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第13章 七刻の零拍(前編)

◇ 旅の途中、朝のひと幕


朝の空気は澄んでいて、

焚き火の残り香が、まだ足元に漂っていた。


スレイは地面に座り込み、

干し肉をもそもそと齧っている。


腰のベルトはきっちり締めているが、

座り方のせいで、

上着とスカートの境目が少しだけずれていた。


スレイ

「いやぁ……

 朝ご飯が美味しいってことはさ」


白羽

「嫌な前振りですね」


間髪入れず。

声に一切の期待がない。


スレイ

「生きてる証拠よ、生きてる証拠」


白羽

「その理屈だと、

 食べ過ぎも全部正当化されません?」


スレイ

「細かいこと言うと太るわよ?」


白羽

「!!」


白羽は反射的に胸を張る。


白羽

「わたしは食べても

 太らない体質なんですっ!」


その直後――

白羽の視線が、ふと下がる。


赤い上着の裾。

黒いスカート。

その隙間から、ほんのわずかに覗くお腹。


白羽

「……」


言葉が止まり、

そのまま、じーっと見る。


隣で干し肉を受け取っていたシオンも、

同じところに目を向ける。


シオン

「……あ」


小さく、率直に。


シオン

「……でてる」


一拍。


スレイ

「……え?」


自分の身体に視線を落とし、

次の瞬間、ぴくっと肩が跳ねる。


スレイ

「……っ!?」


慌てて、

空いていた手でお腹を押さえる。


スレイ

「ち、ちょっと!!

 見ないでよ!!」


白羽

「ですが……

 その座り方、完全に油断してません?」


スレイ

「違うわよ!!

 これは地面が悪いの!!」


シオン

「……おにく……」


スレイ

「言い方!!」


白羽は視線を戻しつつ、

冷静に追撃する。


白羽

「昨日のおかわり、

 確か……」


シオン

「……5回……」


即答。

迷いゼロ。


スレイ

「だから数字が正確すぎるのよ!!」


白羽

「その結果が、

 今、ここに反映されているだけかと」


視線が、

一瞬だけ、ちら。


スレイ

「見るな!!

 評価を視線でやるな!!」


腕で完全にお腹を隠し、

顔を赤くする。


スレイ

「これは筋肉になる予定だったの!!

 予定!!」


白羽

「そ、そうですか……」


シオン

「……おなか……

 あったかそう……」


スレイ

「だから感想を増やすな!!」


少し離れた場所で、

ヴォイドは黙って装備を整えていた。


こちらを見ている様子はない。

それが、今のスレイには唯一の救いだった。


スレイ

「……あ、朝から

 尊厳が削られていく……」


白羽

「スレイさん

 まだ、全然細いので……

 大丈夫だと思いますよ」


一拍。


白羽

「“まだ”」


スレイ

「その但し書きが一番こわい!!」


朝の空気は澄んでいた。

だが――

スレイの油断だけが、はっきり可視化されていた。


そのときだった。


――ばさばさっ。


頭上から、羽音。


シオン

「……はと……?」


白羽

「え……?」


一羽の伝書鳩が、

見事な精度でヴォイドの肩に着地した。


ヴォイドは無言で、

鳩の脚に結ばれた筒を外す。


封蝋は簡素。

だが、見覚えのある折り方だった。


白羽

「そのお手紙、

 もしかして

 カレンさんからでしょうか?」


ヴォイド

「ああ、そのようだ」


スレイ

「おー

 あんた達、

 まだペンフレンドなんだ」


短く答え、

その場で便箋を開く。


スレイ

「で。

 内容は?

 また業務連絡?」


ヴォイドは無言で、

内容を読み始めた。


──────────────────────────────

 親愛なるヴォイド様


  タフな行動が続いています。

   その影響かスレイ先輩の食事量が増えています。


  ナッツや干し肉など、

   腹持ちの良いものを好み、間食が止まりません。


  トレーニング後であれば問題ない、

   という認識のようですが、休憩時間は伸びています。


  スタイルについて触れると反発します。

   ただし、動きの話には反応します。


  ローテーション管理よりも、

   役割を与えた方が行動は安定します。


  アイスや甘味は好物です。

   完全に制限すると機嫌が悪くなります。


  きちんと見られていると分かると一時的に自制します。

  てまを取らせてしまい恐縮ですが、一度、直接ご確認ください。


 カレン

──────────────────────────────


一瞬の沈黙。


スレイ

「……はいはいはい」


一拍。


スレイ

「はいはいはいはいはい!!」


便箋を見た瞬間、

勢いよく仰け反る。


スレイ

「食事、間食、休憩時間!!

 完全に観察対象じゃない!!」


白羽

「……全部、書いてありますね」


スレイ

「知り尽くそうとしてる!!

 私という生命体を!!」


白羽

(……生命体……)


スレイ

「なに!?

 最終的に何を目指してるの!?

 完全理解!?

 クローン作る気!?」


白羽

「いや、何もそこまでは」


スレイ

「やめなさいよ!!

 私の身体は世界に一つしかないの!!」


シオンは、

便箋を覗き込みながら、ぽつり。


シオン

「……えっち」


一瞬。


スレイ

「ちがうわ!!」


スレイ

「どこをどう読んだら

 そうなるのよ!!」


シオン

「……じろじろ……」


スレイ

「観察はしてるけど

 えっちじゃない!!

 ……たぶん!!」


白羽

(たぶん……)


スレイはヴォイドを振り返る。


スレイ

「ねえ、ヴォイドさん!!

 これ何通目!?

 もうシリーズ化してない?!」


ヴォイド

「23通目だ」


スレイ

「大人気シリーズか!」


そのとき。


シオンが、

便箋の行頭だけを、

じーっと見つめた。


シオン

「……あれ……」


スレイ

「今度はなに!

 私という存在に

 新事実でも見つかった!?」


シオン

「……たて……」


白羽

「縦……?」


シオンは、

指で行頭をなぞる。


シオン

「た

 な

 と

 す

 ろ

 あ」


スレイ

「……は?」


シオン

「き

 て」


白羽

「あ」


スレイ

「あ」


一拍。


スレイ

「うんうん、ちょっと待ってね」


そう言ってから、

一拍。


スレイ

「体型管理レポートに―――

 呼び出し暗号仕込むな!!」


白羽

「自然すぎて

 全く気づきませんでした…」


スレイ

「性格悪っ!! あの子!!

 遠回しすぎ!!

 しかも私をネタに!!」


便箋をひらひらと振り回しながら、

スレイは大きくため息をついた。


スレイ

「もうさぁ……

 素直に“来てください”って

 書けばいいのにさぁ……」


白羽

「カレンさんなりの

 配慮なのでは?」


スレイ

「どこがよ!!

 配慮の皮を被った

 執念よ執念!!」


シオン

「……あおいの……

 ひねくれ……」


スレイ

「でしょ!?

 で、こういう時って

 だいたい面倒な用件なのよね!!」


ヴォイドは、

便箋を丁寧に畳み、

懐にしまった。


そして、短く。


ヴォイド

終徴管理局タナトスロアに向かう」


その一言で、

すべてが決まった。


スレイ

「はい決定〜〜〜!」


白羽

「やっぱり」


スレイ

終徴管理局タナトスロア行き確定!!

 もう逃げ場なし!!」


シオン

「……いく……?」


ヴォイド

「ああ」


スレイは拳を握り、

前を向く。


スレイ

「よーし。

 じゃあ行きましょ」


一拍。


スレイ

「カレンを一発殴らないと

 気がすまない!!」


白羽

「目的が、完全に変わってますね…」


スレイ

「これは正当防衛よ!!

 精神的被害に対する!!」


ヴォイド

「……やりすぎるな」


スレイ

「努力はする!!」


こうして。


体型管理という名の業務連絡に導かれ、

そしていつもの調子で騒ぎながら、

一行は――

終徴管理局タナトスロアへ向かうことになった。



◇ 終徴管理局タナトスロアに向かう道中


終徴管理局タナトスロアの拠点は、

地図上ではここからかなり離れている。


通常ルートで進めば、

七日以上はかかる距離だ。


スレイ

「……ねえ、遠くない?」


白羽

「脚が棒になってしまうかも……です」


ヴォイドは歩みを緩めず、

短く言った。


ヴォイド

「近道を使う」


スレイ

「あー……はいはい

 管理局御用達のね。」


ヴォイド

「ああ」


それ以上の説明はなかった。


選ばれた道は、

地図には載っていない。


昼と夜の境が曖昧で、

風向きも、音も、一定だった。


同じ景色を歩いているはずなのに、

時間だけが、少し早く進んでいる。


スレイ

「体感がおかしくなるやつね、これ」


白羽

「思ったより……静かです」


白羽は歩きながら、

ふと視線を落とした。


足取りは軽い。

道も、異様なほどに整っている。


……静かすぎる。


スレイ

「ん?

 どしたの、急に黙って」


白羽は少し迷ってから、

小さく息を吐いた。


白羽

終徴管理局タナトスロア……」


スレイ

「そうよ。

 “世界を管理する側”」


白羽

「……」


言葉を選ぶように、

白羽は続けた。


白羽

「本来なら……

 私とシオンちゃんは、

 そこでは“保護対象”ではなくて……」


一拍。


白羽

「……処理対象、ですよね」


シオン

「……ころす……?」


白羽

「はい……おそらく」


空気が、

わずかに張る。


スレイは一瞬だけ足を止め、

頭を掻いた。


スレイ

「ま、そりゃそうよね」


白羽

「大丈夫なんですか?」


スレイ

「分からない」


即答だった。


スレイ

「だって、

 今の立場だと、

 私も処罰対象だし?」


白羽

「……え」


スレイ

「脱退。

 規定違反。

 未帰還。」


指を折って数える。


スレイ

「はい、死刑」


白羽

「わ、笑えません!」


スレイ

「でもさ―――

 笑わないとやってられないじゃん?

 だから、あとはカレンに委ねるわよ」


ヴォイドは、

何も言わず黙っている。


白羽

「カレンさんが、

 間に入ってくれるとは思いますが

 それでも……」


スレイ

「その時はその時よ」


一拍。


スレイ

「タナトスロアはね、

 敵か味方かじゃないの」


白羽

「……」


スレイ

「“必要か、不要か”それだけ」


スレイ

「だから―――

 抜けたの。」


再び歩き出す。


遠くに、

石造りの外壁が見え始める。


白羽

「やっぱり、

 ピクニック…ではありませんね」


スレイ

「……面倒なの、確定コースね」


ヴォイド

「……覚悟は、しておけ」


それ以上は、言わなかった。


終徴管理局タナトスロア


確実に、

近づいている。



◇ タナトスロア・正門前/夕方


数日間の旅を経て、

一行はようやく目的地の目前に辿り着いた。


遠くからでも分かる、

巨大な石造りの外壁。


高く、厚く、

容易に越えることを想定していない構造。


白羽は、その場で立ち止まり、

深く息を吐いた。


白羽

「はぁ……はぁ……

 や、やっと着きました……」


一歩、踏み出そうとして――

足が、言うことを聞かない。


白羽

「あ、あれ……?」


ぐらり。


スレイ

「ちょ、白羽ちゃん!?

 大丈夫!?

 限界きてない!?」


白羽

「も、もう……

 脚が……脚が棒で……」


スレイ

「……奇遇ね。

 あたしも今、

 脚って概念を見失ってるとこだったわ…」


その横で、

ヴォイドは淡々と歩いていた。


その背中には――


シオン。


すっかり安心しきった様子で、

ヴォイドの背におぶわれている。


小さな腕が、

外套の肩口をぎゅっと掴み、

揺れに身を任せている。


シオンは、

二人を見下ろして――


にこ。


シオン

「……しろいおねえちゃん……

 あかいの……」


一拍。


シオン

「……よわよわ……」


スレイ

「……」


白羽

「……」


二人、同時に顔を上げる。


スレイ

「……は?」


白羽

「……い、今……

 なんと……?」


シオン

「……あるけない……

 へろへろ……」


完全に安全圏。


スレイ

「ま、マセガキこら!

 なにが“よわよわ”よ!

 一人だけ楽してるくせに!」


白羽

「ず、ずるいです!!

 シオンちゃん!

 その位置、ずるすぎます!!」


シオン

「……ぱぱ…のおかげ

 せかいでいちばん

 つよい……」


ヴォイド

「そうか」


スレイ&白羽

「「ちょろい!!」」


一瞬だけ、

騒がしい声が響く。


だが――


その先に見えるものが、

否応なく現実を引き戻した。


巨大な正門。


石材には、

明確な装飾が施されている。


七つの短い線。

それらを束ねる、ひとつの輪。


薄い金属板を嵌め込んだような紋様が、

門扉の中央に据えられていた。


白羽

「……」


白羽は、

その紋様から目を離せずにいた。


胸の奥が、

小さくざわつく。


(……あれ……?)


形。

配置。

線のバランス。


(これ、どこかで……)


理由は分からない。

名前も出てこない。


ただ――

「知っている」と、

感覚だけが告げていた。



門の前。


少し離れた場所に、

ひとり、制服姿の人物が立っていた。


距離は、まだある。

声をかけるには、少し遠い。


その人物が――

こちらを見た。


一瞬。

ほんの一瞬だけ、

動きが止まる。


次の瞬間、

はっきりと表情が崩れた。


カレン

「……っ!」


足が、半歩だけ前に出る。


けれど、すぐには走らない。

立場を思い出したように、

一度、姿勢を整える。


それから――

小さく、息を吸って。


カレン

「……お久しぶりです!

 先輩!!」


声は落ち着いている。

けれど、目は少しだけ潤んでいた。


スレイ

「…………」


一拍。


スレイ

「……カレン」


距離を詰める。

早足。

ほとんど駆け足。


すぐ目の前で、止まる。


次の瞬間。


ごつん。


迷いのない拳骨が、

カレンの頭に落ちた。


カレン

「ふ…ふぇっ!?!?」


スレイ

「何勝手に

 “あたしの飼育計画”なんて

 作ってんのよ!!」


カレン

「え、えっ!?

 その件は……!」


スレイ

「食事! 間食! 体調!

 何あれ!? 観察日誌!?」


シオン

「……えっち記録……」


スレイ

「違うわ!!」


カレン

「あれは、その……

 先輩が心配で……」


スレイ

「心配の方向性が

 完全に飼育員なのよ!!」


一拍。


スレイ

「……でも」


声が、少しだけ落ちる。


スレイ

「……生きてたのね」


その言葉と同時に。


ぎゅっ。


今度は、

逃げ場のない抱擁。


カレン

「……っ!」


一瞬、身体が固まる。


でもすぐに、

ゆっくりと力を抜いて。


カレン

「……会いたかったです、先輩」


小さく、

でも確かに嬉しそうに笑う。


スレイ

「ほんっと心配したんだからね!?

 あんたさ、ああいう別れ方してさ!」


カレン

「すみません……」


スレイ

「生きててくれたから許すけど!!」


抱きしめたまま、

ぐりぐりと頭を押しつける。


カレン

「せ、先輩……

 ちょっと苦しいです……」


スレイ

「我慢なさい!!

 これは安心確認よ!!」


白羽は、

その様子を少し離れて見ていた。


白羽

(よかった……ですね……)


シオンも、

ヴォイドの背中から身を乗り出す。


シオン

「……あおい、お姉ちゃん……」


カレンは、

はっとして二人を見る。


カレン

「……白羽さん。

 シオンちゃん」


一拍置いて、

きちんと姿勢を正す。


カレン

「ご無沙汰しています。

 お二人とも……

 無事で、本当によかったです」


白羽

「はい……!

 カレンさんもお元気そうで」


シオン

「……また

 あえた……」


カレン

「……はい!」


小さく、優しく頷く。


それから。


最後に、

視線がヴォイドへ向いた。


一瞬。


呼吸が、わずかに詰まる。


カレン

「ヴォ、ヴォイドさん……!」


一歩、前へ。


ぎこちなく、

でもはっきりと手を差し出す。


カレン

「お、お久しぶりです……

 お手紙…いつも……

 ありがとうございます!」


顔が、

みるみる赤くなる。


ヴォイドは一拍だけ間を置き、

その手を取った。


短い握手。


カレン

「……っ!!」


一気に、

首まで真っ赤になる。


カレン

「ち、ちか……!

 ちょっと……近いかも……です!」


ヴォイド

「……?」


スレイ

「あんた……まだ完治してないね」


白羽

「ファイト…です!」


シオン

「……かお、あかい……」


カレン

「で、でもでも……!

 来てくださって……

 本当に、嬉しいです……!」


ヴォイド

「……ああ」


短い肯定。


それだけで、

十分だった。


門の前。


ここが敵地だということを、

誰もが理解している。


それでも――

この一瞬だけは。


確かに、

“再会の場所”だった。



ひとしきりのやり取りが終わり、

笑い声が、ゆっくりと風に溶けていく。


その余韻を、

断ち切るように――


カレンは、小さく一歩、下がった。


スレイ

「……?」


その変化は、

ほんのわずかだった。


けれど。


背筋が伸び、

呼吸が整い、

視線が“門”へ戻る。


それだけで、

空気が変わる。


カレン

「……失礼しました」


声は、

先ほどよりも低く、静か。


カレン

「ここから先は……

 終徴管理局タナトスロアの領域です」


白羽は、

無意識に息を呑んだ。


さっきまでの“後輩”ではない。

“仲間”でもない。


――管理局の人間だ。


スレイ

「……切り替え、早いわね」


カレン

「職務ですので」


言い切り。

でも、冷たくはない。


ただ、揺れていない。


カレン

「正式な手続きは、すでに通っています」


視線が、

白羽とシオンに向く。


カレン

「ただし……」


一拍。


カレン

「規定上、

 お二人は“管理対象”です」


白羽

「……はい」


分かっていた。

それでも、

胸の奥が、きゅっと縮む。


シオン

「……ころされる……?」


カレンは、

一瞬だけ言葉を選ぶ。


カレン

「……処理対象、ではありません」


はっきりと。


カレン

「現時点では」


スレイ

「言い方ぁ……」


カレン

「誤解を招かないように、

 正確に申し上げています」


スレイ

「そこが怖いのよ、管理局」


カレンは、

その言葉を否定しなかった。


ただ、

門へと向き直る。


カレン

「――開門を要請します」


門の脇に設けられた装置に、

手をかざす。


低く、

金属が擦れるような音。


ごご……。


巨大な正門が、

ゆっくりと動き始める。


内部から、

冷えた空気が流れ出す。


白羽

「……」


白羽

(説明より先に、

 身体が理解してしまう場所ですね……)


中が、見える。


整然とした回廊。

無駄のない配置。


人の気配はないのに――

“見られている”感覚だけが、確かにある。


スレイ

「……相変わらず、

 歓迎されてる気がしないわ」


シオン

「……いく……?」


ヴォイド

「ああ」


短い返事。


それだけで、

全員の足並みが揃う。


カレンは、

一度だけ振り返った。


スレイを見る。


ほんの一瞬。

さっきの、

“後輩の顔”が戻る。


カレン

「……先輩」


スレイ

「なによ」


カレン

「中では……

 あまり、騒がないでくださいね」


スレイ

「努力はする」


カレン

「“努力”で済まない場合は……」


スレイ

「はいはい、

 拳骨は外でね」


冗談めいた声とは裏腹に、

スレイは一瞬だけ視線を逸らした。


その笑いが、

自分を守るためのものだと、

誰もが気づいて――

誰も、口にはしなかった。


カレン

「……検討します」


白羽

「検討なんですね……」


門の内側へ、

一歩。


夕暮れの光が、

背後で遮られる。


ご、と。


重い音を立てて、

門が閉じる。


外の世界が、

完全に切り離された。


歩き出しながら、

静かに告げる。


カレン

「――終徴管理局タナトスロアへ、

 ようこそ」



◇ タナトスロア内部/移動区画


門を抜けてから、

どれくらい歩いたのかは分からない。


白羽は、気づけば歩幅を揃えていた。


誰かに命じられたわけでもない。

ただ、この場所では、

勝手な速度で歩くことが

許されていない気がした。


(……施設、というより……)


言葉が、最後まで浮かばない。


白羽は、それ以上考えるのをやめた。


通路の脇に、

広い空間が開ける。


柵越しに見えるのは、

巨大な演習場。


人影はない。

だが、地面には無数の痕跡。


焼け焦げ。

切断痕。

再生した跡。


白羽

「……」


言葉が、途中で止まる。


白羽

「……ここ……」


カレン

「災厄対処部門の演習区画です」


歩みを止めずに言う。


白羽

「……全部……」


カレン

「はい」


即答だった。


カレン

「全部、“起きたこと”です」


白羽は、それ以上聞かなかった。

聞かなくても、分かってしまったからだ。


シオン

「……ここ……

 あそぶとこ……?」


カレン

「いいえ」


即答。


カレン

「“止める”ための場所です」


演習場を抜ける。


次に通されたのは、

長い回廊に並ぶ、

半透明の壁。


内側には、

整然と並べられた武器。


銃器。

刃物。

用途の分からない器具。


どれも、

使われた形跡がある。


スレイは、

一瞬だけ視線を走らせて、

すぐに逸らした。


白羽

「……全部、実戦用……」


カレン

「はい」


カレン

「保管ではありません。

 使う前提です」


白羽

「……誰に、使うんですか」


一拍。


カレン

「世界に、です」


その言い方に、

言い逃れはなかった。



通路は、さらに奥へ。


今度は、

人の気配が増える。


すれ違う職員たちは、

こちらを一瞥するだけで、

すぐに視線を戻す。


好奇心はない。

敵意もない。


ただ、

“情報として認識している”視線。


白羽の背筋が、

自然と伸びる。


カレン

終徴管理局タナトスロアは、

 英雄を育てる場所ではありません」


カレン

「世界にとって、

 説明がつかなくなった現象を……」


足を止めずに続ける。


カレン

「“世界が壊れる前に”、

 終わらせる組織です」


シオン

「……おわらせる……」


カレン

「はい」


白羽

「救済、ではなく……」


カレン

「継続です」


白羽

「……」


その言葉が、

妙に重く残る。


スレイは、

相変わらず黙っている。


まるで、

“ここでは喋らない”と

決めているかのように。


白羽

「スレイさんは……」


言いかけて、

口を閉じる。


聞かなくていいことだと、

分かってしまった。


カレン

「先輩はあまり、

 終徴管理局(タナトスロア)のことを

 話さなかったかと思います」


少しだけ、

声を落とす。


カレン

「ここを知ると、

 立場が、

 否応なく定まってしまうからです」


白羽

「立場……」


カレン

「“守られる側”か、

 “処理される側”か」


シオンが、

ヴォイドの外套を掴む。


シオン

「……いや……」


ヴォイド

「……」


ヴォイドは、

一度も視線を揺らさない。


まるで、

この場所を

“理解する必要がない”かのように。


通路の先に、

次の扉が見える。


カレン

「――ここから先は、

 判断が下される区画です」


一拍。


カレン

「これが……

 タナトスロアです」


誰も、

反論しなかった。


ただ、

歩みを止めなかった



◇ タナトスロア内部/居住区画への通路


判断区画を離れ、

さらに奥へと進む。


通路の雰囲気が、

わずかに変わった。


無機質さは変わらないが、

人の気配が、はっきりとある。


カレン

「この先が、

 私の居住区画です」


白羽

「……ここで、

 一息つけるんですね……」


カレン

「はい。

 最低限ですが……」


そのとき。


前方から、

複数の足音。


規則正しい歩調。

迷いのない動き。


数人の女性隊員が、

こちらに向かって歩いてくる。


制服。

階級章。

――見覚えのある部隊章。


スレイは、

一瞬で理解した。


スレイ

(あの子たち……

 私の部隊にいた……)


顔には出さない。

けれど、

肩が、ほんの少しだけ硬くなる。


すれ違いざま。


ひとりが、

視線を向ける。


冷たい。

評価する目。


女性隊員

「……戻ってきたんですね、

 "スレイさん"」


声は低く、

事務的。


スレイ

「ただいま、って言う場面?」


女性隊員

「そういう意味ではありません」


立ち止まりもしない。


別の一人が、

ぽつりと続ける。


女性隊員

「……逃げた人が、

 よく戻れますね」


空気が、

ぴんと張る。


白羽

「……っ」


シオンが、

ヴォイドの影に隠れる。


スレイは、

いつものように笑おうとする。


スレイ

「やだなぁ、逃げたって」


軽口。


でも――

続きが、

一拍遅れる。


女性隊員

「私たちは、

 残りました」


女性隊員

「規則の中で」


視線が、

真っ直ぐに刺さる。


女性隊員

「……それだけです」


その瞬間。


カレンが、

一歩前に出た。


カレン

「――その発言は、

 記録に残りますよ」


声は静か。

感情は、抑えられている。


職員たちが、

一斉にカレンを見る。


女性隊員

「……失礼しました」


形式的に、頭を下げる。


だが、

視線は、最後まで冷たい。


彼女たちは、

何も言わずに歩き去った。


足音が、

遠ざかる。


沈黙。


スレイ

「……相変わらずね」


笑って言う。


けれど。


白羽は、

気づいていた。


その声が、

いつもより少しだけ、

軽いことに。


カレン

「……先輩」


振り返る。


スレイ

「平気平気」


即答。


スレイ

「正論だもの」


一拍。


スレイ

「残ったあの子たちから見れば、

 あたしは“途中で降りた人”」


肩をすくめる。


スレイ

「それ以上でも、

 それ以下でもない」


カレン

「……」


カレン

「それでも……

 守られるべき言葉があります」


スレイ

「ありがと」


短く。


でも、

視線は、少しだけ下を向いたまま。


シオンが、

そっと近づく。


シオン

「……あかいの……」


スレイ

「なに?」


シオン

「……いたい……?」


スレイ

「……」


一拍。


スレイ

「……ちょっとだけ」


一瞬の沈黙。


ヴォイドが、

スレイの前に立つ。


何か言う気配はない。


ただ――

そのまま、手を伸ばした。


ぽん、と。

軽く、頭に置かれる。


スレイ

「……!」


ヴォイド

「お前は、選んだ」


短く。


ヴォイド

「それでいい」


それだけだった。


余計な言葉はない。

慰めでも、励ましでもない。


スレイは、

一瞬だけ目を伏せ――


スレイ

「……」


小さく、息を吐く。


スレイ

「……ずるいわ、そういうの」


ヴォイドは、答えない。

ただ、手を離す。

それで終わりだった。


スレイ

(……まったく、

 気も落とさせてくれないったら)


足音が、ひとつ分だけ、近くに残った。


それから、しばらくして。


カレン

「着きました」


扉の前で、

足を止める。


カレン

「ここが、

 私の部屋です」


小さな区切り。


冷たい通路の中で、

初めて――

「個人」の空間だった。


カレン

「どうぞ。

 散らかってますけども」


扉が、

静かに開く。


スレイは、

一歩踏み出してから、

小さく息を吐いた。


スレイ

「……ふう」


一息。


ほんの少しだけ、

鎧を脱げる場所に、

たどり着いた。



◇ タナトスロア内部/カレンの私室


扉が閉まると、

外の空気が、はっきりと遮断された。


室内は、思ったよりも狭い。


簡素な机。

整えられた書棚。

壁際に置かれた、

必要最低限のベッド。


カレン

「……どうぞ。

 ここなら、少しは……」


言い終わる前に。


スレイ

「もう――無理ぃぃ!!」


どさっ。


迷いゼロのダイブ。


ベッドが、

きし、と小さく音を立てる。


スレイ

「はぁぁぁ……!!

 満たされるぅぅ……!!」


シオン

「……!」


一拍遅れて。


よじっ。


シオンも、

器用にベッドへ這い上がる。


ぽすっ。


スレイ

「ちょ、あんたも来るの?」


シオン

「……やわらかい……」


スレイ

「でしょでしょ」


そのまま――


ずさっ。


布団を抱きしめる。


ぎゅっ。


すん。


すんすん。


すぅ~~~~~……


スレイ

「…………っ」


すん、すん、すん。


スレイ

「……っはぁ……(完全回復)」


カレン

「――せ、先輩っ!!??」


顔が、

一瞬で真っ赤になる。


カレン

「な、なにを……!

 なにをしてるんですかぁ!!」


スレイ

「待って……

 今すごくいいところ……」


すんすん。


スレイ

「これ……

 シャンプーの残り香……」


カレン

「――っ!?」


一瞬、

言葉が詰まる。


スレイ

「ちゃんと乾かしてない日のやつ……

 あと、ほんのり香水……

 つけすぎないタイプ……」


カレン

「や、やだ!!

 やめてください!!

 聞きたくありません!!」


顔が、

みるみる赤くなる。


カレン

「そ、そういうの!!

 言葉にしないでくださいっ!!」


スレイ

「カレンの……におい……」


カレン

「~~~~っ!!」


声にならない悲鳴。


慌てて、

スレイの肩を掴む。


引っ張る。


ぐいっ。


スレイ

「ちょ、ちょっと!!

 今いいところなのに!!」


カレン

「よくありません!!

 完全に変態です!!

 変態、変質者、痴漢!!」


スレイ

「失礼ね!!

 ちゃんと生活してるか

 確認しただけだって!!」



一方、その横。


シオンは――


すでに。


すぅ……。


小さな寝息。


完全に、

夢の世界。


スレイ

「……」


カレン

「……」


二人、同時に視線を落とす。


カレン

「……え」


スレイ

「……早っ」


スレイ

「さっきまで

 一緒に転がってたわよね……」


カレン

「……寝ました……?」


スレイ

「……寝たわね。

 しかも、秒で……」


カレン

「……ずるい……」


ぽつり。


完全にカオス。



部屋の反対側。


白羽は、

机の資料を丁寧に手に取っていた。


白羽

「すごい資料……!

 分類も整理も、完璧ですね……

 更新履歴まで……」


ヴォイドは、

書棚の前。


無言で、

背表紙を追う。


ヴォイド

「……現場記録か」


白羽

「実地対応の後処理まで……

 徹底しています……」


ページを戻そうとして、

白羽の指が、ふと止まる。


白羽

「……あれ……?」


机の隅。

資料の山とは別に、

一枚だけ、透明な保護シートに挟まれたもの。


白羽は、

それをそっと引き抜いた。


写真だった。


白羽

「……写真……?」


色あせは少ない。

だが、明らかに最近のものではない。


そこに写っていたのは――


スレイと、カレン。


まだ制服が今よりも新しく、

肩章の位置も、今とは違う。


スレイは、

今より少しだけ若い。

それでも、変わらない笑顔で、

片手を腰に当てて、雑に立っている。


その隣。


カレンは、

わずかに距離を保ちながらも、

スレイの方を向いていた。


姿勢は少し硬く、

それでも――

表情だけは、はっきりと柔らかい。


白羽

「……」


言葉が、出なかった。


写真の端。

小さく、手書きの文字。


《作戦後・無事帰還》


それだけ。


だが――

折れも、擦れもない。


何度も見返した形跡がない代わりに、

“丁寧にしまわれていた”ことだけが、

はっきり分かる。


白羽

「……大切に……

 されてるんですね……」


ぽつり。


ヴォイドは、

白羽の手元を一瞥し――

何も言わなかった。


ただ、

その写真の配置を見て、

理解したように視線を戻す。


ヴォイド

「……そのようだな。」


短く。

それだけだった。


白羽は、

そっと写真を元の位置に戻す。


資料の一番上ではない。

だが、一番取り出しやすい場所。


机の“作業空間”の、

ほんの端。


仕事の邪魔にならず、

けれど、

必ず視界に入る場所だった。


スレイ

「温度差ぁ!!」


ベッドの上から、

いつもの声。


スレイ

「ねえあんたたち!!

 この変態とカオス、

 見えてる!?」


白羽

「見えてはいますが……」


ヴォイド

「通常運転だ」


スレイ

「なにがよ!!」


カレンは、

その様子を見て――


小さく、息を吐いた。


カレン

「……ふふ」


自分でも驚くほど、

自然な笑み。


ここは、

終徴管理局タナトスロア


それでも、この部屋だけは――


一瞬だけ、

“人が戻れる場所”だった。



湯気の立つカップが、

一人ずつ配られる。


紅茶の香りが、

静かに部屋へと満ちていった。


スレイ

「……生き返る……」


一口飲んで、

率直な感想。


白羽

「落ち着きますね……」


カレン

「強めに抽出しています。

 眠らないように」


冗談めいた口調とは裏腹に、

カレンの視線はすでに卓の上に落ちていた。


一拍。


カレンは、

一枚の封緘資料を取り出す。


広げる。


文字は少ない。


だが、紙質と封印の印が、

それが“最重要機密”であることを

雄弁に物語っていた。


カレン

「……本題に入っても、

 よろしいですか」


スレイ

「ん。

 その顔、嫌な予感しかしない」


白羽

「な、何でしょう……」


カレンは小さく頷き、

静かに言った。


カレン

「タナトスロアの

 最重要機密が、

 持ち出されました」


一瞬、

空気が止まる。


白羽

「も、持ち出し……?」


スレイ

「盗難ってこと?」


カレン

「はい」


短く、肯定。


カレン

「対象は――

 X-0マテリアル」


一拍。


カレン

「通称、ゼロ因子です」


スレイの表情が、

わずかに強張る。


スレイ

「……冗談でしょ。

 あれ、管理局の――」


カレン

「最深部保管庫に

 保管されていました」


言葉を遮るように続ける。


カレン

「外部侵入の痕跡はありません。

 警備記録も正常。

 封印も、破られていない」


一拍。


スレイ

「……内部の人間ね」


カレン

「可能性は高いです」


沈黙。


その重さを、

全員が理解する。


白羽

「行き先は……

 分かっているんですか?」


カレンは、

卓上に地図を広げた。


指先が示すのは、

湿原の奥。


カレン

「因果観測第2研究所。

 通称、サイト2」


スレイ

「ここって、

 スヴォーク湿原の奥にある……」


カレンは小さく頷く。


カレン

「現在、内部判断により

 公式部隊の投入は

 見送られています」


スレイ

「じゃあ、なんで

 私たちに話が来るの?」


その問いに、

カレンは一瞬だけ間を置いた。


カレン

「ゼロ因子は――

 七災の観測・解析過程で

 得られた情報を

 一つに集積した媒質です」


白羽

「……情報、ですか」


白羽

「では、

 触れたら即、危険とか

 そういうものでは……?」


カレン

「危険ではありません」


即答。


一拍。


カレン

「ただし――

 とても、不安定です」


白羽

「……不安定」


カレン

「七災それぞれの挙動、

 発生条件、観測記録。

 本来なら交わらないはずの情報が、

 一つの形に束ねられている」


スレイ

「つまり」


静かに、

しかしはっきりと。


カレン

「強い干渉を受けた場合、

 予測不能な挙動を示す

 可能性があります」


一拍。


カレン

「特に、

 因果に対する干渉が

 大きくなった場合は」


白羽

「何が起こるか、

 分からない……?」


カレン

「そう考えてください」


一拍。


カレン

「だからこそ、

 回収には

 慎重さが求められます」


視線が、

自然と中央に集まる。


ヴォイドは、

黙って紅茶を置いた。


ヴォイド

「……面倒な代物だ」


それだけ。


説明も、

断定もない。


だが、

軽く扱っていいものではない――

それだけは、十分に伝わった。


カレン

「以上が、

 現時点で共有できる情報です」


地図の上で、

サイト2の印が、

静かに存在感を放っていた。



カレンは、

視線をヴォイドに向けたまま、続けた。


カレン

「だからこそ――

 一度、長官に会っていただきたいのです」


一拍。


スレイ

「……やだ」


即答。


白羽

「……え?」


スレイ

「やだやだ。

 本気でやだ。

 あの人だけは、ほんとに無理」


椅子にもたれ、天井を見る。


スレイ

「厳しい。

 細かい。

 風紀、服装、姿勢、歩き方、全部」


白羽

「……要するに、

 スレイさんが

 全部ダメなのでは……」


シオン

「……あかいの……

 ぜんぶ……

 だめ……」


スレイ

「結論、雑すぎない!?」


身を起こし、指を立てる。


スレイ

「しかもね、スカートよ!?」


腰に手を当て、

わざとらしく一回転する。


スレイ

「丈まで注意されるのよ!!

 そんなの、個人の自由じゃない!?」


カレン

「規定上、

 余裕でアウトです……先輩」


スレイ

「えー、でもさぁ?」


一歩、前へ。

ヴォイドの正面で止まり、

つま先立ちになる。


スレイ

「実際のところ、

 どうなのよって」


くるりと背を向け、

裾を指でつまみ、

少しだけ持ち上げる。


スレイ

「ね、ヴォイドさん?」


肩越しに振り返り、

にやり。


スレイ

「私のスカート、短い?」


ヴォイド

「……知らん」


即答。


スレイ

「えー?」


半歩前に出て、

わざと片足を前に出す。


スカートの裾が、自然に引っ張られる。


スレイ

「ちゃんと見てよ」


言い方は軽く、

半分は冗談、半分は挑発。


裾を、指先でちょん、と弾く。


スレイ

「ほら、確認――」


一拍。


ぼかっ。


スレイ

「いったぁぁぁ!?」


頭を押さえて跳ねる。


スレイ

「ちょっと!?

 見る前に殴るの反則でしょ!!」


ヴォイド

「確認は不要だ」


白羽

「十分、短いかと……」


シオン

「……ちじょ……」


スレイ

「はあああぁぁぁ!?」


両手を広げて抗議する。


スレイ

「違うでしょ!!

 これは悪戯!!

 悪戯だから!!」


一息。


視線が、ふと逸れる。


スレイ

「で……

 話を戻すけどね」


声が、ほんの少しだけ落ちる。


スレイ

「目、合うだけでね……

 身体が、勝手に固まるの」


白羽

「……」


スレイ

「怒ってない。

 何も言ってない。

 ただ、見てるだけ」


一拍。


スレイ

「なのに、

 “あ、今の私アウトだな”って

 身体が先に分かる」


シオン

「……つよい……」


スレイ

「そう。

 理屈じゃなく、

 絶対的に強い」


……こつ。


廊下の奥で、

小さく音が鳴った。


カレンは、

静かに口を開く。


カレン

「長官は――

 終徴管理局タナトスロア

 創設者の一人です」


白羽

「……創設者……」


カレン

「災厄を、

 討つ対象ではなく、

 管理対象として扱う――

 その思想を定義した方です」


……こつ、こつ。


足音が、

確実に近づく。


スレイ

「聞けば聞くほど、

 私と致命的に合わない……」


カレン

「そして……

 タナトスロア現行戦力の中で、

 間違いなく最強です」


白羽

「の、能力は……?」


カレン

「神速の剣技、とだけ」


一拍。


……こつ。


音が、

扉の前で止まる。


――こん、こん。


控えめで、

迷いのないノック。


紅茶の湯気が、

静かに揺れた。


扉が、開く。


室内に、

一人の女性が入ってくる。


その瞬間。


スレイの背筋が、

無意識に伸びた。


息を吸う。

それだけの動作が、

一拍、遅れる。


見渡せば――

誰もが、

同じように動きを止めていた。


カレンは、

反射的に一歩前へ。


カレン

「終徴管理局長官――」


一拍。


カレン

「七刻の零拍。

 レイファ・クローディア様です」


視線が、

ゆっくりと巡る。


そして、

ほんのわずかに表情が緩む。


レイファ

「皆さん、

 よくここまで

 いらっしゃいました」


レイファ

「無事で何よりです」


その声に、

“歓迎”とは別の圧が滲むのを、

誰もが理解した。


スレイは、

口をぱくぱくさせながら、

ヴォイドを見る。


スレイ

「……スカート、

 今から替えてくるべき?」


ヴォイド

「……無駄だ」



――前編・了


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