第49話 屋上のでの真実
——わたしがあなたから悠二を奪ったからよ。
麗奈が口にした言葉が耳から体内に入った。
体中を駆けめぐり、脳に到達。
屋上で見聞きした出来事がよみがえってくる。
飛鳥と悠二の密会。
そこで交わされた結婚話。
目撃したことだけで状況を読みとり、全てを察した気でいた。
だが、それは真実のごく一部。
全てではなかった。
あのとき目撃した場面と、そのときに頭に巡った考えが崩壊していく。
麗奈の言葉が本当なら、綾香は物凄い勘違いしていたことになる。
その結果、飛鳥がターゲットになるように画策し、その通りになって飛鳥は……。
綾香は肩で息をし、下を向いた。
「隠していたつもりかもしれないけど、悠二はあなたとのことを面白おかしく話してくれたわよ。
あいつは俺に夢中だから、自分が本命だと思いこんでいて滑稽だってね」
耳に入ってきた言葉を追いだしたい。
もう終わったことだと聞き流したい。
だが、麗奈の声が脳内で何度も繰りかえされる。
「わたしが本命であなたは浮気相手だったのよ。
そんなことも気づかず、あなたは得意げに暗に言ったのよ。
わたしが悠二に捨てられたのは飛鳥のせいだって」
間違っていた。
悠二から別れ話をされ、原因が思い当たらず突然どうしたのだろうと訝しんだ。
だが、突然でもなんでもないと麗奈の言葉からわかった。
悠二がいつから麗奈と付きあっていたのかは知らない。
だが、麗奈が自白した。
綾香から悠二を奪ったと。
飛鳥先輩じゃなかった。
完全なる勘違い。
そのせいで……。
胃がむかつき、吐き気がしてくる。
「わたし、そのとき、気づいちゃったの。
あなたはとんでもない勘違いをしているうえに、わたしを利用しようとしているってね」
麗奈が綾香の当時の行動を暴いていく。
反論の余地がない。
「悠二を奪った飛鳥に仕返しをしようとした。
それもわたしの手を借りてね」
うつむく綾香の肩を麗奈が叩いた。
もうやめて、これ以上聞きたくない。
「自分の手を汚さず、わたしの手を借りて飛鳥に復讐しようとしている。
すぐにピンときたわ。
あなたの策略に乗せられるのは屈辱だけど、あえて騙されたふりをすることにしたの。
なぜだかわかる?」
麗奈が問いかけてくるが、答えを探す気力など少しもない。
「わたしもあなたと同じ。
飛鳥に復讐をしたい……誰かの力を借りてね」
利用したつもりが利用されていた。
——飛鳥先輩を自殺に追いやったのは誰?
不意に疑問が降ってくる。
「おかげで社内の悪い噂や責任を全部あなたひとりが背負ってくれた」
「違います。わたしだけじゃない、麗奈先輩も同罪ですよ」
「社内でわたしを責めるひと、いる?」
問われて考えてみた。
麗奈に罪をなすりつけられたとき、綾香は完全に犯人扱いされ、麗奈は同情の対象となった。
「……いません」
「そうでしょう、真実なんて関係ない。
誰の責任なのか、その答えを周囲がどう考えるかによるの」
違う。
自分に向かって反論した。
そうしないとどん底に突き落とされてしまう。
「社内では誰もが完全にわたしの味方。
あなたはどうあがいても罪人のまま」
「……違います。
飛鳥先輩が死んだのは麗奈先輩たちがいじめたから」
麗奈と自分に言い聞かせる。
「その原因を作ったのは誰? あなたよ!
飛鳥を間接的に殺した」
殺した……。
ストレートな表現が胸に深く刺さる。
殺していない。
自信をもって言える。
だが、間接的にという言葉を付加した場合、完全否定できない。
麗奈に告げ口をして飛鳥がターゲットになるよう誘導した結果、飛鳥がいじめを苦に自殺した。
いじめに加担していないから直接的な罪は感じない。
ところが、いじめの原因を作った間接的な罪はある。
「あなたが殺したのよ」
麗奈はうつむく綾香を強引に顔をあげさせ、言葉でもって見えない平手打ちをくらわせた。
脳みそが頭蓋骨内で激しく揺れる。
わたしが殺した?
麗奈先輩に告げ口をしなければ、飛鳥先輩は死ななかったかもしれない。
わたしが殺した、かも。
発端はわたし。
わたしが殺した。
責められるべきはわたし。
「死にたくなったんじゃない?」
笑い声が聞こえてくる。
麗奈の声だが、別人のように思えてならない。
例えるなら死神。
大きな鎌を持つ姿が思い浮かぶ。
「あっ、そろそろ朝礼が始まるわ、行かないと。じゃあね」
麗奈が去っていく。
綾香は上半身を揺らし、麗奈とは逆方向へ歩きだした。
悪いのはわたし。
悠二を奪ったのが飛鳥だと勝手に思いこみ、感情のままに突っ走ってしまった。
どうして、悠二か飛鳥先輩に直接確認しなかったんだろう。
そうすれば、誤解せずにすんだ。
それだけじゃない。
悠二を奪われた恨みを晴らしたい思いを無意識に隠そうとした。
ターゲットになりたくないという理由をつけ、行動を正当化して……。
なんてことをしたんだろう。
これまでの行為に対して味わうべき罪悪感が雪崩を起こした。
止められない、逃げられない。
罪悪感を全身にかぶり、埋もれ、息ができなくなる。
助けて。
これまでに味わったことのない苦痛に解放を願う。
死——。
手を伸ばせば届きそうなほど近くにそれがあった。
ぎゅっと握りつぶせば楽になる、解放される、終わる。
苦痛のなかにせりあがってくる。
一筋のどす黒い糸のようなものが。
ゆっくりと手を伸ばす。
つかめば死ねる。
本能がそう告げた。
わたしが死んでも飛鳥先輩は生きかえらない。
罪滅ぼしで死を選ぶのは無駄死にだ。
そうじゃない、違う。
わたしが望むのは懺悔なんて立派なものじゃない。
指先が糸に触れるということころで、不意に手を引っこめた。
苦痛から逃れたい。
その一心で屋上から飛び降りて死のうと望んだ。
死にたいのではなく、苦痛から解放されたくて……。
責任逃れで選んだ選択。
でも、それは間違っている。
私が選ぶべき道は死じゃない。
もっと他にあるはず。
迷いもなく自覚した瞬間、頭上が光った。
どす黒い細い糸が光に飲まれて消えていく。
上を向いた。
そこには野球ボールほどの大きさの光の玉が浮かんでいる。
光の玉!?
ピンときた。
綾香は手を伸ばし、光の玉に触れた。
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




