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私と息子

作者: 柿井優嬉

 私は山科遥人。柔道家である。

 残念ながらメダルはあと一歩で獲得できなかったもののオリンピックに出場し、現役からの引退間もない先月には母校の大学の監督に就任した。今のところ、幸せな人生だと言えるだろう。

 ただ、現在一つだけ悩みがある。息子との関係だ。

 小学生でもう大きい息子とは、特に晩ご飯のときにそばにいる時間が長く、会話をするチャンスなのだが、黙々と一言も発することなく食すので、こちらも声を出しづらい。

 私は現役時代は頭の中はすべて柔道のことで、何ら構ってやれなかったし、父親が有名人だと学校で同級生にからかわれたりするだろう。なので私を嫌っているに違いない。

 それに息子は少々太っていたのだけれど、ちゃんと食べているのに最近やせてきていることも気がかりだ。やはりいじめられたりして、精神的に参っているからではなかろうか。

「あなた、お腹が出てるわねえ」

 妻が言った。

「ああ、うん」

 私は最重量級だったので減量とは無縁で、反対に限界近くまで食べていた。それでも運動量も半端ではなかったために肥満体型ではなかった。しかし、元スポーツ選手にありがちだが、散々体を酷使してきたからもう体を動かしたくない一方、現役時代のたくさん食べる習慣は抜けない。それで体重が増えてしまったのだ。

「気をつけるよ」

 そう言った直後だった。

「お父さん」

 息子の将遥が口を開いた。

「ん?」

 何だ?

「お父さんさ、現役時代、『毎日、明日死んでも後悔しないように柔道に励んでいる』って言ってたよね?」

「え? ああ……」

 そう、確かに。でも良くない言葉だったなと反省したんだ。養う家族がいるのに、と。

「だから僕も見習ってさ。毎回、明日死んでも後悔しないようによく味わって食事を摂るようにしたんだ。それでゆっくりしっかり噛んで食べるようになったから、やせてきたんだよ。だからお父さんも同じようにすればいいと思う」

「……そ、そうか」

 だから、食べることに集中していたから、ご飯の時間にしゃべらなかったのか?

「それから、気恥ずかしくて言えなかったけど、現役ご苦労さま。監督も頑張ってね」

「……ありがとう」

 幸せと言えるだろうどころじゃない。私は最高な幸せ者だったようだ。

 目に涙があふれてきた。


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