第10章 生き延びた者たちの記録(前編)
◇ なんでこうなった(ほんとに)
白羽は、無人島の海辺に立っていた。
少し離れた背後では、
簡易拠点になりかけの石組みと、
まだ役に立っていない焚き火跡。
そこから数十歩。
簡易的に作った釣り竿を構え、
波打ち際でじっと一点を見つめている。
白羽
「来てください! お魚さん」
ぴく。
白羽
「っ!?」
糸が、わずかに動いた。
白羽
「き、来ました!?
今度こそ!」
慎重に、慎重に、糸を引く。
――その瞬間。
バシャァァン!!
白羽
「きゃっ!?」
足元をすくわれ、体勢を崩し、
そのまま――
ひっくり返った。
派手に。
完全に。
海の中へ。
白羽
「ぶくぶく……ごぼ……!」
数秒後。
ざばっ、と起き上がる。
白羽
「……」
全身、びっしょびしょ。
前髪から水が滴り、服は重たく張りついている。
白羽
「…………」
ぺっ。
口に入った海水を吐き出す。
ぺっ、ぺっ。
白羽
「……しょっぱいです」
釣り竿を見る。
――魚、いない。
白羽
「……え?」
周囲を見回す。
魚影すらない。
白羽
「……釣り……
向いてないんでしょうか」
肩を落としながら、もう一度。
ぺっ。
***
そのすぐ奥。
森との境目。
スレイは、両手を前に突き出していた。
スレイ
「ちょ、待って待って!!
お願いだから一回止まろ!?」
目の前。
巨大な影。
筋肉の塊。
毛むくじゃら。
呼吸音が、地響きみたい。
――熊。
完全に熊。
スレイ
「ほら、分かるでしょ!?
食べてもさ、
あたしそんな美味しくないって!!」
一歩、後ずさる。
熊
「グォォ……」
スレイ
「いや威嚇やめよ!?
ね!? 共存とか! 平和とか!!」
土下座。
速攻。
スレイ
「お願いします!!
命だけは! マジで!!」
スレイ
「……ね?」
可愛くおねだりポーズ。
――無視。
熊、突進準備。
ドドドド!
スレイ
「ちょっ……違う違う!!」
次の瞬間。
ドォン!!!
スレイ
「ぐわぁっ!?」
視界が反転。
身体が宙を舞う。
ズザザザザ……!!
地面を何回転もしながら転がり、
最後は木に激突。
スレイ
「……」
ぴく。
スレイ
「……いっ……た……」
ゆっくり起き上がる。
スレイ
「……ねえ……
今のさ……
完全に会話拒否だったよね……」
遠くというには近すぎる距離で、熊の咆哮。
スレイ
「あっ、はい!!
まだ生きてるんで失礼しまーす!!」
全力ダッシュ。
***
ほぼ同時刻。
少し開けた場所。
そこだけ、
異様な光景ができあがっていた。
シオンは、
大きな岩の上にちょこんと座っている。
膝の上には、小さな袋。
それを開けて――
シオン
「……はい」
ぱらぱら。
木の実。
それに――
鹿。
兎。
鳥。
なぜかイノシシ(子)。
あと、よく分からない動物(大)。
完全に囲まれている。
シオン
「……けんか……だめ」
動物たち
「……(もぐもぐ)」※雰囲気
シオン
「……いい」
鹿に撫でられる(逆)。
鳥が肩にとまる。
シオン
「……くすぐったい」
さらに、頭の上にリス。
シオン
「…………」
静かに、ぽつり。
シオン
「……ここ……
すき」
危機感、ゼロ。
***
同時刻。
白羽は、海水を吐き出しながら思っていた。
スレイは、熊の息遣いを背後に感じながら思っていた。
シオンは、鹿に頬をすり寄せられながら思っていた。
――誰も、声には出していない。
出していない、はずなのに。
この瞬間。
三人の脳内に、
寸分違わず、完全に同期した思考が響き渡っていた。
(どうして……
こうなったのーーーーーー!!)
ーーー時は遡ること1日前
◇ 特訓前日・朝/キャンプ地
キャンプ地は、拍子抜けするほど静かだった。
焚き火は安定して燃え、
朝の空気も穏やかで、
差し迫った危機の気配はない。
にもかかわらず――
どこか、行き詰まりのような重さだけが残っていた。
白羽は、手のひらを見つめていた。
白羽
「昨日よりは……
できているはずなんですが」
小さく広がるはずの“死祟の波紋”は、
途中でほどける。
失敗、ではない。
だが、前進とも言えなかった。
少し離れた場所で、スレイが腕を組む。
スレイ
「……ねえ」
白羽は視線を上げる。
スレイ
「この感じ、分かる?」
白羽
「……はい」
スレイ
「力はある。覚悟もある。
でもさ――それ以上、上に行けない」
白羽は、少し考えてから、首を横に振った。
白羽
「……うまく、言葉にできません」
指先が、わずかに震れる。
白羽
「……でも、
進もうとすると、
どこかで止まります」
スレイは、一瞬だけ黙った。
スレイ
「……あー、はいはい」
苦笑する。
スレイ
「自覚してる時点で、
もう詰まってるやつね」
その横で、シオンは地面にしゃがみ込み、
小石を指で並べていた。
シオン
「……できる」
一つ置いて、首を傾げる。
シオン
「……でも……
こわい」
三人とも、同じ場所に立っていた。
その様子を――
ヴォイドは、少し離れた場所から見ていた。
ヴォイド
「……このままでは」
やがて、静かに口を開く。
ヴォイド
「力は、使えない」
焚き火が、ぱちりと鳴った。
白羽
「どうすればいいんですか?」
問う声は、弱くない。
だが、答えが必要だった。
ヴォイドは、わずかに間を置いた。
ヴォイド
「……考えがある」
その一言で――
三人の背中に、同時に冷たいものが走った。
スレイ
「ちょっと待って」
スレイ
「その言い方、
絶対ろくなやつじゃないでしょ」
ヴォイド
「否定しない」
即答。
シオン
「……いやな……
よかん」
ヴォイド
「覚悟しろ」
それ以上は語らなかった。
◇ 一日目・朝/無人島の浜辺
波は、静かだった。
白い砂浜。
背後には、濃く生い茂る森。
前には、果ての見えない海。
三人は、並んで立っていた。
白羽は、ゆっくりと島を見回す。
視線が一周して――
どこにも「出口」はない。
白羽
「……ここが、
これから過ごす場所なんですね」
声は落ち着いている。
だが、指先はわずかに力が入っていた。
スレイ
「うんうん」
軽く頷く。
スレイ
「屋根なし、水道なし、
サービスゼロ」
白羽
「ちょっと、
言い換えないでください!」
シオン
「……しま」
砂浜にしゃがみ込み、砂を掴む。
さらさら。
シオン
「……ひろい」
三人の前に立ち、
ヴォイドが口を開く。
ヴォイド
「今日から二週間」
淡々とした声。
ヴォイド
「この島で過ごせ」
一瞬、沈黙。
白羽
「二週間……
この三人で、ですか?」
ヴォイド
「ああ」
シオン
「……いっしょ」
小さく、でもはっきり。
スレイ
「なるほどね」
腕を組み、空を仰ぐ。
スレイ
「サバイバルってわけだ」
ヴォイド
「目的は、生存」
ヴォイド
「戦うためでも、
勝つためでもない」
一拍。
ヴォイド
「使えるものだけで、生きろ」
白羽
「能力は……?」
ヴォイド
「使っていい」
ヴォイド
「だが、依存するな」
足元に置いていた袋を指で示す。
ヴォイド
「物資は最低限」
水。
乾パン。
火打石。
簡易ナイフ。
布。
ロープ。
白羽
「本当に、最低限ですね」
スレイ
「文句言っても増えないやつね」
ヴォイドは、小さな筒を三人に渡す。
ヴォイド
「発煙筒だ」
ヴォイド
「危険を感じたら使え」
ヴォイド
「使えば、迎えに来る」
ヴォイド
「……だが」
一瞬、間を置く。
ヴォイド
「その時点で終了だ」
ヴォイド
「変わることはできない」
スレイ
「……了解」
シオン
「……わかった」
最後に、三通の封筒。
ヴォイド
「手紙だ」
白羽
「今、読んでもいいですか?」
ヴォイド
「ダメだ」
即答。
ヴォイド
「生活が始まってから開けろ」
それで終わりだった。
ヴォイドは、三人に背を向ける。
砂を踏み、
そのまま――
島の外へと歩いていく。
三人が離れていく、その背を見送りながら。
ヴォイド
「白羽」
一拍。
ヴォイド
「スレイ」
一拍。
ヴォイド
「シオン」
一人ずつ、名を呼ぶ。
ヴォイド
「……無事を祈る」
白羽
「え……?」
振り返ると、
もう、距離はできていた。
シオン
「……いっちゃう」
ヴォイドは、振り返らない。
その背中は、
「戻らない」という意思そのものだった。
やがて、姿が見えなくなる。
浜辺に残ったのは、
三人とだけ。
白羽
「…………」
静かに、息を吸う。
白羽
「本当に……
始まってしまいましたね」
返事はない。
あるのは、
風の音と、波の音。
こうして。
三人は、
同じ無人島で――
二週間のサバイバルに放り込まれた。
◇ 一日目・昼/簡易キャンプ地
最初に現れたのは、白羽だった。
海側から、よろよろと戻ってくる。
足跡が、砂に点々と続いて――
白羽は、びしょ濡れだった。
前髪から、ぽた。
服の裾から、ぽたぽた。
白羽
「…………」
一度、自分を見る。
二度、見直す。
白羽
「着替え……ありませんね」
当然、ない。
白羽は周囲を見回し――
すぐに「期待できない」と悟った。
…………。
無言で、乾パンを一枚取り出す。
かじる。
白羽
「……かたい」
現実逃避である。
数分後。
森の奥から――
がさっ
ばきっ
どさっ
次の瞬間。
スレイ
「はぁ……っ、はぁ……っ……!」
スレイが、勢いよくキャンプ地に転がり込んできた。
仰向け。
服は破れ、土と葉だらけ。
一部、焦げている。
スレイ
「……ちょっとさ……」
天を見つめたまま。
スレイ
「聞いてないんだけど……
無人島って……熊いるの?」
白羽
「いましたか……」
スレイ
「“いた”ってレベルじゃないわよ……
会話、成立しなかったし……」
白羽は、無言でスレイを見下ろす。
びしょ濡れのまま。
スレイ
「……なに、その目」
白羽
「スレイさん……
それ、生きてます?」
スレイ
「ギリね!!」
――そのとき。
音ではなく、気配。
ざわ……
ざわざわ……
森が、
「来てますよ」と主張してくる。
白羽とスレイ、同時に見る。
次の瞬間。
森の奥から――
鹿「(とことこ……)」
兎「(ひょこ……)」
鳥「(ぱさっ)」
……なぜか、イノシシ(子)もいる。
あと、よく分からない動物(大)。
列。
完全に、列。
その中心。
小さな影が、てくてく歩いてきた。
シオンだった。
こっちを振り向いて手を掲げる。
シオン
「……ただいま」
白羽
「…………」
スレイ
「…………」
一拍。
スレイ
「……え、なにこれ」
白羽
「シオンちゃん?
その……後ろ……」
シオン、振り返る。
動物たち
「…………」
鹿「……プイッ。」
(興味なさそう)
兎「……ぴょん。」
(位置調整)
鳥「(ひょい)」
(シオンの肩)
シオン
「……ともだち」
白羽
「ともだち……ですか」
スレイ
「いやちょっと待って!!
あたしさっきまで
熊に命狙われてたんだけど!?」
鹿「……くい。」
(草を食べる音)
完全無視。
スレイ
「こっちは瀕死イベント中なのよ!!」
シオン
「……たのしかった」
スレイ
「なにが!!」
***
三人は、キャンプ地に揃った。
並ぶと、
白羽:びしょ濡れ
スレイ:ボロボロ
シオン:動物まみれ
完全に、意味不明。
しばらく、沈黙。
風が吹く。
スレイ
「……とりあえずさ」
白羽
「はい」
スレイ
「生きてるうちに、
やることあるわよね」
白羽は、防水袋を思い出す。
白羽
「手紙、ですね」
シオン
「……あ」
◇ 手紙の読み上げ
三人は、ほぼ同時に封筒を取り出した。
無駄に頑丈。
無駄に文字が整っている。
スレイ
「……はいはい。
これ絶対ろくなこと書いてないやつ」
白羽
「読まない……
という選択肢はありますか?」
スレイ
「ないでしょ」
シオン
「……よむ」
静かに、封が切られる。
──────────────
◆ 白羽の手紙
白羽が、ゆっくり音読する。
白羽
「『いかがお過ごしか。』」
スレイ
「最悪よ!」
白羽
「『物資は最低限だ。
足りない分は、考えろ。』」
スレイ
「丸投げ!!」
白羽
「『お前は、
“見えないもの”を気にしすぎる傾向がある。
まず今の自分を優先しろ。』」
スレイ
「ん?
なんかそれっぽいこと言ってない?」
白羽
「……痛いところを突かれています」
スレイ
「はい深手ポイント」
白羽
「『視線は遠くでなくていい。
いま足元にあるものを見ろ。』」
白羽
「これは……」
スレイ
「ヨガの先生?」
白羽
「ヨガではありません!」
白羽
「『追伸。夜は冷える。
濡れたまま寝るな。』」
スレイ
「だからそこだけ急に生活感!!」
白羽
「一番大事です」
スレイ
「説得力やめて!」
──────────────
◆ スレイの手紙
スレイ、勢いよく広げる。
スレイ
「『熊と遭遇した可能性が高い。予想通りだ。』」
スレイ
「可能性じゃないのよ! 確定だったのよ!」
白羽
「出ましたね……」
スレイ
「『力は、ぶつければいいものではない。
使い方を間違えると、進めなくなる。』」
スレイ
「……はいはい、名言風」
白羽
「でも、それ……
スレイさんにとっては……」
スレイ
「言わなくていい!!」
スレイ
「『焦るな。
強く見せる必要もない。
静かに動け。』」
スレイ
「……最近の私に刺さりすぎなんだけど」
白羽
「事実だからだと思います」
スレイ
「言わないで!!!」
最後の一文。
スレイ
「『追伸。太った件について、
筋肉という主張は却下する。』」
………………。
スレイ
「………………(無言圧)」
白羽
「追伸の切れ味が……
相変わらず鋭いですね」
スレイ
「ぐぬぬ……!」
シオン
「……ムニッ」
スレイ
「言うな!!」
──────────────
◆ シオンの手紙
シオンは、ゆっくり紙を持つ。
指でなぞりながら読む。
シオン
「『ちゃんとたべること。
ちゃんとねること。
はをみがくこと。』」
スレイ
「圧倒的保護者力」
白羽
「大事です。本当に」
シオン
「『むずかしいときは、
ひとつだけでいい。』」
白羽
「ひとつ……ですか?」
スレイ
「深いようで浅いようで、やっぱ深いやつ!」
シオン
「『まもりたいとおもったら、
その“ところ”だけをまもれ。』」
白羽
「…………(一瞬だけ胸に刺さる)」
スレイ
「また意味深!
ヴォイドさん、最近ポエム期?」
最後。
シオン
「『いきているだけで
じゅうぶんだ。』」
シオンが、顔を上げる。
シオン
「……ぱぱ」
スレイ
「ずるい。
その破壊力はずるいって……」
白羽
「泣きます……これは」
シオン
「……は、みがく」
白羽
「そこは本気でお願いします!」
スレイ
「最優先事項だからね!!」
◇
スレイが、深く息を吐く。
スレイ
「要するにさ」
白羽
「はい」
スレイ
「死ぬな。
甘えるな。
でも生きろ」
白羽
「簡潔です」
シオン
「……いきる」
動物たちが、
なんとなく同意している気がした。
スレイ
「じゃ、役割決めよ」
立ち上がる。
スレイ
「白羽ちゃん、拠点作り。
あたし、食糧集め。
シオン、周辺探索」
白羽
「了解しました」
シオン
「……見つける」
スレイ
「……ロクでもない島だけどさ」
空を見る。
スレイ
「逃げ場ないし」
白羽は、まだ湿った服を気にしながら。
白羽
「生きましょう……!」
火も、
屋根も、
まだ不完全。
それでも。
三人は、動き出した。
――二週間のサバイバルは、
本当に、ここからだった。
◇ 一日目・夕方/拠点づくり
日が、わりと本気で傾いていた。
白羽
「や、屋根……作りましょう」
スレイ
「もう夕方だけどね!」
白羽
「ありますよね……
作らない選択肢」
スレイ
「ないね!」
白羽は布を広げ、ロープを手に取る。
真剣。
ものすごく真剣。
白羽
「きちんと結べば……
きっと大丈夫です」
スレイ
「フラグ立てるのやめよ?」
白羽
「大丈夫です!」
ぎゅっ。
ぎゅっ。
ぎゅうううっ。
完璧そうな結び目。
白羽
「できました」
スレイ
「お、ちゃんとしてる」
一瞬の沈黙。
――風。
ばさっ。
ロープ:「……スルッ」(意思を無視)
布:「バサァッ!」
スレイ
「うわっ!?」
白羽
「……」
スレイ
「ちょ!?
今、0.3秒だったんだけど!?」
白羽
「……もう一度やります」
やり直す。
今度はスレイも手伝う。
スレイ
「いい?
こういうのは勢いよ!」
どん。
流木、立つ。
スレイ
「はい完成!」
白羽
「早くないですか……?」
スレイ
「大丈夫大丈夫」
次の瞬間。
ぐらっ。
スレイ
「……あ」
全員で見上げる。
屋根(仮)が、
明らかに“斜めの意思表示”をしている。
白羽
「風が来たら……」
スレイ
「うん」
白羽
「私たち……濡れますよね?」
スレイ
「うん」
白羽
「信じていいんですか?」
スレイ
「信じる対象が屋根なの怖い」
少し離れたところ。
その周りに――
鹿。
兎。
鳥。
地面には、枝。
シオンが拾う。
一本。
シオン
「……さす」
ずぶっ。
枝、地面に刺さる。
…………
立っている。
白羽
「刺さって……ます!」
スレイ
「今、一番仕事してるのそれだからね?」
シオン
「……たってる」
なぜか誇らしげ。
最後の微調整。
スレイ
「よし、完成!」
白羽
「屋根……ありますね」
スレイ
「あるね!」
白羽
「守られて……ますか?」
スレイ
「気持ちはね!」
結果。
屋根:ある(※精神的支柱)
壁:ない
地面:そのまま
安心感:──少々
シオンは屋根を見上げる。
シオン
「……おうち?」
スレイ
「違う」
白羽
「でも……
今日はこれで」
空を見る。
もう、普通に暗い。
スレイ
「……火、急ご」
白羽
「そうですね」
三人は、
不安定な拠点(暫定)を背に、
焚き火へ向かった。
空は、思ったより早く、
夜の色になっていた。
◇ 一日目・夜/焚き火の前
火は、どうにかついていた。
完璧とは言えない。
風が吹けば揺れ、
薪を足す手つきもぎこちない。
それでも――
暗闇の中に、橙色の輪があるだけで、
夜は少しだけ遠ざかった。
焚き火を挟んで、三人が座っている。
……いや。
三人というより、三様だった。
白羽は、
びしょ濡れだった。
乾かそうにも、服は厚く、
焚き火の熱に当てても、
じっとりとした重さが抜けない。
白羽
「へっ……くち」
小さく、くしゃみをする。
髪も、指先も、冷たい。
スレイは、
もっとひどい。
袖は破れ、
腕には擦り傷、
足元の土もまだ乾いていない。
スレイ
「……いや、ほんとさ」
火を見ながら、ぼそっと。
スレイ
「熊に追われて、
拠点作って、
今これって……」
白羽は何も言わない。
言えない。
そして。
シオンだけが――
つやつやしていた。
服は汚れていない。
髪も、なぜか整っている。
その周り。
動物天国。
焚き火をぐるりと囲むように、
完全に「動物ゾーン」が形成されている。
シオン
「……あったかい」
鹿「……くい」
(満足そう)
スレイ
「……ねえ、白羽ちゃん」
白羽
「はい?」
スレイ
「これ、サバイバルよね?」
白羽
「そのはずですね」
スレイ
「で、あたしたち二人が瀕死」
白羽
「……はい」
スレイ
「シオンだけ、
自然派スパ帰りみたいな顔してない?」
シオン
「……?」
きょとん。
白羽
「ずるいです……!」
スレイ
「ほんとそれ」
◇
薪が、ぱちりと音を立てた。
その音で、現実が戻ってくる。
スレイが、
焚き火の上に枝で組んだ簡単な台を置く。
その上に、
小さく切り分けた肉。
昼に仕留めた獲物だ。
焼ける音は、控えめ。
脂が少なく、
じゅう、というより、しゅ……と鳴る。
白羽
「これ……
食べられるんですよね……?」
スレイ
「焼けてりゃね」
白羽
「……はい」
少しだけ間を置いて。
三人分に分ける。
量は、少ない。
黙って、食べる。
噛み切るのに時間がかかる。
味は、薄い。
でも――
ちゃんと、肉だ。
白羽
「……」
もぐもぐ。
白羽
「生きてる感じがします」
スレイ
「でしょ」
シオンは、
ゆっくり食べている。
小さく、小さく。
シオン
「……おいしい?」
白羽
「はい」
スレイ
「うん……
まあ、“生き延びる味”ね」
シオン
「……よかった」
◇ 誰かの声
食べ終えて、
焚き火の火を落とす。
まだわずかに残っているが、
もう、夜を照らすほどではない。
寝袋を広げ、
三人は焚き火を囲むように横になる。
スレイは、秒で気絶。
熊疲れ。
シオンは、動物に囲まれたまま、
すでに半分、夢の中だ。
白羽は、仰向けで空を見ていた。
星が、思ったより近い。
白羽
(……ふぅ。
長い一日でした)
焚き火の赤が、
まぶたの端で、ゆら、と揺れる。
――そのとき。
声がした。
うっすらと、
遠くなるみたいな、少女の声。
《……白……
……会い……》
白羽
「……?」
小さく、首を動かす。
身体を起こすほどでもなく、
ただ、視線だけを巡らせた。
スレイは寝息。
規則正しい。
シオンも、動かない。
鹿の背に顔を埋めたままだ。
――誰も、起きていない。
……聞こえていない。
少し、間があって。
《……ずっと……》
今度は、
言葉というより、
音の名残みたいなものだった。
意味は、分からない。
言葉としても、繋がらない。
けれど――
嫌な感じは、しなかった。
白羽
(……疲れすぎですね)
そう考えるほうが、
ずっと自然だった。
小さく、口元をゆるめて、
白羽は寝袋に潜り込む。
白羽
「おやすみなさい……」
焚き火は、
いつの間にか、音を立てなくなっていた。
静かに、
赤だけを残して。
その夜。
白羽は、
夢を見ることなく、
眠りについた。
◇ 三日目・朝/拠点前
白羽は、朝の光の中で、そっと自分の髪に触れた。
指が、止まる。
白羽
「……?」
引っかかる。
ふわ、ではない。
ごわ、でもない。
ばさっ。
白羽
「……?」
もう一度。
ばさばさ。
白羽
「……あの」
スレイ
「なに、遺言?」
白羽
「私の髪……
昨日より、硬い気がするんですが」
スレイは、白羽の頭を雑に一撫で。
指が、一瞬で止まる。
スレイ
「……あー」
白羽
「その、“あー”は何ですか」
スレイ
「科学的に説明するとね」
白羽
「はい」
スレイ
「白羽ちゃんの髪、
もう“可愛い女の子のそれ”じゃない」
白羽
「…………」
致命傷。
白羽は、光を弾かない自分の髪を見る。
まとまらない。
落ちない。
生気がない。
白羽
「……洗ってませんね」
スレイは自分の腕を見る。
汗が乾いて、
土がこびりついて、
擦り傷のまわりが、変な色になっている。
袖を引っ張る。
スレイ
「……」
一瞬、鼻を鳴らす。
スレイ
「……これさ」
白羽
「はい」
スレイ
「文明圏の人が見たら、
あたしら“遭難者”より先に
“保護対象”だと思う」
白羽
「否定できません……」
シオンは二人を見てから、
自分の服をつまむ。
ぱたぱた。
音が、鈍い。
シオン
「……べたべた」
スレイ
「うん」
白羽
「そうですね……」
スレイ
「三人とも、
見た目“清楚枠”だったはずなのにね」
白羽
「過去形で言わないでください!」
スレイ
「今のあたしたち?
“野外イベント三日目”」
白羽
「……うぅ……」
拠点はある。
火もある。
食べられてもいる。
それでも。
三人そろって、致命的に不潔。
沈黙。
耐えきれず、スレイが言う。
スレイ
「……ねえ、正直に言うけどさ」
白羽
「はい」
スレイ
「もう限界」
白羽
「同意します…」
シオン
「……あらう?」
二人、同時にシオンを見る。
スレイ
「……洗う?」
白羽
「洗えます?」
シオンは、少し申し訳なさそうに。
でも、きっぱり。
シオン
「……ある」
白羽
「ある?」
スレイ
「ある?」
シオン
「……みず。こっち」
指差す方向。
スレイ
「……え」
白羽
「ほ、本当に?」
シオン
「……きれい。
つめたい」
一瞬。
スレイ
「……なんでそれ、
今まで言わなかったの?」
シオン
「?」
白羽
「シオンちゃん、
教えてください!」
スレイ
「もういい、案内して。
今なら何でも信じる」
シオン
「……いいよ」
三人は、即座に動き出した。
——可愛い女の子としての尊厳を、
取り戻すために。
◇
三人は、シオンの案内で少し歩いた。
木々の間を抜けると、
岩の隙間から、水の音が聞こえてくる。
浅く、澄んだ水場。
白羽
「あ……!」
声が、自然と漏れる。
透明で、
冷たそうで、
ちゃんと「洗える」水。
スレイ
「…………」
一秒。
スレイ
「……無理」
白羽
「え?」
スレイ
「もう限界超えてる。
今あたし、服って概念に耐えられない」
そして。
次の瞬間。
ばさっ。
ばさばさ。
白羽
「ちょっ!?
ちょっと待ってください!」
スレイ
「待たない!!」
完全に裸。
白羽
「スレイさん!!
順序!!」
スレイ
「文明と一緒に置いてきた!!」
そのまま。
ばしゃん!!
水に飛び込んだ。
スレイ
「っっっはぁぁぁぁぁぁぁ!!」
盛大な水音。
全身を洗い流すように、
ばしゃばしゃと水をかぶる。
スレイ
「あ゛〜〜〜〜……
これこれ……
今までの人生、
全部報われた感じする……」
白羽
「……っ」
白羽は、その場で完全に固まった。
全裸。
視線のやり場がなくて、
視線そのものを失っている。
白羽
「は、裸……
あの……!
見え……」
スレイ
「見ていいよ?」
白羽
「よくありません!!」
スレイ
「減るもんじゃないし?」
白羽
「減らなくても困ります!!」
そこへ。
白羽の背後から、
水音。
ちゃぷ。
シオン
「……つめたい」
白羽
「!?」
振り向く。
シオンも、
いつの間にか服を脱いで、
水に入っていた。
白羽
「シオンちゃんまで!?」
シオン
「……きれい」
水をすくって、
腕にかける。
ぱしゃ。
ぱしゃ。
無心。
スレイ
「いやー、いい光景」
白羽
「どの口が言うんですか!!」
◇
白羽は、水場と二人を交互に見る。
一度、自分の服を見る。
粘ついた感触。
嫌な重さ。
髪の不快感。
一拍。
白羽
「……わ、私も限界!」
ぎゅっと目を閉じる。
服を脱ぐ。
白羽
「こっち……
見ないでください!!」
完全に裸。
そっと、水へ。
ばしゃ。
冷たさに息が詰まる。
白羽
「……っ」
水をすくって、
首に、腕に。
少しずつ、落ち着く。
白羽
「……」
——気持ち、いい。
その瞬間。
スレイ
「はい来た」
白羽
「え……?」
がばっ!!
白羽
「ひゃっ!?」
裸のスレイが、
背後から抱きついてきた。
密着。
逃げ場ゼロ。
白羽
「ちょっ……!!
ス、スレイさん!!
今! 今ですか!!」
スレイ
「今でしょ」
白羽
「近いです!!
距離感がおかしいです!!」
スレイ
「えー?
同じ裸だよ?」
白羽
「説得力ありません!!」
冷たい水。
濡れた肌。
体温の差。
白羽
「は、離れてください!
心臓に悪いです!!」
スレイ
「白羽ちゃん、あったかーい」
白羽
「そういう感想いりません!!」
その横。
シオンは、二人を見て。
三秒考えて。
ちゃぷ。
反対側から、ぴと。
白羽
「!?!?!?」(水から飛び上がる)
シオン
「……あったか」
白羽
「なんで挟むんですか!!」
スレイ
「これ、完成形じゃない?」
白羽
「完成してほしくありません!!」
三方向、完封。
白羽
「あの、
逃げ道はありますか?」
スレイ
「ない」
シオン
「……ない」
白羽
「……っ!!」
白羽の顔が、
一気に真っ赤になる。
抵抗しかけて、
でも。
水の心地よさに、
力が抜けた。
白羽
「もう……
どうにでもしてください……」
スレイ
「よし、観念した」
シオン
「……あらう」
ばしゃ。
ばしゃばしゃ。
笑い声と、水音。
ほんの一瞬。
ここが無人島だということを、
忘れる時間。
そのとき――
ばさっ、と羽音が重なった。
少し離れた森の奥から、
一斉に鳥が飛び立つ。
羽音が空に広がって、
すぐに、静かになる。
スレイ
「鳥?」
シオン
「……とんだ」
それだけ。
二人は、特に気にした様子もなく、
また水に目を向けた。
白羽だけが、
なぜか、その場に立ち尽くした。
(……今の……)
ただ――
遠くで、“何か”が確かに動いた気がした。
白羽は、小さく息を吐いた。
(……気のせい、ですね)
そう思うことにして、
視線を、水面に戻した。
◇
しばらくして。
水から上がる。
白羽
「さむ……」
スレイ
「全裸ハイ、終了」
シオン
「……ぶる」
服を着る。
濡れて重い。でも。
白羽は、もう一度、髪に触れた。
白羽
「……」
指が、通る。
ちゃんと、通る。
白羽
「柔らかい……」
胸の奥が、すっと軽くなる。
スレイ
「でしょ?」
肩を回しながら。
スレイ
「生き延びるのも大事だけどさ、
“ちゃんと人間でいる”のも大事なのよ」
白羽
「はい……」
シオン
「……きもちいい」
小さく、頷く。
サバイバルは、
相変わらずきつい。
でも。
この三人なら、
少しくらいは笑って進めそうだった。
◇ 五日目・夕/拠点前
焚き火のそば。
白羽とシオンは、並んで座っていた。
白羽
「今日は……
何でしょうね?」
シオン
「……きょうのごはん」
二人の視線は、同じ方向――森の奥。
昨日までは、
イノシシ。
鳥。
よく分からないけど食べられた何か。
今日は、まだだ。
白羽
「昨日は、結構……
立派でしたよね」
シオン
「……おにく……」
白羽
「今日は、少し……
軽めかもしれませんね」
想像する。
兎とか。
小鳥とか。
できれば――毛があるタイプ。
白羽
「普通の動物が、いいですね」
シオン
「じゅるり」
そのとき。
――がさっ、がさがさ。
森の奥から、足音。
白羽
「あ……!」
シオン
「……きた」
二人、身を乗り出す。
次の瞬間。
スレイ
「お待たせー」
姿を現したスレイは、いつも通りの顔。
ちょっと埃っぽい。
ちょっと疲れた様子。
でも。
スレイ
「今日さ、すごいの取れた」
白羽
「すごい……?」
シオン
「……?」
にやり。
スレイ
「かなりレア」
白羽
「も、もしかして……
大きいですか?」
スレイ
「うん。長い」
白羽
「長い……?」
シオン
「……なが」
二人、目を輝かせる。
白羽
「鹿、ですか?」
スレイ
「もっと“にょろっ”とした感じ」
白羽
「……え?」
スレイ
「はい」
とん、と。
スレイが、
手に持っていた袋を地面に置いた。
次の瞬間。
ずるり。
白くて。
つやつやして。
明らかに“生きている”。
にょろっ。
舌が、ちろり。
白羽
「……………」
一拍。
白羽
「きゃああああああああ!!?」
白羽は腰を抜かし、
ぺたんと地面に倒れこむ。
シオンの後ろに隠れる。
白羽
「へ、へび!?
生きてます!?
今! 今動きました!!」
スレイ
「そりゃ、動くでしょ。
生きてるし」
白羽
「なんでそんな冷静なんですか!!」
シオンは、しゃがみこんでいた。
じーっ。
蛇
「……(ぬる)」
蛇が動く。
シオン
「……ぬる」
白羽
「触らないでください!!
見るだけで!!」
スレイ
「ちなみに、毒はない」
白羽
「その情報、
あと三秒早く言えません!?」
蛇は、ゆっくり、とぐろを巻いた。
完全に主張している。
――今日の獲物。
白羽
「すごいの、の方向性が……」
シオン
「……ながくて……かわいい」
白羽
「かわいくありません!!」
スレイ
「というわけで、
今日の晩ごはん――」
白羽
「やめてください!!
その続きを言わないでください!!」
蛇が、ぴくり。
焚き火が、ぱち、と鳴った。
◇
蛇は、こちらの空気など気にしない。
ゆっくり。
のそのそ。
焚き火の熱を避けるように――
にょろ。
白羽
「あっ……」
足元。
黒い影が、白羽の足首のほうへ。
白羽
「ちょ、ちょっと……」
その瞬間。
するり。
白羽
「きゃああああああああ!!!!」
完全に悲鳴。
白羽
「ま、巻きついてます!!
足! 足に!! 生き物が!!」
蛇
「……(ぎゅ)」
※優しく巻きついている。締めてはいない。
スレイ
「あーこの子、
白羽ちゃん気に入ったぽい」
白羽
「解説いりません!!
実況もいりません!!
今すぐ離して!!」
ばたばたする。
その反動で。
にゅるっ。
蛇、方向転換。
上。
白羽
「……え?」
次の瞬間。
胴体に。
くる。
白羽
「いやいやいやいやいや!!」
完全にぐるぐる巻き。
白羽
「な、なんで私だけなんですか!?
もっと他にもいるじゃないですか!!
スレイさんとか!!」
スレイ
「えー?
白羽ちゃんのほうが
やわらかそうだからじゃない?」
白羽
「理由が嫌すぎます!!」
シオン
「……白いお姉ちゃん……
……えっ」
白羽
「シオンちゃん?
その先、言ったら怒るからね?」
蛇
「……(ぬるぬる)」
※めちゃくちゃ気持ちよさそう。
白羽
「ひっ……!
つめたい!ぬるぬる!!
それでいて、滑らかだし
感触の情報量が多すぎます!」
白羽
「た、助けてください!!
誰か――!」
スレイ
「取る?」
白羽
「早く!!
“取る?”じゃなくて!!」
スレイ、近づいて。
ひょい。
蛇をつかむ。
その瞬間。
すぽん。
蛇
「……」
白羽から離れる。
白羽
「………」
数秒。
白羽
「いま、確かに……」
自分の腕を見る。
足を見る。
白羽
「ぐるぐる巻かれてました……」
スレイ
「初・蛇体験!」
白羽
「そんな初体験いりません!!」
蛇はスレイの腕で、
再びゆるっと丸まる。
蛇
「……」
シオン、近づく。
そっと、指で触る。
シオン
「……すべすべ」
白羽
「触れるんですか!?!?」
シオン
「……かわいい」
白羽
「感性の違いが激しいです!!」
スレイ
「慣れるとさ、
これ、ちょっと癖になるよ」
白羽
「慣れません!!」
蛇が、もう一度、もぞ、と動く。
白羽
「ひっ!」
一拍。
皆、止まる。
蛇は――
今度は、焚き火のそばで丸くなった。
三人、同時に息を吐く。
白羽
「……生きてる食材って……
こんなに自己主張するんですね」
スレイ
「今日、一番の学びね」
シオン
「……あそんだ」
白羽
「遊ばれていたのは私です!!」
焚き火が、ぱち、と鳴った。
蛇は、静かにとぐろを巻いている。
――今日の晩ごはん候補は、
まだ、元気だった。
◇
焚き火の前。
蛇は、まだ生きている。
とぐろを巻いて、
きゅっと縮こまっている。
蛇
「……きゅ」
白羽
「……」
白羽
「な、鳴きました?」
スレイ
「鳴いたね」
シオン
「……かわいい」
白羽
「かわいいで済ませないで!!」
蛇は、焚き火の熱を感じてか、
小さく体を動かす。
きゅ、きゅ。
白羽
「やっぱり……
自己主張、激しくないですか?」
スレイ
「逆に覚悟決めた顔してない?
“いくなら今だぞ”って」
白羽
「そんな顔、
読み取らなくていいです!!」
シオンは、しゃがんで蛇と視線を合わせる。
シオン
「……だいじょうぶ。
おいしくなる」
蛇
「……きゅ」
白羽
「会話してません!?」
スレイ
「もうしてるでしょ」
手際よく、準備に入る。
細かい描写はない。
無駄に丁寧でもない。
焚き火が、ぱち、と鳴る。
その間。
白羽は、目を閉じていた。
白羽
「終わったら……
教えてくださいね」
スレイ
「はいはい」
短い間。
そして。
スレイ
「はい。
蛇くんは、
無事晩ごはんになりました」
白羽
「言い方、もう少しありませんか!?」
でも。
串に刺された身は、
思ったよりもずっとおとなしい。
白くて、
細くて、
変な主張がない。
白羽
「……あれ?」
火にかける。
じゅう。
脂が落ちる音も、
控えめ。
匂いが、ふわっと広がる。
白羽
「……普通に……
いい匂いしてません……?」
スレイ
「だから言ったじゃん」
シオン
「……おなか。
すいた」
焼き上がる。
三等分。
渡される。
白羽は、じっと見つめてから――
白羽
「……蛇さん」
一瞬だけ、目を閉じる。
白羽
「いただきます!」
一口。
もぐ。
白羽
「……」
一拍。
白羽
「……え?」
もう一口。
白羽
「えっ……
おいしい……」
スレイ
「でしょ」
白羽
「なんでこんな……
さっぱり……?」
シオン
「……おかわり」
白羽
「早いです!!」
気づけば。
白羽の手が、
一番止まらない。
スレイ
「……白羽ちゃん?
一応、最初は反対してたよね?」
白羽
「こ、これは……!
蛇さんへの敬意です!!」
シオン
「……なくなった」
白羽
「えっ、もう!?
あの……それ……
もし……」
言いかけて、固まる。
白羽
「……」
スレイ
「はい」
(半分、分ける)
白羽
「ありがとうございます」
焚き火のそば。
三人で、もぐもぐ。
白羽
「……蛇さん。
なんだか、満足そうでしたね」
スレイ
「成仏した顔してたね」
シオン
「……ばいばい」
そのとき。
本当に、どこからともなく。
気のせいかもしれないくらいの、小さな声。
蛇
「……きゅ。
おそまつさまでした」
白羽
「……え?」
スレイ
「……今の、聞いた?」
シオン
「……うん」
白羽
「最後まで律儀すぎません!?
一番きれいに締めてませんか!?」
星が、瞬いている。
今日の晩ごはんは、
ちゃんと――
おいしかった。
◇ 七日目・昼/雷雨
空が、音を立てて変わった。
さっきまで、
確かに晴れていた。
雲は遠く、
風も穏やかで――
油断できる空だった。
それが。
ごろ、と。
低く、腹の奥に響く音。
スレイ
「……来る」
言い切り。
次の瞬間。
ドンッ!!
雷鳴が、天地を割った。
白羽
「っ!?」
空気が、一変する。
風が吹き荒れ、
湿った空気が肌に張りつき――
一気に、雨。
叩きつけるような豪雨。
足元が、水を跳ねる。
シオン
「……っ」
本能的に、白羽の袖を掴む。
そのとき。
白羽は、聞いた。
――声。
雷鳴に紛れるほど、かすかな。
《……こっち……》
白羽
「……?」
振り向く。
森の奥。
岩が連なる、陰のほう。
なぜか、そこだけが
“見える”。
《……だいじょうぶ……》
胸の奥が、ひくり、と動く。
白羽
(今……?)
気のせいかもしれない。
けれど。
足が、そちらを向いてしまう。
スレイ
「まずい!」
スレイは即座に周囲を見る。
高い木。
むき出しの岩。
開けた浜。
どれも、雷には最悪だ。
スレイ
「低いとこ!
遮蔽物ある場所に動く!」
白羽
「あっちです!」
白羽は、迷いなく指差した。
森の奥。
地形が落ち込み、
岩壁に守られた影。
スレイ
「……洞か?」
白羽
「分かりません。
でも……」
(……呼ばれている)
その言葉は、飲み込んだ。
判断は、一瞬。
走る。
雨で視界は悪く、
地面は滑る。
雷鳴が、頭の真上で鳴り続ける。
ドンッ!
バリバリッ!
シオン
「……おおきい」
白羽
「大丈夫です!
止まりません!」
三人は、そのまま影へと駆け込んだ。
◇ 七日目・昼/洞窟入口
雨音が、急に遠ざかった。
最初は、
ただの岩陰だと思えた。
生臭い湿気。
冷たい石。
スレイ
「……助かった」
だが。
数歩進んだところで、
足音が変わる。
――音が、反響する。
白羽
「……?」
壁に、空間の“奥行き”がある。
洞窟だ。
それも、
思ったより、深い。
スレイ
「……ここ、結構続いてる」
シオン
「……くらい」
進む。
天井は自然な岩。
壁も、ごつごつしている。
だが――
白羽は、違和感を覚える。
石の並びが、
妙に整っている。
崩れた岩にしては、
角がある。
白羽
「……これ……」
指先が、壁に触れる。
冷たい。
だが、
ざらつきの中に、平らな面がある。
白羽
「……削れて……います?」
一拍。
さらに進む。
足元。
白羽は、思わず足を止めた。
白羽
「すみません……」
しゃがみ込む。
地面。
自然の土じゃない。
砕けた石ではなく、
敷き詰められた板状の岩。
継ぎ目がある。
スレイ
「……っ」
スレイも、黙る。
数歩先。
暗闇の中で、
空間が、わずかに開けた。
洞の最奥。
そこに――
柱が、立っていた。
倒れかけている。
苔と土に埋もれている。
それでも。
“立てられた”形をしている。
白羽
「…………」
白羽は、無意識に、その前に立っていた。
触れていないのに、
胸の奥が、静かに震える。
白羽
(……知っている……?)
分からない。
理由も、記憶も、ない。
それなのに。
ここに来るまで、
迷わなかった。
スレイ
「……待って」
声が、少し低くなる。
スレイ
「これ……」
言葉を探して、
見つからない。
代わりに、はっきり言う。
スレイ
「ここ、無人島よね……?」
白羽は、答えなかった。
代わりに。
白羽
「……遺跡……
のようです」
その一言で、
空気が、完全に変わった。
外では、雷雨が続いている。
だが、この場所だけ――
まるで、切り離されたみたいに静かだった。
無人島に。
誰も住んでいないはずの島に。
人の手で作られた場所が、確かに、あった。
――前編・了




