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第54話 光の玉

 ——おまえ、後悔していないか?


 七志は桐谷からの問いかけの答えを考えた。


 イエス、か。

 ノー、か。


 その返答次第で俺の命運が分かれるのか?

 ……いや、どちらでも結果は同じ。

 桐谷はすでに俺への態度を決めている。

 だから、ここに呼びだした。


 七志は息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「殺し屋を辞めたこと後悔しているのかって?」

「ああ。殺ししか知らないおまえから仕事を取ったらなにが残るんだ」


 桐谷の言葉を耳にし、やはり殺し屋を辞めるのを認めるつもりはなかったんだと感じた。


 じいさんを使っての殺害に失敗したから、俺を引き止める作戦に変更したのか。

 それとも、桐谷自ら俺を始末しようとしているのか。


 桐谷の様子をうかがった。

 手にした拳銃を舐めるように見ている。


「なにも残らない。でも、それでいい。

 どうせ俺はもとからなにもなかったんだからな」

「……なにもなかったおまえにいろいろさずけた俺が恨めしいか?」

「いや、別に」

「そうか、それならいいんだが……。

 本音のところ、俺は後悔してる。

 この世界に否応いなおうなしに放りこんでしまったからな。

 だから、責任は取るつもりだ」


 責任とはなにかと聞こうとしたが、質問を飲みこんだ。


 殺し屋を辞めると言った俺の後始末。

 それは……。


 少しの間、息を止めた。


 無用となった俺をじいさんを使って殺すこと。

 それが桐谷の責任の取り方なのか?


 止めていた息を一気に吐きだす。


「俺のことは放っておいてくれ」

「……死ぬつもりか?」


 ドスの効いた声で桐谷が言った。


「いや……」

「だったら、しっかりハジキの手入れくらいしろ」


 桐谷が拳銃を投げてよこした。

 指摘通り、老人を殺した日以来、拳銃の手入れをしていない。

 殺し屋を引退したら手放すつもりでいたから放置していた。


「殺しを辞めたからといって殺されないことにはならない。

 今後、おまえは死ぬまで己の命を守る日々が続くんだからな」

「ああ、身を持って知ってるよ」


 七志は拳銃を腰に差した。


「やはり狙われたか」


 桐谷が顎に手を置き、うなり声を発する。


 なにをとぼけているんだ。

 あんたが狙ったんじゃないか。


 腹を割って聞こうかと思った。

 だが、おそらく話をはぐらかすに違いない。

 聞いても無駄だ。


「また狙われるだろうから気をつけるんだぞ」

「ああ」


 返事をしながら、また誰かに殺害依頼をするのだろうなと考えた。


「おまえが殺し屋を辞めたいという意志を尊重したけど、あのときの決断を後悔している。

 嫌われてでも止めるべきだったって。

 なぜかわかるか?」


 俺を殺そうとじいさんに依頼したのをやりすぎたと思ったのか?

 それとも、殺し屋をひとり失って稼ぎが激減したから?


 理由が浮かんでくる。


 正解がなんであっても構わない。

 知りたくもない。


 七志は桐谷から目を逸らし、唇を噛んだ。


「殺し屋を辞めた奴の末路は悲惨だ。

 おまえも知っているだろうが、あの老人……」

「聞きたくない!」


 七志は桐谷の言葉をかき消そうと大声を出した。


「いやでも聞け、現実を直視しろ。あの老人の……」

「やめてくれっ」


 七志はアジトを飛びだした。


 ——おまえも知っているだろうが、あの老人……。


 その先に続く言葉が頭に浮かんでくる。


 あの老人におまえを殺すように依頼した。

 なぜなら、おまえを通して俺の情報が漏れるおそれがあるから——。


 桐谷の口から真実を聞くのが怖い。

 また命を狙ってきてもいいが、なにも知らせずに殺してほしい。

 その反面、真実を桐谷から直接聞きたい気持ちもある。


 死んでほしいならそう言ってくれ。

 誰かの手を借りず、自ら手を下してほしい。

 桐谷が死んでくれというなら喜んで死ぬ。

 桐谷に拾われたこの命、失っても全然惜しくない。


 でも……。


 七志は右手で思い切り胸元を叩いた。


 桐谷に命を狙われ、怒りや恨みを感じない

 ただただ、悲しくて寂しい思いが溢れる。


 また捨てられるのか。


 七志は両親に捨てられたが桐谷に拾われた。

 だがその二十年後、桐谷は老人に殺害依頼することで七志を捨てた。


 捨てられて、拾われて、再び捨てられて……。


 脳裏に歯を剥きだしにして吠える柴犬が浮かんだ。

 再び拾われることなく、犬にも見捨てられた。


 もう二度と誰からも捨てられたくない。

 そのためにするべきことはひとつ。

 あと一回だけ捨てられるのを我慢すればいい。


 自分で自分を捨てる——命を絶つ。


 人知れず死ぬのに最適な山がある。

 そこへ行き、誰も足を踏みいれそうにない場所で死のうとした。

 拳銃を側頭部に押しつけ、目を閉じる。


 これが最後の殺しだ。

 俺が俺を殺す——。



 ※※※


 引き金を引けば終わるはずだった。


 なのに……。


 体の隅々まで浸透していた死への願望が、霧が晴れるように薄くなっていく。


 この世界にやってきて予想外の出来事が連続して起きた。

 それに対処するのに必死で、現実世界にいた頃ほど死への渇望かつぼうはない。

 完全消失したわけではないが、他にやるべきことができて優先順位が変わってしまった。

 藤田を殺すという望みを叶えるために行動したが、失敗に終わりつつある。


 俺、このままどうなってしまうんだろう。

 また脱出するのか、それとも消滅してしまうのか。


 考えを巡らせようとしたとき、ふと柴犬の姿が脳裏に浮かんだ。

 犬はしきり吠えたあと、突然逃げさった。


 次に七志と言い争って協力関係の解消を告げて背を向けた綾香の姿が現れ、すぐさま消えていく。

 

 誰もいなくなった脳裏に突如として桐谷が出現した。

 なにか言おうと口が開いていく。

 七志は強い拒否感を発した。

 すると、桐谷がすっと後ろに遠ざかり、小さくなって完全に消えた。


 消滅してしまったら二度と会えない。

 どれもこれも最悪な別れだ。


 なんともいえない後味の悪さを感じる。

 この気持ち悪さは耐え難いが、もうすぐ消滅するなら問題ない。

 だが、消滅という現象は肉体にだけ作用し、心は除外されるとしたら最悪だ。


 もし、心が生き残ったら後悔するんだろうな。


 あのとき——。

 言葉が通じなくても犬に謝っていれば、少しくらいは心が軽くなったかもしれない。

 

 あのとき——。

 綾香との言い争いを面倒くさいの言葉で逃げなければ、もっと違った関係性、別れがあったかもしれない。

 

 あのとき——。

 桐谷の言葉を聞き、直接本当のことを問いただしていたら、死を望まなかったかもしれない。


 過去の後悔が頭を埋めつくしていく。


 あのとき……。


 どんなに後悔しても、ああすればよかったと考えたところで全て手遅れ。

 失態を認め、受けいれるしかない。


 でも、もし……。

 

 時間を戻せるとしたら今度はどうするんだろうな。


 考えるまでもなく答えが浮かんでくる。

 それを照らすように頭上がまばゆく光った。


「なんだ?」


 上を向いた。

 野球ボールほどの大きさの玉が光り輝いている。


「もしかして、あれが光の玉なのか!?」


 目を見開き、光の玉を見つめた。

 正体不明だが、玉全体から暖かな雰囲気を発している。

 眺めているだけで心が暖かくなる感じがした。


 触れたい。


 これまでに味わったことのない未知の感覚に警戒するどころか、進んで近づきたくなる。

 自然と右手をあがった。


 光の玉をつかもうと手を伸ばす。

 指先が玉に触れ、一気に手のひらで包みこむ。

 一瞬にして光が消え、闇に染まった。


 なにも見えない、聞こえない。


 肉体の感覚が失われていく。


 これが消滅なのだろうか。

 ああ、きっとそうだ。

 心にこびりついた葬り去りたい記憶や、忘れたい感情から解放されていく気がする。


 ああ、そういうことか……。


 光の玉というのは、消滅するのに必要な条件のひとつだったんだ。

 いまさら判明したところでどうしようもない。

 俺はじいさんに対抗するのに失敗し、消滅するんだからな。


 失敗、負け……。

 以前なら悔しくてたまらなかっただろう。

 だが、不思議とそう感じない。


 終わった。


 大きく息を吐いた。


 でも、もしやりなおせるなら……。


 意識がもうろうとし、七志はなにも考えられなくなった。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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