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09

 途中、どうしても耐えられなくなり、脇道に入った。大きく迂回して駅へ行くつもりだった。なんでこの解決策がすぐに思い浮かばなかったのかと、またしても自分を責めた。

 と、脇道に入ってすぐの所、植林の陰に隠れるように、制服女子がうずくまっていた。一目で、緊張のために体調を崩したのだと知れた。

 見捨てるつもりだった。だが、一吉、本質は善良な男だった。そこまで腐ってはいないと発憤したのである。

 それに、その受験生女子の後ろ姿、なんとなく見覚えがあったことも作用した。

 近寄ると果たして、(みやこ)(かすみ)女史だった。

 京霞。通称、霞姫。前・女子排球(バレー)部主将。チームを全国まで引っ張っていった女傑で、言うまでもないことだが、目も眩まんばかりの美少女だった。

 普段なら多数の男子選良民が彼女を取り巻いている。一吉とは身分違いだし、そもそも組も違うし、つまり縁が完全にない。そう、相手は、喩えるなら背中に白い翼のある、まったく別次元の存在だったのである。その彼女が、地に、目の前に、一人でうずくまっていたのだ。

「京さん……」

 とりあえず一吉は、恐る恐るそう声をかけた。霞姫は振り向いた。苦しげで、あからさまに訝しげな表情だった。自分は、無名な男だった。なかば焦って説明の言葉を続けた。

「三年梅組の平です。就職組です。就職説明会の帰り道です。偶然、見かけたものですから……」

「……」

 無言だったものの、姫の表情が幾分ほどけたのがわかった。

 一吉、ここでやらなきゃ、いつやるのか、だった。

「緊張で体調が崩れたのですね。いいですか、俺……ぼくを信じて、深く呼吸して下さい。大丈夫です。ぼくには心得があります……」

 とたん、だった。彼女の目に光が点ったのである。

「……思い出した。君、針の平君ね」

 これで一気にやりやすくなった。同時に、大きな感激にまみれたのである。

 この自分を知っていてくれた!

 一吉、制服の中で肉体が奮い立つ。それは勇気と、絶対の意気込みだった。そう、一吉は――

 嗚呼、一吉は――

 霞の呼吸を整えさせると、細心の注意を払って、秘伝・“一ノ毛”を施したのである!

「痛ッ……あれ、あれれ……」

 決まった! 天女が、目を丸くさせている。一吉は胸の鼓動を必死に押さえつけ、

「しばらく安静に。大丈夫、ほんの一、二分です……」

 そしてその通り、数分後、霞を完全に立ち直させることに、成功していたのである――


「ありがとう。もっと早く、君のコト思い出せたらよかったのに。感謝する。この恩、絶対忘れないから」

 なんと美しい声だろう。そして、なんと、一気に春が到来したかのような、圧倒的で華やかな笑顔なんだろう。今回、英雄たりえた一吉だったが、まともに目を合わすことができないというものだ。かろうじて、

「試験、頑張ってください……」

 とだけ。それが精一杯のことであった。

「見てて、絶対合格してみせるよ!」

「はい。それは、もちろん、はい――」

 がっと、顔が熱くなって、言葉が出てこない。

 二人は先ほどの道で右、左へと別れた。霞姫は高校の門へ。そして、煙丸は駅の方へと。

 平君! という大きな声が背中に聞こえた。振り返ると、ちらつく雪の中、凛々しい表情の彼女が、胸の前で右こぶしを握り、次いで鋭く力強く、天に突き上げて見せたのだ。反射的に、一吉もまた拳骨を振り上げる。力を込めて、腕を振るわせる。歩きながら、振り返りながら、二人して、何度も、何度も。

 俺の代わりに、彼女がやってくれる……!

 再び駅に歩き始めた一吉に、もはや恥も不安も、なにも存在しなかった。彼は逆に胸さえ張って、堂々と、大股に歩き始めたのであった。


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