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第46話 この世界で殺す方法

 殺し屋になって、これまでに殺せなかった奴はいない。

 だから、これまで生きてこられた。


『殺し屋ならわしを殺してみろ!』


 藤田の言葉は挑戦状に等しい。

 だから、受ける。


 七志は腹に力を入れた。

 

 進むべき道が見えたが、肝心の方法が具体的に思い当たらない。


 この世界は異常だ。

 どんな凶器を使っても肉体を傷つけるだけで、命を奪えない。


 だったらどうする?


 殺せないなら一緒に土蛇に飛びこんで消滅させようかと考えたが、すぐに却下した。


 ふたりとも消滅すれば勝ちも負けもない。

 引き分けとなってこの世界から消えるだけ。


 最悪それでも良いが、七志だけが消滅してしまったら敗北だ。

 それだけではない。

 藤田は心底喜ぶだろう。

 邪魔な七志が消えれば思うように行動できる。


 俺が消滅したらじいさんはなにをするつもりだろう?


 何気なく思った。


 まず女と合流するだろう。

 それから、この世界を脱出するために仲間を探す? 


 いや、違う。

 じいさんは脱出を全く考えていない。

 これまで消滅させないために苦心し、仲間を得ることに妙に熱心だった。

 それを邪魔をしようとした俺がいなくなれば、心置きなく仲間集めにはげむだろう。


 藤田の今後を予想したところでどうなるものでもない。

 それよりも、殺すか消滅させる方法を探すのが先だ。

 思案しようとしたところ、頭のなかに残っていた先ほどの思考の欠片が弾けた。


 仲間集めに励むだろう——。


 じいさんの目的は誰であっても消滅させず、この世界に留めておいて一緒に行動することだとずっと思っていた。

 もしそうなら、あの女が俺との協力関係を解消しようとしたときに止めに入ったはず。

 それをせずに俺と別行動を取ったのは、排除したかったから。

 誰でもいいから一緒にいたいわけじゃない。


 大きく深呼吸し、もうすぐ辿り着く真相を前に一呼吸置いた。


 欲しいのは一緒に行動する者じゃない。

 じいさんを慕い、信用してくれる仲間だ。


 にわかには信じられない。

 だが、おそらく当たっている気がした。


 だとするなら……。


 腕を組み、考えた。


 命は奪えない、確実な消滅も望めない。

 卑怯だと言われてもいいのなら、殺せる可能性はある。


「やるか」


 運が味方すれば成功する。


 七志はその場に立ちつくし、待った。

 時間は無限にある。

 周辺を見渡した。


 あきらめなければ必ずやってくる。

 心を無にし、そのときを待つ。


 どれくらい時間が経過したかわからない。

 だが、待ちに待ったそのときがきた。

 数メートル前方の地面が波打つ。


 よし。


 七志は向かう方角を見定めたあと、波打つ地面を眺めた。

 土が盛りあがり、蛇型になるまで待機。

 土蛇に変形したところで走りだす。


「どこまでも追ってこい」


 土蛇がひとを追う姿を見てきた経験から、真っ直ぐ逃げたのでは追いつかれるのは間違いない。

 逃げきるには他の誰かを襲わせるか、木を利用してちょこまかと動いて土蛇の速度を落とす工夫が必要だ。


 どこまで逃げられるかは運次第。


 七志は枯れ並木を利用し、土蛇を真っ直ぐ進ませないように逃げていく。


 藤田を絶対に殺せるとは思っていない。

 現実世界での殺しは力が全て。

 強ければ殺せるが、弱ければ返り討ちに合う。

 だが、これからやろうとしていることは運の要素が強い。

 成功の鍵を発見するまでが七志の仕事で、最終的な成否せいひは運任せ。


 いたっ!


 前方の岩陰に綾香がいる。

 後ろを向いていて、まだこちらに気づいていない。


 じいさんを殺せるかどうかはあの女次第。

 もう後戻りはできない。

 予定通り行動するまでだ。


 七志は土蛇を誘導するように走る。


 怒るだろうな。


 走りながら思った。


 弱いくせに気が強くて、口が達者で犬みたいにきゃんきゃん吠える。

 七志に向かって卑怯者と言った綾香の顔が思い浮かび、そこに重なるようにして柴犬が姿を現わす。


 犬っころ。


 ぼんやりとしていた犬の顔が徐々に鮮明になっていく。


 消えろ!


 走りながら首を振った。


 目の前のことに集中するんだ。


 頭のなかの綾香と犬の顔をかき消す。


「えっ、な、なに!?」


 土蛇の這う音が聞こえたのか綾香は振りむき、驚きの表情を浮かべた。

 七志は綾香がすぐさま逃げだせる体勢にないのを確認し、速度をあげる。

 土蛇もまた這うスピードが増す。


 よし、ついてきているな。


 土蛇の動きを見定め、綾香の真正面に突っこむ。

 七志の目に綾香の困惑したような表情が映る。


 気づかれたか。


 七志は舌打ちをした。


 同じことをされそうになったら普通は気づく。

 だが、どこか抜けている綾香なら気づかない可能性もある。

 そうなることを望んだ。

 綾香が七志の目論見もくろみを察したら、土蛇から逃れようとするだろう。


 手荒な真似はしたくない。

 だが、成功の鍵はあの女にある。

 逃すわけにはいかない。


 逃げだしたら捕らえて押さえつける。

 覚悟を決め、綾香の動きに注目した。


 これでまた嫌われるな。


 綾香の様子を伺いながらふと思った。


 どうせすでに嫌われている。

 下手に情が湧くより、敵意を持たれたまま別れたほうが後腐れがなくていい。

 あの犬っころのように……。


 感慨深い気持ちを振りはらい、綾香の目前まで迫る。


「利用させてもらう、俺を恨め」


 七志は小声で呟いた。

 言葉が綾香に届いたかどうかはわからない。


 綾香は微動だにせず、探るように七志を見ている。


 なぜだ?


 七志の背後には土蛇が迫っている。

 綾香の目はしっかりと土蛇の姿を捉えているはずだ。

 それなのに動かない。


 七志は横っ飛びし、土蛇が這いすすむ進路から外れた。

 土蛇は視界から消えた七志を追わず、目前の綾香に突進していく。

 先端部分を迫りあげ、鎌首をもたげる。


 何度も見てきた光景だが、今回ほど恐怖を感じたことはない。

 決意を固めたはずなのに、いまさら下した決断が正しかったのか不安になる。

 心が重く、苦しい。


 綾香は悲鳴をあげたり、震えたりもせず、全てを受けいれるように土蛇を見あげている。


 怖かったら逃げろ。

 助けてほしかったら叫べ。

 これまでそうやってきたのに……なぜなんだ?


 土蛇が狙いを定める。


「どうして逃げないんだ?」


 七志は叫んだ。


 その声に気づいたのか、綾香が七志を見た。

 向けられた表情と目から怒りや恨みといったものを感じない。

 どこか覚えのある雰囲気だった。


『殺し屋、辞めたいのか?』


 そう言ったときの桐谷の態度と似ている。

 予想していた反応と全然違う。

 それどころか絶対にありえないものだった。

 一言で表現するなら穏やかだ。

 綾香にも同じものを感じる。


 どうして穏やかでいられる。

 なにを考えているのかわからない、桐谷もあの女も。


 一生考えつづけてもきっとわからない。

 答えは当人だけが知っている。

 聞かなければわからない。

 永遠に……。


 土蛇が綾香目掛けて急降下。


「なぜなんだ!」


 七志は激しい怒りをぶつけるように自分の胸を叩いた。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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