第31話 藤田のもくろみ
藤田はズボンのポケットに手を突っこんだ。
指先でメモの存在を確かめ、深いため息をつく。
危なかった。
七志にメモの存在を気づかれたうえ、破れた上半分を奪われるという失態をおかした。
それだけではない。
そのメモが綾香の手に渡り、内容を知られてしまった。
だが、綾香が藤田の真意に気づかなかったのは不幸中の幸いといえる。
これはわしの宝物でもあり、爆弾でもあるな。
指先でメモをもてあそぶように触れた。
あの日、これを拾わなかったらわしはどうなっていただろう。
この世界にやってきた他の者たちと同じく、なにもわからず絶望と恐怖でおかしくなっていたかもしれない。
ここでは時間の概念はないが、なぜかあの日の記憶は日々色あせていく。
忘れたいという思いがそうさせているのだろうか。
斜めうえに視線を向け、あの日に思いを馳せていく。
あの日、足がおもむくままに山へ向かった。
念入りに下調べをして場所を選んだわけではない。
行き当たりばったりだった。
だが、それは運命だったのかもしれない。
ロープを片手に死刑執行人とでもいうべき木を探した。
小さくては全体重を支えきれずに折れ、大きければロープを設置するのに骨が折れる。
ほどよい木を物色しているさなか、メモを発見した。
それは薄汚れていて、ぐちゃっと丸まっている。
つい先ほどまで死ぬことしか考えていなかった。
それなのに、薄汚れて丸まったメモが頭の隅にこびりついて離れない。
メモを拾いあげ、文字に目を走らせた。
全部で五行。
未知の単語が並び、全く意味がわからない。
だが、この世界に放りこまれて気づいた。
土蛇や消滅など、この世界の設定ともいうべき情報が書かれていたのだ。
メモを発見したおかげで絶望や恐怖を回避できた。
だが、それだけじゃない。
現実世界では欲しても得られなかったものを手にする希望を見出した。
「ごめんなさい、勝手な真似をして」
声をかけられ、藤田は視線を真正面に戻した。
綾香が申し訳なさそうな顔をしている。
「なにを謝っておるんだ?」
「なにって……協力関係を勝手に解消してしまったから」
綾香が項垂れている。
「なんだ、そんなことか。
構わんよ、問題ない」
藤田は本心からそう思った。
七志はもはや邪魔者。
こちらから協力関係を申し出たから、解消するにはそれなりの理由が必要だ。
とはいえ、どんなに説明したところで七志が納得しないだろう。
メモに対する興味を持っている以上、なにがなんでもついてくる。
いかにして七志を排除するかという問題を綾香が見事に解決してくれた。
綾香ちゃんはあやつの天敵だな。
いつも強気な七志だが、綾香に対してはなぜか一歩引くところがある。
今回も七志の言動に綾香が怒り、責めたて、有無を言わさず協力関係の解消を突きつけた。
藤田が同じことをしたら、七志はきっと意地でも関係を続けていただろう。
良い仲間を手に入れた。
まさに幸運。
藤田は綾香に笑いかけた。
「でも、新しい情報が必要ですよね。
あんな奴でもいないよりはマシかもしれないし」
「協力してくれる仲間を探せばいいさ。
すぐにまたこの世界に誰かやってくるはずだ」
「そうですね、一緒に探します」
綾香の暗かった表情がぱっと明るくなった。
信頼感が増している。
藤田は肌で感じた。
禍が転じて福となすとはまさにこのこと。
七志との縁が切れ、綾香との絆が深まった。
これでいい。
心のなかで拳を作った。
仲間は必要だ。
だが、誰でもいいわけじゃない。
わしを信じ、慕ってくれる者が必要だ。
そのためには新たな情報が不可欠。
誰よりも情報を持ち、仲間を導くリーダーになるんだ。
すっと背筋を伸ばし、改めて目標を心に刻む。
当面の問題は七志の存在だ。
あやつとわしの目的は違う。
邪魔をしないのであれば下手に関わらず、放置しておけばいい。
結論が出たにもかかわず、不安が払拭されない。
万が一、邪魔をしてきたらどうする?
放置できないが、そう簡単に排除もできない。
ひとまず様子をみよう。
今後の方針が決まった。
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