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両家の縁

─数十年前



「万事休すか……!」


戦場は灰色の空と響き渡る怒号で地獄と化していた。敵のドレヴィシア王国の軍勢は黒い鎧に身を包み、掲げる旗には不吉な女神の紋章が印され風に揺れている。

包囲網がじりじり狭まる中、若き公爵家当主グレヴィオ・フォン・ヴァレンティアは剣を握りしめながら、部隊の壊滅を防ぐべく奮闘していた。兵士たちは次第に疲弊し、その顔には絶望の色が広がり始めている。敵軍の数は圧倒的で、押し寄せる波のようだ。



平和だったこのフィリアスタ帝国に侵略を仕掛けてきたのはドレヴィシア王国であった。

他国との交流はまともに無く、独自に創られた信仰──リテッサ教会を崇拝し、ドレヴィシア国王スラドリク自身もその宗教に深く傾倒して民にまで信仰を強制する異常な体制を敷いていた。

リテッサ教会は女神リテッサを信仰の対象としていた。「女神リテッサを疑うことなかれ。その御名を信じ、その啓示は真実と心得よ。すべての疑念を捨て、女神へ忠誠を尽くす者こそ、真の加護を受けるであろう」と説うその教義は歪みを帯びていた。

女神の加護を受け取る為だといい多額の金品や食料を徴収。額は状況に関係なく課せられる為、困窮する民が大勢生まれた。

挙句リテッサ教会は見目麗しい者を老若男女問わず「女神の従者」として捧げるよう強制していた。実際には教会の大司教や国王、そして貴族たちが欲望のはけ口として利用するというおぞましい事実が隠されていたが、教会はこれを一方的に名誉なことと称し、拒否することは許されなかった。

家族や婚約者が反抗すれば異端者として民の目の前でむごたらしく処刑される。度重なる恐怖により民は反抗する気力も削がれ、ただただ支配されていた。

これまでもドレヴィシア王国は女神の意志を騙ることで他国に理不尽な要求を突きつけ、逆らわれれば「女神への冒涜」とし激しく糾弾し、民から搾り取った資金で強化した軍事力をちらつかせ要求を吞ませてきた為、フィリアスタ帝国を含む他国は憤りを募らせていたが、ドレヴィシア王国の軍事力と宗教的な影響力を考え表立った反抗を避けてきた。


──が、その募り募ったものが決壊する決定的な事件が起きる。

ドレヴィシア王国によってフィリアスタ帝国に忍び込んだ密偵が、当時のフィリアスタ帝国の皇女ラーヴァルテの情報をスラドリク王とリテッサ教会の大司教に漏らしたのだ。


皇女ラーヴァルテは、まだ成人していないにもかかわらず、その聡慧さと行動力によって政務に積極的に関与していた。民から寄せられる声に耳を傾け、問題が発生していれば自ら改善策を提案し、それを実現していった。

凛とした美貌を持ちながらも決して驕り高ぶらない皇女の手腕と人柄は大臣たちをも大いに感心させ、民や皇帝である父からもとても愛されている。もはやフィリアスタ帝国になくてはならぬ存在である皇女をスラドリク王は“美しい”と聞いただけで欲しがったのだ。

突如としてドレヴィシア王国から送られてきた書簡には“皇女ラーヴァルテ殿を王妃として迎える。この決定は女神リテッサの御意であり、拒否は女神への冒涜と見なす”と書かれていた。このような傲慢な要求をフィリアスタ帝国皇帝や大臣が呑む訳がなくすぐさま拒絶の返事が返された。

そのようなことをすれば戦争は確実。自身が嫁いで民が無事で済むならばと皇女は皇帝を必死で説得したが、皇帝はおろか大臣、そして騒ぎを知った民も一切頷かなかった。ドレヴィシア帝国の異常さや軍事力の高さを見れば皇女の判断が正しかっただろう。だけれど、度重なるドレヴィシア王国の暴挙に怒りが爆発したフィリアスタ帝国の友好国達が共闘の名乗りをあげたのだ。各友好国の王も同じ時期に何番目かの皇女や王子を奪われたり、不当に鉱山や森を「ここは女神の地だ」と言って占領ののち資源を横取りされたりしており、それでもせめて民だけには危険が及ばぬようにと各国の王が耐えていたところへドレヴィシア王国が奴隷とする為に民を誘拐するとどめの事件が勃発し、王達の堪忍袋の緒が切れたのだ。


奪われたものはすべて取り戻す。

各国民も含んだ一致団結により何倍もの戦力を得たフィリアスタ帝国はドレヴィシア王国に反旗を翻したのだった。


言うまでもなく拒絶の返事はスラドリク王の逆鱗に触れた。書簡を受け取った後に各国の団結、民への詔書による宣戦布告を済ませた為、目立った大混乱もなくある程度準備は整えられてはいたが、戦禍は平和の陰で燻っていたものを思った以上にごうごうと燃え盛らせた。

ドレヴィシア兵は魔物や狂信者を用いた強固な守りと攻めを使い分け、数にものを言わせてフィリアスタ軍を肉食魚の如く食いちぎっていく。ドレヴィシア軍は信徒の他スラドリク王の息がかかった者も構成されており、恐らく褒美に何を望んでも良いと告げられたのだろう。その目は下卑た欲望の炎がねっとり揺らいでいた。

女、金、地位を狙う者が殆どだったが、僅かながらドレヴィシア王国からの解放を望むものもいた。しかしそのような兵は民から強制的に徴用された兵士であったので、戦場の恐怖から早い段階で戦意喪失しあっという間に捕虜になってしまった。皇女は降伏した兵には一切危害を加えぬようにと勅命し、自ら戦場で指揮をとる皇帝の代わりに城に避難している民を護る盾として鎧を纏い、帝国に代々伝わる魔杖と盾を手に友軍と立ち回っていた。


しかし──ドレヴィシア王国の横暴さを知りながらもその力に怯えるあまり各国は理不尽な要求に耐え忍んできた結果、皮肉にもスラドリク王の覇権を築き上げる時間を与えてしまったという事実が今、各国王の肩に圧し掛かっている。

じわじわと足元から迫ってくる。凍るような雨水が染み込み体温を奪っていく絶望をフィリアスタ帝国軍や友軍も同じように感じていた。また一人、また一人と兵士が力尽いていく。一気にではなく毒が回るように戦力を削がれ、追い詰められ、拮抗していたはずの戦況はドレヴィシア王国の人海戦術によりひっくり返され始めてしまっていた。



「これ以上は耐えきれません……! 公爵殿!」


負傷したヴァレンティア家兵士たちの焦りを含んだ声が響き、士気の低下は隠せない。先ほど伝令より城で耐えている皇女のもとに敵の奇襲が発生との報告がされ、一刻も早く駆け付けなければならないというのにドレヴィシア兵はこちらの窮地などお構いなしに迫ってくる。

倒しても倒しても雪崩れ込む敵にグレヴィオは大剣を構え直し、険しい表情で声を上げた。


「退路は私が確保する! お前達は皇女殿下の元へ!装甲盾兵は退却する兵を護れ!」


自らの命と国の存亡――どちらを選ぶかなど、考える余地はなく。

何とか食いついているこの状況で戦力を割けば前線が一気に押し込まれてしまう。けれども、そうしなければ。


「公爵殿!それは……!」


「殿下と民を喪っては陛下に顔向けできぬ!ここで轢き潰されるのは俺だけでよい!」


公爵が命を捨てる気だと察したヴァレンティア家兵士たちは声を上げたが、反論など許さぬと言わんばかりの怒号に悲痛な顔で押し黙る。

同時にグレヴィオは炎魔法の詠唱を始める。魔力を著しく消費するが、大剣に纏わせた炎の一閃で相手に甚大な被害を与える捨て身の大技を放つ体勢に入ったのだ。その懇願は遠く、グレヴィオに届かない。


「女神の皮を被った悪魔もろとも──散れ!!」


グレヴィオが斬撃を放ったのとほぼ同時。ドレヴィシア軍の後方で青白い閃光が上がり轟音が響いた。

敵の動きが急にぐにゃりとしたかと思えばドレヴィシア兵の絶叫があちこちで上がり始める。グレヴィオが放った炎の一閃と先ほどの凍てつく閃光に挟まれたドレヴィシア軍はごっそり消え失せた。

続いてドレヴィシア兵の亡骸を飛び越える騎馬兵の蹄の音が迫り、手に氷魔力で青く光る斧を持ったクリスタリア伯爵家の若き当主“スノヴィリオン・モルヴィノード・クリスタリア”が軍勢と、傍らに巨大な白蛇の魔獣を携え現れた。

「いやあ間に合った。冷や汗をかきましたぞ」そう言ってガハハと苦笑するスノヴィリオンは馬から降り、呆気にとられているグレヴィオに駆け寄った。


「公爵様、ただ一人でこの場を耐え忍ばれるご決意、お見事です。しかし──戦力を城に割く必要はございません。皇女殿下と民は無事です」


「……本当、か!?」


「殿下の元には私が空を翔け馳せ参じ、奇襲兵はこの口で須らく飲み込みましてございます」


さながら真珠層のさまの煌めく体に花嫁の白いベールと水晶の冠を纏い、スノヴィリオンの側で首を垂れる巨大な白蛇の名はノクティヴェール。クリスタリア伯爵家当主に代々継承される神獣だ。

たおやかな所作からは考えられぬほどの力を持ち、害なすものは氷魔法で木っ端みじん。もしくは尾の薙ぎ払いや丸呑みをもって掃討するという。噂でしかなかった本領をここで目の当たりにするとは。

とにかく殿下と民の窮地は脱したことを告げられたグレヴィオは安堵で力が抜け、ガクリと膝を折った。


「奮闘、お見事にございます。ヴァレンティア公爵。勇ましき兵士達よ」


労わりの言葉をかけられ緊迫していた兵士達の緊張がほんの少し和らぐが、突然の一撃に敵が混乱を極めている隙をみすみす見逃す訳にはいかない。

休憩もそこそこにスノヴィリオンはグレヴィオを立ち上がらせ、顔についた泥を指先で拭ってやった。


「さあ公爵殿、休んでいる暇はありませぬぞ。私が先を切り開きますゆえ、どうかその剣で悪鬼どもを討たれますよう!」

「フィリアスタの勇士達よ!今一度立ち上がり、悪しき信徒を砕くのです!」


ノクティヴェールも声を上げ、満身創痍の彼らに治癒魔法をかけた。

威厳ある言葉にグレヴィオは剣を握り直し、体の痛みも消えた上に大きな戦力を得た兵士達はわあっと沸き上がる。

潰えかけた心は今一度集結し強固となる。未だ混乱の最中にある敵陣を迷いなき眼で見据える心に呼応するかのように鬱屈した曇天の隙間から日差しが降り注ぎ、二人と一匹を照らした。

さながら救世主を描いた絵画のような姿に、兵士達も自ずと武器を握りしめた。この戦は負けぬ、勝てる。任せるのではない。支えるのだ。沸き上がる感情に突き動かされるよう兵士達は二人の前に歩み出る。

先ほどの恐怖はもうない。泥や血で汚れているもののどこかすっきりした表情の彼らにグレヴィオ達は一瞬目を見張ったが、フッと笑みを零した。



「皆の助けに感謝する──必ず、決着をつけよう!」


「共に参りましょうぞ!」


「全軍──突撃ィ!!」


混沌とする戦場を裂く号令を皮切りにフィリアスタ軍は反撃を開始した。スノヴィリオンが斧と魔法で前線を抉じ開け、グレヴィオの重い一撃で敵兵を蹴散らし、ノクティヴェールの魔法で負傷した兵を即座に守る。

絶望的に追い込まれていた戦況は二人の連携によって大きく反転した。皇帝率いる軍に合流し、敵指揮官を討ち取っていき状況を一変させる。

二人と一匹による快進撃によりあっという間に不利になったスラドリク王は撤退を企てるも、悲しきかな、囮にしようとした直属の兵士に裏切られ退路を塞がれてしまった。

ついに王の陣地へ到達すると、スノヴィリオンが魔法で氷の壁を築き、逃げ道を完全に断つ。スラドリクに忠誠を誓っていた兵も次々倒され、フィリアスタ軍の勝利は確定的となった。

自棄になったスラドリク王は最期の抵抗を試みるも孤立した一人の男が出来る事などたかが知れており、あっけなくスノヴィリオンとグレヴィオにより討ち取られた。


突如世を巻き込んだ戦いはスラドリク王の死をもって、フィリアスタ軍の勝利で幕を閉じたのだった。


戦後、被害を受けた町の復興やかどわかされていた者達の救助が済み落ち着きを取り戻した頃、皇帝は直々にクリスタリア家とヴァレンティア家に感謝の意を伝え、大きな恩賞を与えた。

皇女ラーヴァルテの窮地を救ったスノヴィリオンとノクティヴェールは特に評価され、ラーヴァルテからの強い要望とグレヴィオの推薦もあり皇女専属の守護を任命されることとなった。

これにより皇族との繋がりを持つようになったクリスタリア家は、ヴァレンティア家と共にフィリアスタ帝国を支えていったという。





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