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第22話 土蛇に飲みこまれて

 逃げないと!


 本能が告げる。

 綾香はとにかく逃げようと走りだす。


 視界には枯れた草木ばかりが飛びこんでくる。

 せいを感じるものがなにひとつない。

 あるとすれば、それは綾香だけ。

 残るひとつの生を守るため、綾香は必死に走り続ける。


 土蛇が追ってくる。


 姿が見えなくても気配と音で察した。

 綾香を飲みこもうと全速力て追ってくるのが手に取るようにわかる。


「実際に体験してみたらいい。

 土蛇のなかでどうなるのか、本当に脱出できないのかをな」


 遠くから七志の声が聞こえてくる。


 あいつ、土蛇が現れたのを知っていて黙っていたのね。

 妙に饒舌じょうぜつだったのはわたしの気をそらせるため。

 ああ、なんてこと。


 腹立たしい思いを抱えながら逃げていく。


 土蛇は激しい土埃をあげながら綾香の横を通過した。

 速度を保ちながら回りこんでくる。

 綾香は行手を阻まれ、立ち往生した。

 逃げ場を失って茫然ぼうぜん自失になり、その場にくずおれる。


「た、助け、て」


 綾香が宙に手を伸ばした。


 土蛇の先端部分がせりあがり、鎌首をもたげるようにして綾香を見下ろしている。

 それから狙いを定め、一気に急降下。

 先端部分が裂けていく。


 綾香の目に映ったのはここまで。

 視界が茶色に染まりだす。


 わたし、土蛇に飲みこまれたのね。

 このまま消滅してしまうの?


 恐怖を感じる。


 この世界に来る直前まで死にたいと思い、そうしようとしていたのに……。

 じゃあ、いまはどう?


 冷静に脳が働く。


 どうなんだろう、よくわからない。

 でも、死にたいと思うようになった原因はっきり覚えている。

 屋上で出会って……ううん、違う。

 その前からきっけはあった。

 それが積もり積もってああなって、こうなって……。

 

 すーっと意識が遠のいていく。


 ※※※


 太陽がじりじりと地面を焼く昼日中ひるひなか、会社の屋上には綾香以外に誰もいない。

 貴重な昼休みに同僚たちとしたくもない世間話をするより、ひとりでいるほうが有意義に過ごせる。

 だからといって社内で浮いた存在というわけではない。

 適度に同僚たちとランチに行ったり、飲みに出かけたりとに最低限の交流を持っている。

 ここでは出る杭は打たれ、ときには引っこ抜かれてしまう。

 だから、程よい距離感を保つのを心がけている。


 綾香はフェンスにもたれ、雲ひとつない空を眺めた。

 青空がどれだけ清々しかろうが、心に充満した鬱々した気持ちは少しも晴れない。


「あーあ、早く転職先が見つからないかなぁ」


 誰もいないのをいいことに心のうちを口にした。


 現在の広告代理店に就職して三年。

 高倍率を勝ちぬいて念願の会社に就職できたのに、いまでは早く転職したくてたまらない。

 この業界に興味があり、任されている仕事内容にも満足している。

 今後も続けていきたい。

 だが、半年前から転職活動をはじめた。


 いま考えると、最初から問題はあったように思う。

 ところが、せっかく就職できたのだから、希望した職種だからと部署内でのいじめを見て見ぬ振りをした。


 入社当初から配属先の部署内で目立つ先輩女性社員がいる。

 社長の妻の姪で女王様のように振る舞う瀬川麗奈。

 麗奈は中途半端なコネでありながら、部署内の女性社員をまとめている。

 よくいえばリーダー、悪くいえばお山の大将。

 麗奈は仕事そっちのけで、常に部署内の誰かをターゲットにしていじめている。

 本人は指導しているのだと言いはるが、誰がどう見てもいじめだ。

 その証拠に、ターゲットにされた社員は例外なく退職している。


「あらら、根性がないのね。

 まぁ、いいわ。次は誰を指導しようかしら」


 ターゲットが退職するたび、笑いながら麗奈は言っている。

 その姿を見るたび、綾香は気分が悪くなった。

 だが、先輩であり姪という身分からなにも言えない。

 ただ黙って、次のターゲットが自分でありませんようにと祈るだけだった。


 同僚とはつかず離れず、麗奈に対しては挨拶程度に付きあい、どうにかターゲットにならず無事仕事を続けている。

 寿退社するまでの我慢だと頑張ってきた。

 ところが半年前——。


「別れてくれ」


 付きあって一年になる他部署の先輩である坂倉悠二に突然告げられた。

 前日までは全くそんな素振りはなかったように思う。

 喧嘩した覚えもないし、よそよそしい態度を感じたりもしなかった。

 それだけに疑問が浮かぶ。


 なぜ?


 疑問符が増殖し、頭のなかを完全に埋めつくした。

*月・水・金曜日更新(時刻未定)

*カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16817330647661360200)で先行掲載しています。



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