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小吉郎の父、名を喜兵衛という。
平の一族は北の地方で代々、屋号『煙丸』を掲げる針使いであり、ことに喜兵衛は歴代の中でも名人と謳われた人物であった。
三年前のことである。幾多の縁が重なり、喜兵衛・煙丸当代は、東京にて、銭右衛門の体に針を打つ機会を得た。そのとき小吉郎が助手として付き従っていて、さらにはそこに、銭右衛門の一人娘、佐恵が顔を見せていた。これが、小吉郎と佐恵、二人の初めての出会いとなった。
それから半年たって、はり師の国家免許を取得するために、小吉郎は再び上京した。そこで、彼は二度目の出会いを果たすことになる。
外で遅い晩飯を食い、旅館に戻る途中、路地裏で嘔吐している女性を見かけた。小吉郎は一旦はそのまま通り過ぎたものの、本質は善良な人物である彼は、結局見過ごしにはできなかった。そしてこの女こそ、佐恵だったのである。
小吉郎は佐恵を助け、旅館まで運び、空き部屋を調達して休ませることに。
その間に事情を聞き出したところ、彼女は堕胎し、退院した直後の体だということを知るのだった。
小吉郎は意を決し、首筋の見える部分に針を打った。
去り際、処方と氏名の書き置きを残したのは、はり師としての責任感からだった。
翌朝、様子を窺いに来たところ、彼女は既におらず、書き置きの紙もなくなっていた。
数日後。
小吉郎は試験にめでたく合格し、形として免許を無事に得ることができた。朴訥な男は興奮で震えた。身体に力が漲り、覇気が発散した。やっと一人前になれた気がした。
折よく、佐恵が訪ねてきた。
彼女は体が本復していたばかりか、アルコール依存の意識もなくなったと、嬉しい報告をした。
小吉郎。名人の子は、やはり才を受け継いでいたのだ。
それから一ヶ月後、若い二人は駆け落ちしたのだった。