながら歩いていた、

その時。


足元の草が、

かさ、と揺れた。


次の瞬間。


細長い影が、

するりと這い出る。


「……(ぬる)」


「――――っ!?」


白羽が反応するより早く、

雛の悲鳴が森に響いた。


「きゃああああああ!!」


にょろ。


白羽

「あ!蛇さん!」


白羽は、

反射的に手を伸ばし――


ひょい。


蛇の胴体を、

あっさり掴んだ。


「ちょっ!?

 なに自然に掴んでるの!?」


白羽

「蛇です」


「分かってるわよ!!

 離して!!」


蛇は、

暴れる様子もなく、

白羽の腕に巻き付いている。


白羽

「えーこの子、

 毒はないですよ」


「そういう問題じゃない!!」


白羽は、

蛇の目を覗き込む。


丸い瞳。

小さく舌を出す。


白羽

「懐かしいなぁ……」


白羽

「私も無人島で、

 初めて蛇を見たときは」


「……?」


白羽

「びっくりして腰を抜かしました」


「でしょうね!!」


白羽

「でも」


白羽は、

指先で鱗をなぞる。


白羽

「よく見ると、

 目とか……

 鱗とか……」


白羽

「……ちょっと可愛いかも?

 そう思えるようになって」


白羽

「今では、この通り。

 バッチリお友達です!」


雛は、

何も言わずに聞いている。


白羽

「もしかしたら」


白羽

「私達も……

 同じなのかも」


きゅっ


蛇は、

白羽の腕に巻き付きながら、

小さく体を動かす。


白羽

「知らなければ、怖い。

 近づかなければ、分からない」


白羽

「でも、ちゃんと見れば」


白羽

「一緒にいられるんです」


一拍。


白羽

「意外と―――

 単純なのかもしれません」


「……」


白羽は、

雛のほうを見る。


白羽

「雛も……

 せっかくですしもう一歩、

 いきましょ?」


「……え?」


白羽

「蛇さんと親友になるための、

 登竜門です」


「なにそれ……」


白羽

「大丈夫です」


白羽

「逃げなければ、

 向こうも嫌がりません」


「……」


蛇と白羽を交互に見て――

小さく息を吸った。


「……ちょっとだけ」


白羽

「はい」


白羽は、

そっと手を伸ばし、

蛇の体を雛のほうへ近づける。


次の瞬間。


蛇は、

するりと――


雛の腕に、巻き付いた。


「………………」


一秒。

二秒。


完全に、フリーズ。


「……動いてる」


白羽

「生きてますから」


「……」


逃げない。

振り払わない。


蛇は、

雛の腕に沿って、

ゆっくりと体を預けている。


「……白羽」


白羽

「はい」


「……これが、登竜門?」


白羽

「初級編です」


「……初級……」


蛇が、

きゅ、と軽く締まる。


「……っ」


それでも、

雛は動かなかった。


数秒後。


「……きゅ(またね)」


蛇は、

するりと草の中へ

戻っていった。


……と。


その後を追うように、

小さな影が二つ。


細くて、

頼りない動きの蛇。


「……あ」


(親子……?)


三匹は、

同じ方向へ――

森の奥へ消えていく。


少しの沈黙。


白羽

「……ね」


「……」


白羽

「蛇さんも……

 今日を生きてます」


雛は、

小さく頷いた。


「……そうね」


雛は、

さっきまで巻き付いていた腕を見る。


そこに、

もう何もない。


それでも。


雛は、

小さく息を吐いた。


「……悪く、ないわね」


白羽

「雛、それ、

 ヴォイドさんっぽいです」


「え?

た、確かにそう……かも?」


2人は笑う。


森は、

静かに息をしていた。



◇ 夕食/雛の小屋


日が落ちると、

森は一気に静かになった。


小屋の中。

簡素な机の上に、

いくつかの皿が並ぶ。


焼き色のついた鶏肉のソテー。

香草を散らした根菜のスープ。

森で採れた実のサラダ。

それと、

少し硬めのパン。


湯気が、

ゆっくり立ち上っている。


白羽

「……お料理すごいですね」


「でしょ」


雛は、

少しだけ胸を張る。


「ちょっと頑張った」


白羽

「ありがとうございます!

じゃあ……このお肉から」


一口。


白羽

「……!!

 とてもおいしいです!」


「……ほんと?」


白羽

「はい。

 鶏肉、外は香ばしくて、

 中はちゃんと柔らかいです」


「ふふ」


「それ、

 火加減が大事なのよ」


白羽

「……さすがです」


スープを飲む。


白羽

「……スープも、

 すごく落ち着きます」


「野草、

 ちゃんと下処理したから」


白羽

「……雛、

 料理上手なんですね」


「……まあね」


照れたのを隠すように、

自分の皿に視線を落とした。


少しの沈黙。


食器が触れ合う音。

薪がぱち、と鳴る。


そして、

パンをちぎりながら、

何でもない風に言った。


「……そういえば、白羽」


白羽

「はい」


「ヴォイド様のこと、

 好き?」


――ぶっ。


白羽

「……っ!?」


完全に不意打ち。


白羽

「げほっ……!

 ちょ、ちょっと……!

 雛!?」


「あ、ごめん」


「今、

 飲んでると思わなくて」


白羽

「今じゃなかったです……!」


白羽は、

慌てて布で口元を拭く。


顔が、

分かりやすく赤い。


雛は、

そんな様子を見ながら、

何事もなかったように

スープを一口飲んだ。


「……で?」


白羽

「……で、とは」


「答えは?」


白羽

「……」


火の音が、

やけに大きく聞こえた。


ぱち、と鳴った。


白羽は、

まだ言葉を探している。


雛は、

その沈黙を待たなかった。


「私は、好き」


白羽

「……」


雛は、

白羽を見ない。


皿の上の鶏肉を、

フォークで軽く押しながら言う。


「生きてていいって、

 教えてくれた人だから」


白羽

「……」


「強いとか、

 優しいとか」


「そういうのもあるけど」


少しだけ、

声が低くなる。


「それより前に」


「“ここにいていい”って、

 最初に言ってくれた」


一拍。


「……私にとっては、

 それだけで十分なの」


雛は、

ようやく顔を上げる。


表情は、

照れてもいないし、

怯えてもいない。


ただ、

まっすぐだった。


「だから」


「好き」


白羽は、

手に持ったスープの匙を、

そっと机に置いた。


言葉が、

すぐには出てこない。


火は、

変わらず燃えている。


雛は、

それ以上何も言わず、

静かに食事を再開した。


今すぐには答えを求めていない。


白羽は、

その横顔を見ながら胸の奥が、

少しだけ熱くなるのを感じていた。



少しだけ背筋を伸ばす白羽。


雛のほうを見る。

視線は逸らさない。


白羽

「……私も」


白羽

「ヴォイドさんのこと、

 好きです」


声は落ち着いている。


でも、

迷いはない。


白羽

「助けてもらったから、

 だけじゃありません」


「……」


白羽

「一緒に過ごして、

 一緒に歩いて、

 そして。

 一緒に生きてきて」


一拍。


白羽

「……この人となら、

 どこにいてもいいと、

 思えたんです」


火がぱち、と鳴った。


白羽

「だから」


白羽

「思いきって告白も、

 しました」


雛の肩がぴくっと震える。


白羽

「……うまく、

 かわされましたけどね」


ほんの少し、

苦笑。


白羽

「それでも」


白羽

「好きです」


言い切る。


言い逃げもしない。

言い訳もしない。


雛はしばらく黙っていた。


そして――

小さく、息を吐く。


「……そっか」


その声は、

静かで。


「……じゃあ」


ゆっくり笑った。


「私たち……同じね」


火は静かに燃え続けている。

夜はまだ深くならない。



食事は終わり、

静かな時間が流れる。


焚き火が、

小さく音を立てている。


雛は、

仰向けのまま、

天井を見ていた。


「……ね、白羽」


白羽

「どうしました?」


「三千年前のこと」


少しだけ、間。


「ほとんど、覚えてないの」


白羽

「……」


「どんな会話をしたのかも、

 どんな日々を送っていたのか、も」


「全部が断片的」


焚き火が、

ぱち、と鳴る。


「記憶は有限だもの。

 三千年も経てば、

 次第に忘れてゆくし」


「思い出したくないことも

 ……いっぱいある」


白羽

「…………」


「でも」


人形のほうを見る。


「私、思うの」


白羽

「……?」


「三千年前も」


「もしかしたら……

 こんな感じだったのかなって」


白羽は、

少し考えてから答える。


白羽

「……たぶん、

 そうだったと思います」


白羽

「きっと」


白羽

「些細なことで、

 喧嘩して」


白羽

「泣いて」


白羽

「笑って」


白羽

「そうしたら、

 また喧嘩して」


白羽

「その繰り返し、

 だったんじゃないかなって」


白羽

「……でも」


白羽

「最後まで私達は、

 幸せだったと思います」


人形を静かに見つめたまま、

小さく息を吐いた。


「……そっか」


一拍。


「そうに、

 違いないわね」


それ以上、

言葉はいらなかった。



◇ エピローグ/翌朝・雛の小屋


朝の光が、

小屋の中を満たしていた。


昨日の夜が、

嘘みたいに澄んだ空気。


机の上には、

一羽の伝書鳩。


もう、筒は外されている。


手紙を畳んで置く雛。


「……なるほどね」


白羽

「状況は、

 把握しました」


「思ったより、

 派手にやってるみたい」


白羽

「らしいですね」


二人とも、

それ以上は言わなかった。


もう、

迷う段階ではない。


雛は戦闘用の黒いドレスを身に纏い、

白羽もそれに合わせて装備を整える。


出発の準備は、

ほとんど終わっている。


白羽は、最後に鞄を持ち上げた。


留め具を外し、

中身を確かめる。


そのとき――


指先に、

柔らかい感触。


白羽は、

一瞬だけ動きを止めた。


そのまま鞄を閉じようとして――

ふと、口を開く。


白羽

「……雛」


「なに?」


白羽は、

鞄の中に手を入れたまま、

視線を落とす。


白羽

「この人形ですけど」


一拍。


白羽

「本当に、私が持ってていいんですか?」


雛は、手袋を締めていた指を止め、

白羽を見る。


それから、

少しだけ間を置いて言う。


「……ええ、勿論」


「白羽に持ってて欲しいの」


白羽

「……雛」


一拍。


「でも、無くしたら殺すからね」


冗談めかした声。


白羽は、

一瞬だけ目を瞬かせて――

それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。


白羽

「……はい。

 絶対に大事にします」


「ふふ、ありがと」


白羽は人形を鞄の奥に収め、

留め具をきちんと閉じた。


迷いは、

もうなかった。


小屋を出る二人。


「じゃあ、行くわよ」


白羽

「はい」


「しっかり、

 捕まってなさい!」


次の瞬間。


黒い羽が、

風を裂く。


枯滅の黒羽が、

雛の背に広がり――

ふわり、と浮き上がる。


白羽は、

迷いなく掴まった。


白羽

「お願いします、

 雛!」


「任せなさい、

 白羽!」


二人は、

朝の空へ飛び出した。


――仲間のもとへ。

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