第50話 触れずに殺す
藤田は足早に歩き、七志を探した。
少しでも早く七志をこの世界から追いだしたい。
そのための計画はすでにできあがっている。
やられたことをやりかえす。
つまり……。
土蛇に襲わせて七志を消滅させる——。
七志のように土蛇を誘導して襲わせるのは無理だ。
使うのは体ではなく頭。
この世界から脱出したがっている七志に囁けばいい。
実は方法がある。
土蛇に飲みこまれて、そこで光の玉を探せ、と。
真っ赤な嘘だが、七志はおそらく信じる。
あの紙の内容を知っているから。
加えて、これまでの七志の行動を考えると、疑いながらも土蛇に飛びこむ可能性が高い。
あやつさえいなくなれば、綾香ちゃんは邪魔者を排除したわしを一層頼ってくれる。
期待に胸を膨らませて歩いていく。
そのさなか、遠くにとぐろを巻いている土蛇を発見した。
誰が襲われたんだ!?
早足が駆け足に変わっていく。
七志なら労せずして目的を達成できる。
だが、綾香ならと考えて身を震わせた。
頼むから七志か他の誰かであってくれ。
願いながら走っていく。
全体が見渡せるところまで行ったところで、藤田は愕然とした。
とぐろのそばに七志が立っている。
襲われたのは綾香ちゃんか他の誰か……。
助けなければ。
藤田がとぐろに駆けよる。
腕を突っこんで救出しようとした矢先、背後から羽交いじめにされた。
「じいさん、黙って見ていろ」
七志の声がする。
気配もなく、いつの間にか背後を取られてしまった。
藤田はなんとかして逃れようとしたが、体が動かせない。
「誰が飲みこまれたんだ?」
「じいさんと一緒にいた女だ」
「綾香ちゃんか……助けないと。離せっ」
なおも体を動かそうと抵抗を試みる。
「土蛇が崩壊したら離してやる」
「助けないと綾香ちゃんが消滅してしまうかもしれない」
一番恐れていたことが起きようとしている。
なにがなんでも阻止したい。
「ああ、そうだな」
七志が投げやりな返事を返した。
わかっていてやっている。
となれば、説得は通用しない。
計画した通りの方向へ話を持っていこう。
行動を開始しようとしたところ、とぐろを巻いた土蛇が音をさせながら崩壊をはじめた。
崩れていく土のなかに綾香の姿は見当たらない。
「ああっ!」
藤田はありったけの力で絶望と悲しみを込めて叫んだ。
完全に土蛇が崩壊したところで体が解放された。
「綾香ちゃんが、綾香ちゃんが消滅してしまった」
地面にある土をすくいとり、それを七志に向かって投げつけた。
七志は避けもせず、顔面に土をくらっている。
「なんてことを……綾香ちゃんになんの恨みがあるっていうんだ」
「ない。恨みなんてなにも」
七志がうつむく。
だったらなぜだという言葉を飲みこむ。
出会った当初から七志はつかみどころがなく、危険な存在だと警戒してきた。
それはいまも変わらない。
質問しても答えるとは思えないし、説明されたところでおそらく納得できないだろう。
聞くだけ無駄。
終わったことはどうしようもない。
藤田は大きく息を吐いた。
まぁいい。
待てばまた誰かがこの世界にやってくる。
冷静さを取り戻していく。
これからのことを考えよう。
やはり今後のためにも邪魔者を排除しなければならない。
計画を実行する。
真っ直ぐ七志を見据え、口を開く。
「いままで隠しておったが、実はあるんだ」
興味を持たせるように言葉を選ぶ。
七志は藤田から視線を逸らさずに黙っている。
視線から興味があるのかどうか判断がつかない。
「きみはこの世界からの脱出方法を探していたよな?」
確認するように探りを入れる。
おそらくまだ発見できずにいるはずだと推測した。
案の定、七志は黙っている。
「今回も黙っているのは肯定と取るぞ」
七志は答えない。
「よし。この世界からの脱出方法を知っておる」
核心に触れた。
だが、またしても七志に変化はない。
仏頂面のまま藤田を睨んでいる。
なにを考えているのか全然わからない。
もっと揺さぶる必要がある。
「土蛇に飲みこまれればいい」
反応を伺った。
驚きや不審感をあらわにするはずだ。
ところが、七志は少しも視線を動かさない。
感情が欠如しているかのように無表情を貫いている。
「いいか、よく聞け。
ただ飲みこまれるだけではだめだ。
それでは途中で脱出したり、消滅させられてしまう」
苦心して七志が反応を示すような言葉を探す。
だが、藤田を嘲笑うかのように七志は無関心だ。
「記憶の世界のなかで光の玉を探して……」
「もういい」
七志が怒鳴るような口調で言った。
「あんた、本当は知らないんだろう。
地中地獄や光の玉とやらのことを……」
「わ、わしは知ってる」
「信じない」
「わしの話が嘘だという証拠はあるのか?」
「ない」
「だったら……」
「もうどうでもいい。じいさんの話が本当か嘘かどうかなんて」
七志は藤田から視線をは外し、遠くを見つめた。
「この世界からの脱出方法を知りたくないのか?」
七志が欲する餌をぶらさげ、待つ。
「知りたい。けど、いまは脱出も消滅もしたくない」
「なんだと?」
「あんたが俺を挑発したんだ。
殺し屋なら殺してみろってな。
覚えてないのか?」
七志の視線が藤田に戻った。
無言の圧力を感じる。
「ああ……そんなことを言ったな」
餌に食いつく様子はない。
脱出への意欲がなくなったのが本当なら、自ら土蛇に飲みこまれるよう言葉巧みに誘導させるのは無理だ。
一旦、計画は中止。
できるだけ早く七志から離れて作戦を練り直そう。
隙あらばすぐに逃げられるように身構える。
「やってやる」
七志が鋭い目で睨んできた。
「やれるものならやってみろ。
この世界では殺せない。
凄腕の殺し屋であってもな」
どんなに自信満々に宣言されても不可能だと断言できる。
それは七志もわかっているはずだ。
それなのに挑んでくるのはなぜだろう。
ハッタリか?
いや、そんなことをしても意味がない。
隠された意図があるのか?
藤田は注意深く七志を見た。
表情からは全く感情が読めず、雰囲気からもなにもつかめない。
「こいつではじいさんを殺せない」
七志が腰に差した拳銃を取りだす。
「ああ、そうだな」
「これもだめだ」
拳銃を腰に戻し、代わりにナイフを手にする。
「暴力では問題は解決しない」
「その通り」
ナイフをしまい、七志は両手をあげた。
「お手あげってわけだな」
「いや、そうじゃない。
じいさんに触れずに殺してやる」
七志が言い放った。
ありえないと一笑に付す。
だが、妙に気になる。
七志はハッタリをかますような奴ではない。
なにかあると脳が訴えてきた。
それはなんだ?
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




