07
二月下旬。冬が峠にさしかかった頃。一吉は、中学校の卒業を待つ身であった。
この時代、卒業生の進学組と就職組の比率は半々で、年々進学組が増えつつある情勢だった。
一吉は就職することになっている。むろん、将来は煙丸を継ぐ予定であったが、親父の考えで、数年の間、外の風に揉まれることになったのだ。
就職先は、県庁所在地のC市にある合板工場だった。第四土曜日、就職説明会に出席するために、一吉は一人で汽車に乗った。
町から二時間かけて、数年ぶりに訪れたC市は、記憶より一層の華やかさだった。降る雪の中、一吉は緊張でじわりと汗をかいたほどである。案内の紙片を何度も見て、不安に胸を締め付けられながら乗合バスに身を投じた。車掌にこわばった顔で行き先を確かめると、時節柄、瞬時に事情を悟ったのであろう彼に、励まされるように肩を叩かれたのであった。
一吉の恐怖は、目的地でバスを降り、意を決して工場の敷地内に入った時が頂点だった。右足から踏み出せばいいのか、左足からか踏み出したらいいのか、迷いに迷った。就職希望者向けの案内の看板に誘導されて一つの部屋に入室したとき、心臓がどうかなりそうだった。そこにはすでに何人かの学生服姿がいたのだが――実際はどうだったのか知らぬ――一吉の目には皆、いやに落ち着いたふうに見えたものであった。
ところが、緊張のまま説明会を受けてみると、これがたいしたことなかったのだ。工場担当者の人柄なのだろう、会は、和やかな雰囲気のまま進行し、そして終わった。皆と一緒に一吉は夕食をご馳走になり、工場側が用意してくれた旅館に泊まった。
そこでは同僚となるはずの仲間と話が盛り上がりもした。誰もが緊張していたと告白した。笑いあった。勢いのまま一時、外に繰り出そうか、となったが、ここで万一不始末をやらかしたらまずいという慎重派が多数を占め、惜しみながらもただ寝るだけとなった。
余談になるが、外に繰り出そうと最初に提案したのが、将来、怪人・色坊主と称され、煙丸最大の競争者となる、極端に毛の薄い、寺あがりの少年であったことは、まさに奇縁と言えることであろう。
なんにしても一吉にとって、今日という日は、明るい未来が見えた有意義な一日だったのである。