第45話 知られたくなかった真実
七志は大樹にもたれ、腕組みをした。
光の玉——。
綾香の口から発せられた言葉が浮かんでくる。
この言葉は初耳だ。
意味はわからないが、紙に書いてあったのならこの世界に関係しているのは間違いない。
これまでの出来事を素早く脳裏に駆け巡らせ、藤田の意図を探った。
あの紙はじいさんのだから、光の玉を当然知っているはず。
問題は、言葉の意味をどこまで把握しているかだ。
それと、俺らに光の玉について言わなかった意図はなにか……。
しばらく考えてみるが、明確な答えがでない。
仕方なく角度を変えた。
地中地獄。
土蛇の飲みこまれたら放りこまれる場所だと藤田が説明した。
だが、これは大嘘。
実際に飲みこまれたがそんな場所などなかった。
まぁ、精神的には地獄だったけどな。
七志は苦笑いを浮かべた。
嘘をつくにしても、地中地獄という言葉を使う必要があったのか?
単に飲みこまれたら過去を見せられ、精神的苦痛を味わうと言えばいいだけだ。
地中地獄、光の玉——。
どっちも意味を知らない可能性が高いな。
わからないから俺に鎌をかけ、情報を得ようとした。
軽く息を吐き、綾香がいる方角に目をやった。
そういえば、あの女の様子が少し変だった。
なにか隠しているのか?
いや、それはない。
狡猾とはほど遠い単純馬鹿だ。
あっさり結論に達するかたわらで引っ掛かりを覚えた。
女は紙について拾った、もしくは俺の持ち物だと疑っている。
じいさんのものだなんて考えもしない様子だった。
なのに……。
つい先ほど綾香から聞いた言葉が浮かんでくる。
『ねぇ、この紙だけど、もしかして藤田さんの?』
これまでずっと藤田を信じ、七志の話に一切耳を貸そうとしなかった。
それなのに、藤田に疑いの目を向けはじめている。
あの口ぶりからして、じいさんが紙の持ち主だと証拠があって確信しているわけではない。
推測して確認している感じだった。
じいさんの字を知らないだろうから、筆跡から判断したとは考えにくい。
だとしたら……。
次の可能性を思案しようとしたところ、もしやと思考が止まった。
字……。
七志は額に手を当てた。
あの女、気づいたのか?
俺が読み書きができないって……。
まさかな……。
いや、でも、推測できる種はいくつか蒔いてしまった。
名前の由来からはじまり、戸籍がないことを告白している。
それに、紙に関するやりとりで会話に多少の違和感を覚えたのかもしれない。
知られたくなかった。
金勘定に必要な数字以外の文字が読み書きできなくて、馬鹿にされたことが何度もある。
そのときに味わった屈辱感がたまらなくいやで、悟られないよう隠しつづけてきた。
あの女はどう思っただろうな。
頭に浮かんだ疑問を振り払うように頬を叩き、心を整えていく。
落ち着いたところで、いま考えるべき言葉を再度浮かべる。
地中地獄、光の玉——。
ふたつの言葉が、この世界の脱出や消滅の謎を解く鍵になる予感がする。
それがわからないとなると、世界からの脱出は叶わない。
そのうえ、消滅も不可能となってこの地を永遠にさまよい続ける。
打つてなしの状況に頭を抱えたくなる。
待っていても他の誰かから情報を得られるとは限らない。
時間の無駄だ。
こうなったら自分で答えを探すしかない。
もう一度、土蛇に飲みこまれてみるか。
土蛇に飲みこまれたあとの記憶回帰の恐怖が未だに残っている。
できれば二度と味わいたくない。
だが、決行すれば情報を得られたり、消滅できる可能性が出てくる。
辺りに視線を走らせた。
地面が波打っていないか、土が盛りあがっていないか目を凝らす。
どうすれば消滅するかなど考えてもわからない。
出たとこ勝負で挑むだけ。
運が良ければ消滅できる。
今度はうまくいくと念じていると、ふと心臓が痛んだ。
針で突かれたようにちくちくとする。
『殺し屋ならわしを殺してみろ!』
藤田の叫びが脳裏によみがえってくる。
現実世界では挑発されるたび、確実に相手を殺した。
怒りの感情からではない。
挑まれたから応じたにすぎない。
だが、藤田からの挑発に対し、この世界では殺せないという理由をつけて応じなかった。
「これまでに殺せなかった奴はいない」
七志は拳を固めた。
土蛇に飲みこまれて消滅してしまったら、じいさんに負けたことになる。
冗談じゃない。
負けん気に火がつく。
「やってやろうじゃないか」
脱出や消滅より先に藤田を殺す。
七志は進べき道を見定めた。
*月・水・金曜日更新(時刻未定)
*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




