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第8章 死の名を持つ者たち

◇ プロローグ ──枯れないもの


――悲鳴が、聞こえる。


いつからだったか、もう覚えていない。

子どもの泣き声も、大人のうめき声も、

すべて同じ音に溶けて、遠く、近くで、響いていた。


あの日から。

世界が、少しずつ壊れはじめた、あの日から。


***


わたしは、いつもひとりだった。


七災と呼ばれる前から。

その名前すら、存在しなかった頃から。


世界が、まだ“災厄”という存在を

どう扱えばいいのか、決められなかった時代。


あの頃、世界には、

初めて“死”に触れた少女たちがいた。


わたしも、その一人だった。


***


あの時代――

死は、ひとつではなかった。


生きているものから、

命を引き剥がす死。


終わりかけたものを、

静かに終わらせる死。


同じ匂いをまといながら、

役割も、価値も、まるで違う二つ。


世界は、ためらうことなく選んだ。


眩しいほうを。

速いほうを。

“分かりやすく、生きている者に届く死”を。


わたしは、選ばれなかった。


***


その死は、奪った。

確実に、派手に、世界を変えた。


わたしの死は、遅かった。

弱く、狭く、

死にきれないものの後始末しかできなかった。


災厄と呼ばれるには、

あまりにも、みすぼらしかった。


――それでも。


消えることは、できなかった。


終わらせる力しか持たない者は、

自分自身を終わらせることすら、できなかった。


だから、待つことにした。


***


世界が移ろい、

時代が変わり、

七災しちさい”という枠組みが生まれても。


わたしは、ただ在り続けた。


あの匂いが。

あの、奪う死の気配が。


もう一度、この世界に現れる、その瞬間を。


***


――懐かしい夢を、みた。


目を覚ました少女は、

静かに息を吐き、口元だけで笑った。


???

「……やっと、巡ってきた。」


世界に生まれた、

かつて奪われ、選ばれ続けた死。


少女は、その名を確信をもって呼ぶ。


「……死祟しづく。」


枯れはじめた世界に、

再び、同じ“死の歪み”が芽吹いたのだから。



スレイ

「は~

 ヴォイドさんとシオン、

 美味しい料理たべてるかなー」


スレイは岩棚にごろんと寝転がって、青い空をじっと見上げた。

街道から少し外れた、小さなキャンプ地。

焚き火の準備だけ整えられたそこには──今は、ふたりしかいない。


白羽

「ええ……きっと、村のみなさん、とても張り切っていると思います。

 “守り神様へのごちそう”って、手紙にも書いてありましたし。」


スレイ

「そうなのよねぇ~~あの手紙、“熱量”すごかったもんね。」


白羽は荷物のそばにしゃがみながら、

腰につけた小さなポーチから、一通の封筒を取り出した。


白羽

「あ……これ、ですね。」


封はすでに切られている。

表には、少し震えた字で「シオン様へ」と書かれていた。


***


◆ 少し前──鈴鳴すずなり村からの手紙


昼下がり。

街道脇の木陰で一息ついていたところに、

伝書鳩がヴォイド一行に届く。


白羽

「あ……わたしたちに、手紙です。」


白羽が伝書鳩から手紙を受け取る。


伝書鳩は受け取ったのを確認すると

バサっと飛び立ってゆく。


封を開けると、

やや年配の人の、素朴な筆跡が並んでいた。


『前略 シオンさまへ


 この前は、うちの三郎(犬)とスズ(猫)、

 そして村を助けてくれてありがとう。


 あんたが、歪因ゆがみの呪いをそっとはがしてくれたと聞いた。

 村の者はみな、あんたのことを鈴鳴の守り神みてぇだと話しとる。


 ついては、ささやかじゃが村のみんなで、

 あんたに料理をふるまわせてもらえんじゃろうか。

 村のみんなも、どうしてもあんたに“会いたい”と言っとる。


 ただ、村はまだ半分壊れたままで、人手も食い物も足りん。

 とても全員は呼べんでな……

 どうか、シオンさまと、その“保護者のお方”だけでも来てくれたら嬉しい。


 待っとる。

                     鈴鳴村 村長』


読み終えた瞬間、

三人の視線が、自然にシオンへ集まった。


ヴォイド

鈴鳴村すずなりむら

 歪因ゆがみがいたところの村か。」


白羽

「あ……シオンちゃん、大活躍でしたし。

 三郎ちゃんとスズちゃん、元気にしているでしょうか……」


スレイ

「これ、完全に“シオン指名”ね

 あの子頑張ってたもんね」


白羽

「え……守り神、ですか……!

 すごい呼ばれ方ですね……!」


シオンはしばらく、

手紙の文字をじーっと見つめていた。


シオン

「……三郎とスズ。

 ……会いたい、って。」


ヴォイド

「行きたいか。」


シオン

「…………(ちょっと考える)」


シオン

「……いく。」(こくり)


白羽

「で、でも……どうしましょう。

 “全員は呼べない”って、書いてあって……。」


ヴォイド

「鈴鳴までの道は、まだ地形が不安定だ。

 荷を抱えたまま全員で降りるのは危険だな。」


スレイ

「つまり……?」


ヴォイド

「俺とシオンが村へ行く。

 お前たちは、街道沿いのこの高台で待っていろ。

 荷物と、この地点の安全を頼む。」


スレイ

「出た、留守番宣言。」


シオン

「……おみやげ、もらってくる。」


スレイ

「ぐっ……

 それ言われると、“行っておいで”って

 言うしかないじゃないのよ……。」


白羽

「シオンちゃんが、

 鈴鳴の人たちに笑ってもらえるなら……

 わたしは、とても嬉しいです。」


ヴォイド

「日が沈む前には戻る。

 村長の手紙に“夕刻から短い宴”とあったからな。」


スレイ

「じゃあさ、絶対お土産持って帰ってきてよ?

 鈴鳴特製干し肉とか、謎の郷土料理とか、甘いお菓子とか!」


ヴォイド

「鈴鳴の名物は葡萄だと聞く。」


スレイ

「葡萄!?

 葡萄ジュースとかもある!?!?

 今ここで参加確定したいんだけど!?」


ヴォイド

「留守番だ。」


スレイ

「即答!!」


シオン

「……赤いのには、

 搾りたてのぶどうジュース、

 お願いする。」


スレイ

「っ……よし、分かった。

 お姉さん、全力でキャンプ死守するわ。

 荷物一つ燃やさないから、安心して行ってきて。」


白羽

「はい……わたしも、がんばって留守番します。」


ヴォイド

「……頼んだ。」


そうして、

ヴォイドとシオンは鈴鳴へ向かい、

スレイと白羽は山上のキャンプを任されることになった。


***


◇ 現在──山上キャンプ、ふたりの日常


スレイ

「──ってわけで。

 あたしたちは、栄光の“留守番組”ってわけよ。」


白羽

「え……栄光、なんでしょうか……それ……。」


スレイ

「“旅の安全を支える重要なお仕事”って意味よ!

 ほら、荷物なかったら明日からの移動どうするのよ。

 この鍋も、このテントも、この毛布も、誰が守るの? って話。」


白羽

「それは……そうですね。」


スレイ

「でしょでしょ?

 だからこれはこれで、立派なお役目なの。

 ──ま、それはそれとして。」


ごろん、と寝転がっていたスレイが、

ごきっと上体を起こして火の方を見る。


スレイ

「シオンちゃんとヴォイドさん、

 美味しい料理たべてるかなー。」


白羽

「ええ……きっと、食べてますよ。

 みなさんから“ありがとう”って言われながら。」


スレイ

「だよねぇ。

 三郎とスズに顔べろべろ舐められてるかもしれない。」


白羽

「シオンちゃん……

 くすぐったそうに、笑いそうですね。」


スレイ

「その光景だけで、ご飯三杯いけるわ……。」


白羽

「では……

 わたしたちは、

 わたしたちのご飯を作りましょうか。」


スレイ

「お、出た。

 “白羽ちゃんとお留守番スープ会”の始まりね。」


白羽は立ち上がり、荷物から鍋と食材を取り出す。


白羽

「薪は……さっきスレイさんが集めてきてくれた分で、足りますね。

 わたしは、水を汲んできます。

 スレイさんは……火の番、お願いしてもいいですか?」


スレイ

「任せなさい!

 火の番兼・見張り兼・ぶどうジュース待機係よ!」


白羽

「最後の役割……

 なんだか、楽しそうですね……。」


スレイ

「当たり前でしょ!

 帰ってきたら土産話とジュースが

 待ってるんだから。」


白羽

「ふふ……ええ、そうですね。」


そうして、

鈴鳴の宴を思い浮かべながら──


山上のキャンプにも、小さな“いつもの日常”が始まった。


このあと、

スレイの薪選びセンスが暴走したり、

白羽のスープが予想以上においしかったり、

ふたりだけの賑やかな留守番が続いていく。



焚き火に火が入り、

鍋の中でスープがことり、と静かに鳴った。


白羽は水筒を下ろし、

火の向かいに腰を下ろす。


白羽

「……あの、スレイさん。」


スレイ

「んー?」

(枝を火にくべながら)


白羽

「こうして……ただごはんを作って、

 誰かの帰りを待つのって……

 少し、不思議な気分です。」


スレイは一瞬だけ手を止め、

でもすぐ、にやっと笑った。


スレイ

「分かる分かる。

 "生きてる"って感じよね。」


白羽

「……はい、そうですね。」


白羽はスプーンでスープをかき混ぜながら、

焚き火の揺れる光を見つめる。


白羽

「わたし……

 昔は、こんな時間があるなんて、

 想像もしていませんでした。」


スレイ

「うん。」


否定も驚きもなく、

スレイは静かに相槌を打った。


白羽

「三災の死祟しづくとして……

 村や、人や……

 “居すぎた生”を、消してきました。」


スレイ

「…………」


焚き火が、ぱちっと弾ける。


白羽

「命の匂いが濃くなると……

 頭が、少し……軽くなって。

 “ああ、まただ”って……

 簡単に命を奪って……」


白羽は無意識に、胸元を押さえた。


白羽

「怖いとか、悲しいとか……

 そういう感情も、だんだん分からなくなって……

 ただ“そういう役目”として生きていました」


スレイ

「……タナトスロアにいた頃の、

 あたしと似てるわね。」


白羽は目を上げる。


スレイは木の枝で火をつつきながら、

少し遠い目をしていた。


スレイ

「小さい災厄を狩っては街から街へ。

 依頼があれば即出動。

 命を奪うのも、奪われるのも、

 ぜーんぶ“仕事”。」


スレイ

「あの頃はさ

 笑ってる暇なんてなかったと思う。」


白羽

「……でも、スレイさんには……」


スレイ

「うん。」


小さく、確信のこもった声。


スレイ

「ただ一人、

 心を許せる

 相棒がいた。」


焚き火が、赤く揺れる。


スレイ

「二人で組んでさ。

 背中預けて、

 前だけ見て、

 生き延びることだけ考えてた。」


白羽

「……その人が……」


スレイ

「そ。

 この前、ハルヴ村で手紙くれた後輩。」


白羽

「確か……"カレン"さん。」


スレイ

「正解。」


スレイは照れもせず頷いた。


スレイ

「あの子だけはさ、

 あたしがどんな修羅場でも、

 ちゃんと人として見てくれた。」


スレイ

「だから……

 “あの頃”は、あの頃で、

 確かに、大事だった。」


白羽

「……でも……」


スレイ

「でも、よ。」


スレイは、

ぱん、と手を払って空気を変える。


スレイ

「今が一番楽しい。」


白羽

「……っ」


白羽は一瞬、言葉を失ってから、

小さく微笑んだ。


白羽

「……わたしも、です。」


白羽

「死祟としてではなく……

 白羽として、

 誰かと火を囲んで、

 ごはんの出来を気にして、

 帰りを待って……」


鍋から、いい匂いが立ちのぼる。


白羽

「こんな時間があるなんて……

 生きていて、よかったと思えます。」


スレイ

「でしょ?」


スレイはにっと笑い、

白羽の肩を軽く叩いた。


スレイ

「あとさ。」


白羽

「はい?」


スレイ

「ヴォイドさんとシオンが帰ってきたら、

 ぜったい自慢するのよ。」


スレイ

「“あたしたちが留守番してたから、

 平和だったんです~”って。」


白羽

「ふふ……

 胸を張って言えますね。」


スレイ

「言える言える。」


二人は顔を見合わせて、

同時に、くすっと笑った。


笑い声は、

山の夜に溶けていく。


──過去が消えたわけじゃない。

──罪がなかったことになるわけでもない。


それでも。


今、この時間だけは──

確かに“生きている”。


そのことが、

二人にとって何よりの救いだった。


◇ 


焚き火の火が、

ふっと小さく揺れた。


白羽は顔を上げる。


白羽

「……?」


風が、ふっと止んだ。


次の瞬間、白いものがひらりと落ちてきた。

薄く、軽く、形の定まらない――花弁だ。


周囲に花は咲いていない。

気づいたときには、それはもう地面になく、

「最初から存在しなかった」みたいに消えていた。


さっきまで山肌を撫でていた夜風が、

意識を持ったみたいに一斉に退いていく。


スレイも気づき、無言で立ち上がった。


スレイ

「……何か……来る。」


白羽

「え……?」


スレイの声は低く、

冗談も軽さも、一切ない。


スレイ

「この感じ……

 ヴォイドさんじゃない。

 でも……やばい。」


焚き火が、

ぱち、と音を立てて沈みかける。


白羽は胸元を押さえた。


理由は分からない。

けれど──


肺が、うまく息を拒んでいる。


白羽

「……空気が……重い、です……」


スレイ

「重いんじゃないわ。

 “押さえつけられてる”。」


その瞬間だった。


――サラ……サラ……


枯れ葉が擦れるような、乾いた音。


見上げると、

岩棚の上の一本の細い木の枝が、

“何もしていないのに”突然、灰になって崩れ落ちた。


白羽

「……っ!」


灰が舞う中に、

一人の少女が静かに“降りてきていた”。


ふわり、と。

黒い髪だけが風に揺れ、

少女の身体は重さを失ったように浮遊しながら。


黒――

深い黒。

夜の底みたいな髪。


白羽と同じぐらいの背丈。

同じ年頃の少女。


しかし白羽とは正反対の存在感。

温度がない。

生命の匂いがない。


そして――

少女の背中に、

黒い羽が“影のように”いくつか漂っていた。


触れた草が、その羽にかすった瞬間、

灰色に変わって崩れ落ちた。


少女は、白羽たちから離れた場所に、

すっと足を下ろした。


その無表情な瞳が、白羽を一度だけ見た。


なんの感情も宿していない。

観察するだけの視線。


少女は微笑んだまま、

まるで挨拶でもするように小さく首を傾げた。


そして囁く。


???

「やっと見つけた──」


視線は、真っ直ぐに白羽へ。


???

「……“死祟しづく”。」


スレイ

(……ッ!?

 白羽ちゃんの……能力名……!?

 なんで……)


少女はその名を、

まるで“確信”しているように口にした。


黒い羽根が、また一枚落ちる。


???

「あなたを殺しにきたの」


スレイ

「白羽ちゃんのこと……

 知ってるの……!?」


白羽

「……っ……!」


そして無邪気な微笑のまま、

少女は楽しげに名乗った。


???

「……名を持つ必要は、もうないのだけれど」


少女は、そう前置きしてから――

静かに告げた。


ひな

 かつて、世界の終わりを

 “続かせない役割”を担っていたもの」


「――枯滅こめつ。」



その瞬間、世界の色がひとつ消えたように見えた。


◇  


雛は何も言わず、ただ視線だけをゆっくり滑らせる。


まずはスレイ。

そして──白羽。


焚き火の火が、ふっと低く揺れた。


雛は笑わない。

首も傾げない。

ただ、白羽だけを見ている。


静かに口を開く。


「……死祟しづくと、枯滅こめつ。」


静かすぎるほどの声音。

感情の揺れは、どこにもない。


「もともと、同じ“終わり”に触れるものだった。」


「ひとつの根から分かれ、

 同じ場所へ向かう力だったのよ。」


白羽

「……っ……」


「でも、世界は選んだ。」


「終わりを“奪う死”だけを残して、

 終わりそのものを“枯らす在り方”を、切り捨てた。」


「命を終わらせる。」

「終わりへ向かう力そのものを尽きさせる。」


「――向いている先は、同じ。」


「なら……同じ終わりに触れるものが、

 二つも存在する理由はないでしょう。」


その言葉で、

白羽の息が喉に詰まった。


否定できない。

論理として、歪んでいない。


雛は、淡々と続ける。


「だから……あなたを、消しに来た」


「あなたが悪いわけじゃない。

 ただ――

 “奪う死”は、世界に残してはいけない」


怒りもない。

憎しみもない。


ただ――

「そうするのが当然だ」と告げる声だった。


雛は一歩、前に出る。


その足元で、草が静かに色を失った。


「簡単な話よ。」


一拍。


「どちらかが、残るだけ。」


白羽

(……こ、こわい……)


声が出ない。

過去も未来も、足元から消えていく感覚。


世界が、

この少女の決断一つで

成立しているように錯覚する。


──その前に。


ざっ


白羽の前へ、

強く踏み込む足音がひとつ。


スレイが、前に出た。


焚き火の光が、拳を赤く照らす。


スレイ

「……悪いけどさ。」


雛の視線が、ゆっくりとスレイに移る。


その瞬間、

空気がさらに沈む。


それでも、スレイは止まらない。


スレイ

「アンタの復讐なんて知ったこっちゃない。」


歯を見せて、笑う。


スレイ

「白羽ちゃんは“いま”を生きてる。」


一歩、前。


スレイ

「それに──」


拳に、わずかに紅が灯る。


スレイ

「殺すなら、順番があるでしょ。」


雛は、瞬きをした。


「……あなたが、前に出るのね。」


スレイ

「そ。

 守るって決めたから。」


「……いいわ。」


黒い羽根が、一枚、地面に落ちる。


「邪魔なものから、枯らすだけ。」


その言葉と同時に、

スレイは完全に白羽の前に立った。


逃げ道はない。

交渉もない。


殺し合いの鐘が鳴る。

焚き火が、ぱちんと音を立てて跳ねた。



◇ 雛 vs スレイ —— 紅爆が空気を裂く


黒い羽がひらりと舞った瞬間、

スレイはもう前へ踏み出していた。


スレイ

「白羽ちゃんには

 指一本触れさせないっ……ッ!!」


紅爆、最大点火。


足を踏んだ地面が、

まるで爆破されたみたいに砕け散る。


「速いわね……ただの人間のくせに。」


だが、雛の声が届くより早く、

スレイの拳が一閃する。


ドガァァァン!!


爆風が雛の身体を押し返し、

黒い羽の壁が悲鳴を上げるように軋んだ。


「……っ」


初めて雛の足が揺れた。


スレイは息を荒げながらも止まらない。


雛の周囲で漂う黒羽が砕け飛び、

枯れ色の火花のように散った。


雛は後退しながら軽く手首を返す。

しかし、スレイの速度のほうが圧倒的に上。


ドッ! ドガッ! ドガガッ!!


紅爆の連撃が、

まるで炎の獣が暴れているみたいに響いた。


(全身に紅のオーラを

 本当に……触れられないと厄介ね。)


雛の視線が一瞬だけ横へ流れる。

白羽の方――だ。


スレイ

「そっち見るなッッ!!!」


紅爆の蹴りが横から叩き込まれ、

雛の身体が宙に浮く。


「……っ、く……」


黒い羽で体勢を整えるが、

スレイがすぐ真上に回り込む。


スレイ

「どこ見てんのよ……ッ!!!」


バギィィィン!!!


紅爆の拳が雛の顔面をとらえ、

雛の身体が岩場に叩きつけられた。


砂煙が爆発のように舞い上がる。


白羽

(スレイさん……すごい……!)


スレイの胸が上下し、

全身が紅いオーラに包まれている。


スレイ

「……ハァ……ハァ……

 アンタみたいなのが……

 白羽ちゃんを狙っていいワケないのよ……!!」


煙が晴れると、

雛が片膝をついていた。


口元から血が伝い落ちる。


「……人間の拳で……

 わたしが血を流すなんて、初めてね。」


その声には怒りも焦りもない。

ただ、興味を持った事実を述べるだけ。


スレイはその無機質さが余計に腹立たしくて、

拳を固く握りしめる。


スレイ

「アンタの余裕なんて……

 今ここで全部崩してやる!!」


紅爆のオーラが、さらに膨れあがった。


スレイ

「この一撃で……決めるッ!!」


雛が立ち上がろうとした瞬間――

スレイの姿が視界から消えた。


「ッ!?」


次の瞬間、雛の首に紅い手が伸びていた。


スレイ

「捕まえた……ッ!!」


ガッ!!


「……うっ」


雛の首をつかんで地面へ押し倒す。

地鳴りとともに、岩が砕け散り、

雛の背中が深い亀裂に埋まる。


「……げ……ほっ」


白羽

「スレイさん……すごい……!

 このまま……!!」


スレイは雛の首を押し込んだまま、

体内の紅爆を極限まで燃やし上げる。


スレイ

「これで終わりよ……ッ!!」


紅爆の最大火力。

地面が赤く発熱し、空気が震える。


(ああ……なるほど。

 これが“仲間を守る力”というものね。)


スレイ

「おらあああああああああああッ!!」


拳を振り下ろす、その瞬間――


「――――でも」


「これで―――

 私に勝てると思った?」


笑みを浮かべる。


「―――無残存領むざんそんりょう


紅爆のオーラが、

バシュゥッ……!

音を立てて掻き消えた。


スレイ

「……えっ……?」


「資源は尽きるもの。

 あなたはもう、燃えない。」


スレイ

「ちょ、ちょっと……

 なんで……力が……ッ」


そして―――

雛はゆっくりと腕を伸ばす。


スレイの右腕へ向かって。


スレイ

(……ま、まず……!)


スレイはとっさに飛びのく。


しかし―――


雛の指先が、ほんのわずかにかすった。


スレイ

「――――っっっ!!!!!?」


その瞬間――


スレイの右腕の感覚が“消えた”。


スレイ

「……あれ……?

 腕が……冷たい……?」


見ると、スレイの右腕の皮膚が灰色に変わり、

筋肉が萎み、骨の輪郭が浮き上がる。


スレイ

「っ……っぐ……あ……っ……!!」


遅れて、

焼けるような激痛がやってくる。


スレイ

「う、そ……

 イッ……い……い……

 い、あああああああああああッッ!!!!」


スレイが地面に崩れ落ちる。

砂利が跳ねる音さえ、どこか遠くのようだ。


白羽

「スレイさん!! スレイさん!!」


白羽はスレイに駆け寄る。


雛は表情ひとつ変えずに言う。


「人間のわりにはよくやったわね。

 ただ、わたしの狙いは死祟なの。」


スレイ

「~~~ッ……!!!!!

 い……いた……い……ッ……

 なにこれ……!! 腕が……崩れる……ッ!!」


絶叫。


岩場に悲鳴が反響し、

白羽の顔が血の気を失う。


白羽

「い、いや……!

 そんな……!!」


雛はスレイを冷たく見下ろし、

ゆっくりと言った。


「さよなら、死祟。

 次はあなたの番よ。」



◇ 「沈む陽、迫る死影、そして──蒼命」


沈みかけた太陽が、岩場の影を長く引き伸ばし、

その影の先に──雛がいた。


雛は歩く。

靴底は地面にほとんど音を残さない。

なのに、その歩みは静寂を引き裂く“圧”だった。


ゆっくりと距離を詰めてくる。


十歩……

九歩……

八歩……


夕陽は完全に沈もうとしていた。


スレイ

「はぁ……っ……はぁ……っ……

 来るな……ッ……!」


声を出すだけで震える。

痛みで意識が飛びかけている。


背後で、白羽の嗚咽が聞こえる。

必死に声を押し殺そうとして、でも――零れてしまう音。


スレイ

(……やめなさいよ……

 泣かれるの、いちばん苦手なんだから)


七歩……

六歩……


距離は、もう数歩。


スレイは崩れた右腕を抱えたまま、

それでも背中で白羽を庇うように身を起こす。


立ち上がれない。

けれど、退く気もなかった。


五歩……


「スレイ

(……ああ……ここまでか……)


視界の端がにじむ。

痛みじゃない。

“終わり”が、近い。


四歩……


スレイ

(ヴォイドさん……ごめん……

 せっかく拾ってくれた命なのに……

 ちゃんと守りきれなくて……)


雛の気配が、すぐそこまで来ている。

触れられていないのに、

肌が粟立つ。


スレイ

(でも……

 楽しかったな……今が、一番……)


焚き火の笑い声。

白羽の少し照れた笑顔。

シオンの小さな背中。


三歩……


スレイ

(白羽ちゃん……泣かないでね……

 あんたは……強く生きなさい……)


二歩……


スレイ

(シオン……元気で……

 ヴォイドさんのこと……頼むわよ……)


喉が詰まる。

息が、うまく吸えない。


一歩……


スレイ

(みんな……ありが……とう……)


雛の影が、完全に覆いかぶさる。


「さようなら。

 紅の戦士さん。」


雛がゆっくりと膝を曲げ、

スレイの額へ手を伸ばす。


白羽

「や、やめて――――」


スレイにしがみ付いて

泣きじゃくる白羽。


あと──ほんの、呼吸ひとつ分。


その瞬間。


世界が、蒼く揺らいだ。



◇ 蒼光、その名を呼ぶ瞬間


夕暮れの赤が、一瞬で塗り替えられる。

静かな波のように広がる蒼命の光が、

枯れた大地をゆっくりと蘇らせていく。


雛の指先は、

見えない“蒼の壁”に触れた瞬間、

パチンと弾かれた。


「…………何?」


空気が変わった。


冷たさがほどけて、

胸の奥が温かくなるような、

懐かしい命の気配。


雛が目を細めた、そのとき。


影の奥から、

小さく震えた声がした。


???

「……先輩に、気安く触れないで……」


雛の視線の先。

蒼い光をまとい、

息を切らしながらもまっすぐ立つ少女の姿。


スレイの視界が揺れる。

意識が落ちそうになりながらも、その輪郭を捉えた。


蒼い髪。

蒼い光。

見間違えようなどない。


スレイの胸がぎゅっと掴まれた。


スレイ

「……っ、う……そ……

 ……なんで……ここ……に」


目を大きく開き、

込み上げるものを押し出すように叫んだ。


その名が夕闇に響いた瞬間──

蒼い光が一段階、強く燃え上がった。


スレイ

「――――カレン!!?」


少女は、ほんの一瞬だけ微笑んだ。

安堵と、涙と、怒りが混じったような微笑み。


カレン

「……先輩……ったら……

 また……こんなになるまで……

 いつも無茶ばっかりして……」


震える声。

けれど、足は一歩も退かない。


蒼命の光が、

スレイと雛の間に、絶対の壁となって立ちはだかる。


カレンは涙を拭わず、

そのまま雛へ向き直った。


瞳はただ一つの決意だけを宿して。


カレン

「先輩を傷つける人は……

 絶対に許さない!」


蒼い風が吹き抜け、

絶望だった空気を一瞬で塗り替える。


殺意の世界に、希望の灯がともった。



◇  蒼命が満ちる


蒼光が世界を満たす中──

スレイは、かすかに震える指で地面を押した。


まだ息が荒い。

崩れた腕の痛みが幻のように残っている。


だが──


蒼命に包まれたその瞬間、

折れそうだった意識が一気に引き戻された。


スレイ

「……カレン……あなた

 ほんとに……来てくれたんだ……」


カレン

「当たり前です。

 先輩が泣いてる気がしたので。」


スレイ

「泣いてねぇし……!!」


涙声だった。


カレンは微笑んで、

そっとスレイの腕へ蒼い手を添える。


蒼い光が流れ込み、

再生した組織に命が通う感覚がスレイを満たす。


スレイ

「……っ……あ……動く……!」


カレン

「治りました。

 でも無茶したら……あとで説教ですからね。」


スレイ

「いま!? ここで!?

 ……いや、後でにして!!」



蒼光が、砕けた空気を満たしていく。


重く張りついていた死の圧が、

音もなく押し戻されていくのを、

白羽は呆然と感じていた。


白羽

「……あなたが……

 スレイさんの、相棒の……」


かすれる声で尋ねると、

カレンはちらりとだけ白羽を見た。


カレン

「貴方は……白羽さんですよね?

 先輩が手紙で色々と

 貴方のこと教えてくれるんですよ。

 ずっと―――お会いしたかったです!」


スレイ

「ちょっ、突然暴露しないでっ!」


カレン

「本当にありがとうございます!

 先輩の面倒をみてくれて。」


白羽

「いえ、そんな……

 ふふっ、ありがとうございます……」


三人に笑顔が戻る。


視線を上げた先。


雛は、黙って3人を見ていた。


怒りも、焦りもない。

ただ、ほんのわずか――

“想定外”という温度が、瞳の奥で揺れた。


「……邪魔が入ったわね。」


指先が、静かに持ち上がる。


その背後で、

黒い羽根が重なり、広がり、

闇が“意志”を持った形を取り始める。


白羽は、反射的にスレイの服を掴んだ。


白羽

「……スレイさん……

 大丈夫、ですか……」


震えを、隠せなかった。


「死祟も、その仲間も……

 今日ここで、枯れなさい。」


風が止む。

音が消える。


赤い夕闇と、蒼命の光だけが残る世界。


カレンが、自然と一歩、前に出る。

スレイも、逃げずに並ぶ。


白羽は、思わず叫んだ。


白羽

「……スレイさん、カレンさん……!

 どうか、絶対に無理は……しないでください……!

 お願いします……!」


スレイはとカレンは

白羽の方を振り返り――

笑顔を見せる。


白羽は安心する。


紅と蒼。


かつてタナトスロア内で

紅蒼こうそうの双翼」と呼ばれたふたりが──

今、雛へ向き合う。


スレイ

「カレン。

 今日だけは……

 守られるだけじゃイヤなのよ。」


カレン

「知ってます。

 先輩が“止まらない”人だって。」


スレイ

「……へへッ。バレてるか。」


カレン

「でも──」


蒼命の光が、ふっと燃え上がる。


カレン

「隣で守らせてください。

 それがわたしの“役目”です。」


スレイは小さく深呼吸し、

その拳に再び紅の炎を灯した。


紅爆、再点火。


スレイ

「じゃあ──

 いくわよ、カレン!」


カレン

「はい、先輩!」


ふたりの足元で蒼と紅が交差し、

弾けるように前へ加速する。


空間が歪み、

夕陽が揺らぎ、

ふたつの光とひとりの闇が中心でぶつかった。



◇ 紅と蒼のコンビネーション


雛の影が波のように押し寄せる。

だが、今のスレイとカレンは一歩も退かない。


カレンは弓を構えて引き絞る。

蒼命の矢が影を裂き、

その細い隙間をスレイが跳び越えて踏み込む。


スレイ

「カレン!! “あれ”行くわよ!!」


カレン

「了解です──先輩!!」


二人の呼吸が完全に重なった。


蒼命の光がカレンの弓を包む。

蒼い糸のような光が矢にまとわりつき、

それがスレイの拳へと伸びる。


──紅と蒼を“つなぐ”蒼命の貫通糸。


蒼命そうめい──“導糸どうし


スレイ

「はぁぁぁぁッッッ!!」


スレイの拳が紅く燃え上がる。

ただの紅爆ではない。


蒼命が拳の中心に“矢の貫通力”を与えている。


カレンの矢が放たれる瞬間、

スレイはほぼ同時に拳を突き出す。


"紅の拳" と "蒼の貫通矢"


二つは空中で重なり、

矢が拳を“貫通して前に伸びる光の槍”へ変わった。


まるで、紅蒼が一体化したように。


雛が目を見開く。


「……なに、それ……?」


影の防壁が瞬時に展開されるが──


スレイ

「こんな壁──!」


カレン

「貫きます!!」


スレイ&カレン

「《紅蒼・双星穿こうそう・そうせいせん》ッ!!」


轟音。


黒い影の壁を焼き切り、

その奥に立つ雛の身体へ、

光の槍が突き刺さった。


いや──


雛の腹を“完全貫通”した。


雛の身体がぐらりと揺れ、

紅と蒼の衝撃波が背後の岩壁を抉り取る。


遅れて、血がどぷ、と床に落ちる。


「…………ぁ……」


喉の奥から小さく血がこぼれ、

雛はうつ伏せのまま地面へ崩れ落ちた。


黒い羽根が一斉に霧散する。


風が戻り、世界の色が戻る。


カレンは弓を下ろす。

スレイは肩で息をする。


スレイ

「……や……やった……!」


カレン

「先輩……決まりました……ね。」


白羽は信じられないものを見るように

口元を押さえる。


白羽

「スレイさん、カレンさん……!」


スレイはふらつきながらも笑った。


スレイ

「……ふぅ……

 あたしたち、やったのよ……

ほんとに……!」


カレンは微笑む。


カレン

「紅蒼の連携……

まだ錆びてませんね。」


スレイ

「ふふ……当然でしょ……!」


三人は寄り添い、

互いの無事を確認し合った。


夕陽は赤く沈み、

空気はようやく安堵を許した。



◇ 不穏な空気


砕けていた空気は穏やかさを取り戻し、

さっきまで張りついていた死の圧は、嘘のように消えていた。


白羽は、膝の力が抜けそうになるのを必死で耐えた。


白羽

「……よ、よかった、本当に……」


喉からこぼれた声は、ほとんど吐息だった。


スレイは大きく息を吸い――

次の瞬間、力が尽きたように崩れ落ちる。


スレイ

「……っ……」


白羽

「スレイさん!?」


駆け寄ろうとした白羽の横で、

カレンもまた、弓を支えに膝をついた。


カレン

「……蒼命の反動が……

 少し、強すぎましたか……」


それでも微笑もうとしたが、

そのまま前のめりに倒れそうになる。


白羽

「カレンさん……!」


白羽は二人を支え、必死に肩を貸す。


白羽

(何か……嫌な胸騒ぎが)


(なんで……?

枯滅は……倒したはず……)


そのときだった。


――ざわり。


風が、逆流した。


白羽

「……え?」


静まったはずの空気が、

突然「向き」を失ったように渦を巻き始める。


落ち葉が舞い、

砂が巻き上がり、

血の匂いすらも引きずられるように、

一点へ集まっていく。


――雛のいる場所へ。


白羽

「……うそ、そんな……」


地面に倒れていた雛の身体が、

ぴくりと動いた。


腹を貫かれた穴から滴っていた血が、

逆に“戻る”ように脈動を始める。


空気が、重い。


いや――

重さそのものが集められている。


白羽だけが、立っている。


スレイとカレンは動けない。

息はあるが、身体が言うことを聞かない。


スレイ

「……なに、よ……

 まだ……なの……?」


答えは、雛自身が告げた。



雛は、ゆっくりと息を吐いた。

それだけで、周囲の空気が一段沈む。


「三千年前――

 気の遠くなるくらい前の話」


低い声だった。

地面の奥を撫でるような、乾いた響き。


「この世界に、

はじめて“災厄”と呼ばれるものが生まれた時代。

 世界はまだ、それを理解することも、受け止めることもできなかった。」


言葉にされなくても分かる。

ただ在るだけで、世界の仕組みを壊しかねない存在が、確かにいた。


「――原初災厄プロト・カタストロフ


「それは

未熟で、

歪で、

制御もできなかった」


「けれどその分、

力だけは、今とは比べものにならなかった。」


雛は一歩、距離を詰める。

白羽の足元に、影が重なる。


「私は、

この世に5番目に生まれた《枯滅こめつ》。

 終わりかけたものを、

完全に止めるための存在。」


空気が、わずかに冷える。

白羽は、それを肌で感じた。


「その時代、死を担う災厄は二つあった。」


「生きているものから、命を奪う死――死祟しづく

 そして、終わりかけたものを、静かに枯らす死――枯滅。」


「同じ“終わり”に触れながら、

 できることも、速さも、分かりやすさも違った。」


白羽

「………」


「世界は、迷わなかった。」


「生きている者を、確実に、すぐに終わらせる死。

 眩しくて、役に立つほうを選んだ。」


「私は……選ばれなかった。」


淡々とした声音。

だが、その言葉は白羽の胸に重く落ちる。


「私の力は遅くて、狭くて、後始末しかできなかった。

 “終わりかけたもの”にしか、触れられなかった。」


「だから、生き残った。

消えもせず、認められもせず、

 意味も分からないまま

 ――ただ、待った。」


「原初災厄が消え、

 時代が変わり、

 七災と呼ばれるようになっても」


「同じ“奪う死”が、

もう一度現れる、

その時を。」


雛は、白羽を指す。

指先は、震えていない。


「記憶も、名前も、過去のすべてを失っても。

 それでも、命を奪う死として生まれてきた存在

 ――あなた。」


白羽

「……わたし?」


雛はゆっくりと頷く。


影が、ゆっくりと広がる。

守るためのものではない。


「昔の私は、枯滅の本質を理解していなかった」


「在るものを枯らし、

 存在そのものを止める。

 ――それこそが、本当の《枯滅》」


雛は、結論だけを落とす。


「死祟…

貴方の力は、

この世界にとって危険すぎる。」


「世界を壊さない“死”は、

私ひとりでいい。」


一瞬の静寂。

白羽は、反論の言葉を探し――

見つけられなかった。


「だから――

ここであなたを、消す。」


それは宣言ではなく、

処理の確定だった。


「……さようなら、死祟。」



◇ 二つの死がぶつかる


──《生滅終焉せいめつしゅうえん


生も、死も、終わらせる力。


たった一語。


瞬間、

空気が枯れた。


音が消える。

風が止まる。

山の匂いも、火の残り香も、

すべてが“続かなくなる”。


灰色の波動が、円を描いて広がった。


スレイ

「……っ!!」


膝から力が抜ける。

立っているだけで、

命が削られていく。


カレン

「……蒼命が……

反応、しない……!?」


蒼い光は生まれない。

癒えない。燃えない。

生をつなぐ力そのものが、遮断されている。


「あらゆる生命を

 終焉に向かわせる」


淡々と。


「癒しも、燃焼も——通さない。」


スレイ

「く……っ……

 こんなの……反則……!!」


白羽の喉が鳴った。


視界が白く滲む。

耳鳴りがする。


——分かる。


このままでは緩やかに死ぬ。


雛の気配が、さらに濃くなる。


スレイ

「……白羽……ちゃん……」


声が震える。

それでも、必死に前へ立とうとする。


スレイ

「……来んな……

 ……あんただけは……!」


白羽

「……スレイさん!

カレンさん!」


白羽

「こ、今度は……私が……!」


そのときだった。


白羽の胸元で、

かちりと、小さな音が鳴る。


——ペンダント。


ヴォイドから託された、

死祟の力を封じる枷。


白羽

(……もう、逃げない……)


白羽

(この力で、

 みんなを……!)


ペンダントを、強く、強く握りしめる。


白羽

(……私が……

 “死”なら……)


胸の奥で、

眠っていた感覚が、

はっきりと目を覚ました。


冷たい。

けれど、どこか懐かしい。


世界と、

一瞬だけ距離が開く。


白羽

「……下がって……ください……!」


スレイ

「白羽ちゃん……!?」


白羽は、一歩前へ出た。


そして。


—— 《命奪輪転めいだつりんてん


生を奪い、死として絡め取る力。


白羽の足元から、

別種の波動が解き放たれた。


灰でも、黒でもない。

“透明な死”。


生きているものだけを捉え、

命を引き剥がす。


奪われた生は、

歪んだ死となって絡まり、

そのまま輪廻へ投げ返される。


救われない。


ただ、

生を奪われた結果だけが残る。


音が軋む。

色が薄れる。


生と死の境界だけが、

不自然なほど、くっきりと浮かび上がる。


雛の《生滅終焉》。

白羽の《命奪輪転》。


終わらせる死と、

奪って回す死。


二つの“死”が、

正面から衝突した。


——無音。


山の稜線が、きしむ。

空間が、耐えきれずに歪む。


カレン

「……相殺……してる……!?」


確かに、拮抗している。

だが——


白羽の膝が、がくりと落ちた。


白羽

「……っ……!!

 まだ……!」


血が口元に溢れる。


「……やっぱり」


その声は冷たい認。


白羽

「……っ……そんな……」


視界が、暗転しかける。

魂ごと削られていく感覚。


白羽

(……だめ……これ以上……)


死祟の波が、軋む。


スレイ

「白羽ちゃん!!

 もういい!! 下がれ!!」


カレン

「これ以上は……死にます……!!」


「当然ね」


淡々と。


「輪廻で薄まった死の力。

 本物の《枯滅》には、届かない」


枯滅の波が、じわじわと押し返す。


白羽の死が、削られる。

塗り潰される。


「―――死祟。

 これで終わりよ」



◇ 灰色の風が吹く


——その瞬間。


灰色の風が、吹いた。


音はなかった。

ただ、空気の“温度”だけが変わる。


それまで赤と黒に染まっていた世界が、

一瞬にして——塗り替えられた。


白羽の死祟が消える。

雛の枯滅も同時に——

無になる。


奪われたのではない。

打ち消されたのでもない。


「初めから無かった」

そんなふうに、

世界が振る舞った。


白羽

(……この……風……

 もしかして……!?)


力が抜け、白羽は膝をつく。

胸の奥が、しんと静まり返っていた。


その向こうに——

手をつないだふたりが立っていた。


シオンとヴォイド。


シオンは何もしていない。

ただ、ヴォイドの手を、

ぎゅっと握っている。


それだけで——

場を支配していた。


スレイ

「……ヴォイドさん!

シオン!」


ヴォイドが、静かに一歩前へ出る。


声は低い。

けれど、世界そのものに命令する声だった。


ヴォイド

「――原初の災厄《枯滅》」


雛の瞳が、わずかに揺れた。


ヴォイド

「引け。」


その一言で、

山の奥が——鳴った。


「…………っ」


初めて、雛の呼吸が乱れる。


この男を、知っている。

名前も、立ち位置も、“格”も。


「……貴方、まさか……」


一拍。


「……零絶れいぜつ……」


その声には、

確かな戦慄があった。


——だが。


雛の視線が、白羽へ戻る。


「……引け、ですって?」


口元が、歪む。


「三千年もの間、

 この瞬間のために生きてきたのよ。」


影が、再び蠢く。


ヴォイド

「警告はした」


「……」


消える。


一歩も踏み込まず、

雛の姿が霧のように弾けた。


カレン

「は、はや……!」


——否。


認識の外だ。


次の瞬間。

雛は白羽の“死角”にいた。


「――死になさい、死祟!」


だが。


“掴まれていた”。


雛の首に、

いつの間にか伸びた片手。


ヴォイドだった。


近づいた?

違う。


世界の方が、

彼をそこへ連れてきた。


ヴォイド

「…………」


ぐっ。


たったそれだけで、

雛の身体が宙に持ち上がる。


足が、ぶらんと垂れる。

手足に、力が入らない。


「……っ……!?

 が……っ……」


(な……何がっ!?)


首が、絞まる。


枯滅が、発動しない。

意思が、力に届かない。


ヴォイド

「もう一度言う、引け。」


ヴォイド

「そうでなければ

 お前はここで死ぬ。」


雛の視界が、白く飛ぶ。


スレイ

(……つ、強い……)


シオンが、ヴォイドの袖を引いた。


シオン

「ぱぱ」


それだけ。


その一言で、

ヴォイドの指が、ほんのわずか緩む。


雛は、地面に投げ捨てられた。


ごほっ、と血を吐き、

膝と手をつく。


ヴォイド

「今回は、見逃す。」


雛が、ゆっくり顔を上げる。

敬愛に近いまなざしを向ける。


「けほっ……けほっ」


雛は呼吸を整える。


「……零絶、いえ、

 ヴォイド様」


「……その御慈悲、

痛み入ります」

 

ヴォイドに笑顔を見せる。


「今回はご厚意に甘えさせていただき

 大人しく引きます」


雛はふらふらと立ち上がると、

スカートの裾を持ち上げ上品に一礼する。


そして、最後に白羽に振り向く。


その瞳は、涙のように濡れて見えるのに、

そこに宿る感情は“死”そのもの。


「死祟。覚えておきなさい。

 私は、あなたを終わらせに来た。」


白羽

「……っ」


「次は——必ず。」


雛は答えない。

ただ、空へ溶けるように霧となり、

夕陽の中に消えていった。


風が戻り、

鳥の声が戻った。


そして、

夕暮れが、ふつうの色に戻った。


地獄のようだった空間で、

四人だけが息を詰めたまま立ち尽くす。


ヴォイド

「……お前たち」


ヴォイドはゆっくりと振り返った。


ヴォイド

「……無事で、よかった。」


ただ、その一言だけだった。



◇ 生還、そして震える手


雛の残滓が、完全に夜に溶けたあと。

荒れ果てた大地に、

ようやく“静けさ”が戻った。


誰も、すぐには声を出せなかった。


最初に息を吐いたのは、白羽だった。


白羽

「……」


胸に手を当てる。

そこが、ひどく熱い。


白羽

「……まだ……

生きています……」


——自分でも、信じられないという声だった。


スレイ

「……白羽ちゃん」


スレイは片膝をついたまま、苦笑する。


スレイ

「ほんと……

 あそこで死祟ぶつけ返すとか……

 心臓、何個あっても足りないわよ……」


カレン

「……でも、助かりました……

 白羽さんが止めてくれなければ

私たち、今頃もう……」


白羽は、首を小さく振る。


白羽

「……正直、怖かったです……

 足も、ずっと震えていて……

 でも……」


白羽は、胸元のペンダントを握りしめる。


白羽

「……守りたかったんです……

 スレイさんも……カレンさんも……

 “誰かを失うのは、もう嫌”だったので……」


その言葉に、スレイは一瞬言葉を失い——

それから、くしゃっと笑った。


スレイ

「……それで十分よ。

 完璧な理由なんて、いらないの。」


カレン

「……ええ。

 “生き残った理由”なんて……

 後でいくらでも、付けられますから……」



◇ よしよし係は、最強


その様子を見ていたシオンが、

小さく、とてとてと近づく。


シオン

「……みんな……

つよかった……」


まず、スレイの腕に、ぽす。


シオン

「よしよし……」


スレイ

「……っ」


一瞬で、涙腺が死んだ。


スレイ

「ちょ……

 それ……不意打ち……

 ずるい……」


次に、カレン。


シオン

「……だいじょうぶ……

 こわかったね……」


カレン

「……はい……

 でも……それ以上に……

 守れて……よかったです……」


最後に、白羽の前へ。


白羽

「……シオン……ちゃん……」


シオンは、背伸びして、両手でぎゅっと抱きつく。


シオン

「白いお姉ちゃん……

 がんばった……

 いっぱい……がんばった……」


白羽

「……っ……」


今度こそ、白羽の涙が落ちた。


ヴォイドは、その様子を少し後ろから見守り、

一言だけ告げる。


ヴォイド

「……誇っていい。」


短い言葉だったが、

白羽の胸に、深く沈んだ。


白羽

「……はい……!」



◇ おみやげと、祝勝会


ふと、シオンが思い出したように言う。


シオン

「……あ。」


ころん、と鞄を開ける。


中から出てきたのは——

小さな瓶に入った、深い紫色の液体。


シオン

「ぶどう……じゅーす……

 むらのひとに……もらった……」


スレイ

「えっ、マジ!?」


白羽

「葡萄……!」


カレン

「……今、この状況でそれは……

 ひどく嬉しいですね……」


スレイ

「決まりね!!

 今日は生存祝い!!

 乾杯!!」


カレン

「まだ夜ですけど……

 まあ……今日は特別で……」


白羽

「……ふふ……

 こんな気分で飲むのは……

 初めてかもしれません……」


シオン

「かんぱーい!」


ささやかで、

不格好で、

でも確かな“生還の宴”。


死の気配が去った夜に、

葡萄の甘さが、静かに広がる。



◇ それでも、前へ


焚き火の音。

誰かの笑い声。


雛の名も、原災の影も、

今は遠い。


ヴォイド

「今日は、よく休め。」


スレイ

「賛成。

 もう一歩も動きたくない……」


カレン

「先輩、ちゃんと横になってくださいね?」


スレイ

「はいはい……」


白羽

「……みんな……

 生きてて……よかったですね……」


シオン

「うん……

 みんな……いっしょ……」


夜は、静かに更けていく。


"雛の執念"

"原初災厄プロト・カタストロフ"

"三千年前の死祟と枯滅"


白羽の頭の中に色々とよぎる。


ただ、今は眠ろう。


死に触れ、

それでも“生”を抱きしめた一夜として。

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