第57話 もし、やりなおせるなら
七志は鉛のように重い瞼を持ちあげた。
ここは……。
俺は……。
目を見開き、ゆっくりと体を起こしていく。
目の前には草木が覆い茂っている。
見慣れたビル街でも公園でもない。
ここはどこだ?
記憶を辿ろうとしたが、頭が混乱してうまく思いだせない。
なにが探ろうそすればするほど頭痛が激しくなる。
失っていく……。
そんな感覚に襲われた。
大事ななにかを失って……。
それはなんだっけ?
考えようとした矢先、銃口を側頭部に向けているのに気づいた。
俺は一体なにを……。
あっ、思いだした。
銃口をそのままに目を閉じ、感情を巻きもどしていく。
捨てられ続けた人生に嫌気がさし、自らの手で終わらせようとした。
自分で自分を殺す——。
最後の殺人を目論んだ。
そのあと誰にも見つからないよう山奥に入り、拳銃自殺しようとした。
それから?
首を傾げた。
……。
つい先ほどまでなにかあった気がする。
大事ななにか……。
それは……。
?
覚えていない。
それどころか、なにか起こったかどうかさえわからなくなってきた。
拳銃を側頭部に当ててからいままで、どれくらい時間が経過したのだろうか。
ふと考えた。
……記憶がない。
だが、長かった気がする。
その証拠に肉体の疲労感が凄まじい。
殺しの依頼を遂行する以上の肉体的、精神的疲労を感じる。
思いださなければならない。
本能が告げる。
だが、いくら記憶をさぐっても頭が真っ白でなにも発見できなかった。
もういい。
やろうとしたことを成しとげよう。
引き金に当てた指に力を入れる。
ぐっと指を引けば間違いなく死ぬ。
それを願い、ここまでやってきた。
それなのに指が動かない。
死を拒否するように右手が拳銃を側頭部から離した。
死ねない。
拳銃を腰に戻し、両手で思い切り頬を打つ。
もし、やりなおせるなら……。
真っ白な記憶のなかに浮かんだ。
逃げずにちゃんと確認したい。
俺を殺そうとしたのかと——。
そのために桐谷に会いに行く。
七志は山道を走った。
—— 終 ——
全57話、おつきあいいただき、ありがとうございました。
今回の更新で終了となります。
次作も読んでいただけたら、とても嬉しいです。
また、すでに連載を終えた作品も読んでいいただけると、なお嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。
こみる




