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第10章 生き延びた者たちの記録(後編)

◇ 遺跡の奥へ


洞窟の空気は、奥へ進むほど静まっていく。


足音すら吸い込まれ、

呼吸の響きすら薄れる。


白羽だけは、前だけを見ていた。


――が、後方では。


スレイ

「ねぇシオン、ほら見て。

 この壁、顔みたいじゃない?」


シオン

「……ほんと……

 おこってる……?」


スレイ

「だよね!?

 ここが鼻で――」


シオン

「……かいてる……?」(石でこすり始める)


白羽

「お二人とも、

 落書きはだめですよ!」


スレイ

「いやぁ~、遺跡ってテンション上がるじゃん?

 ロマンがさぁ~」


シオン

「……ろまん……」


白羽

(ほんとに緊張してないんですね……)


けれど、そんな二人のおかげで、

空気が少しあたたかくなる。


三人で、こんな場所を歩いている――

その現実が、妙に心を落ち着かせた。


やがて。


スレイ

「……あれ?」


シオン

「……ひかってる……」


前方に、かすかな光。


三人が進むと、

空気がひとつ澄んだように変わる。


そして――

そこに“台座”があった。


ぽつんと、古びた姿で。


その上に、

布の人形が一体、静かに置かれていた。


────────────────────


◇ 古びた人形


白羽

「……」


胸が、小さく震えた。


懐かしい。

でも、知らない。


理由のわからない感覚が、

胸の中心をそっと揺らす。


スレイ

「これ……誰かが置いたんだよね」


シオン

「……ひと……の、けはい……」


白羽

「遺跡…?

 いえ、ここは“誰かの家”

 だったのかもしれません」


白羽は古びた人形にそっと手を伸ばす。


布はほころび、

色は薄れ、

でも丁寧に、

やさしく作られていた。


長い時間、

“そこにあった”だけの存在。


触れた瞬間――


視界が、ふっと白く染まった。


────────────────────


◇ 記憶の断片 ―― 静かな家のなかで


光が揺れる。


映ったのは、

質素で、温かい家の中。


土の床。

石の壁。

差し込む光がほこりを金色に見せる。


その部屋で――


二人の少女が座っていた。


声は聞こえない。

名前もわからない。


ただひとりは、

人形を抱えて微笑んでいる。


もうひとりは、

その姿をうれしそうに見つめている。


手が伸びて、

人形が渡されて、

受け取られて――


それだけで、

部屋にやさしい空気が満ちた。


二人は静かに、

並べた人形で遊んでいる。


騒がず、

走らず、

ただ穏やかで、

“帰りたくなる”ような温度。


白羽

(……この……光景……)


言葉にならない気持ちが、

胸にきゅっと積もる。


────────────────────


◇ 現実へ戻る


白羽

「っ」


息が漏れ、まばたきをする。


スレイ

「白羽ちゃん!?

 今、ぜんっぜん動かなかったけど大丈夫?」


シオン

「……ねむってた……?」


白羽

「い、いえ……

 ただ、少し夢のような場面を見ていました」


スレイ

「夢?」


白羽は、人形を見下ろす。


その布の感触が、

胸の奥に残った温かさと重なる。


白羽

「この子。

 本当に大事にされていたんだと思います」


シオン

「……たいせつ……」


白羽

「はい……ですから」


そっと抱きしめる。


白羽

「わたし、この子を連れて帰りたいです」


スレイは、一瞬だけ驚き――

すぐに柔らかく息を吐く。


スレイ

「……いいと思うよ」


白羽

「!」


スレイ

「白羽ちゃんが置いていったら、

 ぜったい何度も思い出すでしょ。

 『あの人形……』って。」


白羽

「……」


スレイ

「それにさ。

 大事にされてたものを、

 また誰かが大事にする――

 なんか、それって良くない?」


シオン

「……いっしょ……かえる……」


白羽

「はいっ!」


もう声は聞こえない。

断片の光も消えた。


だけど。


白羽が胸に抱く人形は、

ほんの少しだけ――

あの“ぬくもり”を残していた。



◇ 遺跡の外/雨上がり


洞窟の出口をくぐった瞬間――

世界が、音を変えていた。


雨は止み、

空気は洗われたように澄んでいる。


ついさっきまで空を裂いていた雷雲はどこにもなく、

空は、あまりにも唐突に青かった。


湿った地面から立ち上る匂い。

雨に濡れた草の青さ。

聞き慣れたはずの風の音が、なぜか新しい。


スレイ

「…………は?」


あからさまに素の声が漏れる。


スレイ

「ちょっと待って。

 さっきまで、死にかけ案件の荒天だったよね?」


シオン

「……あお……」


ぱあっと両手を広げる。

くるりと一周、濡れた地面を軽く蹴って。


シオン

「……きれい……」


白羽は、二人よりわずかに遅れて外へ出た。


腕の中の人形が、

どこかほっとしたように沈黙している気がした。


白羽

「……」


遺跡の中で胸にまとわりついていた“重さ”が、

不意にふっと軽くなる。


息を深く吸い込む。

喉から胸へ、澄んだ空気が落ちていく。


白羽

「空気が、軽いですね」


スレイが横目で白羽を見る。

眉をひとつ上げて、肩をすくめる。


スレイ

「……なんかさ」


一拍おいて。


スレイ

「“終わった後”って感じ、しない?」


白羽は、一瞬だけ空を見上げてから――ゆっくり頷く。


白羽

「はい。

 なんだか……

 そんな気がします」


何が終わったのか。

何が始まったのか。


そのどちらも、まだ分からない。


でも――

島の見え方が、ほんの少しだけ違う。


白羽

(さっきの光景……

 あれは……)


胸の奥に残る温度は、

重さではなく“余韻”に変わっていた。


スレイ

「ま、晴れたし!

 とりあえず生き延びポイント+5ってことで!」


シオン

「……あお、きれい……+10……」


スレイ

「なんであたしより高いのよ!?」


そんな掛け合いを聞きながら――

白羽はそっと人形を抱き直した。


理由はまだ分からない。

けれど、この島が“さっきまでの島”ではない気がした。


それだけは、確かだった。



◇ 七日目・昼/拠点前


崖上の拠点跡に戻った瞬間。


スレイ

「……さら地ァ!!?」


風だけが、ひゅうう、と通り抜けていく。


白羽

「本当に……

 まるっとなくなってます!」


シオン

「……かぜ……つよかった……」


スレイ

「強かったとかのレベルじゃなくない!?

 “建築物:無”なんだけど!?」


白羽

「でも……作り直すしかありません」


スレイ

「……だよね……」


しゅん、と一瞬だけ空気が沈む。


けれど、立ち止まっても屋根は生えてこない。



◇ 七~九日目/拠点の日々


その後の数日間、

拠点は何度も壊れては作り直されていた。


屋根は傾き、

壁はすきまだらけで、

それでも――

三人でいれば“家”と呼べるくらいには形になっていった。


スレイ

「よーし、今度こそ“木のまま”持って帰るから!」


勢いよく森へ駆けていき、

勢いよく灰を抱えて戻ってきて――


スレイ

「ちょっと押しただけなのにぃぃ!!」


白羽

「"ぼん"って燃えましたね」


シオン

「……くろい……」


そんな日もあったし。



別の日。


白羽

「これは……ここで割れます

 これは……すぐ折れます」


ぽい。

ぽい。


スレイ

「ちょっと待って白羽ちゃん!?

 素材の山が“地面シンプル”になってきてるんだけど!?」


白羽

「す、すみません!

 でも、その……分かってしまうというか」


シオン

「……しろいおねえちゃん……

 なんでも“しぬ前”みてる……」


白羽

「っ!?」


スレイ

「言い方ぁ!!

 ほら、“目利き”だから! 職人だから!」


白羽

「しょ、職人……」(ちょっと嬉しい)


壊れそうな未来ばかり目について、

そのたびに素材の山は減っていった。


それでも――

指先は少しずつ、「壊れない場所」も教えてくれるようになっていく。



◇ その数日のあいだに/開けた花畑


拠点の材料を集めるため、

森に入るのは、白羽ひとりのことも多くなった。


流木、蔓、丈夫そうな枝――

いつもの作業のはずなのに、

その日だけは、森の空気が少し違っていた。


白羽

(こうしてる時間、嫌いじゃありません……)


腕いっぱいに枝を抱え、奥へ進む。


……ふと。


空気が変わった。


森の湿気の匂いが薄れ、

前方の視界が――ひらける。


赤。


地面を一面に染めるように、

彼岸花が咲きそろっていた。


白羽

「……」


胸の奥が、ひとつ締めつけられる。

悲しくもないのに、苦しくもないのに――

どうしてか、懐かしい。


風が吹き、花が揺れた。


その瞬間。


《……ここ……》


声。


今までより、ずっと近くて、

まるで耳元で囁かれたような距離。


白羽

「……っ」


枝を抱える腕に思わず力が入る。


頭の奥が――ゆらり、と揺れた。


そして。


映像が、流れ込む。


────────────────────


◇ 記憶の断片 ―― 赤い花の向こう側


赤い花畑。

その真ん中に、二つ並んだ小さな影。


少女が一人。

もう一人の少女に、彼岸花を手渡している。


声はない。

顔もぼやけている。

けれど、仕草だけははっきりしていた。


受け取った少女は、花を胸元に抱く。

嬉しそうで、でもどこか寂しげで。


夕日が落ちかけて、

二人の影が長く伸びていく。


花を渡した少女は――

そっと背を向けた。


歩き出す。

沈む太陽へ向かって。


逆光で輪郭しか見えない。

髪が光に染まりながら揺れる。


残された少女は、

すこしだけ手を伸ばしそうになって――

けれど、伸ばさない。


胸に花を抱きしめる。


影が離れていく。

赤い花が揺れる。


────────────────────


◇ 現実へ戻る


白羽

「あ……」


胸が、きゅっと痛んだ。

理由の分からない熱が、喉の奥までせり上がる。


悲しい?

寂しい?

懐かしい?


全部当てはまるようで、どれも違う。


《……また……》


声はそこまで。

続きを言う前に、霧のように消えた。


白羽

「まだ……

 みたいですね」


小さく息を吐く。

胸のざわつきは収まらないまま。


白羽

(これが“なんなのか”……

 まだ分かりません……)


分からない。

でも、確かに“ある”。


そんな感覚だけが残った。


白羽は花畑に一度だけ視線を向け、

そっと背を向ける。


白羽

(今日は……

 ここまで)


帰り道でも、

赤い花の色はしばらく視界から消えなかった。


まるで――

あの場所が、白羽を“待っている”ように。



◇ 十日目・夕/森

――焔は、もう爆ぜない


森の奥で、大きな影が揺れた。


低い唸り。

湿った地面を踏みしめる重い音。


初日に襲ってきた、あの熊だ。


スレイ

「……また来るよね、そりゃ」


心臓が跳ねる。

同時に、胸の奥で熱が波打つ。


紅爆の“いつもの衝動”。


――ぶつけろ。

――弾けろ。

――全力で押し返せ。


そんな声が、身体の奥でざわつく。


でも今日は、なぜかそれより先に

ひとつの感覚が走った。


スレイ

(……これ、やったらまた前が見えなくなる)


敵も、周りも、自分も。


スレイ

「……違う。今日は違う」


本能が煽ってくる。

“燃やせ”と。


けれど、胸のどこか。

ほんの片隅が静かに言っていた。


スレイ

(大きく見せなくていい。

 焦らなくていい。

 ……静かにいける気がする)


息を吸う。


スレイ

「……燃えなくていい」


そう言った瞬間――


熱が、落ちた。


“暴れる焔”が沈み、

胸の奥の残り火が、静かに灯りはじめる。


スレイ

「――焔臨えんりん


世界が、すっと静まった。


地面から淡い光が立ち上がる。

爆ぜない。

跳ねない。


ただ、焔が“そこに在るだけ”で、森が形を変えていく。


草が柔らかく揺れ、

倒木が静かに炭へ還り、

湿っていた土が、歩ける道になる。


必要なものだけが残され、

邪魔なものだけが静かに退いていく。


紅爆とはまるで違う焔。

でも、不思議なほど自然だった。


スレイ

「……こうでいいんだ」


視界の奥。


ひとつの空間だけ焔が避けた。


黒くなっていない地面。

折れていない木。

その中心に――熊が伏せていた。


大きな頭を地面につけ、

敵意を見せず、ただそこにいる。


焔の跡には見事な円が残っている。

熊の周囲だけ丸く空き、守るように残されていた。


スレイ

「最初から……避けてくれてたんだ」


ゆっくり近づき、

そっと頭に手を伸ばす。


焔は荒れない。

揺らぎはあるのに、触れても熱くも痛くもない。


スレイ

「……ごめん。今まで、燃やせばいいと思ってた」


熊は小さく呼吸し、

スレイを見返すだけで、もう何もしない。


スレイ

「もう大丈夫。

 燃やさなくていい。

 倒さなくてもいい。

 進めれば、それでいいんだ」


それは焔の悟りでもなく、

英雄の台詞でもない。


ただ、スレイ自身がやっと辿り着いた答えだった。


“力はぶつけるためじゃなく、進むためにある”


スレイは熊から離れ、

帰り道に向けて歩く。


背中には、

静かで、消えない焔。


――焔臨。

スレイの力は、ついに本来の形に戻った。



◇ 十一日目・昼/森の小道

――こわくない場所


森の奥。


昼の光が葉の隙間から落ち、揺れながら地面を照らしている。


その下で――

シオンはじっと見上げていた。


高い木の上。

細い枝に、子ザルがしがみついて震えている。


シオン

「……あ……」


足りない。

跳んでも、登っても届かない。


胸の奥が、きゅっと縮む。


シオン

「……こわい……?」


子ザルはかすかに鳴いた。


シオンは、小さな手を胸の前でぎゅっと握る。


――絶界。


シオンが今まで“守る”つもりで使ってきた力。


世界の音も、光も、揺れもぜんぶ消してしまう力。


静けさが降りた瞬間、

シオンの周囲の風が消え、森が止まった。


だが――


子ザルは、枝にへばりついたまま、さらに小さく震えた。


シオン

「……ちがう……」


守ろうとしたのに、

こわがらせてしまっている。


シオンは絶界を解いた。


音が返る。

風が返る。

森が戻る。


そのとき、胸の奥にふっと灯るものがあった。


――むずかしいときは、ひとつだけでいい。

――まもりたいと思ったら、その“ところ”だけを、まもれ。


“思い出す感覚”だけがそっと触れた。


シオン

「……そう、だった……」


全部じゃなくていい。

世界全部を消す必要なんて、どこにもなかった。


“こわいところ”だけ、なくせばいい。


シオンは木の下へ歩く。

両手を、小さく前へ。


抱くみたいに――そっと。


意識したのは、

子ザルの足が乗っている“枝の根元”ただ一点。


揺れないように。

折れないように。

こわくないように。


――絶界、極小展開。


木全体は揺れる。

風も吹く。

葉の音も消えない。


ただ、それでも――


子ザルが乗るその一点だけ、揺れがふっと消えた。


子ザルは足元を見た。

試すように、一歩。


揺れない。


もう一歩。

ずり。そっと下へ。


シオン

「……だいじょうぶ……」


子ザルは音もなく地面へ降り立ち、

次の瞬間――


ぎゅっ。


小さな身体が、シオンの足にしがみついた。


シオン

「……!」


驚いたあと、ほわっと笑う。


シオン

「……できた……」


頭を撫でると、子ザルは安心したように鳴き、

森の奥へ走っていった。


世界は消えていない。

音も、光も、風もそのまま。


でも――

“こわいところだけ”静かにできた。


それだけで、守れた。


シオン

「……シオンも……

 つよくなれる……」


森を渡る風が、

今のシオンを祝福するみたいに優しかった。



◇ 十二日目・夜/浜辺

――しづく


夜の手前。


沈みきらない夕日が、

海の端をかろうじて染めている。


拠点から少し離れた浜辺に、白羽の姿があった。


白羽

「……」


足元に寄せる波が、ひんやりと足首を撫でる。

胸の奥には、あの遺跡でのぬくもりと、

赤い花の残像が、まだくすぶっていた。


白羽

(また、くる……!)


風が吹く。

空の色が、ゆっくりと夜に傾いていく。


その瞬間――

世界が、ひとつ、音を止めた。


────────────────────


◇ 記憶の断片 ―― 歴史は続く


夜だった。


月は欠け、海は風もなく、

世界が呼吸を止めたみたいに静かだった。


その砂の上で――

二つの少女が向かい合っていた。


ただ、どちらも震えていた。


ひとりは、膝立ちで息をしている。

胸元を押さえ、肩がかすかに揺れている。

もう手は、力なく垂れていた。


もうひとりは、

その前で、小さく壊れそうな声を漏らしていた。


《……どうして……いや……》


《……ごめ、ね……でも……》


泣き声と、海の音がまざって輪郭が欠ける。

何を言っているのか、すべては聞こえない。

ただ、悲しみだけははっきりと届く。


震える手が、そっと伸びる。


相手の頭の上へ。


触れるのではなく、

まるで最後に撫でようとしたみたいに、

ためらいが混じっている。


そのしぐさは――

あまりにも優しかった。


《……いけない……いけないの……》


《……だから……わたしが……》


少女は涙を落としながら、

それでも手を下ろさなかった。


砂の上の影が、ゆっくり沈む。


苦しげな息が、ひとつ漏れ。


そして――

かすかな声が返った。


《……ぁ……りが……と……》


それが、最後の言葉だった。


少女が倒れ落ちる。

そして、二度と起き上がることはなかった。


波がひとつ寄せて、

影と影の境目をさらっていく。


夜空に、ひびが走るように光が揺れた。


世界が壊れていく最中、

たった二人の間だけ、

永遠みたいに静かな時間があった。


そして闇がすべてを呑み込む直前、

白羽の胸の奥に――

ひとつの言葉ではない“感覚”が落ちる。


終わりではない。

途切れたのではない。


……続いている。


ふみも、想いも、命も……

静かに、確かに……つながっている……


そこから、意識が引き戻される。


────────────────────


◇ 現実へ戻る


白羽

「っ……は……」


気づけば、膝をついていた。


波打ち際。

夜風が肌を冷やす。

それでも胸の奥は、熱かった。


断片の光景はもう消えている。

けれど、感情だけが残っていた。


悲しみでも、恐怖でもない。


胸の奥が、じん、と熱く震える。


波が足元を撫でた。


その瞬間――

心のどこかが、ほどける音がした。


かすれた声が、胸の奥で重なる。


《……しづく……おかえり……》


白羽

「っ……!」


涙が、こぼれた。


自分でも理由が分からない涙だった。

懐かしくて、寂しくて、

嬉しくて、切ない。


それでも胸の中心だけが、

ずっと探していた場所を

見つけたみたいに温かい。


白羽

「私……」


絞り出すように、言葉が漏れる。


白羽

「逃げてたんじゃ……ない

 忘れてたんじゃ……ない」


震える手を、胸に当てる。


白羽

「……“託されてた”んですね。

 未来が―――」


言葉がつながった瞬間――

海風が止まった。


夜の空気が、張りつめる。


胸の奥。

ずっと“呪い”だと思っていた感覚が、静かに裏返る。


死へ向かわせる力。

終わらせる力。


――違う。


白羽

「終わりは―――

 続くためにある」


その言葉を口にした瞬間。


世界が、震えた。



白羽の足元から、黒い波紋がふわりと広がる。


以前のような“枯れ”の気配ではない。


草木が死ぬことも、空気が濁ることもない。


ただ、

“循環”の感覚だけが満ちていく。


海の匂いが変わる。

夜の空が静かにひらく。


黒い光が天へ伸び――

まるで星座をつなぐ線のように、

ゆっくり形を成していく。


白羽

(……これが……本当の……)


史続しづく”――


終わりを断ち切るのではなく、

次へ渡すための力。


奪う死ではなく、

受け入れ、繋ぐ死。


白羽

(……ありがとうございます)


涙は止まらなかった。

でもその顔は、少しだけ、笑っていた。


黒い光が風にほどけるように消えていく。


空を仰ぐと、

雲が割れ、星がひとつ流れた。


白羽

「ただいま」


波が優しく返事をした。



焚火の光が、遠くにちらちらと見える。


白羽は、ゆっくり歩きはじめた。


もう迷っていない。


“終わりが怖い”のではなく、

“終わりは次につながるもの”と知ったから。


それを胸に――

仲間の待つ場所へ。


足音は、砂に吸い込まれた。


彼女の内側では、

静かに、“史続”の力が燃えていた。



◇ 十三日目・夜/崖の上

――星の下、しばらく黙って


崖の上は、思った以上に静かだった。


風は弱く、

波の音は下のほうで一定に続いていて、

その上に――星だけが、無数に散らばっている。


拠点の作業も、

食事の準備も、

もう全部終わっている。


今夜は、最後の夜だった。


三人は、並んで腰を下ろしていた。


誰も、すぐには喋らない。


サバイバル中は、

黙る=危険、だった。


でも今は、

黙っていても、怖くない。


白羽は、膝の上で手を組んだまま、星を見上げる。


なぜか、この夜が、

ここだけで完結していない気がした。


同じ空を、

どこか別の場所でも、

誰かが見上げている――

そんな感覚が、胸の奥にかすかに残る。


理由は分からない。

ただ、それだけだった。


白羽

「静かですね」


スレイ

「だね。

 こんな“ちゃんと静かな夜”、久しぶりだわ」


シオン

「……おそら……おちない……」


スレイ

「落ちたら皆で逃げよっか」


白羽

「わりと本気で、ありえるのが困ります」


小さく、笑いが落ちる。


それが合図みたいに、

空気が、ふっと緩んだ。


スレイが、仰向けになって腕を枕にする。


スレイ

「……ねぇ、白羽ちゃん」


白羽

「はい?」


スレイ

「この二週間さ。

 今から振り返ると――

 だいたい“どうしてそうなった”的な話多くない?」


白羽

「……」


シオン

「……うん……」


白羽

「否定は……できません」



スレイ

「まず初日。

 熊・落水・動物園」


白羽

「三人とも、

 まったく別方向で詰んでいました」


シオン

「……でも……

 おなじ きもち……だった……」


白羽

「はい。

 “終わったかもしれない”って、

 同時に思ってた気がします」


スレイ

「なのにさ。

 ちゃんと三人、

 夜には焚き火囲んでたの、

 地味にすごくない?」


白羽

「“生きてるだけで十分”の夜でした」



スレイ

「次。文明投げ捨て水浴び事件」


白羽

「じ、事件扱いにしないでください!」


シオン

「……きもちよかった……」


白羽

「それは……否定できないかもしれません」


スレイ

「あの時さ。

 “もう無理”って気持ち、

 ちゃんと笑いに変わったの、よかったよね」


白羽

「そうですね。

 生き延びる、だけじゃなくて、

 “自分たちに戻れた”気がします」


シオン

「……きれいになると……

 こわくない……」



スレイ

「からの、蛇さん」


白羽

「っ……!」


シオン

「……きゅ……」


白羽

「お、思い出させないでください!!」


スレイ

「でも白羽ちゃん、

 一番よく食べてた」


白羽

「あれは……

 生きるための、決意です……(もごもご)」


シオン

「……へびさん……

 ちゃんと……ばいばい……した……」


白羽

「“いただきます”の意味を

 少し……教えてもらいました」


3人

「「「蛇さん。ありがとう」」」



白羽

「遺跡も…ありましたね」


スレイ

「あー。

 あそこだけさ、空気違った」


シオン

「……おうち……だった……」


白羽

「人形で遊んで…

 ただ、一緒にいた」


言葉が、自然とゆっくりになる。


白羽

「時間が経っても

 “あったかさ”って残るんですね」


スレイ

「うん。

 無人島なのに、“誰かが生きてた証拠”あった」


シオン

「……だから……

 さびしくなかった……」



スレイ

「で、最終的にさ」


指で星をなぞるみたいな仕草。


スレイ

「力も。世界も。終わりも。

 “ぶつける”以外の使い方、

 やっと見えた気がする」


シオン

「……こわいとこだけ……

 ちいさく……」


白羽

「終わりも……

 続くためにある」


少し照れたように、白羽は笑う。


白羽

「まだ、途中ですけれどね」


スレイ

「十分だよ。

 少なくとも――

 来たときの顔じゃない」


シオン

「……みんな……

 ちゃんと……ここ……」


◇ 流れ星


そのときだった。


シオン

「……あ」


夜空を流れる、一筋の光。

星が、海の向こうへ溶けていく。


スレイ

「流れ星!」


白羽

「きれい……」


スレイ

「願いごと、何回言うんだっけ」


シオン

「……さんかい……?」


白羽

「む、無理ですよ。そんな3回もっ」


三人、同時に口をつぐむ。

願いは、声にならない。


――雛と、ちゃんと向き合えますように。

――もう、誰も燃やし尽くさなくて済むように。

――こわいところだけ、静かにできますように。

――それでも、三人で笑っていられますように。


流れ星は、あっさりと消えた。


スレイ

「……ま、言わなくてもいいか」


白羽

「きっと……

 皆、似たようなことを

 願ってたと思いますよ」


シオン

「……いっしょに いきのびる……」


風が、三人の髪をそっと撫でていく。


二週間のドタバタも、

ゲテモノも、

恥ずかしい黒歴史も、

ほんの少しの覚悟も――


全部まとめて、星の下で笑い話になっていった。



◇ 十四日目・早朝/浜辺

―― サバイバル終了


朝は、拍子抜けするほど静かに訪れた。


雲は薄く千切れて、

高い空に溶けていく。


海は穏やかで、

昨日までの嵐や焦燥なんて最初から存在しなかったようだった。


白羽は焚火跡の前に立つ。


灰になった火床は冷えていたが、

胸の奥には、昨夜の星の光がまだかすかに灯っている。


――二週間。


長いようで短く、

短いようで、深かった。


そして、不思議と――

「終わってほしくない」と思える時間だった。



砂を踏む音がした。


規則的で、落ち着いていて、

聞き慣れた歩幅。


スレイ・白羽・シオンの三人が同時に顔を上げる。


朝靄の向こうから、

黒い外套が歩いてくる。


ヴォイドだった。


余計な感情を纏わず、

ただ事実だけを見つめるまなざしで、

島を一度見渡し、

焚火跡を見、

簡易拠点を見、

そして――三人を見る。


一拍置いて。


ヴォイド

「……生きているな」


スレイ

「第一声それ!?」


白羽

「お、お久しぶりです!」


シオン

「……ぱぱ……」


シオンが駆け寄る。

ヴォイドは自然な動作で抱き上げた。


表情は大きく変わらない。

けれど、その腕だけは確かに“戻ってきた”と分かる温度をしていた。


(この二週間、遠くから気配だけは見張っていた――

 そんな気配が、一瞬だけ滲む)



ヴォイドはスレイを見る。


炎はもう纏っていない。

でも、スレイの“内側の気配”がまるで違う。


ヴォイド

「……スレイ、無茶はしなかったな」


スレイ

「したら燃え尽きてたわよ。

 ……でも今回は、ちゃんと“戻るための力”ってやつが、分かった」


ヴォイドは頷くだけだ。



次にシオン。


ヴォイド

「シオン。世界は重くなかったか」


シオンは、胸の前で小さな手を重ねながら、

こくりと首を振る。


シオン

「……だいじょうぶ……

 こわく……なかった……」


ヴォイド

「……そうか」


その声には、ほんの少しだけ安堵が混じっていた。



そして白羽。


視線が交わった瞬間、

ヴォイドの表情がわずかに変わる。


ヴォイド

「白羽。お前はどうだ。」


白羽の“静けさ”。


それは、力を隠す静寂ではなく――

受け入れて戻ってきた者の静寂だった。


白羽

「あの……」


口を開きかけて、一度息を飲む。


白羽

「私、ほんの少しだけ……

 自分のことを

 思い出しました」


ヴォイド

「…………」


一拍。


ヴォイド

「そうか。」


ヴォイド

「それでいい。

 戻りすぎるには、早い」


白羽の目が見開かれ、そして柔らかくなる。


白羽

「……はい!」



ヴォイドは三人を見渡し、短く言う。


ヴォイド

「特訓は、終わりだ」


スレイ

「で、合否は?」


ヴォイド

「全員――合格だ」



安堵の余韻が、浜辺に広がった

――その直後だった。


ふいに、浜辺の空気が揺れた。


ざわ、と。

風ではない。


まず、シオンが顔を上げる。


シオン

「……きた……」


森の奥から、影が現れる。


鹿。

兎。

鳥。

イノシシの子。

名も知らない、大きな獣。


二週間の間、

ともに生き、

ともに過ごした気配たち。


威嚇もなく、

近寄ることもなく、

ただ浜辺の端に並び立っていた。


シオンは、ヴォイドの腕から静かに降りる。


小さな歩幅で、一歩前へ。


シオン

「……みんな……」


動物たちは、それぞれの仕草で応えた。


首を揺らすもの。

羽を震わせるもの。

鼻を鳴らすもの。


シオンは、ゆっくり手を振る。


シオン

「……ありがとう……

 いっしょ……だった……」


一匹、また一匹と、

彼らは森へ戻っていった。


振り返らずに。


シオンは、少しだけ胸を押さえ、それから顔を上げた。


シオン

「……だいじょうぶ……

 ちゃんと……いきてる……」



次に、スレイが空を見上げた。


崖の向こう。

木々の影の中。


巨大な影が、そこにいた。


――熊。


焔に倒されなかった命。

見逃された存在。


熊は、しばらくこちらを見つめ――

ゆっくりと、前脚を上げた。


まるで、手を振るように。


スレイ

「…………」


一拍。


スレイも、同じように手を上げる。


スレイ

「……生きなさいよ」


熊は低く鳴き、

森の奥へ消えていった。


スレイは、深く息を吐く。


スレイ

「……倒さなくても、進めるんだね」


それは、焔より静かな確信だった。



最後に、白羽。


胸元の人形を抱いた、そのとき――


《……ありがとう……》


それは、もっと古く、もっと深い響き。


《……あなたの行く末を……

 見守っています……》


白羽

「っ……」


視界が、少し滲む。


白羽は、人形をぎゅっと抱きしめる。


白羽

(私、行きますね

 貴方の想いを背負って―――)


もう、縋る声ではなかった。


確かに次へ向かう者の声だった。


白羽は胸元をそっと押さえた。

古びた人形の形が、布越しに伝わる。


もう声は聞こえない。

断片の光も呼ばれもしない。


でも――

胸の奥には確かに“帰るべき場所”ができていた。


白羽

(ありがとうございます……)


誰に向けた言葉なのか分からない。

でも、それでよかった。



スレイが空を見上げながら言う。


スレイ

「結局さ……この島ってなんだったんだろ」


白羽

「試されただけ、じゃなくて……」


少し考え、答える。


白羽

「思い出すための場所―――

 だったのかもしれません」


スレイ

「なるほどねぇ。

 あたしは焔つかんで、

 シオンは世界つかんで、

 白羽ちゃんは顔つかんだし」


白羽

「か、顔……?」


スレイ

「昨日よりずっと“ちゃんとここにいる顔”。

 ま、戻ってきたってやつ?」


白羽は驚き、そして微笑む。



シオンがヴォイドの腕の中でぼそっと言う。


シオン

「……しま……やさしかった……」


スレイ

「動物的な意味でしょそれ」


シオン

「……みんな……いきてた……」


白羽は、その言葉を胸でそっと大切に抱きしめた。



船へ向かう前、

白羽は最後に島を振り返る。


遺跡。

花畑。

嵐の夜。

焔。

星空。

涙の夜。


全部が、静かに風に溶けていく。


白羽

(さようなら。

 そして……ありがとう)


小さく呟き、

人形をもう一度抱き締める。


迷いはなかった。



船が離岸する。

穏やかな波を切って進む。


無人島は、まるで何も起きていなかったように佇んでいた。


――でも。


あの場所で、

三人と一人は確かに変わった。


それだけで十分だった。


そして物語は、

さらに深い“核心”へ進んでいく。


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