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第8.5章 外伝 ~離れていても、想いは続く~

◇ 紅蒼の双翼こうそうのそうよくと呼ばれるまで


瓦礫の街を、あたしたちは走っていた。


もう何度目の出動だったか、正直覚えていない。

カレンがこの部隊に配属されてから、しばらく経っていた。


「……災厄反応、前方です」


「了解」


それだけ。

余計な言葉はいらなかった。


走りながら、ちらりと視線を交わす。

それで十分だった。


――その日の任務も、淡々と終わった。


怨念混じりの小災厄。

被害が広がる前に断ち切って、撤収。


結果だけを見れば、

いつも通りの仕事だった。



ひと息つける場所まで戻ったころ、

瓦礫の影で、簡単な休憩を取った。


あたしは、装備を外しながら保存食を取り出す。


包装を破って、ひと口。


……味はしない。

そういうもんだ。


ふと、視線を向ける。


カレンは――

保存食を手にしたまま、動いていなかった。


開けてもいない。

ただ、持っているだけ。


「……カレン」


名前を呼ぶ。


「食べないの?」


一瞬だけ、

ほんの一瞬。


カレンの肩が、小さく揺れた。


「……後で、大丈夫です」


すぐにそう答える。

いつもの、落ち着いた声。


でも――

視線は、あたしと合わなかった。


配給食を握る指先に、

力が入っている。


あたしはそれを見て、軽く息を吐いた。


「ダメダメ」


カレンの手から、保存食をひょいと取る。


「食べるのは元気の証拠だぞ」


冗談みたいな言い方。

いつもの調子。


でも、それだけじゃ足りなくて。


「戦えるとか、任務こなせるとかさ」


言いながら、保存食を返す。


「そういう話じゃない」


一拍。


「ちゃんと食えるうちは、

 まだ大丈夫ってこと」


カレンは、しばらく黙っていた。


それから――

ほんの少し、困ったように笑う。


「……覚えておきます」


そう言って、

ようやく包装を開いた。


食べる量は少なかった。

それでも、ちゃんと口に入れた。


あたしはそれ以上、何も言わなかった。



帰り道、ふと気になって、あたしは口を開いた。


「そういやさ。

 前に聞きそびれたんだけど」


「……はい?」


「なんで、うちの部隊選んだの?」


少しの沈黙。


「……男性が、苦手なので」


続けて、静かに。


「女性だけで

 構成されていると聞いて……

 ここに」


それだけだった。


あたしは一瞬だけ目を細めて、

そのまま歩き続ける。


「ま、理由としては十分ね」


「……いいんですか?」


「無理して慣れる必要ないでしょ。

 仕事できてりゃ、それでいい」


軽い調子で、続ける。


「弱いのに威張る男ほど、

 面倒なのいないし」


「……はい」


「ま、例外はいるけど」


「……例外?」


「強いやつ

 私よりもずっと」


即答だった。


「無駄に怒鳴らない。

 自分の力、誇らない。

 必要なときだけ前に出て――」


一拍。


「全部、自分で背負うやつ」



――それから、年月が過ぎた。


数をこなした。

生き残った。


互いの癖も、

間合いも、

呼吸も、

自然に噛み合うようになった。


そして。


いつの間にか、周囲はあたしたちを

「紅蒼の双翼(こうそうの双翼)」

なんて呼び始めていた。


街は、もう壊れ尽くしていた。


乾いた血の跡。

泣き声すら残っていない。


少女が、いた。


小さな身体。

虚ろな目。

その周囲だけ、空気が歪んでいる。


「……災厄の憑依を確認。

 人命被害……多数」


カレンの声は、震えていなかった。


「深度は?」


「……限界です」


「なら、断ち切る」


判断は、それで終わりだった。


少女がこちらに気づき、

歪んだ笑みを浮かべる。


その瞬間、あたしたちは同時に動いた。


蒼の矢が、空気を切り裂く。

逃げ場を塞ぐための一射。


次の瞬間、紅で距離を詰める。

迷いのない踏み込み。


少女が叫ぶ。

救いを求める声なのか、

ただの残響なのか――あたしには分からない。


カレンは、視線を逸らさなかった。


「……今です」


「分かってる」


紅が閃き、

同時に蒼が貫く。


互いを邪魔しない。

衝突もしない。


完璧な連携だった。


少女の身体が崩れ落ち、

歪みは、静かに消えた。


「……任務、完了です」


「……そうね」


それ以上、言葉はいらなかった。


その直後だ。


通信が入った。


《七災反応、確認》

《三災》

死祟しづく

《迎えを命ず》


空気が、はっきり変わった。


「……先輩」


本当は分かっていた。

この指令は、あたしたち二人に出たものだ。


でも――

そのことを、あたしは口にしなかった。


通信を切って、短く言う。


「……行く」


「同行します」


「ダメ」


即答だった。


「相手は三災よ」


そして、一番言いたかったことだけ。


「……あんたを

 死なせるわけにはいかない」


それが、すべてだった。


怖かったわけじゃない。

迷っていたわけでもない。


――ただ、

失う未来を想像したくなかっただけだ。


あたしは歩き出す。


カレンは、何も言わずにその背中を見送った。


(……あの人は全部、背負う人だ)


そう分かってしまったから、

引き止める言葉も、なかったんだろう。


紅い背中が、炎の向こうへ消える。


――そこで、夢は終わった。



◇ 翌朝──キャンプ、目覚め


ぱちっ。


焚き火の爆ぜる音で、スレイは目を開いた。


一瞬、胸の奥がざらつく。

呼吸が浅い。


スレイ

(あぁ……なんで

 あの頃の夢を……今更……)


天幕の天井を見上げたまま、

スレイは大きく息を吐いた。


スレイ

「……ふぅ」


その音に気づいたのか、すぐ隣で気配が動く。


白羽

「……あ、スレイさん。

 起きましたか?」


スレイ

「おはよー。

 なに? 朝? 昼?」


白羽

「朝です。

シオンちゃんが朝ごはん、

 準備してますよ」


シオン

「……すーぷ……」


小さな声と一緒に、鍋の向こうからのぞく影。


スレイは上体を起こし、

何でもない調子で頭をかく。


スレイ

「いやー、なんかさ」


一拍。


スレイ

「昔の夢みちゃって。

 成長期の黒歴史ってやつ?」


白羽

「……え?」


スレイ

「ほら、若気の至りとか、

 中二病とかあるでしょ」


白羽

「……前にも言ってましたけど、

 その“中二病”、

 普通に命がいくつも飛んでますよね……」


スレイ

「うるさいわね!」


ぴしっと白羽の額を軽く指で弾く。


スレイ

「夢は夢!

 現実は――ほら!」


スレイは立ち上がり、

大げさに背伸びをする。


スレイ

「腕も足も無事!

 今日も元気に生存中!」



◇ 背後から――――


背伸び。

関節も鳴る。

完全に油断している。


そう言って、両腕をぶんと振った――


その直後。


カレン

「……先輩」


背後。

至近距離。


スレイ

「ぴやっ!?」(※ガチで飛び上がった)


白羽

「あっ」


スレイ

「ちょっ!!

 ちょっと待って!?

 後ろから声かけるの禁止!!」


心臓を押さえる。


スレイ

「今の完全に暗殺ルートなんだけど!?」


カレン

「……すみません。

 驚かせるつもりは、なかったんですが……」


スレイ

「位置が問題なのよ!!」


カレンは少し首を傾げる。


カレン

「……でも先輩、

 警戒が緩んでいたように見えました」


スレイ

「誰のせいだと思ってるのよ!!」


白羽は思わず笑っている。


スレイ

「というか……」


スレイ、まじまじとカレンを見る。


スレイ

「あんた、しれっといるわね」


カレン

「はい。

 一緒に朝を迎えられて、

よかったなと」


スレイ

「昨日あんな修羅場で、

 今ここで

 朝の空気吸ってるのおかしくない?」


カレン

「……ああいう後ほど、

 ちゃんと休まないといけないと

 思っていて……」


スレイ

「切り替え早すぎなのよ!」


白羽

「……でも

 二人、息ぴったりですね」


スレイ

「どこが!?」


カレン

「……そう言ってもらえるのは、

 少し、嬉しいです」


白羽

(この空気、懐かしいんだろうな)


ちょっとした間。


そしてため息。


スレイ

「……ま、いいや」


スレイ

「で」


急に、声のトーンが落ちる。


スレイ

「あんた、どうやって、

 私達のピンチ悟って

助けに来れたの?」


一瞬、静かになる。


焚き火が、ぱちっと鳴った。


カレン

「……ヴォイドさんから、

 お手紙が届いたんです」


一拍。


スレイ

「…………は?」


白羽

「……え?」


シオン

「……ぱぱ……?」


スレイ

「ちょ、ちょっと待って

 急に理解が追いつかない」


カレン

「勘……と言っていました」


スレイ

「怖っ!!」


白羽

「勘……?」


カレン

「正確には……

 “嫌な予感がする”と」


スレイ

「はい最悪!」


スレイ

「あの人の“嫌な予感”、

 だいたい的中するやつ!!」


シオン

「……ぱぱ……

 よかん……」


スレイ

「強すぎるのよ、そのセンサー!!」


カレン

「それで……

 “念のため頼む”と……」


スレイ

「……頼む?」


カレンは懐から手紙を出す。

きっちり三つ折り。


──────────────────────────────

 カレン殿


  鈴鳴村へ向かう。

  白羽とスレイを残した。


  嫌な予感がする。


  念のため、頼む。


 ヴォイドより

──────────────────────────────


沈黙。


スレイ

「……短っ!!」


白羽

「メモみたいですね……」


シオン

「……ぱぱ……文才ない」


スレイ

「説明しなさいよ!?

 前後関係どこ!?

 戦況報告は!?」


カレン

「……でも、

 必要なことは

 全部書いてあります」


スレイ

「どこが!?!?」


カレン

「“頼む”って。

 これ、

先輩も断れない言い方ですよね」


スレイは頭を抱える。


スレイ

「あー……確かにね。

それ書かれたら、

 動くしかないやつだわ」


カレン

「はい」


白羽

「それですぐに、

 駆けつけてくれたんですね……」


カレン

「私、迷いませんでした」


即答。


スレイ

「即答が重いのよもう!」



スレイ

「っていうか、あんた」


じっとカレンを見る。


スレイ

「……まさかとは思うけど」


カレン

「……なんでしょうか」


スレイ

「ヴォイドさんと

 一回だけじゃないわよね?」


カレン

「……はい。

 その……何通か……///」


スレイ

「……は」


スレイ

「はああああああああああああ!?」


頭を抱える。


スレイ

「いつから!?」


カレン

「ムニ事件のあと……

 先輩が倒れていた頃からです」


スレイ

「地獄の回のやつじゃない!!」


シオン

「赤いの、太った時の」(ストレート)


スレイ

「マセガキ、黙ろうか一旦」


白羽

「……本当に

 ペンフレンド……」


スレイ

「しかもなんで

 男性恐怖症のあんたと

 あの無感情男が

無事に成立してるのよ!」


カレン

「……手紙でしたら

 距離があるので、

 落ち着いて書けるんです」


スレイ

「距離感で友情成立するの

 初めて見たわ……」


白羽

「ちなみに

 どんな内容なんですか……?」


一瞬。


カレン

「……恥ずかしいですが、こちらを」


懐から、

さらに丁寧に折られた手紙を出す。


スレイ

「え、

 ちょっと……

 見せるの……?」


カレン

「はい……

 先輩のことですし……」


──────────────────────────────

 カレン殿


  スレイの様子を記す。


  昨日、訓練後に甘味を摂りすぎた。

  今朝はやや動きが重い。


  本人は問題ないと言っているが、

  様子見は必要だろう。


  無理はさせない。


  以上。


 ヴォイドより

──────────────────────────────


沈黙。


スレイ

「…………」


白羽

「……えっと……」


シオン

「……ぱぱ……

 め……」


スレイ

「何この報告書!!!!」


スレイ

「なんであたしの

 体調管理を

 文通でやってるのよ!?」


カレン

「でも……でも、

 ちゃんと先輩のことを

 見ているな、って

 伝わってきて……」


スレイ

「そこ感心するところじゃないからね!?」


白羽

「でも、

本当に大事にされてますね……」


スレイ

「褒めなくていいのよ!!」


カレン

「もう一つ、こちらも」


スレイ

「え?」


カレンが、

もう一通出す。

──────────────────────────────

 親愛なるヴォイド様


  スレイ先輩は、

  甘味を与えると即座に機嫌が良くなりますが、

  同時に体重も増加します。


  特に、

  夜間の摂取は危険です。


  本人は

  「筋肉だから」と主張しますが、

  ほぼ脂肪です。


  また、

  食後は動きが鈍くなり、

  それを自覚していません。


  対処法としては、

  ・差し入れは小分け

  ・回数制限

  ・本人に管理させない


  以上です。


 カレン

──────────────────────────────


しん。


焚き火の音だけが鳴る。


スレイ

「………………」


三秒。


次の瞬間。


スレイ

「~~~~~~~~~~~!!!???」


顔、真っ赤。

耳から首まで一気に赤。


スレイ

「ちょ、ちょっと待って!?」


スレイ

「整理するわよ!?

 整理させて!?」


白羽

「は、はい……?」


スレイ

「まず!」


指を一本立てる。


スレイ

「ヴォイドさんが

 あたしの食生活と体調を

 逐一チェックしてる!」


指二本目。


スレイ

「それを!」


三本目。


スレイ

終徴管理局タナトスロアの後輩が

 “対策メモ”として

 共有してる!!」


カレン

「管理というより心配で」


スレイ

「言い換えが優しいのが

 逆に刺さるわ!!」


顔を両手で覆う。


スレイ

「なにこれ……

 なにこれ……

 あたし……

 守られてない……?」


白羽

「管理されてはいますね……」


スレイ

「言い方ァ!!」


シオン

「……赤いの……

 ごはん……

 だいじ……」


スレイ

「あんたら全員、敵!」


再び、カレンを見る。


スレイ

「……っていうか」


声がワントーン下がる。


スレイ

「二人で

 あたしの身体……

 気にかけてたの?」


カレン

「……はい。

 先輩には

 ちゃんと生きていて

 ほしかったので……」


スレイ

「もう……」


でも。


地面にしゃがみ込み、

そのまま――


ごろん。


ごろんごろん。


スレイ

「無理!!

 恥ずかしすぎる!!」


カレン

「あ、すみません……」


白羽

(優しさの暴走だ……)


シオン

「……赤いの……

 いきてて……

 えらい……」


スレイ

「慰め雑ぅ!!」


やがて、

むくっと起き上がる。


顔はまだ赤い。


スレイ

「はぁ……」


一拍。


スレイ

「まぁ……

 私のこと

 死なせないためなんでしょ」


カレン

「はい。

 それだけは間違いありません」


少し照れたように、

視線を逸らす。


カレン

「私の…大事な先輩なので」


スレイ

「……参るわ、ほんと」


スレイは照れくさくて下を向いた。



◇ ヴォイド帰還からの事件発生


焚き火が小さくはぜた、そのとき。


背後から、足音。


一定で、迷いのない歩調。


振り向くより早く、

その人物はキャンプの端に立っていた。


ヴォイド

「巡回は済んだ」


白羽

「あ、おかえりなさい」


シオン

「……ぱぱ……」


スレイ

「……お疲れさま」


そのまま、

自然な流れで一歩前に出るヴォイド。


そして――


ぽん。


何の前触れもなく、

カレンの頭に手が置かれた。


ヴォイド

「昨日は助かった、カレン」


短く。


本当に、それだけ。


ヴォイド

「礼を言う」


――終了。


――だが、終了しなかった。


カレン

「………………」


一拍。


二拍。


そして、



カレン

「~~~~~~~~~~!!!???」


カレン

「ちょ、ちょっと待ってくださいっっ!」


両手で顔を覆い、

思い切り前屈み。


カレン

「その、

えっと、恥ずかしすぎてっ、

 死にそうで、ですうぅぅ!!」


頭のてっぺんから

湯気が出そうな勢いで赤い。


スレイ

「はいはい、落ち着きなさい」


カレン

「お、落ち着いてるつもりなんですけど、

 ぜ、ぜんぜん落ち着いてなくて、

 あの、その……!」


言葉が完全に渋滞している。


白羽

(……か、かわいい)


シオン

(……あたま……

 あつい……)


カレン

「いや、でも、その、

 なで……な、なでるのはですね、

 心の準備と、角度と、距離と……!」


意味の分からない条件を並べ始める。


スレイ

「条件多すぎでしょ!」


カレン

「む、むりです……

 い、今のはむり!

 情報量が多すぎます……!」


そのまま、

ぺたん。


へたり込む。


カレン

「頭、なで……

 不意打ち……

 しかも感謝……

 追い打ち……!」


白羽

「け、計算式みたいになってる……」


ヴォイド

「……?」


当の本人、まだ分かっていない。


ヴォイド

「感謝は、伝えるものだろう」(真顔)


カレン

「そ、そうなんですけどっ!

 か、からだと心が、

 ついてきてなくてっ!」


ぱたぱたと空を仰ぐ。


カレン

「い、いま自己処理中なので、

 少々お待ちくださいぃぃ!!」(激焦り)


スレイ

「処理中って言うな!!」


白羽

(……かわいすぎる……)(尊)


シオン

(……ばくはつ……)


カレン

「え、えっと、えっと……

 あ、ありがとうございますっ!

 し、信じてくれて……!」


頭を下げようとして、

そのまま床に突っ伏す。


スレイ

「もう立ってていいから!」


カレン

「む、無理です……

 足に力が……

 入らなくて……!」


スレイは小さく息を吐く。


スレイ

「まったく……」


少しだけ、笑う。


スレイ

「あんた、

 ホント変わってないわね」


白羽

(……あ、

 懐かしい顔……)


シオン

「赤いの……

青いお姉ちゃん

すき……なの?」


スレイ

「べ、別に……

 す、好きじゃねーし!」(※好き)


白羽

(分かりやすすぎる……)


スレイは腕を組み、

カレンを見下ろして頷く。


一拍。


スレイ

「よし……決めたわ」


白羽

「な、何を……?」


スレイ

「これはもう、本腰入れて

治療しないとダメなやつ」


カレン

「せ、先輩……?」


指を鳴らす。


スレイ

「カレンの

 男性恐怖症・絶対どうにかする大作戦よ!!」


全員

「え、えええええぇぇぇぇぇぇ!!」



こうして始まる。

少女だけで行う、

一切参考にならない男性対策講習。



◇ 白羽の教育① 名前を呼ぶ・呼ばれる


焚き火のそば。


正座、

背筋ぴん、

真剣な顔のカレン。


カレン

「本日は、

 男性恐怖症克服のための

 ご助言、よろしくお願いします……!」


スレイ

「だから謝罪会見じゃないって!」


白羽

「え、ええと……

 そこまで改まらなくても……」


一度、咳払い。


白羽

「まずは基本からです」


カレン

「基本……」


白羽

「名前を呼ぶこと。

 呼ばれるだけでなく、

 自分からも、です」


カレン

「名前……」


白羽

「人は、名前を呼ばれると

 “個人”として認識されて、

 警戒が和らぐんですよ」


スレイ

「急に授業始まったわね」


カレン

「なるほど、理論的です……」


スレイ

「吸収速すぎでしょ」



◇ シオンの教育② コートをかけてあげる


白羽が一歩下がる。


代わりに、

ちいさな手が挙がる。


シオン

「……つぎ……

 シオン……」


スレイ

「来たわね。

 “概念を破壊する先生”」


カレン

「シオン先生!

 よろしくお願いします……!」(即正座)


シオン

「……さむいと……

 つらい……」


一同

「「……」」


シオン

「ぱぱ……

 くろいの……

 きてる……」


白羽

「ヴォイドさんの……

コートですね」


シオン

「……かれんが……

 きせてあげる……」


スレイ

「待って!

 それカレンだと

 一気に事件だから!」


シオン

「……やさしい……?」


カレン

「防寒は生活の基本。

 目的は善意……」


スレイ

「理解するな!!」


白羽

「条件追加しないでください!」


シオン

「……なまえ……

 よんでから……?」


カレン

「白羽先生の理論と

 組み合わせれば……」


スレイ

「融合すな!」



◇ スレイの教育③ 膝の上に乗る


スレイは腕を組み、

自信満々に頷く。


スレイ

「はい、じゃあ最後。

 実践派いきます!」


白羽

「一番不安な先生が……」


カレン

「よろしくお願いします……!」(即正座)


シオン

「……赤いの……

 どうせ、えっちなやつ……」


スレイ

「マセガキは黙ってて!」


一拍。


スレイ

「こ、こほん。

 恐怖症っていうのはね、

 “距離を取りすぎる”から

 余計に怖くなるのよ」


白羽

「……一理はありますけど」


スレイ

「だから逆」


カレン

「逆?」


スレイ

「完全に無防備な状況を作る!」


白羽

「嫌な予感が……」


スレイ

「例えば――

 相手が寝ているとき。

 膝の上に、ちょこん―――と」(大真面目)


白羽

「完全にアウト!」


シオン

「……どえろ姫……」


スレイ

「黙りなさい!」


カレン

「――なるほど……!」


白羽

「理解しないで!!」


カレン

「相手が無防備であれば、

 こちらも危険視されにくい……」


白羽

「それ、視点が犯罪側です!!」


スレイ

「しかもあったかいのよ」


シオン

「……あったかい……」


カレン

「体温共有は

 心理的安定を……」


白羽

「どこで学習したんですか!?」


スレイ

「ね? 高度でしょ?」


白羽

「最悪です!!」



◇ 教育終了


カレンは深く頭を下げた。


カレン

「先生方……!

 大変勉強になりました……!」


白羽

「あとはボロが出ないよう

 祈ってます……」


シオン

「……赤いの……

 いちばん……

あぶない……」


スレイ

「失礼ね!

 経験値が高いだけよ!」


焚き火が、ぱちっと爆ぜた。


――こうして。

三人の先生による教育は終了した。


誰も止められず、

カレンはすべてを“学習”した。


あとは――

日常で、

自然に、

実践されるだけである。



◇ 静かな朝


朝の空気が、少し冷えてきていた。


焚き火の熱が弱まり、

キャンプ全体が、動き出す前の静けさに包まれている。


ヴォイドは一人、荷の整理をしていた。

背筋が伸びた後ろ姿。

いつもと変わらないはずなのに――

今日は、やけに距離があるように見えた。


カレンは数歩手前で、足を止める。


(無理かもしれません……)


胃の奥が、ぎゅっと縮む。

呼吸が浅くなるのが、自分でも分かった。


(声をかけるだけ……

 それだけなのに……)


視線を落とし、

踵を返そうとした、

その瞬間。


ヴォイド

「カレン」


名前を、呼ばれた。


心臓が、跳ねる。


——呼ばれた。

名前を。


白羽(記憶)

“呼ばれるだけじゃなくて、

自分からも呼ぶんですよ”


身体がびくりと震えたが、

それでも、足は逃げなかった。


カレン

「……は、はい」


声は硬い。

少し掠れている。


けれど――

ちゃんと、届いた。


ヴォイドは一拍だけ間を置き、

穏やかに言った。


ヴォイド

「少し、話さないか」


命令でも、指示でもない。

ただの、静かな誘い。


カレンは喉を鳴らし、

小さく、けれどはっきりと頷いた。


◇ 


ヴォイドとカレンは

少し間をあけて座る。


近すぎない。

けれど、遠くもない。


その“ちょうど”が、今は怖い。


肩に力が入り、

指先が冷たい。


ヴォイド

「……昨日の件だが」


カレンの肩が、はっきりと強張る。


ヴォイド

「雛の襲撃のとき、

 白羽とスレイが助かったのは

 カレンのおかげだ」


思っていたよりも、

落ち着いた声。


カレン

「い、いえ……私はただ……」


言葉が、うまく続かない。


ヴォイド

「君が来なければ、

 白羽も、スレイも、

 無事ではいなかった」


はっきりとした断定。


飾りのない、

真剣な声音。


ヴォイド

「守ってくれた。

 感謝している」


カレン

(なんて……優しい声)


胸の奥に、じんわりと熱が灯る。


カレン

「そ、そんな……私こそ……」


少し、呼吸が楽になる。


カレン

「あの時、

 先輩と白羽さんを……

 助けに来てくださって……」


ヴォイド

「当然だ」


即答だった。


ヴォイド

「彼女たちは、

 守ると決めていた。

 もちろんお前のこともだ。」


カレン

「………!」


その言葉の重さと、

迷いのなさに、息を呑む。


カレン

(温かい……

 この気持ち……知らない……)


緊張が、少しだけ緩む。


カレン

「……ヴォイドさんは」


言葉を選びながら、

慎重に続ける。


カレン

「本当に強くて……

 優しい方だと、思います」


視線を逸らしながらも、

言い切る。


カレン

「……だから……

 スレイ先輩や白羽さんが幸せなのも……

 分かる気がします」


胸の鼓動はまだ速い。

でも、さっきほど痛くない。


ヴォイドは否定も肯定もせず、

短く息を吐いた。


ヴォイド

「そうか。」


その一言で、

張り詰めていた糸が、ふっと緩んだ。



風が、一段冷たくなる。


思わず肩をすくめた、

その視界の端で――

黒いコートが目に入った。


ヴォイドが先ほど脱いで、

無造作に置いたもの。


シオン(記憶)

"……寒いと……つらい……"


シオンの言葉を思い出す。

カレンは考える前に、

身体が動いていた。


コートを持ち上げ、

胸に抱える。


心臓が、またうるさくなる。


カレン

(……声をかけてから……

 ……名前……)


白羽の教えを、必死に思い出す。


カレン

「……ヴォイドさん」


名前を呼ぶ。

少し、だけ震える声。


ヴォイド

「……?」


視線が向く。


カレン

「……寒くなってきましたので……

 こちらを……どうぞ」


震える指で、

コートを広げる。


ヴォイド

「……ああ。助かる。」


ほんの一瞬、迷ってから――

そっと、肩に掛けた。


距離が、一気に近づく。


体温が、伝わる。


近い。

近すぎる。


カレン

「…………っ」


息が止まりそうになる。


それでも、逃げない。


ヴォイドは身じろぎもせず、

静かに受け入れる。


ヴォイド

「……感謝する。」


低く、落ち着いた声。


それだけで、

胸がいっぱいになる。


カレン

(わ、私……

 男の人とこんなに近く……

 し、信じられない……)


カレン

「……い、いえ……

 これから、寒くなりますので……

 ヴォイドさんも……

 き、気を付けてくださいね!」


一歩下がり、

深く息を吐く。


膝が、少しだけ震えている。


でも――

倒れていない。


逃げていない。


少しだけ、

誇らしかった。



◇ 三人と合流


そのとき。


スレイ

「……はい、そこまで」


白羽

「が、頑張りましたね……!」


シオン

「……えらい……」


いつの間にか、

三人が背後から合流していた。


カレン

「……っ!?」


現実に戻り、

一気に頬が熱くなる。


スレイは目元を拭いながら。


スレイ

「ちょっとさ……

 あたし……

 普通に胸がぎゅってなったんだけど……」


白羽

「見守る側の心臓の方が……

 先に限界です……」


シオン

「……あったかい……くうき……」


カレン

「……あ、あの……」


照れたように俯く。


スレイ

「うん。

 カレン、

 本当に、よくやったわ」


ヴォイドは三人の様子を見て、

ようやく察したように小さく息を吐いた。


朝の空気は、まだ冷たい。


けれど、その場所だけは――

確かに、少しだけ温かかった。



◇ 別れの予感


焚き火は、まだ力強く燃えていた。


鍋の中はほとんど空で、

木の皿には、食事の名残が残っている。


スレイ

「……いやー、よく食べた」


白羽

「温かいご飯って……

 それだけで心が落ち着きますね……」


シオン

「……おかわり……

もう……ない……」


スレイ

「スレイちゃんが

 全部たいらげておきました!

 めんごめんご~笑」(棒)


ぼかっ


ヴォイドの拳骨がクリーンヒット。


スレイ

「あぎゃっ!」


穏やかな空気。


その中で、

カレンは静かに箸を置いた。


一拍。


カレン

「……皆さんに……

 お伝えしたいことが、あります」


声は落ち着いているが、

どこか覚悟がにじんでいた。


スレイは、何も言わずに視線を向ける。


白羽

「どうしましたか……?」


カレン

「……明日の朝一番で

 私は、終徴管理局タナトスロアに戻ります」


一瞬、空気が止まる。


白羽

「……え?」


シオン

「……かれん……

かえる……?」


白羽

「で、でも

 もう少しいても……」


シオン

「……いっしょ……

もう少し……」


カレンは、ゆっくり首を振った。


カレン

「ありがとうございました……

 本当に、大切な時間でした……」


声が、少しだけ揺れる。


スレイ

「……」


スレイは、カレンをまっすぐ見て、

それから小さく笑った。


スレイ

「……ああ、もう」


スレイ

「相棒を舐めないで。

 あんたの顔見ただけで

 分かってたわよ」


白羽

「スレイさん……?」


スレイは、焚き火越しにカレンを見る。


スレイ

「……終徴管理局タナトスロア

 やるべきこと、あるんでしょ」


カレン

「……はい」


カレンは、黙ってうなずいた。


白羽

「……そう、だったんですね」


カレン

「短い間でしたが……

 ここはとても暖かい場所でした……」


カレン

「でも……

 私が終徴管理局タナトスロアに戻らないと

 たくさんの人を……失ってしまいます」


その言葉に、

誰も反論できなかった。


焚き火が、ぱちりと音を立てる。


ヴォイドは黙ったまま、

炎を見つめていた。



◇ 最後の宴


それからは、

誰も無理に話題を変えなかった。


静かに、食べて、

静かに、火を囲む。


スレイ

「……ま、最後に言っとくけど」


箸を置き、軽く肩をすくめる。


スレイ

「ここはさ、

 あんたの“帰る場所”でもあるから」


カレン

「……!」


スレイ

「戻ってきたくなったら、

 いつでも来なさい。

 追い返したりしない」


白羽

「……はい……

 私も……嬉しいです……」


シオン

「……いっしょ……ごはん……」


カレン

「皆さん……

本当にありがとうございます……」


喉がつまるのを、

必死に抑える。


カレン

(……温かい……

 ……こんな温かい夜……久しぶりかも……)



◇ 夜番 ――膝の上


夜は深く、音がない。


星の下、

焚き火の跡はすでに冷え、

キャンプ全体が寝息に包まれていた。


外れで、

ヴォイドは腰を下ろしたまま――

目を閉じていた。


夜番。

……のはずだったが、

緩やかな呼吸が、それを否定している。


(……寝て、います……)


カレンは、少し離れた場所で立ち止まった。


スレイ(記憶)

(“危なくない距離はね、

 自分で確かめるものよ”)


ごくり……


月明かりに照らされる横顔。

穏やかで、警戒のない表情。


カレン

(……大丈夫……今なら……

 絶対に起こさないように…)


心臓が、うるさく鳴る。


一歩。

また一歩。


気づかれないよう、

息を殺して近づき――


そっと。


本当に、そっと。


——ちょこん。


ヴォイドの膝に、腰を下ろす。


触れた瞬間、

一気に体温が伝わってきた。


カレン

(……あっ……)


温かい。


想像以上に、

人の体は、温かかった。


今すぐ降りなきゃ。


そう思うのに――


カレン

(ヴォイドさんのお膝……

 ……落ち着く……)


背中が、

ゆっくりと緩んでいく。


大きな体。

安定した重心。


怖くない。

驚くほど、怖くない。


カレン

(……もう少しだけ……)


瞼が、重くなる。


月が瞬き、

風が髪を揺らし――


カレンは、そのまま眠ってしまった。



どれくらい、経っただろう。


微かな揺れで、

カレンは目を覚ました。


カレン

(……あ……)


最初に感じたのは、温かさ。


それから――


カレン

(……?)


視界に入る、

ヴォイドの胸元。


カレン

(………???)


——状況を、理解する。


カレン

(……あ、あれ……

 わ、私……どうして!?)


身体が硬直する。


すると、

ゆっくりと、上から声が落ちてきた。


ヴォイド

「……起きたか」


低い声。

すぐ近く。


カレン

「ヴォイドさんっ……!

 わ、私、勝手にお膝の上に……

 も、申し訳……!」


叫びそうになるのを、

必死でこらえる。


ヴォイドは、静かに言った。


ヴォイド

「動くな」


カレン

「…………え?」


ヴォイド

「起き上がるとき、

 落ちる」


そう言って、

ヴォイドは慎重に体勢を変えた。


最小限の動き。

カレンを揺らさないように。


ゆっくり、

ゆっくりと。


それから、

そっとカレンを地面に降ろす。


ヴォイド

「起こす理由がなかった。

 ただ、それだけだ。」


——悪びれもせず。


その瞬間。


キャンプの入り口、

天幕の隙間から。


ひそひそ、

きゃーきゃー。


スレイ(小声)

「ちょ、見た!?

 見た今の!?」


白羽(小声)

「む、無理です……

 尊すぎます……!」


シオン(小声)

「ぱぱの……ひざ……

 のってた……」


スレイ

「ガチでやりやがった……!

 あの子……」


白羽

「朝まで。

 それも、朝までですよ……!?」


シオン

「……すごい……

 カレン……」


——聞こえている。


全部、聞こえている。


静寂。


カレン

「…………………………」


次の瞬間。


カレン

「~~~~~~~~~!!!!」


声にならない悲鳴。


両手で顔を覆い、

その場にしゃがみこむ。


カレン

「わ、私……

 な、なにを……!」


カレン

「膝……!

 寝て……!

 朝まで……!」


顔が、

首まで一気に赤くなる。


スレイ

「はい、悶絶入りましたー!」


白羽

「カレンさん

 素敵な“最終試験”でした……!」


シオン

「……ぱぱ……

 あったかい……」


カレン

「そ、そんな問題では……!」


ヴォイドは、少しだけ視線を逸らす。


ヴォイド

「……問題は、ない。」


その一言で、

さらに崩れる。


カレン

「……もう……

 無理……私……」


夜の冷気の中、

恥ずかしさだけが熱を持つ。


——けれど。


カレンは、確かに知っていた。


怖くなかった。

あの時間は、安心していた。


だからこそ、

この場所を離れられる。


静かに夜は終わり、

朝が来る。


そして――

別れの時が、近づいていた。



◇ そして、別れの朝


夜が明ける。


薄い朝靄の中、

焚き火の跡から立ちのぼる煙が、

ゆっくりと消えていく。


出立の準備は整っていた。


カレンは一度、小さく息を吸い、

皆の前に立つ。



◇ 白羽へ


最初に向き合ったのは、白羽だった。


白羽は不安そうで、

けれど逃げず、まっすぐに立っている。


カレン

「白羽さん……」


白羽

「……はい」


カレンは一歩だけ近づき、

静かに、はっきりと告げる。


カレン

「白羽さんは……

 死祟しづくという宿命を、

 これからも背負っていきます」


白羽の指が、わずかに強張る。


カレン

「きっと……

 怖いことも、つらいことも……

 たくさんあると思います」


それでも、視線を逸らさない。


カレン

「ですが……」


微笑む。


カレン

「こんなに素敵な仲間がいるなら、

 きっと、打ち勝てます」


白羽の目が、少し潤む。


カレン

「雛なんて……

 けちょんけちょんに

 しちゃってください」


白羽

「……っ」


白羽は一瞬驚いて、

それからふっと笑った。


白羽

「はい……!」



◇ シオンへ


次に、膝を折って目線を合わせる。


小さな少女、シオン。


シオン

「……青いお姉ちゃん……」


カレン

「シオンちゃん……」


優しく、名前を呼ぶ。


カレン

「あなたも白羽さんと同じ……

 絶界ぜっかいという

 とても大きな使命を背負っています」


シオンは一度だけ、ぱち、と瞬きをする。


カレン

「でも……」


声に、確信を込める。


カレン

「あなたには……

 世界一、強くて……」


ちらりと、ヴォイドを見る。


カレン

「世界一、優しい“ぱぱ”がいます」


シオン

「……!」


カレン

「だから大丈夫」


頭を優しく撫でる。


カレン

「必ず……

 世界一、幸せにしてもらえます」


シオンは、ぎゅっと服を掴んでから、


シオン

「……うん……」


小さく、でもはっきり頷いた。



◇ スレイへ


そして。


紅い髪の前に立つ。


スレイは腕を組み、

いつものように立っていた。


カレン

「スレイ先輩」


スレイ

「なに」


迷いのない声。


カレン

「私たちは……」


一拍。


カレン

「紅蒼の双翼こうそうのそうよくです」


その瞬間、

スレイが微かに笑った。


二人、同時に。


スレイ & カレン

「「弱き者たちを守る」」


重なる声。


朝の空気に、はっきりと刻まれる。


スレイ

「場所は違えど」


カレン

「思いは同じ」


再び、同時に。


スレイ & カレン

「「またどこかで」」


スレイは鼻で笑い、

いつも通りに締めようとして——


直前で、声を落とした。


スレイ

「カレン……」


一瞬、言葉を探す。


スレイ

「勝手に死んだら

 ……絶対に許さないんだから」


拳を握りしめる。

涙をこらえているのが、はっきり分かる。


カレン

「……先輩」


小さく、息を吸う。


カレン

「実は、今まで、

 言い忘れていたことがあります」


スレイ

「……なによ」


カレンは、ぎゅっと拳を握る。


カレン

「私が、

 先輩の部隊に入った理由です。」


狼狽えたように、視線を揺らす。


カレン

「…………

 男性が苦手だったのも、

 確かにありました」


一拍、

そして。


カレン

「でも、本当の理由。

 それは」


顔を上げる。


カレン

「尊敬している

 スレイ先輩と並んで

 戦いたかったからです」


スレイの目が、見開かれる。


カレン

「戦場で

 誰よりも前に出て

 誰よりも仲間を守って」


声が、震える。


カレン

「それでいて

 怖い顔は全部

 自分だけで引き受けて」


こぼれ落ちそうになる言葉を、必死につなぐ。


カレン

「恥ずかしくて……

 今まで、言えませんでした……」


喉が詰まり、

言葉が途切れる。


カレン

「……一番……

 尊敬している……」


涙が、こぼれる。


カレン

「……大好きな先輩だから……」


とうとう、声が崩れた。


カレン

「……絶対に……

 生き延びてください……」


涙が止まらない。


カレン

「……そして……

 幸せになってください……!」


その瞬間。


スレイは、

ぐしゃっと顔を歪めた。


スレイ

「……ばっかじゃないの……」


声が、掠れる。


スレイ

「……そんなん……

 言われたら……」


一歩、前に出る。


スレイ

「死ねるわけないでしょ……!」


カレンを、強く抱き寄せる。


スレイ

「……あんたこそ……

 ちゃんと生きなさい……」


肩が、小さく震えている。


スレイ

「紅蒼の双翼こうそうのそうよくは……

 簡単に欠けていい

 名前じゃないんだから……」


カレン

「……はい……!」


二人、しばらく離れなかった。


朝の光の中で。


紅と蒼は、確かにそこにいた。


――その誓いが、

二人をこれからも生かしていく。



◇ ヴォイドへ


最後に。


カレンは、ゆっくりと顔を上げる。


ヴォイドが立っている。

変わらない姿勢、変わらない静けさ。


けれど——

その背中を、

どれだけ多くのものが信じているかを、

カレンはもう知っていた。


カレン

「……ヴォイドさん」


ヴォイド

「……ああ」


カレンは一歩、踏み出す。

もう、震えはない。


カレン

「私は……

 貴方の戦いぶりを、

 この目で見ました」


一言ずつ、確かめるように。


カレン

「誰より強く、

 誰より静かに、

 そして確実に……

 世界を守っている姿です」


白羽の顔が、脳裏をよぎる。

命を預けるほどの信頼。


シオンの姿。

迷いなく「ぱぱ」と呼ぶ、その安心。


スレイの横顔。

一目置き、背中を預ける戦士の眼。


カレン

「白羽さんも

 シオンも

 スレイ先輩も……」


小さく、息を吸う。


カレン

「皆、あなたを信じています」


カレンは、はっきりと言った。


カレン

「どうか、

 この世界を守ってください」


一拍。


カレン

「……それは、

 皆からのお願いです」


朝の風が、

ゆっくりと吹き抜ける。


ヴォイドは、しばらく黙っていた。

それから静かに、答える。


ヴォイド

「……ああ。」


短く、重い肯定。


ヴォイド

「そのつもりだ。」


それだけで、十分だった。


カレンは、少しだけ表情を緩め——

それから、胸元に手を当てる。


カレン

「……あの……」


一瞬、ためらってから。


カレン

「……私も……

 一つだけ、お願いをしても

 いいでしょうか……?」


ヴォイド

「……構わん」


カレンは、しっかりと顔を上げる。


カレン

「私とのお手紙……」


一拍。


カレン

「まだ……

 続けて、くれますか……?」


それは、

世界の話でも、使命でもない。


ただの、

一人の少女の願い。


ヴォイドは、少しだけ目を伏せ、

それから真っ直ぐに答えた。


ヴォイド

「……俺の方からも頼む」


その言葉が落ちた瞬間、

胸の奥に溜めていたものが、

静かに溢れた。


カレンの瞳から、涙が零れる。


でも――

同時に、笑っていた。


泣きながら、

思いきり、笑っていた。


剣を振るう時よりも、

勝利を掴んだ時よりも。


きっとこれが、

一番、素直な笑顔。


カレン

「……はい!」


震える声で、

それでも確かに応える。


その表情を見て、

ヴォイドは何も言わない。


ただ、ほんのわずかに、

肯く。


それだけで、十分だった。


――こうして。


離れても続く約束を胸に、

カレンは、人生で一番の笑顔を刻んだ。


そして、

カレンはこちらに

何度も振り返りながら

朝靄の向こうに溶けて消えた。



◇ 見送りのあと


しばらく、誰も動かなかった。


焚き火の跡。

冷え始めた空気。


彼女がいた余韻だけが、

まだ残っている。


スレイ

「……行っちゃったわね」


いつもの調子。

でも、声は少しだけ低い。


白羽

「……はい。

 ちゃんと、前を向いて……」


シオン

「……青いお姉ちゃん……

 つよい……」


その言葉に、スレイは苦笑する。


スレイ

「ほんと。

 ああいうの、ずるいのよ」



朝靄が、完全に晴れる。


そこにもう、カレンの姿はない。


白羽は、胸元で小さく手を組んだ。


白羽

「……また、来ますよね」


不安を隠すような声。


スレイは、空を仰いで肩をすくめる。


スレイ

「来るわよ。

 あの子は、

 約束を置いていくのが下手だもの」


シオンは、こくりと頷く。


シオン

「……おてがみ……つづく……」


視線が、ヴォイドへ集まる。


ヴォイドは朝の光の中で、静かに立っていた。


ヴォイド

「……ああ」


短い返事。


だが、その声には確かな温度があった。


焚き火の跡に、風が吹く。

灰がひとつ、舞い上がって消える。


それでも――

繋がったものは、消えなかった。



◇ エピローグ ――便箋の向こう側


終徴管理局タナトスロアの宿舎。


無機質な石壁に囲まれた、自分の部屋。

簡素な机と、椅子ひとつ。


戻ってきたはずなのに、

胸の奥だけ、まだ少しだけ旅の途中みたいだった。


カレンは外套を脱ぎ、椅子に腰掛ける。


そのとき。


――ことん。


扉の隙間から、封筒が滑り込んできた。


見覚えのある、癖のない文字。

無駄のない折り方。


カレン

「……っ」


思わず、口元が緩む。


机に置き、深呼吸を一つしてから、

丁寧に封を切った。

──────────────────────────────

 カレン殿


  無事に帰還したと聞いた。


  追伸。

  スレイが、また少し太った。

  本人は「筋肉だ」と言っている。


  お前が無事で、俺は安心している。


 以上。

──────────────────────────────

一瞬。


それから――

カレンは、思わず吹き出した。


カレン

「……もう……

 ヴォイドさんったら……」


笑って、

頬が熱くなって、

少しだけ、目が潤む。


カレン

(この人は……

 不器用なくらい、まっすぐで……)


世界を守る力を持ちながら、

たった一人の無事を、

こんなふうに言葉にしてしまう人。


カレンは、新しい便箋を取り出す。

──────────────────────────────

 ヴォイド様


  ご連絡、ありがとうございます。

  無事に戻りました。


  スレイ先輩の件ですが、

  その主張が通るのは、たぶん三日までだと思います。


  今日はこちらは少し寒いです。

  そちらはどうですか。


  また、お手紙します。

──────────────────────────────


書き終えて、

最後に小さく、付け足す。


──────────────────────────────

 追伸

  “あなたが守っている世界は、

  ちゃんと、温かいです。”

──────────────────────────────


封を閉じて、胸に抱く。


カレンは、静かに微笑んだ。


カレン

(……強くて、優しくて、

 少しだけ、不器用な人)


――その名前を思い浮かべるだけで、

胸の奥が温かくなる。


離れても続く言葉がある。

それだけで、人は生きていける。


カレンは、人生で一番やわらかな笑顔のまま、

次の手紙のことを考えていた。

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