選ばれた理由
私は小さく息を整えると、背筋を伸ばしゲルド理事長の目を真っ直ぐと見て告げた。
「大変良いお話ですが、───ダイヤ生を辞退させてください」
私の言葉に、両隣……いや、恐らく全員が私を見た。
『この条件で、嘘だろう?』と顔に書いてあることだろう。
ゲルドは含みがあるように口角を上げた。
「ほう、理由は?」
……怯むな。
怯んでいる場合じゃない。
このままでは平凡には程遠いルートに入ってしまう!
私は息をつき、続けた。
「まず、私は皆様のような〝優秀な人材〟ではありません。成績を見ていただいたら分かる通り、私は平凡な人間なのです。きっと、皆様の足を引っ張ってしまいます」
そう、私だけじゃなく、皆にも迷惑をかけるという点がポイントだ。
できればこの人たちに「こんな平凡な女、相応しくない!」と援護してもらえると有難いのだけど……どなたか言ってくださらないかしら!?
誰でもいい、隣のお顔の整った王子っぽい方でも眼鏡をかけた頭の良さそうな方でも何故だかすごく睨んでくるケモ耳の方でも!!
けれど残念ながら、さぁ来い!と期待していても、援護射撃が飛んでくることはなかった。
「なるほど」
ゲルドは「ふむ、」と考える素振りを見せる。
しかしそれも一瞬で、次の瞬間笑顔でこう言い放った。
「なら、却下だ」
「なっ!?」
「まぁそもそも、これに君たちの拒否権はないんだがね」
「ど、どうしてですか…………」
「言っただろう? 『これは国政の一環である』と。つまりこれは国王陛下からの命なんだ、文句があるなら陛下に言ってくれ」
(それってつまり言えないってことじゃない!!!!)
「それはルデン、貴殿も例外ではないのだ」
何故か隣の金髪の彼にも言う理事長。
ルデンと呼ばれた金髪の彼は、胸に手を当て優雅に会釈した。
「はい、心得ております。ご配慮、感謝致します」
「ベリルも、理解してくれたかな?」
ゲルドも優雅に微笑んだ。
「………………」
……理解した。理解させられた。
でも納得なんてできるはずがない。
「理解はしました。では何故私はこのダイヤ生に選ばれたのでしょう? 先程も言いましたが、私の成績はお世辞にも良いとは言えませんよね?」
「ふふ、確かに君の成績は何故か伸び悩んでいるようだね。───それはそうと、先日は私の娘が世話になったね」
突拍子もなく、話題が変わる。
しかも訳が分からない。
「娘……?」
「おや、覚えていないのかい? エーティア・グリーデンス。君に絵本を読んでもらったそうだ。娘は名乗らなかったのかい?」
『エーティア』。
エーティ。もちろん、あの可愛らしい少女のことは覚えている。
いや、覚えているわよ……?
でも今、なんて言った??
「グリーデンス……グリーデンス!? え、娘……って、え!?」
「おや、その様子じゃ姓まで名乗らなかったみたいだね。娘は君からの〝プレゼント〟を大層気に入っていてね。今じゃ私との時間よりもその絵本に夢中なんだ」
「ハハッ、参ったねー」と笑う理事長。
その後もエーティの自慢話をしていた気がするけれど、全然頭に入ってこない。
(エーティが、よりにもよって理事長の娘……?)
私は、あの絵本に、どんな魔法をかけた?
あの時かけた魔法を必死に思い出す。
どんなに思い出しても、答えは変わらない。
あれはたぶん、〝平凡〟じゃない。
エーティに喜んでほしいという気持ちが先走り、エーティの親が学園関係者だという可能性を失念していた。
(これは……私のミスだ……)
しかもとんでもなく大きな。
「───ゴホン。とにかく、君の実力は申し分ないと私が判断した。とりあえず一年はこのメンバーでいく。他の者も異論はないね?」
……異論を唱える者は、現れなかった。
「よろしい」
ゲルドは「では、」と続ける。
「ルデン・ヘリオドール」
金髪の彼。
「レド・ビックスバイト」
褐色肌の彼。
「ラルド・アメシス」
眼鏡の彼。
「セシアン・モルガナイト」
桃色髪の彼。
「そして、シェナ」
獣人の彼。
「最後に───ベリル・エーデルシュタイン」
………私。
「諸君を【ダイヤモンド】第1期生に任命する。諸君の働き、大いに期待しているよ」
(あぁ……………)
───そう。呼び出された時点で、拒否権なんてなかったのだ。
こうして、私が築き上げてきた〝平凡〟は、いとも簡単に、音を立てて崩れていった。