出会い
───私の目の前には、5人の男子学生の背。
(呼び出されたのは私だけじゃない?)
そうなると、呼び出された理由は家に問題があったわけではなさそうだ。
「やあ、待っていたよ、ベリル!」
理事長は両肘を机の上に立て、組んだ手を口元に置きながら、にこやかに私の名を呼んだ。
「さあ、早く中へおいで。君たち、どこか間を空けてあげてくれ」
理事長の一声で、目の前の横一列に並んだ男子学生達は、よりにもよって真ん中の理事長前の特等席を空けてくださる。
「よし、全員揃ったね。すでに知っているとは思うが改めて自己紹介を。私はゲルド・グリーデンス。この学園の最高責任者を担っている」
───ゲルド・グリーデンス。
彼はここ、ヘリオドール王国王立魔導学園の理事長である。
40代くらいだろうか、整った顔立ちで臙脂色の髪と少し開いた胸元が大人の色気を放っている。
密かに学生たち───特に女子学生からの人気が高いのも頷ける。
「まずは、呼び掛けに応じてくれたこと、感謝するよ。さっそく本題だが、今日君たち6人に集まってもらったのは、ある組織への加入が決まったからだ」
「ある組織、ですか?」
私を含め6人の中で、最初に口を開いたのは隣に立つ金髪の男子学生だった。
彼の問いに対しゲルド理事長はあぁ、と頷いた。
「そうだ。組織の名は【ダイヤモンド】。この世界の創造主である精霊王が有する宝石の名をお借りした。精霊から宝石の加護を受けている君たちにはピッタリの名だろう?」
この世界の精霊は、一つずつ、自身を象徴する宝石を所持している。
この学園に通う者───というより、魔法が使える者は、少なからず精霊が持つ宝石の加護を受けている。
この世界では、精霊が宝石の加護を与え初めて〝魔法〟という異形の能力を扱うことができる。
それは、獣であっても、人間であっても、だ。
加護を受け力を得た獣を『魔獣』と。
加護を受け力を得た人間を『魔法使い』または『魔術師』と呼称する。
一般的にどの国でも、自然の力をエネルギーに変換し魔法を使う者を『魔法使い』。
道具や魔法陣を用いて魔法を起動させる者のことを『魔術師』としている。
ちなみにここ、ヘリオドール王立魔導学園は『魔法使い』の育成を目的に講義がカリキュラムされているため、魔法使いを目指している者が多く在籍しているようだ。
「───それで、その組織とは具体的に何を目的に活動するのですか?」
次は右端に立っている、眼鏡をかけた深緑色の髪の男子学生が発言した。
「我が王国には商業ギルドと冒険者ギルドが存在するのは知っているね? そして現在、冒険者ギルドの方は深刻な人材不足に陥っている。それもそのはず、近年野生の魔獣の数の増加と強さが跳ね上がったせいで、今在籍している冒険者だけでは依頼を捌ききれていないんだ。そこで、国政の一環でギルドと我が学園は協力体制を結び、ギルドの依頼の一部を引き受けることにしたんだ」
「その依頼をこなすのが【ダイヤモンド】……ということですか?」
続いて、金髪の彼の隣に立つダークブラウンの髪に褐色肌の男子学生が口を開いた。
「そうだ。理解が早くて助かるね」
ゲルド理事長がにこやかに言うと、おおよそ理事長に対する態度では無い砕けた口調で、桃色の髪の男子学生が問いかける。
「けど理事長? いくら魔獣が増えたとはいえ、冒険者の数も相当居たっしょ? あんだけ居た冒険者の人手が足りなくなるって……そのー……」
桃色髪が言葉を濁すが、そんなのお構いなしといった感じで左端に立つ銀灰色の髪の男子学生がぶっきらぼうに吐き捨てる。
「依頼を受けた冒険者が死んだか辞めたか、どっちかだろ」
ちらりと横目に入った彼の頭には狼のような耳がついている。
どうやら獣人族のようだ。
彼の意見に桃色髪は苦笑いを浮かべた。
「わーお、ド直球〜……。けどま、そういうことだよな。屈強な冒険者サンが逃げ出すくらいの依頼って、すげー危険なんじゃねーの?」
「ああ、危険だね。だから学園では、生死に関わるような〝危険すぎる〟依頼を引き受けるつもりはない。私も、私の可愛い学生たちを死地へ送る訳にはいかないからね。あくまで雑用的依頼を引き受ける。大きな依頼はプロに任せよう」
ニコリと微笑む理事長だが、言い回しに違和感を覚える。
そんな違和感を覚えたのは、どうやら私だけではなかったようで───
「危険すぎる、ですか。ということは、〝多少危険〟な依頼は回される、のですね」
私が感じた違和感の回答をしたのは褐色肌の彼だった。
「ふふ、君は頭が切れるね。そう、いくら小さな雑用的依頼でも、危険がゼロな訳じゃない。ギルドに依頼された時点で、一般人には手に負えなくなったものということだからね。だから〝君たち〟なんだ」
「どういうことでしょう?」
金髪の彼が首を傾げる。
おそらく理事長以外のこの場にいる誰もが疑問に思っていることだろう。
「【ダイヤモンド】のメンバー、便宜上【ダイヤ生】と呼称するが、ダイヤ生は私自らが選抜した優秀な人材で構成されている。ギルドの依頼は一般の学生には危険すぎるが、実力・能力共に申し分ない君たちになら問題なくこなせると判断した。もちろん学業に支障が出るほど多く依頼を回すつもりはない。基本は学業優先で」
理事長の言葉を聞き、眼鏡の彼が小さく頷いた。
「ダイヤ生の選考理由は分かりました。ですが今のところ、危険性があるだけで私達にメリットがあるとは思えませんが?」
「ああ、もちろんメリットは用意しているよ。まず、依頼の成功報酬は一人一人に支払おう。山分けでは大して残らないだろうからね。そしてもう1つ。これは国政の一環である故、ダイヤ生には我が学園に通うための学費諸々の一切を国が負担してくれることになった。それだけじゃない、 学園を卒業したら王宮魔導師の資格を陛下から頂けるそうだ。魔法使いとして最高位の資格を得られるんだ、卒業後の進路にも迷うことはなくなるだろう。最後にもう1つ、これはおまけ程度だが、ダイヤ生のために新たな寮棟の建設も進んでいるんだ。完成したらそちらに移り住んでくれ。今より良い生活ができるはずだ。どうだい? これなら危険性に釣り合う条件だろう?」
「うわ……至れり尽くせり〜」
「見合う報酬さえあれば、なんだっていい」
「確かに、その条件ならば問題ありませんね」
桃色髪、ケモ耳、褐色肌の彼が順に納得したように口を揃えた。
「そうだろう? 他になにか質問は?」
ゲルドが私を真っ直ぐ見つめる。
まるで、私が何を言いたいか、わかっているみたいだった。
───なら、遠慮なく言わせてもらおう。