第28話 怪我の功名
藤田は頭の先から足先にいたるまで神経を張りめぐらせた。
それから表情を作る顔面の筋肉に細心の注意をはらい、動きを止める。
決して本心を悟られてはいけない。
七志にバレてしまった。
表面上は平静を装いながら、内心は焦りで溢れかえっていた。
わしはなんてマヌケなんだ。
あやつの前で土蛇から綾香ちゃんを助けるなんて。
発狂したい気持ちを押し殺し、土で服が汚れている綾香を見つめた。
土蛇に襲われたショックからすでに立ちなおったようで、七志を責めたてている。
失態だ。
だが、仕方がなかった。
嘘をつきとおして綾香ちゃんを失うか、嘘がバレても綾香ちゃんを守るか。
選べるのはひとつだけという状況で綾香ちゃんを選んだ。
間違いなく失策だったが、この一件で綾香の気持ちに変化が生じた。
七志に対して当初は怯えや恐怖心を抱いていたが、いまでは敵対心を全面に出して言い争っている。
最初から好印象を持っていた藤田には、より一層の親しみと信頼感、加えて尊敬の念が向けられている。
どうやら綾香ちゃんは物事を深く考えないタイプのようだ。
仲間にするにはうってつけ。
怪我の功名だな。
顔面の筋肉がいつも通り滑らかに動きはじめる。
綾香ちゃんは嘘だと気づいていない。
あの調子だと、七志が告げ口をしたとしても信用しないだろう。
よし、大丈夫だ。
溢れんばかりにあった焦りが消えていく。
今後の言動に注意すれば大丈夫だ。
問題は……。
七志に目をやった。
あやつは危険だ。
わしの目的を妨害しかねない。
でも、七志はこの世界の新たな情報を発見する鍵になる気がする。
土蛇に怯える者には気づかない、怖い者知らずだからこそ得られることがあるはず。
危険と発見、表裏一体だ。
発見がほしければ危険を受けいれる覚悟がいる。
焦って答えを出してはいけない。
ひとりになってゆっくり考える時間が必要だ。
視界に七志と綾香の姿をとらえた。
七志は綾香に背を向けている。
「……気が向いたらな」
七志が綾香から離れていく。
いまがチャンスだ。
七志がある程度離れたところで藤田は綾香に近づいた。
七志は背後を気に留める様子もなく歩いていく。
「綾香ちゃん」
綾香の耳元で囁いた。
「はい?」
「少しこの場を離れるけど、ひとりでも大丈夫?」
「ひ、ひとり!? また偵察に行くんですか?」
綾香の目が不安げに左右に走った。
「いや、違う。少しだけひとりになりたいんだ」
「どうかしたんですか?」
綾香の声色から気になるというより、置いていかないでという懇願を感じる。
「その、ちょっと、用を足したいんだ。腹が痛くて」
藤田は腹を押さえてみせた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大したことないと思う。
悪いが少しのあいだ、ここで待っていてくれ」
「えっ、ええ」
綾香は不安げだ。
「安心していいよ、離れたところにいても警戒は怠らない。
もし土蛇が現れたら叫ぶんだ。
そうしたら今度こそ飲みこまれる前に助けるから」
「わかりました、待ってます。お大事に」
送りだす綾香の様子から疑念を微塵も抱いていないと藤田は感じた。
安心してその場を離れる。
その視界の隅に一瞬七志が入った。
いつの間に?
藤田と七志のあいだにはそれなりに距離がある。
そのうえ、話しかけるときは注意して小声にした。
普通なら聞こえないだろう。
でも……。
一抹の不安がよぎった。
七志は普通じゃないところがある。
視界にはもう七志の姿はいない。
まさか、な。
藤田は首を横に振り、いま考えるべきことに集中した。
綾香の位置を確認し、それから移動をはじめる。
あまり遠くではなく、かつひとりきりになれる場所を探した。
並木のなかの枯れた大樹に目をつけ、背中を預けるようにしてもたれかかる。
この場所なら背後を取られることがないうえに、綾香ちゃんを見守れる。
一息つき、ズボンのポケットに手を入れた。
指先に触れたものを取りだし、目の前に持ってくる。
皺くちゃになったメモを伸ばしていく。
どんな気持ちでメモを丸めて捨てたんだろうな。
メモを書きのこし、捨てさった見知らぬ人物に思いを馳せた。
重要な情報だが、現実世界では無用だから捨てたんだろうな。
理由はどうあれ、捨てた者に感謝だ。
おかげでこの世界で希望を抱けたんだからな。
メモに目を向けた。
横書きで五行記されている。
最初は几帳面に文字が揃ってるが、先へ進むたびに書きなぐったように乱れていく。
『土でできた蛇に追われる』
『ひとを飲みこんだあと土蛇は崩壊する、ひとは消滅』
『土蛇に飲みこまれたひとが脱出、全身血まみれ、土蛇は崩壊』
三行目まで読んだところで視線を止めた。
ここまでは実際に体験している。
だから、メモに書かれた内容は信用に値するだろう。
そうなると次とその次の行に書かれた内容も事実の可能性が高い。
四行目に書かれたことは……。
藤田はメモを凝視し、眉間に皺を寄せた。
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




