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第23話 屋上での盗み聞き

 ——別れてくれ。


 突然の別れ話に綾香は動揺を隠せなかった。


「どうしてなの?」


 当然、理由を聞いた。

 だが、悠二から納得のいく説明は得られず、別れたいの一点張り。

 意志は固い。

 説得も泣きおとしも通用せず、仕方なく綾香は別れを受けいれた。


 その結果、目先の目標を寿退社から転職のための退職に変更。

 職場恋愛は始まりはいいが、終わりは地獄だ。

 他部署とはいえ、悠二と顔を合わせる可能性がある。

 そうなったら気まずい思いをするだろう。

 それがなによりいやだった。


 顔を見たくない、声も聞きたくない。

 そうするには退職しかなかった。

 苦労して入社した会社に留まりたい気持ちはある。

 だが、それよりも悠二に会いたくいない思いが勝って転職を決意した。

 それ以降、働きながらの転職活動という大変な目に遭っている。


「悠二の馬鹿野郎ー!」


 誰もいない屋上でストレスを発散するように大声を張りあげる。

 少し気が晴れたところでスマートフォンが鳴った。


 友人は就業中に電話やメールで連絡をしてこない。

 この時間帯に連絡をよこすのはたいてい同僚たち。

 仕事の急用ならまだしも、いつもどうでもよいことを伝えてくる。


 気が重いながらもスマートフォンを手に取った。

 無視をすればあとでなにを言われるかわかったものじゃない。

 ため息をつきながらディスプレイを見た。

 同僚からのグループラインだ。


『重大情報! 麗奈先輩が彼氏に捨てられたらしいよ』


 くだらない。

 お昼を一緒に食べなくてよかった。


 昼休憩の場にいなくても、同僚たちの様子が手に取るようにわかる。

 麗奈が捨てられたというゴシップで盛りあがっているのだろう。

 普段、誰もが麗奈を持ちあげているが、本心からそうしているひとはいない。


 言いたいけど言えない——。

 だから、本人のいないところでゴシップで盛りあがる。

 そのあと、必ずこれは悪口でも非難でもない、単なる事実だと締めくくる。

 その場にいる全員がそうだと確認しあってから解散するあたり、なんとも抜け目がない。


 わざわざ伝えなくてもいいのに。


 面倒くさいと思いながらもラインの返信を打つ。


『えっ、本当なの? 

 ところで彼氏って誰?

 社内のひと?』


 すぐに既読がつく。


『麗奈先輩、泣いていたらしいからきっと事実だよ。

 相手はわからないけど、どこぞの御曹司じゃない?』


 同僚もまたすぐに返信をよこす。

 これ以上、返信に質問を書くと長くなってしまうので、驚いた表情のスタンプを送った。

 それに対して既読がついたが返信はこない。


 ふぅ、終わった。


 スマートフォンをポケットに入れ、空を見あげた。

 いつのまにやら雲が浮かんでいる。

 よく見ると遠くの空にはわずかだが雨雲もあった。


「麗奈先輩、荒れそうだなぁ。

 とばっちりがこないといいけど。

 ああ、早く転職決めたいよぉ」


 綾香は空に向かって叫んだ。

 

 広告代理店はどこの部署も激務だ。

 綾香も例外ではない。

 普段から残業のオンパレード。

 だから、転職活動のために時間が必要なときは嘘をつく。

 客先に行くと偽ってこっそりと外出。


 いつもの仕事をこなすだけでも十分ハードだ。

 それに加えて転職エージェントに相談したり、転職先の人事部へ面接に行ったりと忙しい。


 失恋した当初は泣きくれていたが、転職を決意してからは悲しむ暇がなくなり気が軽くなった。

 このまま悠二と同じ会社にいても大丈夫かと思うときもある。

 だが、麗奈をはじめ社内環境を考えるといまが辞めどきだ。

 人間関係がまともな会社に転職して人生の再スタートを切りたい。


 転職活動が思うようにいかず、悶々《もんもん》とした日々を送っていたある日……。

 昼休みに入ったところで、見計らったかのようにメールの到着を知らせる音が鳴った。

 同僚からランチに誘われるより先に部屋から出て、誰もいないところでスマートフォンを確認。

 登録している転職エージェントからのメールだ。


 もしかして面接が決まったのかも。


 はやる気持ちを抑え、屋上へと急いだ。

 そこはいつ行っても誰もいないから、じっくりとメールを読める。

 電話をしても内容が漏れる心配が一切ない。


 階段を駆けのぼってドアを開け、屋上へと出る。

 いつものフェンスのそばに行こうとしたところで、ひそひそ声が聞こえてきた。


 誰かいるの? 


 身をかがめ、そろりと声がするほうへと忍足で向かっていく。

 悪いことはなにもしていないが、自然と隠れたくなる。

 というのも、顔見知りに出くわしたら無視はできない。

 世間話のひとつでもしなければならないと思うとぞっとした。


「ちゃんと別れたんだよね、麗奈とは」


 屋上の隅に並んだ室外機の辺りから女性の声が聞こえてくる。

 綾香がいる場所からは姿が見えない。

 

 麗奈って、あの麗奈先輩のことよね。

 あっ、そういえばラインで捨てられたって話だったけど。

 相手はどこぞの御曹司だっけ? 


 社内ゴシップに興味がないはずなのに、なぜか心が躍る。

 聞き耳をたて、話の続きを待った。


「別れるもなにもあいつからしつこく言いよってきただけだよ。

 だから、まぁ何回かは……でも信じてくれ。

 付きあっているのはおまえだけだ」


 今度は男性の声が聞こえてくる。

 それを耳にした途端、全身が燃えあがったように熱くなった。


 悠二!?


 綾香は息を飲んだ。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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