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第51話 終わりのない時間

 ——触れずに殺してやる。


 七志は藤田に殺害予告をした。

 それと同時に心のなかでつぶやく。

 

 思いもよらない展開になったな。


 ふっと息を吐く。


 この異常な世界に放りこまれた当初、死ぬことだけを考えていた。

 

 死——。


 この世界での死は現実世界とは全然違う。

 拳銃で打つ、殴るなどの物理攻撃は無意味。

 痛みを伴うだけで死ねない。


 そのことに気づき、土蛇を利用して死を願った。

 だが、心の底に沈めた忌まわしき過去がよみがえるだけ。

 苦痛だけで死は訪れない。


 この世界では死ねない——。


 七志は結論に達した。

 それと同時にある考えが浮かんだ。


 この世界で死ねないなら、元の世界に戻って死ねばいい——。


 目的が「死ぬ」から、「脱出」に変更。


 それに伴い、いちから今後の計画を練りなおす必要にかられた。

 まず、これまでの状況をかんがみ、様々な可能性を模索。

 だが、確実な方法が見つからない。

 それは、藤田が情報を隠しているからだと七志は推測した。


 藤田から情報を得ようといろいろな手を講じたが、全て失敗。

 おまけに言葉巧みに誘導したり、挑発的な発言をしてきた。

 それがきっかけとなり……。


 ——触れずに殺してやる。


 七志のこの世界での目的が「死ぬ」から「脱出」をて「殺す」に変わってしまった。

 

 生に執着はない。

 死んでもいいと思っている。

 だが、今後は……。


 七志は深くまばたきをした。


 死への思いを封印。

 殺すために俺は生きる。


 腹に力を入れた。


 後戻りはできない。

 目的のために死、消滅、脱出をあきらめる。

 この世界で生き、殺し、最後は終わりのない時間を過ごす。


『殺しの能力しかない奴がこの世界から足を洗ったところで、明るい未来なんてやってこないからな』


 桐谷の言葉を思いだした。


 現状の苦境を招いた根底は、殺し屋を辞めようとしたことにある。

 桐谷の言われるがままに殺しを続けていれば、死を願ったりしなかった。

 自殺をしようとしなければ、この世界に放りこまれずにすんだ。


 桐谷の言う通りだな。

 明るい未来はやってこなかった。

 よく考えれば当たり前のことだ。

 これまで散々命を奪ってき奴に、望みが叶うという褒美が与えられるわけがない。


 七志は自虐じぎゃく的な笑みを浮かべた。


「わしに触れずに殺せるわけがない」


 藤田が嘲笑あざわらう。


「いや、できる。

 一滴の血を流さずに死ぬより辛い痛みを与えてやるよ」

「死ぬより辛い?

 それはつまり、殺せないって意味だな」

「殺す、か……。なぁ、じいさん。

 あんたの思う殺すってのは、心臓の動きを止めることか?」


 七志は言い終えるのと同時にナイフを取りだし、素早く自身の心臓に突き刺す。


「そ、そりゃそうだろう」


 藤田が驚いたように目を見開く。


「たぶん、いま心臓が少し止まったと思う。

 でも、俺は死んでいない」


 ナイフを心臓から抜き、両手を広げてみせた。

 胸部から血が流れ続け、痛みがあるだけで死へ向かわない。


「この世界では肉体は死なない、殺すなんて無理だ」


 意味ありげに藤田が微笑む。


「ああ、肉体的にはな」

「……なにが言いたい」


 藤田は顔を歪めた。


「ここにくる前、俺はいろんな奴を見てきた。

 誰もが息して、全身に血を巡らせて生きている。

 でもな、なかには死んでいる奴もいた」

「なにをわけのわからんことを……」


 藤田が眉間に皺を寄せた。


「借金が返せなくて薬に溺れた奴、虐待されても逃げられない奴……」

「それがどうした?」

「居場所を失って孤独にさいなまれる奴……」


 藤田がかっと目を見開いた。


「どいつも心臓が動いていて肉体的には生きている。

 でもな、心が死んでいるんだ。

 じいさんもそんな奴らに心当たりがあるんじゃないか」

「知らん、わしはなにも知らん」


 藤田が後ずさった。


「俺はじいさんを殺す。

 正確には精神的な死を与える」


 血がしたたるナイフを袖で拭き、ポケットにしまった。


「な、なにをわけがわからんことをほざいておるんだ」

「俺の推測が間違っていたら、じいさんを殺せない。

 そのときは潔く負けを認める」

「……そうか。じゃあ、わしを殺せなかったら言うことを聞くか?」

「いいだろう。

 俺になにをしてほしい? なんでもいいぞ」

「土蛇に飲みこまれて消滅しろ」


 藤田の言葉を聞き、七志は笑いたいのをこらえた。


「よほど俺が邪魔みたいだな。

 でもまぁ、ご希望に添えそうにない。

 いまの一言で俺の推測が正しいと確信が持てた」


 七志は片唇を上げた。


「なんだと?」

「俺を消滅させたい理由はひとつ……」


 七志は貫くような視線で藤田を見た。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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