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実を言うと、一吉は小学中学年のころから、自分の体中の毛を抜いていたのである。頭髪にはじまり、眉毛、まつげ、指や腕の産毛、足の毛などなど。
一度まつげを一本残らず引き抜いてしまい、周囲を呆れさせたことがあった。先生や級友たちが訳を聞いても、がんと口を噤んだ。幼いながらも、平家の秘伝というものを大事に思う気概を持っていたのだ。
小学高学年ともなると、色々な毛が生えてくる。一吉はそれらを引き抜き続けた。
鼻毛を抜いた。一つの鼻穴から、鼻じたいが裏返しになって出てきてしまいそうな痛みだった。
脇毛を抜いた。しみじみ見ると、臭かった。汗だろうか脂だろうか、とにかく黄色いものが毛の表面にこびりついて固まっており、これが匂いの元と考えられた。風呂に入ったら、脇もしっかりと洗おうと思った。
陰毛を抜いた。臍の下の毛で、これは期待したほどのものでもなかった。
尻毛を抜いた。毛の根っこにつながっている血管ごと引き摺り出すかのような猛烈な痛みに涙が出た。
結局の所、引き抜いた際の痛みがただあっただけだった。遠い日のあの波紋のような感覚を、ついに自得することはなかったのである。
喜兵衛のもとでの二年間で、初めて一吉は開眼した。つまりはそれほど難しい術だったということである。一吉は身の内に快い達成感を感じていた。興奮で身体が震えた。無敵感に有頂天になった。
こと毛抜きに関しては、ひょっとして親父を抜いたかもしれないのだ。
こうなると、どうしても自分以外の人の毛を抜きたくなるのが人情である。
ただし、両親以外の誰か、である。親に施しても面白くも何ともないではないか。特に親父は失敗すると厳しい言葉を投げつけてくるので、いよいよ敬遠したい。
であるから、できたら他人が望ましい。
と言って、秘伝であるからにして、毛を抜く訳を話すわけにはいかぬ。ところが他人というものは、訳を知らずして、まず絶対に毛という物を抜かしてはくれないのであった。