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第55話 加速する不幸

 藤田は土蛇が崩壊する様を固唾かたずを飲んで見守った。


 崩壊……。

 問題はそのあとだ。


 崩壊したあとに七志が残っていれば、消滅は失敗。

 再び戦うことになる。

 だが、もし姿なければ……。


 藤田は目を凝らした。


 土蛇がどんどん崩壊し、土が地面に落ちてかえっていく。

 そのなかに七志の姿を探した。


 ……。


「や、やった……」


 口から言葉がこぼれた。


「やった、やったぞ。邪魔者は消えた」

 

 完全に崩壊した土蛇の残骸ざんがいである土には、誰の姿もない。

 

 七志は消滅した。

 もうあやつはこの世界にはいない。


 藤田は両手をあげた。


 これで心置きなくこの世界にやってきた者を探し、仲間にすることができる。


 開放感を抱きながら空を見あげた。

 漆黒の雲が落下しはじめている。


 あの辺りだ。

 よし、行ってみよう。


 ゆっくりとした足取りで進んでいく。


 もう焦らなくていい。

 邪魔をされないかと警戒する必要もない。

 やりたいようにできる。

 一緒に行動する仲間を作り、そこでリーダー的存在になってみんなを率いていく。


 心に余裕ができたせいか次に出会う者の姿を想像したり、どうやって信頼を得るか計画を練ったりした。


 綾香ちゃんのときは、土蛇から守ったのが一番効果があった。

 この手をまた使おう。


 綾香のことを思いだし、少ししんみりとした気分になった。


 あいつさえ現れなかったら、綾香ちゃんはいまでもわしを慕ってくれていたのに。


 怒りがわきあがってきたが、ぶつける相手はもういない。

 気を取り直そうと首を横に振った。


「さぁ、仲間を探しに行こう」


 怒りと寂しさを振りはらい、しっかりと前を向いた。

 意気揚々と歩いているさなか、大地が揺れた。


 まずいぞ。


 次に起きる現象に身構える。


 大地が波打ち、土が盛りあがっていく。


 これまでの経験上、土蛇に変形する前に姿を隠せばかなりの確率で難を逃れられる。

 それに気づいてからは、岩場や枯れ並木などの視界を遮るものがある場所をなるべく選んで行動した。


 どこか隠れられる場所は……。


 慌てて周辺を探った。

 少し離れた場所に枯れ並木がある。

 土蛇になる前に逃げなければと走りだす。

 それとほぼ同時に音が聞こえた。


 もう土蛇に変形してしまったのか !?


 振りかえる余裕はない。

 土蛇になって追ってくると想定して逃げる。


 わしの体力では逃げきるのは無理だ。

 助かるには七志がやったように他の誰かを襲わせるしかない。


 辺りを見渡した。

 誰もいない。


 他に方法はないだろうか。


 必死に考える視界の隅に枯れ木が入ってきた。

 それを見てひらめく。


 木に登ってやりすごせないだろうか? 

 よし、だめでもともと一か八かやってみよう。


 力の限り枯れ木に向かって走っていく。

 常に背後から土蛇が這う音が聞こえてくる。

 最初は小さかったが、いまはかなり大きい。


 すぐ近くまできている。


 焦りが足に絡みつく。

 下半身が止まり、上半身は前へ進もうとしてバランスを崩した。

 手より先に顔が地面につく。


 襲われる!


 恐怖と戦いながらどうにかして立ちあがった。

 目的の枯れ木まであと少し。


 走る。


 枯れ木に触れようと手を伸ばす。

 あとは登るだけというところで気配を感じて振りかえった。

 土蛇が鎌首をもたげた状態から急降下してくる。


「わぁぁぁぁ」


 逃げ場所はない。

 藤田にできるのは叫ぶことだけだった。


「消滅したくな……」


 土蛇が藤田を飲みこんだ。


 

 ※※※


 人生に目的も意味も見出せないまま、藤田は生きている。

 日々のアルバイトや家事は雅美たちを潤すだけで、藤田にはなんの恩恵もない。

 やらなければ罵声ばせいを浴びせられるから仕方なくやっているだけだ。


 いつかは解放される。


 この言葉を心の支えにして解放のときを待つ。

 それがいつかはわからないが、最悪でも藤田に死が訪れれば確実に解き放たれる。

 そう考えると気が楽になった。


「あたし、結婚するから」


 美紅瑠みくるが雅美と義母に報告をした。


「そう、やっと日取りが決まったのね」

「小さいけど建築会社の跡取りだから、いい暮らしができるわね。安心だわ」


 雅美と義母が嬉しそうにしている。


 その様子を見ながら藤田は不愉快な気分になった。

 結婚に至る経緯をなにひとつ知らない。

 婚約したという話など聞いた覚えがないし、恋人がいたのも初耳だ。

 だが、雅美たちはなにもかも知っている。


 父親だと思われていない。 


 わかっていたつもりだったが、それでも傷つく。


「ママ、ばあば。結婚したら新居に遊びに来てよ、歓迎するから」

「もちろん行くわ」

「あちらのご両親もとても感じのいい方だから、また会えるのが楽しみね」


 藤田を完全無視し、三人で盛りあがっている。


 結婚相手はいい人なのか?

 結婚式はいつだ? 

 新居はどこでいつ引っ越すんだ?


 聞きたいことが山のようにある。

 だが、それらを全部飲みこんだ。

 聞いても答えてくれないという悲しい現実を味わいたくない。


 美紅瑠の結婚に関する全てのことを聞かぬふりをし、いつも通り暮らした。


 半年後、美紅瑠は結婚して家を出た。

 これで家に残るのは雅美と義母のふたり。

 不摂生な生活をしているにも関わらず、どちらも元気だ。

 とても死にそうにない。


 この調子だとわしが先に死ぬな。


 半分冗談に思っていたところ、健康診断で要再検査と診断された。

 具体的な病名や進行具合など、より詳しく調べるには検査入院の必要がある。

 そのためには金が必要だ。


「大きな病院で検査をするように医者から言われたんだ。

 だから、まとまった金が……」


 勇気を振りしぼって話を切りだす。


「えっ、なんの病気? 余命は?」


 雅美が興味津々に聞いてくる。

 口調からして藤田の体調を心配している感じはしない。


「いや、それをこれから調べるんだ」

「なぁんだ、余命宣告されたのかと思ったのに」


 雅美の言葉を聞き、耳を疑った。


 夫が病気かもしれないのに心配しないばかりか、なぜか余命を気にしている。


 まさかと思った。


 これまでの雅美の言動を考えると、そのまさかが当たっているような気がしてならない。

 外れてくれと思いながら雅美を見た。

 ものすごく残念そうな顔をしている。


 わしが死ぬのを願っているのか。


 悲しすぎて涙すら出ない。


「体が悪くなったら働けなくなるだろう。

 だから、早いうちに病気を治したいんだ。

 だから、金を……」

「行かなくていい」


 雅美が吐き捨てるように言った。


「なんだって?」

「聞こえなかったの?

 病院に行かなくていいって言ったのよ」

「どうして?」

「検査や入院ってお金がかかるじゃない。

 そんな無駄な出費は認めないよ」

「わしが働けなくなったら収入がなくなるんだぞ。それでもいいのか」


 藤田はいつになく強い口調で言った。


「いいよ。

 働けなくなるくらい病気が進行したのなら、近々死ぬってことでしょう。

 だから平気」


 雅美が真顔で答えた。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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