グリーデンス家にて
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───グリーデンス家、屋敷にて。
「パパ! パパー! みてーー!!!!」
絵本を抱いたエーティアが、勢いよく父の書斎の扉を開ける。
エーティアの父、ゲルドは娘を宥めながら彼女を自分の膝の上に座らせた。
「どうしたんだい、愛しい私の妖精さん?」
「パパっ、みててね!」
エーティアは父の膝の上で絵本を開いてみせる。
すると、絵本の中からエーティアの髪と同じ臙脂色の光の粒子が、蝶の形をした光と共に周囲を舞った。
「、っ……これは……!?」
蝶はエーティアの周りを飛んでから、一定時間経過すると控えめに弾ける。
弾けた蝶は光の粉に変わり、まるでエーティアを祝福しているかのように舞散った。
ゲルドはその光景を見て息を呑んだ。
(蝶と粒子は光魔法か? いや、幻影魔法……? どちらにせよ、こんな繊細な上級魔法を魔道具でもないただの本に付与できるはずが……)
「パパ、すごいでしょー! エーティの宝物なのー!」
「あ、ああ……すごいね、これは一体どうしたんだいエーティ」
絵本を購入した時は、こんな仕掛けにはなっていなかったはずだ。
「えへへー、ベリルおねえちゃんが絵本に魔法かけてくれたのー! 絵本お家で開いてねって、約束したの!」
「ああ、だからエーティは今日早く屋敷に帰りたがっていたんだね? その、『ベリルおねえちゃん』というのは?」
「ベリルおねえちゃんはね、絵本よんでくれたんだよー! それでね、お姫様みたいにかわいいの! エーティもおねえちゃんみたいになりたいなぁ」
エーティアは両手を重ねると、今日の素敵な出来事を思い出すかのように上を見上げる。
(エーティが絵本を持ち出していた時間帯を考えると……そのベリルというのは学園の関係者か?)
ゲルドは口元に手を当てしばし考える素振りを見せた。
「エーティ、ベリルおねえちゃんは、ベリルとしか名乗らなかったのかい?」
「えっとね、ベリル……えーでるしゅたいん?って言ってたよ!」
「エーデルシュタイン……」
(確か……エーデルシュタイン卿のご息女がうちの学園に在籍していたような……だが目立った話はなかったはず)
「パパ? どーしたのー?」
「あぁ、すまないエーティ。パパ、急ぎのお仕事があるんだ。少しだけママの所で待っていてくれるかい? ママにも絵本の魔法を見せてあげてくれ」
「わかったー! ママにはもうみせたけどもう1回みせてくるー!」
エーティアは父の膝の上からぴょんっと降り立つと、トタトタと走って書斎を出ていった。
(1番に見せに来てくれたんじゃないのかー)
ゲルドは肩を落としたが、早々に気持ちを切り替え『ベリル・エーデルシュタイン』についての情報を調べる。
ゲルドは学園の資料を机に並べ、学生名簿から〝ベリル・エーデルシュタイン〟の名を見つけた。
「成績は……最初だけ上の中、あとは全て〝平均〟……か。はは、まるで狙ってるみたいだな」
エーティアの絵本にかけられた魔法は、凡人が使うには高度すぎる。
あの絵本に魔法をかけたのが本当にベリル・エーデルシュタインだとすると、彼女は能力を偽っていることになる。
「最初は様子見、あとは周りに合わせて手を抜いているのか?」
そんなことが本当にできるのか?という疑問よりも、本当だったらなんて面白いのだろう、とゲルドは思った。
ゲルドは小さくほくそ笑む。
「ふっ、ちょうどこんなイレギュラーな存在をメンバーに入れたかったんだ」
ゲルドは〝ダイヤモンド〟と書かれた名簿表に『ベリル・エーデルシュタイン』の名を加えた。
────【ダイヤモンド】。
それは、学園内で秀でた能力を持つ学生を集めた組織。
〝学園理事長〟であるゲルド自らが選んだメンバーで構成する予定だったが、最後の一人を決めかねていたところだった。
「これでようやく組織を設立することができるな」
名簿に書かれた〝ベリル・エーデルシュタイン〟の文字を指でなぞりながら、ゲルドは小さく呟いた。