第27話 嘘をつく意図
七志は腕を組み、土蛇に飲みこまれていく綾香を見つめた。
最終的に消滅するか脱出するかわからない。
消滅したならそれまで。
だが、脱出できれば藤田が嘘をついていたと改めて立証される。
あの女が俺の言葉を信じて藤田に疑いを持てば、こんな危険な賭けをしたりしなかった。
土蛇がとぐろを巻く様子を悠然と眺めた。
結果は女の運次第。
さて、どうなるか見ものだな。
完全にとぐろを巻いたところで藤田が飛んできた。
「どうして放っておいたんだ」
藤田が怒りをあらわに七志を責めたてる。
「俺の知ったことか」
「協力する約束だっただろう」
藤田が少しも警戒せずにとぐろの目前まで近づいた。
「助けると言った覚えはない」
「なんて奴だ」
あきれたように言い放つと同時に右腕を振りあげた。
拳を作り、勢いをつけてとぐろに放つ。
鈍い音と共に肩付近までめりこんだ。
「なにをやってるんだ」
「綾香ちゃんを助けるに決まっておるだろう」
藤田はこともなげに答える。
矛盾している——。
そう言いたいのを寸前で飲みこんだ。
襲われたら最後、地中地獄に放りこまれて消滅させられる——。
藤田がそう明言したのを覚えている。
それだけではない。
念を押すように本当に助かる方法がないのかと質問すると、はっきり「ない」と答えた。
真っ向否定したのに……。
七志は藤田を睨んだ。
とぐろに腕を突っこだまま、必死に綾香に呼びかけている。
土蛇に飲みこまれたら最後だと言ったにも関わらず、女を助けようとしているのはなぜだ?
言葉と行動が一致しておらず矛盾している。
自ら掘った墓穴に気づいていないのか。
いや、まさかそんな……。
それとも、わかっていて助けようとしている?
綾香を助けようと尽力する姿からは答えは見出せない。
七志は大きく息を吐いた。
矛盾を指摘せず、このまま泳がせてみるか。
今後の方針を決め、成りゆきを見守りつづけた。
「わしの手をつかむんだ」
藤田が必死の形相で叫んでいる。
ああやって外から助けることが可能なのか。
七志は藤田の行動を記憶に留めた。
「よし、そのまま手を離すんじゃないぞ」
とぐろから藤田の腕が出て、それに続いて細くて色白の手が現れる。
それを引っ張りだしていくと、土と血に塗れた綾香の頭部が出てきた。
「もう少しの辛抱だ」
綾香の上半身が出てきたあたりから、土が崩壊しはじめた。
完全に脱出できたところでとぐろが完全崩壊。
土蛇は土に還り、脱出した綾香は痛みに悶え苦しむ。
消滅は免れたようだな。
問題はあの女が藤田の嘘に気づいたかどうかだ。
不安がよぎる。
「綾香ちゃん、大丈夫か?」
藤田が心配そうな顔をして尋ねた。
まだ痛みが続いているらしく、綾香は肩で息をしながら何度かうなずく。
「そうか。よかった、よかった」
「あ、ありが、とうございます。
藤田さんのおかげで……」
苦しそうに綾香が頭を下げた。
「なにも言わんでいい、仲間じゃないか」
嬉しそうに藤田が微笑む。
ふたりの会話と空気感を読みとり、七志は頭を抱えたくなった。
不安が的中。
綾香は藤田を疑いもしない。
それどころか感謝する始末。
これから先、おかしな方向へと話が流れていくような気がしてならない。
「……ちょ、ちょっと、あなた、七志さん。
ひどいんじゃない?」
痛みが落ちついてきたのか綾香の声の調子が元に戻りつつある。
「なにが?」
「協力関係にあるのにわたしを見捨てたでしょう。卑怯よ」
この発言に七志は心底がっかりした。
藤田の嘘に気づくどころか批判してくる。
信用されていないことは百も承知。
傷ついたりしないし、怒りも感じない。
だが、卑怯者呼ばわりされるのは心外だった。
それならば徹底的に悪役に徹してやる。
「見捨てていない、作戦通りだ」
「どういうこと?」
「最初からあんたを土蛇に襲わせるつもりでいた」
包み隠さずやったことを告白した。
案の定、綾香は敵意を隠しもせず剥きだしてくる。
一方、藤田の様子に変化はない。
怒りも警戒心も見せない。
「わたしに恨みでもあるの?」
「ない」
「じゃあ、どうして?」
藤田の嘘を証明するため——。
答えは明白だ。
だが、説明したところで受けいれるとは思えない。
それどころか反論してくるだろう。
嘘をついているのは藤田ではなく、七志のほうだと。
七志は口をつぐんだ。
話せば会話が続き、無駄な労力を使ってしまう。
それより注力すべきは藤田だ。
視線を藤田に向けた。
表情からなにを考えているのかさっぱりわからない。
土蛇に飲みこまれたら脱出できないと嘘をついた。
そうなると、地中地獄の話も怪しいものだ。
探りを入れてみるか?
数秒思案したのち、首を軽く横に振った。
やめておこう。
女に邪魔されそうだ。
地中地獄の真偽はとりあえず横へおこう。
考えるべきは藤田の狙いだ。
思案のさなか、綾香が怒りにまかせて話しかけてくる。
相手をする暇はない。
七志は耳をシャットダウンし、意識を一点に集める。
嘘をつく意図はなんだろう?
これまでの藤田の言動とその結果どうなったか……記憶を辿っていく。
脱出不可、地中地獄、どちらも土蛇に関することだ。
だからって、それがどうだっていうんだ?
首を傾げる。
「……助けてくれないまでも、一声かけてくれてもよかったでしょう」
綾香の叫び声が七志の思考に突き刺さる。
「なんだって?」
七志は苛立ち混じりに聞いた。
「いきなり襲われたら怖いじゃない。
せめて教えてくれたら心の準備が……」
「怖い? なにがだ?」
「なにって、土蛇に決まってるじゃない」
出会った頃は藤田の陰に隠れていた綾香が、いまでは堂々と七志の前に立ってはっきりと物を言う。
驚くほどの変わりっぷりと不思議な感性に、七志は未知の生物に接する気持ちを抱いた。
「土蛇が怖い……そうか、なるほどな」
綾香の言葉でぴんときた。
嘘をつく意図は土蛇に対して恐怖を植えつけ、近づけさせないことだ。
「勝手に納得しないでよ。
わたしが言いたいのはね、協力関係っていうのは……」
「わかった」
七志は言葉を遮った。
綾香はぽかんとしている。
藤田の意図は理解した。
あとは、その先にある企みだ。
調べる必要がある。
そのためには一緒にいるしかない。
「わかったってなにが?」
「協力関係ってやつだ。
土蛇が来たら教えればいいんだろう」
七志は綾香に背を向けた。
「教えるだけじゃなくて助けなさいよ」
綾香が懇願ではなく命令してくる。
「……気が向いたらな」
七志はため息をつき、歩きだした。
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*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。




