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第39話 しょせん夢、いずれ目が覚める

 見合いをしてよかった。

 

 藤田は心の底から不意にやってきた幸運に感謝した。


 これまで一度もなかった居場所を得た。

 それだけじゃない。

 今後は喜びを感じられる生活が待っている。


 淡い期待に心を弾ませた。 


 結婚が決まったあと、雅美と今後の生活の方針や決まり事などを契約するように結んだ。

 主導権は完全に雅美側にあり、藤田は言われるがままに結婚準備を着々と進めた。


 この頃が人生のなかで一番幸せだったかもしれない。

 職場では一日に最低一回は藤田の結婚が話題になり、自然と会話に加われた。

 内容が自分自身のことなので話題から取り残されたりしない。

 それどころか、全員が藤田の言葉に耳を傾けてくれる。


 いまの状況が普通のひとには当たり前でも、藤田にとってはあり得ないことだった。

 同僚たちとコミュニケーションをとったり、交際したり、結婚にまで話が発展したり。

 どれをとっても非常に難しいと思っていた。

 ところが、人生が大逆転。


 僕は夢を手にしたんだ。


 喜びで溢れていた。


 だが、しょせんは夢。

 いずれ目が覚める……。


 そのことに気づいたはのは、結婚式を終えた直後。

 新居で雅美と義母と一緒に暮らしはじめたときだった。


 婚約時にいくつか取り決めをかわしている。

 まず、義母との同居だ。

 雅美はひとり娘だから反対はしなかった。

 続いて、義母の世話をするために専業主婦になることだ。

 贅沢はできないが、普通に暮らせばふたりを養えるくらいの給料はもらっている。

 日々、節約に努めれば問題はない。


 当初は契約のように取り決めを求められていぶかしく思った。

 だが、たいした結納もできなかったからと考えなおして全て飲んだ。


「じゃあ、あんたはそっちの部屋」


 新居に着くやいなや、これまで聞いたことのない口調で雅美が指図さしずした。

 指定された部屋は一番日当たりが悪くて狭い、いわゆる納戸なんどだ。


「えっ? ベッドルームはあっちにあるんじゃ……」

「そこはあたしとママの部屋」


 雅美がぞんざいに答える。


「な、なんで?」

「は? あたしがママの世話をするからに決まってるじゃん」


 答える雅美の背後に義母の姿が見えた。

 軽やかな足取りでリビングルームに向かっている。

 とても世話が必要には見えない。


「ちょ、ちょっと待って。

 義母さんの世話っていっても介護じゃないんだから、一緒の部屋で寝る必要は……」

「介護!? ちょっと、あんた。ママを病人扱いしないでよ」

「いや、そうじゃなくて。義母さんとは別部屋にしたら……」

「夜中にママになにかあったら責任取れんの!?」


 雅美が唾を飛ばしながら責めてくる。


「い、いや、それは……うん、もういいよ」


 藤田はすごすごと納戸に引きあげた。


 どうしてこうなってしまったんだろう。


 結婚を激しく後悔した。

 もとから底辺の人生ではあったが、いまはさらに深い地獄の底を這いつくばっている。

 後悔してもしきれない。


 工場長の話をきっぱり断っていれば……。

 見合いをしなければ……。

 雅美の本性ほんしょうに気づいていれば……。


 次から次へと後悔の念が浮かんでくる。


 もう手遅れだ。

 これまでどおり我慢して流されていくしかない。

 寝室が別でもいいじゃないか。

 納戸だって住めば都だ。


 どうにか自分を納得させる言葉を並べていく。

 だが、これは始まりにすぎなかった。


「ああ、疲れた。ママ、休憩しよう」


 雅美が呼びかけると、義母は嬉しそうにリビングにやってきた。

 雅美はソファーに座り、その隣に義母が腰を下ろす。

 藤田が向かいの席に座ろうとしたところ、雅美がにらんできた。


「あんた、なにやってんの。

 ぼさっとしてないでコーヒーを淹れなさいよ」

「は、はい」


 藤田は雅美の迫力に負けて素直に従う。


「ねぇねぇ、今晩の夕食は天ぷらがいいわ。すぐに準備してちょうだい」


 藤田に向かって義母が言った。

 それは家族に頼むのではなく、召使いに指示を出すような口調だ。


「いいね、いいね。あんた、天ぷらを用意するのよ」


 雅美も同様だ。


 なにかがおかしい。


 そう思いながらも指示に従ってコーヒーを淹れ、カフェ店員のように運んだ。

 ふたりは感謝の言葉ひとつなく、ケーキ屋で買ったと思しき焼き菓子を食べだした。

 雅美は美味しいと義母に微笑みかけ、義母はまた買ってくるよと答える。

 藤田が憧れてやまない楽しげな一家団欒がそこにあった。

 だが、そこに藤田は加えてもらえない。

 これまで通り、空気のように存在感なくたたずんでいた。


 僕はどうして結婚したんだろう。


 疑問を抱かずにはいられない。

 結婚とは夫婦が中心となって新たな家族を作ること。

 藤田は生まれてから一度も家族を持った経験がない。

 だからこそ家族の温もりを期待した。


「ちょっと、あんた。今月の給料が減っているじゃない」


 毎月、給与が支給されると封筒ごと雅美に取りあげられる。

 いつもより多ければなにも言わず、少なければ理由を問いただす。


「今月は仕事が少なかったから、残業の必要がなかったんだ」

「だったら、仕事が残ってるふりして残業しなさいよ」


 雅美は藤田を鵜飼うかいのように金を稼がせては全て吐きださせる。


「この服、洗っといて。

 あっ、縮んだら承知しないから」


 仕事で疲れて帰ってきた藤田に雅美が汚れた服を投げてよこす。


「婦人会用のお菓子を買ってきて。入手困難で高級なものがいいわ。

 必ず婦人会の方々に喜ばれる品を買ってくるのよ」


 義母が無理難題を突きつけてくる。


 結婚後、ずっとこのような扱いを受けてきた。

 一度だって夫として使われたことがない。

 同じ家に住んでいる召使としか思っていないのだろう。


 死ぬまでこの状況が続くのか?


 藤田は自問した。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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