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第9章 世界が拒んだ七つの名

◇ 欲求は正直、制裁は即死


カレンが旅立って、数日。


朝は普通に来る。

火も起きる。

パンも焼ける。


――ということはつまり、

日常は何事もなかったかのように続いている。


続いている、はずだった。


スレイ

「……はぁ~~……」


大きなため息。


白羽

「スレイさん、もう五回目ですよ」


スレイ

「だってさぁ……」


ぐてーん、と岩に凭れる。


スレイ

「カレンいなくなってから、

 誰もあたしを止めないし、

 止められないし、

 叱られないし……」


白羽

「それは普段から止めようとしてます」


スレイ

「違うのよ!!

 あれは“戦友成分”なの!!」


シオン

「……?」


スレイ

「なんていうか、

 背後にいる安心感と、

 信頼と、

 あの距離感が――」


唐突に、白羽の肩を掴む。


白羽

「え、ちょっと――!」


スレイ

「足りないのよぉぉ!!」


がばっ。


白羽

「ちょ、ちょっと待ってください――!

 み、密着です、密着!!

 胸、当たってます!!」


スレイ

「気にしない気にしない!」


白羽

「気にしてください!!

 当人なんですから!!」


そのまま、ずずい、と距離を詰める。


スレイ

「ほら!

 体温補給!!」


白羽

「補給!?

 今、補給って言いました!?」


スレイ

「あと精神安定!!」


白羽

「用途が完全にアウトです!!」


そして――

次。


スレイの視線が、ゆっくりとシオンへ。


スレイ

「……シオン」


シオン

「……なに」


スレイ

「ちょっと来なさい」


シオン

「……いや……」


無視して、抱き上げる。


ぎゅ。


スレイ

「はいはい、よしよし~

 あったか~」


シオン

「……っ」


一瞬、無言。


それから、

静かに、鋭く。


シオン

「……赤いの……」


スレイ

「んー?」


シオン

「……よっきゅう……

 ふまん……」


白羽

「っ!!?」


空気が凍る。


スレイ

「…………」


スレイ

「……ちょっと待って」


スレイ

「そ、それ誰に教わった言葉!?」


シオン

「……かがくてき……」


白羽

「科学的!?」


シオン

「……最近……

 ふえてる……」


スレイ

「なにがとは言わせないわよ!!」


その瞬間。


がしっ。


首根っこが、

完璧な力加減で掴まれた。


スレイ

「……あ」


ずるずる。


足が浮く。


スレイ

「ヴォイドさん?

 ちょ、ちょっと話せば――」


ヴォイド

「需要と供給を、見誤ったな」


スレイ

「言語選択が冷静すぎる!!」


そのまま、崖際。


風。


下、見えない。


スレイ

「…………」


スレイ

「ちょ、

 待って待って!

 これは違うの!!」


スレイ

「慰めようとしただけ!!

 情緒を!!

 健全な意味で!!」


ヴォイド

「白羽」


白羽

「はい!」


ヴォイド

「これは健全か」


白羽

「……いいえ。

 欲情です」


スレイ

「裏切り者!!」


シオン

「……ぱぱ……」


ヴォイド

「……落とすぞ」


スレイ

「ちょ、

 っちょっとすみませんでしたぁ!!」


スレイ

「出来心です!!

 マジで!!

 ほんとに!!」


スレイ

「し、死ぬ!!

 それ落ちたら絶対死ぬやつ!!」


数秒。


すとん。


スレイ

「うあっ!」


放された。


地面に尻もち。


スレイ

「……せ、生還……」


スレイ

「……ちょっとだけ、

 人生見直した……」


白羽

「自業自得です!」


シオン

「……赤いの……

 だめ……」


スレイ

「ごめんって!

 生を実感したかっただけなのよ」


白羽

「せい……」


シオン

「せい……」


スレイ

「そっちの"せい"じゃないからね!?」



ひとしきり騒いで、

ようやく空気が落ち着く。


……なのに。


白羽だけは、胸の奥の違和感が消えなかった。


白羽

「……でも」


白羽

「雛さんのこと、

 まだ整理できてません……」


スレイ

「……ああ」


スレイ

「あれはね……

 整理できるものではないわ」


シオン

「……つよかった……」


シオン

「でも……

 おわり……じゃない……」


そのとき。


ヴォイド

「……枯滅こめつの話か」


低い声。


三人が振り向く。


白羽

「……教えてください」


白羽

「雛さんが、

 どうしてそこまで

 私を恨んでいるのか」


一拍。


ヴォイド

「……長くなる」


スレイ

「朝から重いわね」


シオン

「……きく……」


ヴォイド

「――そうか。」


ヴォイドは腰を下ろす。

他の3人もゆっくりと腰を下ろし、

ヴォイドの方を見る。


ヴォイド

「――すべては

 "3000年前"から始まった―――」


その言葉で、

朝の喧騒は一段、遠ざかった。


物語は、

神話の始点へ向かって静かに沈み始めた。



◇ 昔話その1 "世界に最初に生まれた、七人の少女"


それは、

世界というものが、まだ自分の形を知らなかった時代の話だ。


生と死の境界は曖昧で、

始まりと終わりは、同じ場所にあった。


世界は、

まだ「続く」ということを理解していなかった。


その時代に――

七人の少女が生まれた。


彼女たちは、人ではない。

神でもない。


世界そのものが、

自らの歪みを

“少女の姿”として表した存在だった。


歩けば、大地の意味が変わり。

息をすれば、季節の順序が崩れる。


感情が揺れただけで、

命は生まれ、

そして――終わった。


彼女たちは、

何かをしようとしたわけではない。


ただ、

“在った”。


それだけで、

世界は書き換えられていった。


力は、あまりにも純粋で、

あまりにも濃かった。


善も、悪もない。

意志も、目的もない。


世界の法則そのものが、

彼女たちの手の中にあった。


やがて――

世界は、はっきりと怯える。


彼女たちは、

世界に従わない。


世界の外にいるのでもない。

世界を超えているのでもない。


世界より、先に在った。


それが、

最大の問題だった。


七人の少女は、

互いの存在を歪ませ始める。


近づけば衝突し、

離れていても、概念が共鳴する。


一人が動けば、

別の誰かの意味が崩れる。


そして――

殺し合いが始まった。


理由はない。

正義もない。


ただ、

同時に在り続けることができなかった。


大地は裂け、

海は意味を失い、

空は落ちた。


世界は、

その争いに耐えられなかった。


この戦いによって、

世界は一度、完全に崩壊した。


再び形を得るまでに、

千年以上の時間を要したとされている。


そうして、

ようやく世界は学ぶ。


――強すぎる存在は、

世界そのものを壊す。


人々は、

彼女たちをこう呼んだ。


原初災厄プロト・カタストロフ―――と。


世界に生じた、

最初の“続かないもの”として。


拒まれ、

恐れられ、

排除されていく。


だが――

彼女たちは、長く生きられなかった。


力が濃すぎた。

存在が、それに耐えられなかった。


一人、

また一人と、

世界から消えていく。


殺された者もいれば、

自壊した者もいる。


理由は残らない。

結果だけが残る。


やがて――

七人いた少女は、

三人になる。


その三人だけが、

世界の崩壊を越えてなお、

消えなかった。


なぜ、その三人だったのか。


それは、

この時点ではまだ、

誰にも分からない。


ここまでが――

世界に残されることを

かろうじて許された、


最初の終わりの物語だ。



◇ 現代――焚き火のそば


焚き火が、低く音を立てている。


誰も、すぐには言葉を発せなかった。


話が重すぎる、というより――

スケールが、現実とかけ離れすぎていた。


白羽は、無意識に自分の胸元へ手を伸ばしていた。

そこにあるものを、確かめるように。


白羽

「……」


息を吸って、吐く。


白羽

「三千年前にも……

 私たちと同じような人たちが……」


言葉を探す。


白羽

「“災厄”として生まれてきた子たちが、

 いた、ということですよね」


焚き火の向こうで、

ヴォイドが小さく頷いた。


白羽

「世界が壊れるほどの力を持っていて、

 それでも」


声が、わずかに揺れる。


白羽

「ちゃんと、

 生きていたんですね」


スレイ

「……待って」


腕を組んだまま、視線を落として。


スレイ

「世界が壊れた、とか

 千年かかった、とか――」


スレイ

「……スケールが化け物すぎて

 頭が追いつかないんだけど」


白羽

「……はい」


シオンは黙ったまま、

焚き火を見つめていたが――


ぽつり。


シオン

「……たくさん……

 いなくなった……」


白羽

「……はい

 そうですね」


生き残ったのは三人だけ。


何があったのかは、

まだ語られていない。


スレイ

「……つまり」


視線を上げずに、言う。


スレイ

「三千年前から、もう――

 私たちと同じ“宿命”を背負わされた子が

 いた、ってことよね」


誰も否定しない。


スレイ

「世界を壊すほどの力を持って、

 でも……」


少し、言葉を選んで。


スレイ

「……生き方は、

 多分、私たちと

 そう変わらなかったんじゃない?」


白羽

「……」


白羽は、それを否定できなかった。


名前があり、

存在があり、

世界から恐れられ――

それでも、生きていた。


シオン

「……さいご……

 どうなったの……?」


小さな問い。


答えは、まだ出ない。


ヴォイド

「……続けよう。」


焚き火の音だけが、

静かに続いている。



◇ 昔話その2:生き残った三人と、“概念”になったもの


原初災厄の少女たちによる、

世界そのものを引き裂く争いのあと。


世界は、かろうじて再生した。

だが、それはかつてと同じ世界ではなかった。


大地の形は変わり、

空の色も、

季節の巡りも、

どこか歪んだまま定着した。


それでも――

完全に消えなかった存在が、

三つだけあった。


終凍しゅうとう

無相むそう

そして、枯滅こめつ


彼女たちは、

本来ならば世界の崩壊とともに

消えるはずの存在だった。


原初災厄の力は、

世界にとってあまりにも重く、

長く留まることを許されない。


それでも、この三つは消えなかった。


理由は、ひとつしかない。


彼女たちは、

世界が結末を与えるよりも先に――

自ら“終わりを拒む手段”を得ていた。


それは、

他の原初災厄を取り込み、

その力を自分の内側に縫い込むという選択だった。


血と、肉と、概念。


そうして三つの存在は、

老いることもなく、

摩耗することもなく、

世界の中に留まり続けることになる。


世界は、再び学ぶ。


これらは、もう消せない。

拒絶しても、排除しても、意味がない。


ならば――

世界の一部として、受け入れるしかない。


三つの原初災厄は、

少女の姿を保ったまま、

長い時間をかけて、

ゆっくりと“概念”へと近づいていった。


肉体が失われたわけではない。

人格が消えたわけでもない。


ただ――

存在の意味だけが、

世界の仕組みとして固定されていった。


終凍しゅうとう

それは、

「止まる」という結果そのものとして在り続けた。


世界が始まった瞬間から、

すでにそこにあったかのように。


無相むそう

それは、

「形を持たない」という事実そのものだった。


比べる必要も、

測る基準も存在しない。


この二つは、

生まれた瞬間から、

世界の頂点にあった。


時代が変わろうと、

文明が滅びようと、

輪廻がいくつ巡ろうと。


終凍と無相だけは、

最初から――届かない。


世界が、そう定めていた。


だが――

残る一つは、違った。


枯滅こめつ


彼女だけは、

自分が何者であるのかを、

理解していなかった。


死に触れ、

終わりを扱いながらも、

それが“何を意味する力なのか”を知らなかった。


枯滅がしていたのは、

死を与えることではない。


死んだものを枯らし、

終わった命を世界から消すこと。


それは必要な役割だったが、

称えられることはなかった。


目立たず、

評価されず、

やがて――疎まれる。


世界からも、

他の災厄からも。


それでも、

枯滅は消えなかった。


そして三千年という時間を経て、

彼女はようやく理解する。


自分が扱っていたものは、

“死”ではない。


生そのものを、

終わらせる力だということを。


それは死よりも深く、

世界の根に触れる理解だった。


だからこそ――

枯滅は、

最も遅れて、

最も深く、

原初災厄としての力を取り戻す。


三つは、同じではない。


最初から、

世界の外側にあったものが二つ。


そして、

三千年という時間の果てに、

そこへ辿り着いたものが、一つ。


この三つが同時に在るかぎり、

世界は、必ずどこかで軋む。


その震えが、

再び歴史として刻まれるのか。


それとも、

誰にも気づかれないまま終わるのか。


――それは、

まだ、誰にも分からない。



◇ 現代――焚き火のそば


焚き火が、ぱちりと鳴った。


白羽

「……」


言葉が、出なかった。


頭では追えていない。

それでも――

さっきまでの空気とは、

何かが決定的に違う。


スレイ

「……ちょっと待って」


低い声。


スレイ

「雛が、あの強さで……

 まだ“完全じゃない”って話よね」


ヴォイド

「……ああ」


その一言で、

背中に寒気が走る。


白羽

「では……」


喉が鳴る。


白羽

終凍しゅうとう無相むそうは」


ヴォイド

「枯滅よりも遥かに強い」


即答だった。


スレイ

「一災“終凍しゅうとう

 それで、

 二災“無相むそう

 って言ったわよね」


ヴォイド

「ああ。名だ。

 今も変わらない、“概念名”だ」


白羽

「……概念名、ですか」


ヴォイド

「呼べば、世界が先に意味を取る。

 そういう類だ」


焚き火の音が、遠くなる。


シオン

「…………」


小さな肩が、わずかに震えた。


スレイ

「……冗談じゃない」


笑う気配すらない。


スレイ

「雛ですら、

 “触れたら終わり”

 だったのに……」


白羽

「……戦った場合は」


スレイ

「……戦いに、ならない」


その言葉が、

胸の奥に沈む。


ヴォイド

「今は想像しなくていい。」


静かな声。


ヴォイド

「終凍と無相は、

 最初から“そういうもの”だ」


それ以上の説明は、しない。


一拍置いてから、

話題を切り替えるように、声を落とす。


ヴォイド

「だが――」


全員の視線が、自然と集まる。


ヴォイド

枯滅こめつが白羽を狙う理由。

 なぜそこに至ったのか。」


ヴォイド

「その過程だけは、

 避けて通れない」


焚き火が、ぱち、と音を立てた。


ヴォイドは、

炎から視線を外さないまま口を開く。


ヴォイド

「しかし、ここから先は――

 白羽にとって、

 あまり気持ちのいい話ではない」


焚き火の音が、

やけに大きく聞こえた。


白羽は、一瞬だけ瞬きをした。


白羽

「……どんな話なんですか」


ヴォイド

「お前の存在に、

 直接関わる歴史だ」


その一言で、

胸の奥が、きゅっと締まる。


しばしの沈黙。


焚き火が、静かに揺れる。


白羽は、

自分の膝の上で、

手を握りしめていた。


白羽

「……それでも、聞きます」


顔を上げる。


逃げない、

という意志が、はっきりと宿っている。


白羽

「雛さんが、

 どうして私を憎んでいるのか」


白羽

「それを知らないままでは、

 一緒にはいられません」


ヴォイドは、ようやく白羽を見る。


ヴォイド

「分かった。」


短い返答。


ヴォイド

「なら、語ろう」


ヴォイド

「三千年前――」


ヴォイド

「原初災厄の時代における、

 死祟しづく枯滅こめつの話を。」


その言葉と同時に、

焚き火の炎が、一段低くなった。


ここから先は、

力でも、運命でもない。


白羽自身の存在を、

揺さぶるための物語だ。



◇ 昔話その3:死祟しづく枯滅こめつ


原初災厄の時代。


七つの歪みが、

まだ少女の形をしていた頃。


その中に――

死を担う存在が、二つあった。


ひとつは、死祟しづく

もうひとつは、枯滅こめつ


同じ“終わり”に触れながら、

二つは、まったく違う在り方をしていた。


死祟は、

生きているものから命を奪う。


在るだけで、

生は死へ向かい、

世界は均衡を保った。


世界は、死祟を恐れた。

同時に、依存した。


死祟は――

世界に最も近い“死”だった。


対して、枯滅。


彼女が触れるのは、

すでに終わったものだった。


死んだ命を枯らし、

残骸を世界から消す。


続いてしまうものを、

“続かせない”役割。


それは必要だった。

だが、目立たなかった。


死祟がいなければ世界は乱れる。

だが、枯滅がいなくても、

世界はすぐには壊れない。


――そう、思われていた。


評価は、次第に偏る。


死祟は語られ、

枯滅は忘れられた。


名前は記録から消え、

役割は「当然の処理」として扱われる。


枯滅は、

理解されないまま在り続けた。


それでも、

枯滅は世界を壊さなかった。


壊す理由が、なかったからだ。


だが――

ある日、歪みが生じる。


死祟が、

新しい命を宿した。


“死そのもの”が、

生を抱えた矛盾。


世界は、その事実を受け止めきれなかった。


子は、生まれなかった。

死の濃度に耐えられず、

生まれる前に終わった。


その瞬間から、

死祟は変質する。


世界に触れていた死は、

急速に、

鈍く、

そして重くなっていった。


奪う死は、

奪えなくなる。


世界は、

死祟を中心に据えた均衡を失った。


そこに――

枯滅が現れる。


かつて、

見上げるしかなかった存在の前に。


枯滅は、近づく。

怒りも、喜びもない。


あるのは、理解だけだった。


――このままでは、

世界が終わる。


死祟は、

もはや“世界の死”ではない。


それでも在り続ければ、

歪みは拡大する。


枯滅は、

自分の役割を思い出す。


続いてはいけないものを、

終わらせる。


それだけだった。


手は、震えていたとも言われる。

だが、それが何を意味していたのかは、

誰にも分からない。


次の瞬間、

死祟しづくは終わった。


抵抗はなかった。

叫びもなかった。


世界から、

“完全な死”が消えた。


その日、

均衡は保たれた。


同時に、

世界はひとつの罪を背負った。


枯滅は、姿を消す。


勝者としてではない。

復讐者としてでもない。


ただ――

役割を果たした存在として。


名前も、功績も、罪も、

自ら消した。


それ以降、

枯滅は表に出ない。


世界の裏側で、

ただ待ち続けた。


再び、

“死を奪う存在”が現れる、その時を。


三千年のあいだ、

死祟は生まれなかった。


それが呪いなのか、

世界の拒絶なのか、

枯滅の存在によるものなのか。


答えは、ない。


そして三千年後。


輪廻の果てに、

一人の少女が生まれる。


白羽。


世界との距離が、

あまりにも近い存在。


それを見た瞬間、

枯滅は理解した。


――死祟は、戻ってきた。


かつての完全な死ではない。

歪み、削れ、

輪廻に絡め取られた死。


それでも。


世界にとって、

危険であることに変わりはない。


だから、

枯滅は現れた。


過去のためではない。

憎しみのためでもない。


ただ――

世界を、終わらせないために。


それが、

語られてきた歴史に残る

死祟しづく枯滅こめつの関係だ。



◇ 現代――焚き火のそば


沈黙が続いた。


誰も、すぐには言葉を発さなかった。


あまりにも長い時間。

あまりにも多くの喪失。

そして――

あまりにも、個人的すぎる因縁。


白羽は、膝の上で手を組んでいた。


指先が、わずかに冷たい。


自分が“何の話を聞かされたのか”。

頭では理解している。


けれど――

感情が、追いつかない。


シオンは、焚き火をじっと見つめている。

炎の動きが、いつもよりゆっくり見えた。


スレイは、腕を組んだまま動かない。

表情は読めないが、

口元だけが強く結ばれていた。


焚き火が、もう一度鳴る。


ぱちり。


その音で、

白羽は、ようやく顔を上げた。


白羽

「…………」


一度、息を吸う。


白羽

「……私、は……」


言葉が、途中で止まる。


どこから言えばいいのか、分からない。


自分の存在が、

誰かの三千年に触れているという事実が、

あまりに重かった。


それでも。


白羽

「……聞けて、よかったです」


声は、静かだった。


震えていない。

涙もない。


ただ、逃げなかった。


白羽

「知らないままでは、

 きっと、もっと怖かったと思うので」


短い一言。


それ以上は、何も言わない。


焚き火の向こうで、

ヴォイドが、ゆっくりと視線を下ろした。


ヴォイド

「……今日は、ここまでだ」


命令ではない。

締めの言葉だった。


ヴォイド

「続きは――

 必要になったときに話す」


誰も異を唱えない。


むしろ、

それ以上聞く余力が、なかった。


ヴォイド

「休め」


その一言で、場は終わった。


焚き火は、まだ燃えている。

夜も、終わっていない。


けれど――

この話は、

いったん、静かに地面へ置かれた。


誰の胸の中にも、

重いまま。



◇ 翌朝――薄明の空の下


空が、まだ完全には白くなりきらない頃。


キャンプの外れで、

三つの気配が、すでに動いていた。


静かな朝だった。


だが――

何かが、確かに違う。



最初に音を立てたのは、白羽だった。


地面に映る影が、ゆらりと揺れ、

その輪郭が“重なる”。


白羽は、目を閉じている。


呼吸は浅く、

それでも、意図ははっきりしていた。


白羽

「……っ」


彼女の足元で、

目に見えない“境界”が生まれる。


命が終わる場所。

終わった命が、留まる場所。


まだ不安定で、

まだ頼りない。


それでも――

昨日とは違う。


逃げるためではない。

ただ“受け入れる”ためでもない。


白羽

「……守るためです」


小さな声で、そう呟く。


誰かに聞かせるつもりはない。


自分に言い聞かせるように。



少し離れた場所で、

スレイは大きく息を吐いた。


拳を握り、

構えを取り――踏み込む。


紅の軌跡が、地面を削る。


スレイ

「……っと!」


無駄な力がまだ多い。

動きも、粗い。


だが、

表情は真剣だった。


スレイ

「……あー、くそ」


額の汗を拭いながら、


スレイ

「カレンに笑われたまま、とか……

 さすがに耐えられないでしょ」


独り言のように。


でも、その声には

ちゃんと前を向いた色があった。



さらに小さな影が、跳ねる。


シオンだった。


両手を広げ、

ぐっと力を込める。


空間が、わずかに軋む。


一瞬だけ現れる“絶界”。


持続は短く、

形もまだ歪だ。


それでも――

確かに、力はそこにあった。


シオン

「……ぱぱ……」


ぽつり。


シオン

「……びっくり……する……?」


次の瞬間、

集中が途切れて、絶界は消える。


シオンは、むぅ、と頬を膨らませた。



少し離れた場所で、

ヴォイドは、ただその光景を見ていた。


指示は出さない。

声もかけない。


彼女たちが、

何を思って動いているのかを――

もう、分かっていたからだ。


やがて、

白羽が気配に気づき、振り返る。


白羽

「あ……ヴォイドさん……」


それをきっかけに、

スレイとシオンも振り向いた。


スレイ

「……いつから見てたの」


ヴォイド

「最初からだ」


シオン

「……ぱぱ……!」


ぱたぱたと駆け寄る。


白羽も、一歩だけ前に出て、

深く息を吸った。


白羽は、胸の前で拳を握った。


白羽

「……私、決めました」


朝の空気を吸い込んで、

そのまま吐く。


白羽

「……逃げません」


白羽

「雛さんから、逃げません」


視線が、まっすぐ前を向く。


白羽

「雛さんと、正面から向き合います」


一拍。


白羽

「私の想いを、

 全部、ぶつけます」


声は小さい。

けれど、迷いはない。


その言葉に、

スレイが小さく息を吐く。


スレイ

「……覚悟、決まってる顔ね」


からかう調子ではない。


スレイ

「そりゃあ、

 あたしも本気にならないとさ」


拳を握り直す。


スレイ

「カレンに、笑われっぱなしとか

 ほんと、勘弁だから」


シオンは、二人を見上げて、

こくりと頷いた。


シオン

「……わたしも……

 にげない……」


シオン

「ぱぱ……

 なでなで……いっぱい……!」


ヴォイドは、わずかに目を細める。


それ以上は言わない。


ただ、

静かに一歩、彼女たちに近づいた。


三人は、まだ未熟だ。

力も、制御も、足りない。


だが――


そこには、確かに意思があった。


向き合う覚悟。

進もうとする意志。


ヴォイド

「……十分だ」


短い言葉。


だが、その声には

確かな肯定が込められていた。


朝の光が、

四人の影を長く伸ばす。


重たい過去は、

まだ背中にある。


それでも――

彼女たちは、前を向いて立っていた。

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