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ときは昭和の時代。戦後のころ。季節は、まだ雪の残る春先のことである。
東北地方はA県、その北域の山地の中に拓かれた、林業で活気ある町が、B町であった。
そこに住まう鍼医、平家に、子が生まれた。
新米の父母となった若き夫婦は、傍目から見れば喜劇的な熟考ののち、三日後に漸く子に名を与えた。
「一吉……」
口の中で何度ももごもごとその音を繰り返した岳父、三島銭右衛門は、今は子の母となった娘、佐恵から赤子を抱き取ると、やっと笑顔を見せたのだった。
「これ……かずよし。かずや……じじだよ……」
一吉はふぎゃあと泣き出した。
笑いながら佐恵に返し、銭右衛門は娘の夫、小吉郎に向き直る。商用にかこつけて、たまさかの体を装って、このような田舎にまで出張ってきた彼ではあったが、ここに来て押しも押されもせぬ豪商の貫禄を取り戻し、
「……娘と孫を、くれぐれも頼む」
と、重々しく声をかける。
平小吉郎はその名の通り、古畳に平たくなって、頭を下げたのだった。