第12.5章 外伝 〜同じマスに、帰る場所〜
◇リューエ村・朝/宿の一室
――平和な朝。
木枠の窓から差し込む光は、
水面に反射した陽射しみたいに、
白いカーテンをゆらゆらと揺らしていた。
焦げた匂いも、
湿った獣皮の臭いもない。
かわりに、
焼きたてのパンの匂いが、
部屋の空気を満たしている。
白羽は布団の中で、
胸に手を当てて息を吸った。
白羽
「……朝、ですね」
声は小さい。
けれど、確かに“戻ってきた”と分かる音だった。
反対側のベッドで、
スレイが盛大に伸びをする。
スレイ
「ふぇ~~~~……っ
はぁぁ……!
布団が仕事してる……!」
白羽
「昨日も同じことを言っていましたよ、スレイさん」
スレイ
「言うに決まってるでしょ!?
文明は一日で慣れちゃだめなの!」
白羽
「謎の信念ですね」
二人の間に、
気の抜けた笑いが落ちた。
その横で、
小さく布団が動く。
シオンが上体を起こし、
ぼんやりと窓を見る。
シオン
「……あさ」
白羽
「おはよう、シオンちゃん」
スレイ
「おはよー。
よく寝た?」
シオン
「……ぼちぼち」
それだけ言って、
また布団の端を掴んだ。
白羽は身支度を整えながら、
ふと思い出したように言う。
白羽
「あれ、ヴォイドさんは?」
スレイ
「あの人は一人部屋でしょ。
そのうち来るって」
シオン
「……来る」
断言だった。
◇リューエ村・朝/宿の食堂
木の床を踏む音が、
朝の静けさに混じる。
食堂にはすでに、
パンとスープが並んでいた。
三人は奥のテーブルに腰を下ろす。
スレイ
「は~……
ちゃんとしたご飯……」
白羽
「落ち着いて食べられるのは、
ありがたいですね」
シオンは黙々と、
パンをちぎってスープに浸している。
しばらくして。
食堂の扉が開き、
背の高い影が入ってきた。
ヴォイド
「……」
スレイが顔を上げる。
スレイ
「おはよーございます、
別部屋さん」
――ごつ。
鈍い音。
スレイ
「ぶっ!?」
額を押さえて、
椅子からずり落ちかける。
スレイ
「ちょ、ちょっと!?
朝一で女殴る!?」
ヴォイド
「昼ならいいのか」
スレイ
「だめっ!」
シオンはパンを咀嚼しながら、
淡々と言った。
シオン
「……赤いの、今のは自業自得」
白羽
「スレイさん、
朝から煽らないでください」
スレイ
「味方ゼロ!!
わたし、泣いちゃうかも!」
ヴォイドは何事もなかったように、
席に着く。
ヴォイド
「……では、頂く。」
スレイ
「はいはい……」
額をさすりながら、
スープを口に運ぶ。
シオン
「……日常、帰ってきた」
白羽
「ふふっ、ですね」
平和な朝は、
少しだけ騒がしいまま、
静かに続いていった。
◇ 食後
食器が下げられ、
テーブルの上がすっきりすると、
朝のざわめきも少し落ち着いた。
スレイは椅子の背に体を預け、
大きく息を吐く。
スレイ
「は~……
食べた食べた……」
そう言って、
椅子の背にもたれかかりながら、
両腕を大きく上に伸ばす。
ぐいーっと、
気持ちよさそうに。
その拍子に、
椅子がきしりと音を立てた。
白羽
「す、スレイさん!?」
思わず声が上がる。
スレイ
「んー?」
白羽
「その、なんというか
座り方と、伸び方……
もう少し、気をつけた方が……」
スレイはきょとんとした顔で、
自分の姿勢を見下ろす。
スレイ
「え?
なにが?」
白羽
「そ、そのまま伸びると
色々、危ないかも?」
スレイ
「色々?」
スカートの裾が、
際どい位置までめくれている。
一拍。
スレイは状況を理解したらしく、
あっけらかんと笑った。
スレイ
「あー、これ?」
気にも留めていない様子で、
椅子の位置を少し直す。
スレイ
「大丈夫大丈夫。
別に誰も見てないし」
白羽
「そ、そういう問題では!」
パンを口に運んでいたシオンが、
動きを止めた。
シオン
「赤いの、あし、出しすぎ」
間。
スレイ
「……は?」
シオン
「必要ない分まで」
スレイ
「ちょ、待って!?
需要はあるはずよ!?」
シオン
「ない」
スレイ
「ぐっ……」
そう言いながらも、
今度はちゃんと座り直す。
スレイ
「はいはい、
これでいい?」
白羽
「……はい」
白羽は小さく息をついた。
平和な朝は、
こういう小さな注意と、
気の抜けた会話でできていた。
◇
白羽
「そうだ。
せっかくですし、
村で少し買い物をしてきましょうか」
スレイ
「賛成!
昨日ほとんど何も見れてないし」
白羽
「保存食や、消耗品も補充したいので」
話を聞いていたシオンが、
パンくずを指で集めながら顔を上げる。
シオン
「……ついていく?」
白羽
「いえ、シオンちゃんは宿で
お留守番でも大丈夫ですよ。
遠くまでは行きませんし」
スレイ
「そうそう。
すぐ戻るからさ」
シオンは少し考えてから、
こくりと頷いた。
シオン
「……わかった」
一拍。
それから、
当然のようにヴォイドの方を向く。
シオン
「……ぱぱ、だっこ」
ヴォイド
「…………」
文句は言わず、
ヴォイドは立ち上がってシオンを抱き上げる。
慣れた動き。
ためらいのない距離。
シオンはそのまま、
ヴォイドの肩に顎を預けた。
白羽は、その光景を見て――
一瞬だけ、視線を逸らす。
(……いいな)
胸の奥で、
小さく、思う。
スレイも、
それを見てからっと笑いながら――
心の中でだけ、舌打ちする。
(ずるくない?
あれ、完全に特等席じゃん)
ヴォイドは二人の視線など気にも留めず、
静かに言った。
ヴォイド
「……任せる。」
白羽
「はい!」
スレイ
「行ってきまーす」
二人はそのまま部屋を出る。
廊下に出た瞬間、
同時に小さく息を吐いた。
白羽
「シオンちゃん、
ああいうの、自然ですね」
スレイ
「ね。
なんであたしたち、
ああならないんだろ」
白羽
(……少しだけ、
羨ましいです)
スレイ
(あたしも、だっこされたい)
でもそれは、
口に出さない。
二人は顔を見合わせ、
何事もなかったように歩き出した。
◇ 掘り出し物、ふたたび
朝の村は、
人も音も控えめで、
露店がぽつぽつと並んでいた。
白羽とスレイは、
保存食と雑貨を手早く選び、
袋をひとつ分だけ膨らませる。
スレイ
「相変わらず、平和だね」
白羽
「ですね。
少し、落ち着きませんけれど」
スレイ
「分かる。
こういう時ほど、
ろくでもないこと起きるんだよね」
白羽
「い、言わないでください」
露店の端で、
色あせた箱が目に入る。
やけに主張の強い文字。
――《人生盤遊戯》
スレイ
「……ねぇ白羽ちゃん」
白羽
「はい?」
スレイ
「この展開……
なんか、身に覚えない?」
白羽は一瞬、
箱を見てから視線を逸らした。
白羽
(確かに……以前にも……)
スレイ
「ほら。
平和な朝で、
暇で、
なんとなく遊び道具を……」
白羽
「《王様ゲーム》、ですね」
スレイ
「なつかしい!
ラトンで遊んだね」
店主
「いらっしゃい。
昔の遊びだよ。
四人用だ」
スレイ
「また、四人用」
白羽
「嫌な予感が」
スレイ
「大丈夫大丈夫。
今回は、“人生”を"遊戯"するだけだし」
白羽
「それが一番重いのでは」
店主
「古いから、安いよ」
スレイ
「はい決定!」
白羽は小さく息をついて、
それでも頷いた。
白羽
「暇つぶし、ですからね」
スレイ
「そうそう。
暇つぶし」
二人は箱を抱え、
宿への道を戻り始める。
スレイ
「ね、ヴォイドさん、
絶対嫌な顔するよね」
白羽
「ふふ……
想像できます」
(そして結局、
参加してくださるのも)
二人は顔を見合わせ、
小さく笑った。
◇ 宿の一室
扉が開く。
スレイが、
両手で箱を掲げるようにして入ってきた。
スレイ
「ただいまー!」
白羽
「戻りました」
部屋の中は静かだった。
窓際の椅子にヴォイドが腰かけ、
壁にもたれて腕を組んでいる。
その腕の中には、
シオン。
ヴォイドの胸元に寄りかかり、
半分眠ったように目を閉じていた。
スレイ
「……あ」
白羽も足を止め、
一瞬だけ、その光景を見る。
ヴォイドは視線だけを上げた。
ヴォイド
「……早かったな」
それだけ。
箱には、
まだ目を向けない。
スレイ
「うん、まあね」
白羽
「必要なものは揃いました」
シオンが小さく動く。
シオン
「……おかえり」
白羽
「ただいま、シオンちゃん」
スレイ
「いい子で待ってた?」
シオン
「……うん」
ヴォイドは小さく息を吐いた。
ヴォイド
「……それで」
ようやく、
箱に視線が落ちる。
ヴォイド
「……それは何だ」
スレイ
「暇つぶし」
白羽
「"四人用"、だそうです」
一拍。
ヴォイド
「……俺はやらん」
即答だった。
スレイ
「そっかー」
白羽
「で、ですよね」
誰も、
反論しない。
ただ――唐突に。
白羽
「そういえば―――
大変でした、ね」
ヴォイド
「……何がだ」
白羽
「サバイバル、ですよ
二週間も、
あんな苛烈な環境で」
スレイ
「あー、分かる分かる。
いきなり熊に殺されかけたわ。
睡眠不足で、お肌もボロボロだったし」
白羽
「食事も、安定しませんでした」
スレイ
「精神的にもくるよね~」
シオンが、
ヴォイドの胸元から顔を上げる。
シオン
「……シオン、こわかった」
白羽
「ですよね」
スレイ
「ねー」
三方向から、
同じ話題。
しかも逃げ場なし。
ヴォイド
「…………」
スレイ
「いやほんと、
よく生き延びたよね、私達」
白羽
「奇跡だったと思います」
シオン
「……うん」
短く、
だが重い一言。
ヴォイド
「……それで。何だ。」
スレイ
「え、ただの雑談だよ?」
白羽
「ええ。
雑談、です」
間。
スレイ
「でもさー」
白羽
「はい?」
スレイ
「こういう平和な朝くらい、
ちょっとくらい――」
白羽
「気を抜いても」
シオン
「……あそんでも」
三段落ち。
ヴォイド
「…………」
完全に詰んだ空気。
沈黙。
そして、
小さな溜息。
ヴォイド
「……一回だけだ」
スレイ
「よっしゃ!」
白羽
「ありがとうございます」
シオン
「……ぱぱ。
ちょろい」
ヴォイドは、
もう否定しなかった。
◇
準備は早かった。
買ってきたお菓子と飲み物が、
ベッドの上に並ぶ。
シオンが真っ先に移動し、
布団の端にちょこんと座る。
女の子座り。
シオン
「……ここ」
スレイ
「はいはい、陣地ね」
スレイも靴を脱いで、
同じくベッドの上へ。
白羽は少し迷ってから、
シオンの隣に腰を下ろす。
白羽
「わたしは、ここにしよっと」
三人並ぶと、
ベッドが小さく軋んだ。
向かい側で、
ヴォイドはベッドの縁に腰をかける。
足は床、
姿勢は直立。
完全に付き添いの位置。
スレイ
「ヴォイドさん、
もうちょい力抜いていいんだよ?」
ヴォイド
「……これで十分だ」
白羽は飲み物を配り、
瓶の栓を抜く。
シオン
「……甘い」
スレイ
「でしょ。
遊ぶ前の儀式」
シオン
「……ぎしき」
シオンはお菓子をかじり、
小さく言った。
シオン
「……たのしい」
白羽
「ふふ、
良かったです」
スレイが、
箱をベッドの中央に置く。
四人の視線が集まる。
スレイ
「じゃ、人生――」
シオン
「……開始」
朝の光の中、
ベッドの上で人生が転がり始めた。
――だいたい、
ろくな方向に行かないやつが。
◇ 人生ゲーム回
――人生は、サイコロ一つで壊れる
ベッドの中央に置かれた箱は、
年季の入った紙の匂いがした。
蓋を開けると、
一本道の盤面と、色褪せた駒、
そしてやけに重たい文字が並んでいる。
《就職》
《成功》
《失敗》
《炎上》
《結婚》
《監査》
サイコロが置かれ、
人生は始まる。
◇ 第1巡:職業という呪い
最初に白羽がサイコロを振る。
ころん。
転がり方はやけに素直で、
迷いもなく一直線。
そして――
就職マスで、ぴたりと止まった。
シオン
「……アイドル」
一拍。
白羽
「……えっ?」
白羽
「ちょ、ちょっと待ってください!?
いきなりですか!?
説明も心の準備も何もなく!?」
スレイ
「いきなりだよ。
それが人生だもん」
白羽
「もう少し、段階とか……
心構えとか……!」
ヴォイド
「ない」
白羽
「即答!?」
駒は、
何事もなかったように
アイドルのマスに鎮座している。
白羽
「……え、あの……
歌うんですよね……?
まさか、立ってるだけじゃ……」
シオン
「……歌って、踊る」
白羽
「踊る!?」
スレイ
「そりゃ踊るでしょ!」
白羽
「聞いてません!!
歌だけでも不安なのに!!」
ヴォイド
「それが、アイドルだ」
白羽
「あ、アイドルって……
すごい職業なんですね……」
盤面は沈黙。
サイコロも沈黙。
駒だけが、逃げ場なくそこにいる。
白羽
「……ちなみに、
やり直し、ありませんか……?」
シオン&スレイ&ヴォイド
「「「ない」」」
白羽
「ひえぇぇぇん」
◇
次はスレイの番。
サイコロを掴んだ瞬間から、
もう勝った顔をしている。
スレイ
「見てなさいよ!
あたし、こういうの強いから!」
勢いよく振る。
ごろごろごろ――
無駄に跳ねて、
無駄に主張して。
それでも、
ちゃんと就職マスで止まった。
シオン
「……社長」
スレイ
「よっしゃああああ!!
来た来た来た来た!!
はい! はいはいはい!!」
ベッドの上で立ち上がり、
両手を突き上げる。
スレイ
「私の時代きた!!
これはもう勝ち確定でしょ!!
人生イージーモード突入!!」
白羽
「まだ一巡目ですよ!?」
スレイ
「一巡目で社長よ!?
もうエンディング見えてるでしょ!!」
ヴォイド
「慢心するな」
スレイ
「聞こえなーい!」
シオン
「……初日から株価下落」
スレイ
「まだ何もしてないのに!?」
◇
三番目、ヴォイド。
サイコロを手に取る動きが、
もう仕事帰りのそれだった。
振る。
ころ。
……以上。
ほとんど跳ねず、
ほとんど進まず、
主張もなく止まる。
シオン
「……平社員」
一拍。
ヴォイド
「……適任だ」
スレイ
「受け入れるの早っ!?」
白羽
「もう少し、
夢とか希望とか……!」
ヴォイド
「不要だ」
スレイ
「君、新人のヴォイドくんって言った?
今日から同じ会社なんだしさ!
私と飲みに行かない?」
そう言って、
スレイが肩を組もうとする。
距離、ゼロ。
次の瞬間。
ごつ。
鈍い音。
スレイ
「いったああああ!??」
ヴォイド
「社長、
ハラスメントには
断固抵抗する。」
白羽
「もう社内トラブルですか!?
早すぎません!?」
シオン
「……初日あるある」
スレイ
「あるあるで済ませないで!!」
◇
最後は、シオン。
サイコロを持つ手に、
一切の迷いがない。
振る。
ころ。
……ころ。
ほとんど転がらず、
申し訳程度に前へ進み、
スタート付近で止まった。
シオン
「……就職、なし」
スレイ
「えっ?」
一拍。
スレイ
「……は?」
白羽
「え、えっと……
それって……」
スレイ
「シンプルにニートじゃん!!」
シオン
「……ちがう。
自宅警備員」
胸を張るでもなく、
淡々と訂正する。
白羽
「そ、それ……
職業なんですか……?」
シオン
「……国家非公認」
スレイ
「認められてないじゃん!!」
こうして―――
人生ゲームは、
全員の職業が出揃った。
◇ 第2巡:うまくいっている、はず
白羽は、
アイドルとして仕事を重ねていた。
歌って、
笑って、
ときどき緊張して、
ときどき音程が旅に出る。
白羽
「え、えっと
今日は、私の新曲
聴いてください――」
小さく息を吸って、歌う。
♪ ららら ♪
♪ あなたのことが ♪
♪ す、好きです! ♪
歌い終えると、
拍手が起きる。
量は、控えめ。
スレイ
「う、うん。
“がんばってる感”は伝わる!」
白羽
「感、ですか」
シオン
「……事故ではない」
ヴォイド
「歌は、気持ちだ」
白羽
「よ、よかった……?」
報酬は、
ちゃんと増えている。
白羽
「えへへ……
私、ちゃんと
アイドル、できてます」
◇
次はスレイ。
サイコロを振る前から、
すでに勝者の顔。
スレイ
「社員が働いて、
社長が休む。
これ、経営の基本だから」
出目は大きい。
《事業拡大》
《利益増加》
シオン
「……数字だけは、勝ち」
スレイ
「でしょ!?
才能よ、才能!」
続けてイベント。
《業務過多:人員を追加せよ》
スレイ
「あー、はいはい」
カードを、
無言でヴォイドの前に滑らせる。
スレイ
「ヴォイドくん。
今日から二人分ね
よろしく♪」
ヴォイド
「承知した」
白羽
「えっ!?
そんな無茶な」
スレイ
「大丈夫大丈夫。
彼、ガッツあるし」
シオン
「……赤いの
成功することほとんどない。
だから、調子のってる」
スレイ
「マセガキ、辛辣すぎない!?
今日、エステ行くくらい許してよ!」
スレイはそのまま、
《高級エステ》マスへ。
スレイ
「はぁ~(悦)
強い男コキつかって、
不労所得もらうの最高」
白羽
「スレイさん、最低すぎます……」
シオン
「……ぜいたくして、
また、ぜったいムニる」
スレイ
「言い方ぁ!!」
それでも、
スレイの所持金は増えている。
数字だけ見れば、
完全に勝っている。
◇
三番目、ヴォイド。
出目は小さい。
だが、
踏むマスは堅実。
《業務達成》
《信頼上昇》
さらにイベント。
《同僚疲弊:業務を肩代わりするか》
ヴォイド
「引き受ける」
白羽
「えっ……
じ、自分の分も大変ですよね?」
ヴォイド
「これも、仕事だ」
白羽&スレイ
(……きゅん///)
淡々と資料をまとめ、
淡々と数字を処理する。
シオン
「……ぱぱ、
過労死ライン、近い」
ヴォイド
「……問題ない」
◇
シオンは、
相変わらず働いていない。
それでも、
所持金は減らない。
シオン
「……黒字」
スレイ
「なんでよ!!」
白羽
「納得いかないです!」
◇ 第3巡:違和感が形になる
白羽の駒が進む。
止まったマスには、
少しだけ華やかな文字。
《人気上昇》
白羽
「えっ……?
人気、ですか?」
スレイ
「来たじゃん!
売れ始めってやつ!」
仕事は増える。
声をかけられる。
イベント後、控室の外。
ファンの一人が、
少しだけ長く話しかけてくる。
白羽
「あ、ありがとうございます!
応援……本当に、うれしいです」
その場面で。
カードが、
静かに置かれる。
《写真》
白羽
「えっ?」
次のカード。
《密会疑惑》
スレイ
「あっ」
白羽
「あっ、じゃないです!!」
シオン
「……察」
白羽
「察さないでください!!
ただファンの方と、話してただけです!!」
《炎上(含)》
白羽
「(含)って何ですか!?
勝手に含みを持たせないでください!!」
シオン
「……人は見たいものを見る」
白羽
「真理かもしれないけど!」
盤面の端に、
小さな札が置かれる。
《称号:炎上予備軍(含)》
白羽
「“予備”ですよね!?
ま、まだ
大丈夫ですよね!?」
誰も、
はっきりとは答えなかった。
◇
スレイの番。
止まったマスを見る。
《婚活イベント》
スレイ
「お」
白羽
「スレイさん、
結婚願望があるんですか?」
スレイ
「べ、別に~!?」(※本当は興味深々)
カードを引く。
《成果:なし》
スレイ
「はぁ!?」
シオン
「需要と供給」
スレイ
「うるさい!!」
続けて、
スレイはちらりとヴォイドを見る。
スレイ
「……ねえ、ヴォイドくん」
ヴォイド
「……なんだ」
スレイ
「君さ、独り身だったよね。」
一瞬の沈黙。
スレイ
「例えばさ、
美人社長と結婚するとか、
人生安定じゃない?」
ヴォイド
「断る」
スレイ
「即答!?」
白羽
「い、いまの……すごい
空振り音、聞こえました……」
シオン
「……完封」
スレイ
「うるさい!!」
その直後。
《金脈発見》
スレイ
「……あ」
金が増える。
スレイ
「……まあ、
男は後回しでいいか」
シオン
「……悪い方に、
割り切った」
スレイ
「お金は裏切らないしね♪」
数字だけは、
順調に積み上がっていく。
盤面に、
札が置かれる。
《称号:金あり他なし》
スレイ
「ちょっと待って!?
言い方!!
言い方があるでしょ!!」
金の山だけが、
否定しなかった。
◇
続けて、ヴォイドの駒が進む。
止まったマスに、
無機質な文字が並ぶ。
《同僚離脱》
カードを読む。
白羽
「えっ……
また、ですか?」
スレイ
「それ、前もあったやつじゃん」
ヴォイド
「…………」
一瞬だけ、
カードを見つめてから。
ヴォイド
「お前は、もう帰れ。
家族を優先しろ」
ヴォイドはそれを、
静かに自分の前に置いた。
ヴォイド
「明日までに提出する資料は、
俺の方で作成しておく」
同僚の駒が、
盤面から外される。
白羽
「す、すごいです!
それ、簡単じゃないですよね」
スレイ
「……普通さ」
少しだけ、声の調子が変わる。
スレイ
「こういう時って、
“自分がやればいい”って
言えない人の方が多いよ」
数字は減る。
評価は上がる。
ヴォイド
「……家族を守るのも、
重要な仕事だ」
白羽は、
思わず小さく息を呑む。
スレイも、
一拍遅れて視線を逸らした。
白羽&スレイ
(……きゅん///)
盤面の端に、
重たい札が置かれる。
《称号:背負い過多》
スレイ
「……うわ」
白羽
「……重い称号ですね」
ヴォイド
「……そうか」
それだけ言って、
札をそのまま受け取る。
否定もしない。
言い訳もしない。
背負うことを、
最初から選んでいる人の顔だった。
◇
最後は、シオン。
サイコロを振る。
ころ。
音は小さく、
出目も小さい。
それなのに――
盤面の外で、
場面が切り替わる。
休日の公園。
人影はまばらで、
風だけが、一定のリズムで木々を揺らしている。
ベンチに、ヴォイドが座っている。
背筋は伸びているが、
視線は少し遠く、
仕事のあと特有の疲れが、隠しきれずに滲んでいた。
そこへ、
シオンが近づいていく。
足音は、ほとんどしない。
シオン
「……おしごと、つらい?」
ヴォイド
「……問題ない」
即答。
それでも、
シオンの方を見てから、
ほんの少しだけ、間を置く。
ヴォイド
「お前は……」
一拍。
ヴォイド
「一人か?
家族は、どうした」
シオン
「……いない」
短い言葉。
説明も、補足もない。
ヴォイド
「……そうか」
それ以上、
何も聞かない。
沈黙が落ちる。
風が吹き、
落ち葉が一枚、ベンチの足元を転がる。
二人は、
同じ方向を見たまま、
並んで座っている。
その場面に、
小さなカードが、静かに置かれた。
シオンの前に、札が置かれる。
《称号:ひとり》
白羽
「……ひとり……」
声に出しただけで、
胸が少し詰まる言葉。
シオンは、
盤面を見ない。
シオン
「……帰る場所、ない」
一拍。
シオン
「……呼ばれる名前も、
待ってる人も」
言葉は、
淡々としている。
シオン
「……だから」
少しだけ、
声が小さくなる。
シオン
「……ずっと、
ひとり」
スレイ
「……それ」
いつもの軽さが、
影を潜める。
スレイ
「称号にするには……
重すぎでしょ……」
白羽は、
何も言えず、
膝の上で手を握りしめる。
ヴォイドは、
盤面から目を離し、
公園のベンチで、
自分の隣に座っていた
小さな影を思い出す。
声をかける前から、
一人でいることに
慣れてしまった背中を。
ヴォイドは、
一瞬だけ目を伏せた。
◇ 第4巡:それぞれの居場所
白羽の駒が進む。
止まったマス。
《仕事選択》
カードが二枚、並べられる。
《A:露出重視の大型案件》
《B:内容重視の堅実案件》
白羽
「……あ」
スレイ
「来たね、分岐」
白羽は、
一瞬だけBを見る。
それから――
Aに、そっと手を伸ばした。
白羽
「……Aで」
スレイ
「お、攻めた!」
白羽
「ち、違います!
えっと……今は、その……」
言葉に詰まる。
白羽
「……止まる方が、
怖いんです」
カードが、
容赦なく処理される。
《露出増加》
《話題性アップ》
シオン
「……えっち」
白羽
「なっ!?」
白羽
「ち、ちがいます!!
えっちな意味じゃありません!!」
スレイ
「でも露出重視ってさ~
そういう目で見られるってことでしょ?」
白羽
「見ないでください!!
見せてるわけじゃないです!!」
シオン
「……結果的に、えっち」
白羽
「言わないでください!!」
盤面の端に、
小さな札。
《注目度:高》
白羽
「……こ、怖い……」
誰も否定しない。
◇
スレイの番。
サイコロを振る。
ごろごろごろ――
無駄に跳ねて、
無駄に自己主張して、
止まる。
《資産増大》
スレイ
「……あ」
嫌な間。
次の瞬間。
《投資成功》
《事業拡大》
数字が、
気持ち悪いほど増える。
スレイ
「……ふふ」
白羽
「それ……
同じ人生ゲームですか?」
スレイ
「若さと」
指一本。
スレイ
「資金と」
指二本。
スレイ
「行動力」
指三本。
スレイ
「はい、完成」
白羽
「腹立つ完成形ですね……!」
スレイは、
当然のようにヴォイドを見る。
スレイ
「ねえ、ヴォイドくん」
脚を組み替える。
ヴォイド
「……なんだ」
スレイ
「今の私と結婚したらさ」
唇を指でなぞる。
一拍。
スレイ
「楽しいと思うわよ?
色々と……ね?」
ヴォイド
「断る」
即答。
スレイ
「二回目なのに!?」
シオン
「……再挑戦、即死」
スレイ
「せめてHP削って!?」
ヴォイド
「社長とは、合わない」
スレイ
「雑!!
人格否定!!」
それでも、
スレイは笑っている。
というより――
数字を見て、安心している。
《資産:潤沢》
スレイ
「ふ、ふんっ!
お金は……
裏切らないし」
シオン
「……人は裏切る」
スレイ
「フォローして!?」
◇
ヴォイドのターン。
会社。
終業後のフロア。
拍手が起き、
自然に人が集まる。
同僚
「昇進、おめでとうございます!」
輪の中心。
ヴォイドは、
一度だけ皆を見る。
ヴォイド
「……皆の働きのおかげだ。
感謝する」
それだけで、
空気が締まる。
ヴォイド
「だが、今日は先約がある。
すまない」
ざわめき。
「デート?」
「まさか」
ヴォイド
「……重要な約束だ」
誰も文句を言わない。
彼は、
ちゃんと信頼されている。
夕方。
公園。
ベンチ。
ヴォイドは、
腕時計を一度だけ見る。
誰かを待っている。
◇
最後は、シオン。
サイコロを振る。
ころ。
止まる。
《自由行動》
盤面の外。
同じ、公園。
夕方。
ベンチの端に、
シオンは一人で座っている。
遠くで、
家族連れが笑う。
帰る場所へ向かう背中。
シオンは、
それを見ている。
少しだけ、長く。
紙袋の音。
油の匂い。
その瞬間、
シオンの視線が動く。
シオン
「……まってた」
ヴォイド
「……ああ」
隣に腰を下ろす影。
顔を上げた一瞬、
口元が、わずかに緩む。
紙袋が差し出される。
中身を見て、
目が光る。
コロッケ。
二つ。
シオン
「……!」
すぐに、表情を戻す。
二人で座る。
一口。
シオン
「コロッケ……おいしい」
ヴォイド
「……そうか」
風が吹く。
シオン
「……みんな、
帰る場所、ある」
ヴォイド
「……そうだな」
それでも、
立ち上がらない。
もう一口。
シオン
「……ここ、
あったかい」
ヴォイドは、
黙って頷く。
盤面には、
何も置かれない。
けれど――
この時間が、
ただの《自由行動》じゃないことを、
誰もが分かっている。
そして、
次が最後のターンだということも。
◇ ラストターン:人生はオチだけが正しい
サイコロが置かれる。
重い?
いや、もうどうでもいい。
シオン
「……最終ターン」
スレイ
「よっしゃ来た!!
このまま、トップでゴールするわよ!!」
白羽
「ま、待ってください!
いま嫌な予感しかしません!」
ヴォイド
「……手遅れだ」
◇
白羽、振る。
ころん。
止まる。
《炎上(極大)》
白羽
「……えっ」
カードが、
迷いなく並ぶ。
《過去発言掘り起こし》
《露出写真の文脈切り取り》
《グラビア路線への批判集中》
《謝罪動画が火に油》
白羽
「えっ!?
ちょ、ちょっと待ってください!!
写真は、ちゃんとお仕事で!!」
スレイ
「あー……
露出重視の、あれね」
白羽
「違います!!
“重視”じゃなくて“案件”です!!」
シオン
「……見せた以上、
見られる」
白羽
「論理が冷たすぎません!?」
カード、追加。
《清純イメージとの乖離》
白羽
「清純って誰が言い出したんですか!?
私、一回も名乗ってませんよ!!」
スレイ
「でも世間はさ~
“勝手に期待して、勝手に裏切られた顔”
するんだよね」
白羽
「ひどすぎません!?」
シオン
「……露出は、
見る人の想像力を信じる行為」
白羽
「そんな高尚な覚悟でやってません!!」
称号、
容赦なく落ちる。
《称号:燃え続ける清純派》
白羽
「だから清純ってなんなんですか!!
グラビアやったら
清純じゃなくなるんですか!?」
所持金、減。
順位、ドベ2。
スレイ
「でもさ」
一拍。
スレイ
「“露出しなかった世界線の白羽ちゃん”より
今の方が、名前は売れてるよ」
白羽
「……っ」
言い返せない。
シオン
「……選んだ結果」
白羽
「……はい」
肩を落としながらも、
白羽は前を向く。
白羽
「……でも、これも私の人生。
後悔は、してません」
◇
スレイ、
満面の笑みでサイコロを振る。
スレイ
「大丈夫大丈夫!
私は“勝ってる側”だから!」
ごろごろ。
止まる。
《監査》
一拍。
スレイ
「……は?」
嫌な沈黙。
カードが、
遠慮も情けもなく並ぶ。
《粉飾決算》
《裏金》
《キックバック》
《名義貸し》
《セクハラ》
スレイ
「ちょ、ちょっと待って!?
そんなにやってない!!
“やってない”の基準はさておき!!」
資産が、
気持ちいいくらい
一気に吹き飛ぶ。
チャリン、ではない。
ゴッソリ。
順位表示、更新。
最下位。
スレイ
「えっ!?
さっきまで金持ちだったよね!?
私、幻覚でも見てた!?」
白羽
「……現実、です」
シオン
「……全部、
積み重ね」
さらに、
追い打ちの札。
《信用失墜》
《取引停止》
スレイ
「待って待って待って!!
お金だけで終わらせて!?
人格まで持っていかないで!!」
称号、
ドン。
《称号:金なし彼氏なし他もなし》
一瞬の静寂。
スレイ
「……彼氏は
最初からいないけど!?」
白羽
「そこは、胸張らなくていいです!!」
シオン
「……その他も、
事実」
スレイ
「“その他”って何!?
人生の余白まで否定された!?」
スレイは、
乾いた笑いを浮かべる。
スレイ
「……逆にすごくない?
ここまで何もなくなるの」
白羽
「すごいですけど、
羨ましくはないです」
スレイ
「でしょ!?
誰も目指さないでしょ、このエンド!!」
すべてのツケは、
まとめて回ってきた。
◇
サイコロが転がり、
ヴォイドの駒が止まる。
《社長就任》
一瞬、
場が静まる。
白羽
「……え?」
スレイ
「は?」
カードが、
重ねて処理される。
《経営権移行》
《代表権取得》
白羽
「お、おめでとうございます!!
本当にすごいです!
会社員からトップまで!」
スレイ
「待って待って待って!?
それ、私の席なんだけど!?
私、いま座ってたんだけど!?」
ヴォイド
「社長、交代だ」
淡々。
椅子の温度ゼロ。
スレイ
「言い方が冷たすぎる!!」
盤面の外。
会社。
会議室。
――盛大に祝われている。
クラッカー。
花束。
横断幕。
【祝・新社長 ヴォイド】
白羽
「うわ……
会社って、横断幕あるんですね……」
スレイ
「あるわけないでしょ!
誰よ作ったの!
ていうか、なんで“新社長”なの!?」
部下たち
「おめでとうございます!!」
拍手が、
雨みたいに降る。
ヴォイドは、
その中心で一礼する。
ヴォイド
「……皆の働きのおかげだ。
感謝する」
一言で、
場が締まる。
白羽
「わぁ……
かっこいい……」
スレイ
「分かる……けど、
ついさっき、“奪われた側”の前で言わないで!!」
スレイは、
拍手の輪の外で、
不満を抱えたまま手を挙げる。
スレイ
「ちょっと!!
私にも一言ないの!?」
部下A
「……前社長にも、
一言あります」
スレイ
「えっ、なに?
労い?
感謝?
惜別の言葉?」
部下B
「正直に言っていいですか」
スレイ
「うんうん、どうぞどうぞ!」
一瞬、
会議室の空気がゆるむ。
部下B
「職場の雰囲気自体は、
正直、嫌いじゃなかったです」
スレイ
「でしょ!?
ほら見なさい!」
白羽
「ドヤ顔やめてください!」
部下C
「ただ……」
スレイ
「ん?」
部下C
「セクハラが酷くて……」
スレイ
「せ、セクハラ!?
コミュニケーションでしょ?」
部下D
「会議中に肩とか膝とか、
普通に触られましたし……」
スレイ
「軽く!
軽くね!?」
部下B
「あと……」
一拍。
部下B
「ヴォイド社長のことを、
ずっと見てましたよね」
スレイ
「べ、別によくない?
見るくらい!!」
部下C
「“淫らな目”で」
スレイ
「ぶっ、言い方ァ!!??」
部下D
「とろけた顔のまま、
“触っていいカナ?”って……」
スレイ
「い、一応許可取ろうとしてんだから、
セーフじゃん!?」
シオン
「……存在が、アウト」
スレイ
「マセガキ、辛辣すぎ!!」
会議室に、
妙に静かな間が落ちる。
拍手は止まらない。
ただし、祝われているのはヴォイドだけ。
スレイ
「待って!?
私、いま公開処刑されてない!?」
白羽
「無茶苦茶されていますね…」
◇
そして―――
夕方の公園。
ヴォイドは、
いつものベンチに向かう。
手には、
一枚の紙。
折り目が、
何度も付いている。
白羽
「……あれ?
また公園ですか?」
スレイ
「社長初日で
直帰コースが公園!?」
ヴォイド
「ああ、大切な用事だ」
それ以上は、
言わない。
ベンチに座り、
紙を取り出す。
内容は、
誰にも見せない。
ただ、
約束の時間を
確かめるように、
視線を落とす。
それが、
今の彼の
いちばん大事な“仕事”だった。
◇
足音。
軽く、迷いがない。
振り向かなくても分かる。
シオン
「……いた」
小さな声。
少しだけ、弾む。
ヴォイド
「……ああ」
顔を上げた瞬間、
シオンの表情が一瞬ほどける。
すぐに戻るが、目は隠せない。
◇
ヴォイドは無言で、
ベンチの端を少し空ける。
シオンが座る。
近すぎず、遠すぎず。
沈黙が、自然に重なる。
風で紙が揺れる。
シオンの視線が止まる。
シオン
「……それ」
ヴォイド
「……大事な書類だ」
それ以上は言わない。
シオンは触れない。
ただ、
そこに重さがあると分かっている。
◇
シオン
「……今日は
帰る人、多い」
ヴォイド
「……そうだな」
家族が通り過ぎる。
子どもが振り返り、手を振る。
シオンの視線が、少し長く留まる。
ヴォイドは紙を見る。
指先で折り目をなぞる。
迷いではない。確認だ。
◇
ヴォイド
「……シオン」
シオン
「……なに?」
紙を差し出す。
真正面から。逃げ道のない渡し方。
シオンは一度、
ヴォイドの目を見る。
揺れはない。
ゆっくり、両手を伸ばす。
紙を受け取る。
指が、わずかに震える。
シオン
「……よんで、いい?」
ヴォイド
「……ああ」
◇
シオンは動かない。
一行。二行。
紙を、強く握る。
呼吸が、少し早くなる。
シオン
「……これ」
声がかすれる。
シオン
「……ずっと
ひとりじゃ、なくなるって……」
理解は、体に落ちる。
肩が震える。
シオン
「……シオン」
一拍。
シオン
「ずっと……
がまん、してた」
ぽろ、と一粒。
次の瞬間、涙が溢れる。
声も、拭うこともなく、
ただ泣く。
ヴォイドは何も言わない。
立たない。
隣にいる。
それが答え。
◇
シオンは涙のまま顔を上げる。
逃げない人が、そこにいる。
シオン
「……ぱぱ」
初めて、はっきりと。
ヴォイド
「……ああ」
低い声。
その直後。
盤面に、遅れて札が置かれる。
《養子縁組》
シオンは紙を胸に抱く。
シオン
「……かぞく、できた」
そして、静かに。
《称号:世界一幸せな娘》
◇ ゲーム終了
盤面が、
静かに片づけられていく。
サイコロは止まり、
カードは伏せられる。
結果だけが残る。
1位:シオン
2位:ヴォイド
3位:白羽
最下位:スレイ
一拍。
スレイ
「…………」
誰よりも早く、
椅子の背にもたれる。
スレイ
「……私さ」
力なく。
スレイ
「金もなくて、
彼氏もなくて、
過去の痴態だけ
全世界に公開されたんだけど」
白羽
「全世界ではないです!」
スレイ
「でもさぁ……
セクハラ女社長の称号だけ
妙にリアルじゃない?」
白羽
「……まぁまぁ」
そのやり取りの横で。
いつの間にか、
シオンはヴォイドの膝の上にいる。
誰も、
気づいた瞬間がない。
自然すぎた。
ヴォイドは、
特に驚かず、
腕を回すでもなく、
ただ、落ちないように支えている。
シオンは、
当然の場所みたいに座り、
ヴォイドの胸元に額を預けている。
シオン
「……かった」
ヴォイド
「……ああ」
シオン
「……ぱぱと、
いっしょ」
ヴォイド
「……そうだな」
小さな手が、
ヴォイドの服をつまむ。
離れる気は、
最初からない。
短い沈黙。
白羽
(あまりに……
あまりに尊すぎます、これ!)
スレイは、
ヴォイドとシオンを一度だけ見る。
ちらっ
膝の上。
寄り添う距離。
完璧な親子ムード。
スレイ
「…………」
次の瞬間。
スレイは、
何も言わずに枕を掴んだ。
白羽
「……え?」
スレイ
「無理」
白羽
「え?」
スレイ
「 もう、これ以上、
てぇてぇに耐えられない」
白羽
「理由が正直すぎます!!」
スレイ
「人生ゲームで最下位取って、
セクハラまで暴かれて、
その横で親子成立してるの、
情緒が持たないのよ!!」
白羽
「ちょっと分かります
……ですけど!」
スレイ
「だから――(ニヤリ)」
枕を構える。
スレイ
「物理で解決する」
白羽
「その発想が一番危険です!!」
――ドスッ。
白羽
「きゃっ!?」
スレイ
「ふふふ……
やはり物理。
物理は、すべてを解決するのよ」
白羽
「雑に哲学を語らないでください!!」
◇
その様子を、
ヴォイドは横目で見る。
シオンは、
まだ膝の上。
状況を理解して、
小さく言う。
シオン
「……はじまった」
ヴォイド
「……そのようだ」
枕が、
もう一つ飛ぶ。
ゲームは終わった。
でも――
散々な感情を抱えた人たちは、
こうやってしか、
前に進めない夜もある。
だから、これは敗者の行動じゃない。
再起動だ。
◇ 人生は枕投げ
そこからは、一気だった。
枕が飛ぶ。
当たる。
避ける。
そして、また飛ぶ。
白羽
「ちょ、ちょっと待ってください!!
話し合いとか!!」
スレイ
「今さら!!
もう引き返せないでしょ!!」
白羽も、
観念したように枕を掴む。
白羽
「ええい!!」
――ドスッ。
スレイ
「やったわね!!」
即、投げ返す。
シオンは、
一拍遅れて枕を持ち上げる。
無言。
狙いを定め、
ためらいなく投擲。
――ゴスッ。
白羽
「いった!?」
スレイ
「ちょ、
シオン、容赦なさすぎない!?」
シオン
「……あそび」
そのまま、
次の枕を取る。
部屋中を動き回るうちに、
白羽の髪はほどけ、
前髪が目にかかる。
上着もずれ、
肩が少し落ちているが、
本人は気づかない。
スレイも同様だ。
髪は跳ね、
服は乱れ、
完全に戦闘モード。
二人とも、
自分の格好を見る余裕などない。
ヴォイドは、
飛んでくる枕を淡々と避けていた。
一歩、横。
一歩、後ろ。
当たらない。
しばらくして、
ふと動きを止める。
ヴォイド
「……白羽。
スレイ」
白羽
「え?」
スレイ
「なに?」
ヴォイド
「髪が乱れている。
後――」
ヴォイド
「服も悲惨な事になっている。」
一拍。
白羽は、ゆっくりと下に視線を移す――
白羽
「……えっ」
スレイも、
自分の格好を見下ろして――
スレイ
「……あ」
次の瞬間。
白羽
「み、みみ、見えてませんよね!?
だ、大丈夫ですよね!?」
スレイ
「ちょ、ちょっと待って!!
今のなし!!
誰も見てないよね!?」
二人とも、
一気に顔が赤くなる。
慌てて髪を整え、
スカートの裾を引っ張り、
姿勢を正す。
その横で、
シオンが首を傾げる。
シオン
「……しっかり、見えてた」
白羽
「言わないでください!!」
スレイ
「実況しない!!」
――その直後。
白羽とスレイ、
ほぼ同時に枕を掴む。
白羽
「……ええい!!
忘れましょう!!」
スレイ
「そうよ!!
物理で上書きすればいいの!!」
――ドスッ、ドスッ。
シオン
「……たのしい」
三人分の枕が、
再び宙を舞う。
◇
やがて、
枕は床に落ち、
誰も拾わなくなる。
一人、
また一人と、
ベッドに倒れ込む。
白羽
「……つ、疲れました……」
スレイ
「もう……
指一本、動かない……」
シオン
「……眠い」
返事は、
だんだん小さくなり、
三人とも、
そのまま眠ってしまった。
人生は、
たまにこうして
枕で上書きされる。
◇
部屋が静まる。
ヴォイドは、
しばらく様子を見てから立ち上がる。
乱れた髪をそっと整え、
ずれた上着を直し、
一人ずつ布団をかける。
白羽に、静かに。
スレイに、きちんと。
シオンには、少しだけ多めに。
ヴォイド
「……ゆっくり休め。」
灯りを落とし、
音を立てないように扉を開ける。
外に出る前、
一度だけ振り返る。
三人は、
すっかり眠っていた。
ヴォイドは何も言わず、
静かに退室した。
夜は、
ようやく落ち着いた。
人生ゲームは――
騒がしく始まり、
疲れて終わった。
◇ エピローグ:今日も、同じマスにいる
朝。
宿の食堂に、
四人分の気配がそろう。
ヴォイドは、
いつも通りの顔。
シオンは、
いつも通りの位置。
当然のように、
ヴォイドの隣――
というより、
半分くっついている。
シオン
「……おはよ、ぱぱ」
ヴォイド
「ああ」
それだけ。
何も変わらない。
白羽とスレイは、
一歩遅れて入ってくる。
◇
白羽
「…………」
スレイ
「…………」
二人とも、
なぜか目を合わせない。
椅子に座る動きも、
やけにぎこちない。
白羽
「……あの……」
スレイ
「……なに……」
白羽
「……その……
昨日の……」
スレイ
「言うな!!」
白羽
「私、何も言ってません!!」
二人同時に、
昨日の光景を思い出す。
――くしゃくしゃな前髪。
――乱れた服。
――放り出された脚。
スレイ
「……見られたよね」
白羽
「……見られましたね」
スレイ
「……結構」
白羽
「……しっかりと」
二人とも、
顔が一気に赤くなる。
◇
シオンは、
スープを飲みながら首を傾げる。
シオン
「……あつい?」
白羽
「ち、違います!!
気温の話じゃなくて!!」
スレイ
「朝から
思い出し羞恥が来てるだけ!!」
シオン
「……?」
ヴォイド
「気にするな」
白羽
「気にします!!」
スレイ
「人生で
消したいマスに
しっかり止まったわ…」
◇
しゅん……
少しだけ、
空気が沈む。
ヴォイドは、
その様子を見て――
人生ゲームの箱に手を伸ばす。
指で、
軽く叩く。
ヴォイド
「聞け。」
ヴォイド
「お前たちの、続きの人生。
その可能性について、だ。」
◇
ヴォイド
「まずは、白羽」
ヴォイドは、
白羽を見る。
白羽
「……はい」
ヴォイド
「炎上して、
立ち止まって、
自分を嫌いになることもあった」
白羽
「……」
ヴォイド
「それでも、
逃げなかった」
白羽
「……」
ヴォイド
「向いていないことを手放して、
残ったものを磨いた」
白羽
「……」
ヴォイド
「拍手も、罵声も、
同じ場所で浴びながら、
前に立ち続けた」
一拍。
ヴォイド
「そして、
気づいたら――」
ヴォイド
「一番、前にいた」
白羽
「…………!」
―――トップアイドル
ヴォイド
「お前に憧れて、
同じ場所を目指す者が、
後を絶たなかった」
一拍。
ヴォイド
「それを見て、こう思う。
立ち続けてきた時間は、
無駄じゃなかった、と。」
白羽は、
しばらく黙ってから。
白羽
「……私、
間違ってなかったんですね」
ヴォイド
「そうだ」
白羽
「……えへへ
色々ありましたが―――」
白羽
「夢、
ちゃんと続いてました」
◇
ヴォイド
「そして、スレイ」
次に、
ヴォイドはスレイを見る。
ヴォイド
「欲張って、
勢いで走って、
一度、全部落とした」
スレイ
「……うん」
ヴォイド
「高いところから、
落ちるときは速い」
スレイ
「…………」
ヴォイド
「だが、
地面に残るものもある」
スレイ
「……?」
ヴォイド
「声だ」
スレイ
「……」
ヴォイド
「一緒にやってきた連中が、
お前を忘れなかった」
スレイ
「……」
ヴォイド
「無理に、
戻って来いとは言わない」
一拍。
ヴォイド
「だが、
椅子は残っていた」
スレイ
「……」
ヴォイド
「表に立つ道じゃない。
社長秘書だ」
スレイ
「……」
ヴォイド
「だが、
お前はそこに座った。
前とは違うやり方で」
一拍。
常に笑われる側を引き受け―――
誰も責められないよう騒いだ―――
そうして―――
ヴォイド
「気づいた頃には、
お前の周りには多くの仲間がいた」
スレイは、
一度、視線を落とす。
スレイ
「……それさ」
いつもの軽さで言おうとして、
途中で止まる。
スレイ
「……ずるくない?」
小さく、息を吐く。
スレイ
「そんなの、
自分じゃ分かんないじゃん」
一拍。
それから、ようやく。
スレイ
「……でも」
ほんの少しだけ、
声が柔らぐ。
スレイ
「……私、
ちゃんと、やれてたのかな」
ヴォイド
「……ああ」
短く。
スレイは、
それを聞いて――
やっと、笑った。
スレイ
「……そっか」
スレイ
「じゃあ……」
一拍。
スレイ
「幸せだったって、
言ってもいいんだ」
◇
最後に、
ヴォイドはシオンを見る。
シオンは、
視線を上げる。
シオン
「……」
ヴォイド
「何も背負わず、
何も奪わず、
ここまで来た」
シオン
「……」
ヴォイド
「選ばなかった。
だが、
置いていかれもしなかった」
シオン
「……」
ヴォイド
「欲しがらず、
競わず、
ただ隣にいた」
シオン
「……」
ヴォイド
「それが、
一番長く続いた」
一拍。
ヴォイド
「名前は変わらない」
シオン
「……?」
ヴォイド
「役割も、
称号もない」
シオン
「……」
ヴォイド
「シオンは――」
一拍。
ヴォイド
「シオンだ」
シオン
「……」
シオンは、
少し考える。
それから、
小さく頷く。
シオン
「……うん」
シオン
「シオンは、ぱぱの娘。
それで、いい」
◇
スープが空になる。
食堂の音が、
少しずつ戻る。
ヴォイドは、
立ち上がる。
ヴォイド
「行くぞ」
シオン
「……うん」
白羽
「……はい」
スレイ
「……了解」
◇
外は、
いつも通りの朝。
風も、
光も、
昨日と変わらない。
人生は、
サイコロじゃ決まらない。
でも――
どんな続きを信じるかで、
次の一歩は変わる。
四人は、
同じ宿を出て、
同じ道を歩く。
今日も、
同じマスにいる。
けれど――
昨日より、
少しだけ前へ。




