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第53話 桐谷からの呼びだし

 七志は深く長いため息をついた。

 何度ため息をついたところで、心の重さは改善しない。

 それどころがより一層、重くなるばかり。


 ふぅ。


 息を吐き、寝床から起きあがった。

 いつもなら起床早々、空腹を感じる。

 だが……。


 ちっとも腹が空かない。


 ところが、体が勝手に動きだす。

 身支度を整え、コンビニ向かった。

 店内では少しの迷いもなく、いつもと同じあんぱんと牛乳を購入。


 コンビニ袋を提げて公園へと向かい、馴染みのあるベンチの前で足が止まった。

 重い腰を下ろし、コンビニ袋からあんぱんを取りだす。

 

 食欲がない。


 老人を殺して以来、飲み物以外なにも喉を通らなくなった。

 それでも習慣的に食料を購入しては食べずに捨てることを繰り返している。


 いま襲われたら確実に死ぬな。


 七志は深いため息をつく。


 あんぱんを手にしたまま呆然としていると、視界の隅に柴犬が入ってきた。


 犬っころ……。


 最後に犬を見たのは老人を殺したあの日だ。

 それ以降、姿を見かけていない。

 餌をもらう者を失い、野垂れ死にしたのだと思っていた。

 それだけに、無事な姿を見てほっとした。


 あんぱんを袋から取りだしてふたつに裂き、その一方を手に持って犬に見せる。

 餌欲しさに寄ってくるだろうと思いきや、いつまで待っても動かない。


「犬っころ、来い。ほら、あんぱんだ」


 あんぱんを振って見せる。

 だが、犬は七志を見つめるばかりで微動びどうだにしない。


 仕方なく七志はあんぱんを犬のいるところに投げた。

 あんぱんが犬の目と鼻の先に落ちる。

 犬はそれをちらりとも見ず、ひたすら七志に視線を送っていた。


 どうしたのだろうと七志はベンチを立った。

 まっすぐ犬のところへと向かう。

 ある程度まで近よったところで、犬が動きをみせた。

 毛を逆立て、牙をきだしにして吠える。


「おい、どうしたんだ」


 七志が近づくにつれ、犬はより一層音量を上げて吠えた。

 鳴き声に激しい怒りを乗せてぶつけてくる。

 七志はそれを真正面から受けた。


 飼い主を殺されて怒っているのか?


 七志は足を止めた。


 悪かったな。


 思いもよらない言葉が心に浮かんだ。

 殺した奴や関係者に対して、これまで一度だって謝罪の思いなどなかった。


 七志は手にある残り半分のあんぱんを足下に置こうとした。

 それを狙ったかのように犬が突っこんでくる。

 食欲に負けてやってきたのかと思いきや、あんぱんに見向きもせず七志の手にかぶりつく。


「痛っ」


 反射的に噛まれた手を引っこめた。


「うううううっ」 


 犬が七志を見あげ、いまにも噛みつかんばかりの勢いでうなり声を発する。


 おまえも俺が憎いのか?


 七志は手を犬の目前に差しだす。


「うううううっ」


 唸り声は止まらない。


「ほら、噛め。俺を殺せ」


 犬は七志の手をじっと見つめたあと、突然走りさっていった。


 どうして殺さないんだ? 

 敵意を向けるより、ひと思いに殺してくれ。


 七志はその場にうずくまった。



 老人を殺してから一ヶ月が経過した。

 そのあいだ誰からも命を狙われず、また殺しの依頼もなく、普通に生きている。

 長年願ってきた誰も殺さず、殺されることのない生活を送っている。

 それなのに以前よりも心が重く感じ、生きているのか死んでいるのかよくわからなかった。


 日々なにをするでもなく街中をさまよい、酒浸りな生活を送りつづけていたある日——。

 久々にスマートフォンが鳴った。

 ディスプレイに桐谷を示すアイコンが表示されている。


 なぜ、桐谷が?


 最後の仕事を受けたとき、成功したら二度と連絡しない、縁を切ると桐谷が言っていた。

 普段から約束を守るだけに疑念がわきあがってくる。


 応答すべきかどうか悩んでいるうちに着信音が止まった。

 ほっと胸を撫でおろしたが、心の片隅に不安がこびりつく。

 

 一ヶ月も音信不通で放置していたのに、どうしていまになって呼びだしたりするんだ? 


 再びスマートフォンが鳴った。


 桐谷からだ。


 桐谷の意図を探るには電話に出るしかない。

 だが、嫌な予感がする。


 七志は頭を抱えたくなった。


 無視したところで、桐谷から永遠に逃げられやしない。

 応答するしかないか。


 恐る恐る通話ボタンを押した。


「アジトに来い」


 桐谷は要件を一方的に言い、返答を聞かずに電話を切った。


 従うのは今日で終わりだ。

 決着をつけてやる。


 七志は気を引きしめ、家を出た。


 アジトに向かう道すがら、記憶に深く刻まれた決して消えない記憶がよみがえってきた。

 老人を殺そうとしたときに交わした言葉が脳裏に浮かんでくる。


『わしを殺せと命令した奴。そいつにわしは頼まれた。

 兄ちゃんを殺せってな』 


 桐谷への警戒心が膨れあがっていく。


 アジトに到着し、ドアを開けた。

 ソファーセットに座る桐谷をしっかりと目でとらえながら、七志は向かっていく。

 腰に差した拳銃を抜きだし、銃口が自分側にくるようにテーブルに置いた。

 その様子を見ていた桐谷がふっと笑みを浮かべる。


「そんな風に置けとは一度だって教えた覚えはないな。

 えらく信用されたもんだ。

 養父冥利に尽きるな」


 桐谷が目元にそっと手を当てる動作をした。

 それが涙を拭くといった芝居に見えて仕方がない。


「心にもないことを。

 あんたがその気になれば、銃口がどちらに向いていようが俺は殺される」

「おまえもようやく俺の凄さがわかるようになったか。成長したな」


 意味あり気に桐谷が笑った。


「殺し屋を辞めたあとで成長しても意味ないけどな」

「まぁ、そうだな。

 ……七志、おまえ、後悔してないか?」


 桐谷がテーブルに置いた拳銃を手に取った。

 それを眺めるように見回している。


 七志は唾を飲みこんだ。


 殺し屋を束ねるかたわら、重要な依頼は自ら引き受けるほどの凄腕殺し屋の桐谷。

 その気になれば拳銃などなくても、息の根を止めるなどわけない。

 七志の命など一瞬で消える。

 桐谷の気持ちひとつで……。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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