着飾るのは
6/5 母親の名前をフロステシアに変更しました。
「もう、お母様?さっきの髪飾りで良いじゃない。ロッタ達も困るでしょ。ヴェリィも何か言って!」
「うふふ……だって全部ウラに似合うから迷ってしまうの。それに、ちゃんとお許しはもらったわ」
「お嬢様をとびきり美しくしましょう奥様!ノクティヴェール様!」
「ふふ。今は甘えておきなさいウルー」
昼下がりのクリスタリア伯爵家。母親であるフロステシアの自室にロッタ達が集まり、ドレッサーの前に座るウラに様々なドレスや髪飾りをあて、ああでもないこうでもないと話している。
「この真珠の飾りはどうでしょう?お嬢様の髪にとても映えます」
「あ、こちらの青いリボンも瞳の色と調和して美しいかと!」
「お嬢様の雰囲気にはこの繊細なレースのチョーカーもぴったりでは!?」
「あらまあ!流石、ゼフィーもオルゼンもお祖父様も、ウラに似合うものが分かっているわねぇ」
フロステシアたちは楽しげに意見を交わしながらウラの美しさを更に引き出す為に奮闘を続けている。ウラも終わらぬ支度に若干の呆れを見せていたものの、母親に髪を梳かしてもらっているのが嬉しくて、はにかみながらも笑みを零している。
あの日以来皇帝護衛や政関係の仕事は落ち着いてきている。完全に無くなった訳ではなく一時的なものだろうが、ラーヴァルテがクリスタリア伯爵家に恩を返す為かなり配慮してくれたらしく、本人からも「この程度で恩返しは終わらんから案ずるな」と悪戯っぽく笑われたとも父ゼルフィムから聞かされた。
彼女は昔自分が望んだことによりクリスタリア伯爵家を縛り付け、奪ってしまった家族の時間の代償を払おうとしているのだろう。だがクリスタリア伯爵家はその皇室との繋がりを持てたおかげで発言権と席を得ており既に“与えられたら返す”が自動的に行われる関係になっているのだが、宰相が「先帝陛下は頑固ですから、大人しく貰っておきなさい」とため息混じりに言うので受け入れる事となった。
てっきりラーヴァルテは隠居しているものと思ったが、あまりにもごたごたが続くので現皇帝の補佐を暫く務めることになったというから驚きだ。
加えて先日体調不良が続くグレヴィオからもデミトリオスのことを謝罪する手紙が届き、ただでさえ具合の悪い体に障りがあってはいけないと慌てたウラが、どうか気にしないで欲しい事と体調を心配する旨を即座に返信をした所、再びグレヴィオから甘味と一緒に「ただのぎっくり腰だから大丈夫」との返事があり、クリスタリア伯爵家一同は安堵によるとてつもなく長いため息を吐いたという。
「ふふ……変わりませんね、ラーヴァルテ陛下は」
部屋の中央には両親とスノヴィリオン、そしてウラの兄オルゼンが持ち込んだ大量のプレゼントが山積みになっている。他にもロッタ達侍女や使用人、もちろんノクティヴェール宛のものも大量にあり、ノクティヴェールは苦笑しながら積み上げられた箱のひとつを尾で開けた。
黒地に青のグラデーションと星屑のような光の粒が散りばめられた夜空のようなドレス。爽やかな水色と白い生地に銀刺繍が施され、同様の帽子もセットになった外出用のドレス。
ウラが好む真珠や銀細工や、金剛石がついた甘過ぎず落ち着いたデザインの青いリボンの髪飾り。
やはり家族だ。ウラに合うことは勿論、ウラの好みをしっかり把握している。ノクティヴェール宛のものもウラとお揃いになるようなデザインのベールの他、神殿の寝床に置ける香や、いつ知ったのか最近ノクティヴェールが興味を持ち始めた小説などがあり、思わず「もう沢山返されておりますのに」と呟いた。
「──でもウラ、本当に私達が同席しないで良いの?私も、お父様も、オルゼンも、ロッタ達やノクティもウラが望めば加勢するわよ?」
不安げなフロステシアが鏡越しに話しかけた。艶やかな青紫色の長髪は滑らかにサイドへと流れ揺らめく。その髪を引き立てるように深い紫と黒を基調としたドレスを身に纏い、デコルテの開いたデザインは彼女の白く滑らかな肌を際立たせ、まるで夜の女神のような妖艶な輝きを放っていた。
ウラのサファイアの瞳は母親、そして漆黒の髪は父親から受け継いでおり、鏡の中で母子が並ぶと家族の繋がりがとても際立つ。
ウラは心配そうな様子の母親達へにこりと微笑むと、ハッキリした言葉で伝えた。
「大丈夫よお母様。この件はクリスタリア伯爵令嬢として──私、ウラ・ヴェナステリス・クリスタリアが完璧に終わらせます」
今まで柔らかさを持っていたウラの目がスゥッと鋭さを帯びる。ただの少女の言葉ではなく、クリスタリア伯爵家の名を背負う者としての揺るぎない戦いの目。フロステシアは娘の変化に同じように目に鋭さをもたせ、微笑む。
この男子禁制の華やかな空間はただの花園でもない。
今から戦場へ向かうウラに完璧な鎧を用意する為の部屋。
自身も祖父と同じく敬われるべき存在と勘違いするだけでは飽き足らず、婚約者のウラとクリスタリア伯爵家を見下し危険に晒した若造──デミトリオスへ報いを。
氷の華を模した髪飾りとピアス。
広がりすぎず、揺れる度に銀の刺繍と光の粒が煌めく、黒と青を基調にしたドレス。
控えめに装飾が施された銀色のヒールを身に着けたウラがゆっくり立ち上がる。それは優雅な動作でありながら、必ず相手を仕留める毒を一緒に秘めているよう。満足げに頷く皆の前に向き直り、ウラは完璧なカーテシーを披露した。
非の打ちどころのないウラの姿にフロステシアやノクティヴェールはゆっくりと微笑み、ロッタ達は心を込めた礼をした。
「ウラ。クリスタリア伯爵家の矜持──思い知らせておやりなさい」
伯爵家の誇りをもって今から戦場へ向かう娘への激励を、ウラはしっかりと受け止めるように頷いた。
「はい。お母様」
ウラの表情から柔らかさが消え、冷たい静寂が宿る。サファイアの瞳は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、迷いの欠片もない。ただ静かに、確実に、相手に毒を注ぎ込んでやると言う微笑みだけ残し、最後にウラは付け足すのだった。
「無礼には無礼で返しますわ」
そうしてウラはロッタ達を伴い、もうすぐ来るであろうデミトリオスを迎え撃つべく応接室へ向かう。部屋の前で待っていた父ゼルフィム、兄オルゼン、そして祖父スノヴィリオン。ウラは彼らの前でも完璧なカーテシーを披露し、クリスタリア伯爵令嬢としての責務を果たしに向かう。
言葉を交わさずとも、ウラの心は通じていた。ゼルフィムとスノヴィリオンは優しく頷き、静かにその背を見送る。オルゼンは歩いていくウラの背に手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。妹の決意を感じ取ったからこそ、邪魔になることはしたくなかったから。
背筋を伸ばし、堂々とした足取りで進むウラ。愚かな男に傷つけられ、泣いていた少女はもういない。今ここにいるのは、“クリスタリア伯爵令嬢”だ。
“覚悟なさい。お馬鹿さん”
ウラの唇は静かに動き、その形だけが言葉を紡いだ。