〝平凡〟である理由
────そして今に至る。
絵本を読んでもらったことが余程嬉しかったのか、少女はニコニコと左右に揺れている。
「ええと……それで、貴女は誰かしら? どうして学園にいるの? お母さんかお父さんは一緒ではないのかしら?」
「…………」
私の質問に、少女はプイッと顔を背ける。
「知らない人には〝こじん…じょほー〟はおしえちゃダメってパパが言ってたの!」
え…………。
「そ、そうね……確かに……?」
お父様……知らない人に絵本の読み聞かせをせがむのは危ないと追加してください……。
「それじゃあ自己紹介するわね。私の名前はベリル・エーデルシュタインよ。ほら、これで〝知らない人〟じゃなくなったでしょう?」
名前を名乗ると、少女はパァーッと顔を明るくし、うん!と大きく頷く。
「エーティはね、エーティアっていうの! ママもパパもエーティアのことエーティってよぶの。だからベリルおねえちゃんもエーティってよんでいいよ!」
わぁ〜、チョロい……。
こんなに可愛くてチョロいと誘拐されないか心配だわ……。
「ありがとう、エーティ。それで、なんでここにいるの?」
「パパのおしごとが終わるまで、お城の探検してたの!」
お城……確かにエーティの背丈だと、この学園はお城みたいに大きくて広いわね。
パパのお仕事が終わるまで、ということは……エーティのお父様は学園の関係者なのかしら?
「この絵本もパパがくれたんだよー!」
「そうなの? エーティはその絵本が好きなのね」
内容は……とてもスッキリするものじゃなかったけれど……。
特に私にとっては、他人事に思えないというかなんと言うか……。
──子供の頃から、私は魔法を使うことが得意だった。
とある精霊から宝石の加護を受けたあの日から、使える魔力も人より多くなり、魔法の腕は大人をも凌駕するものとなっていった。
子供だった当時の私は、自分の力が〝普通〟だと思っていたし、家族や友人が褒めてくれたことから、この力が誇らしかった。
けれど、次第にそれは、私から家族や友人を遠ざけるものとなった。
私が無邪気に使っていた魔法は、魔法使いの自尊心を傷付け、無意識に多くの敵を作ってしまっていた。
いつしか彼らに、あの家の娘は魔女に呪いをかけられただの、悪魔に取り憑かれているだの、ありもしない噂を流され、それを聞いた友人は、私を見るなり怯え、近寄らなくなった。
そして、私の実の姉も、私を〝化け物〟だと言い、以来姉妹の間には亀裂が入ったままとなっている。
あの頃はまだ子供で、この力が〝普通〟じゃないことに気付けなかった。
だから姉も、友人も失った。
けれど、気付いてからは簡単だった。
だって〝普通〟を演じれば、私が一人になることはなかったから。
身体の成長に伴い、力が弱まったのだと思い込んだ両親には大層残念がられた。
両親は、有名な魔導学園に通えば少しは力が戻るかもしれないと私をこの学園へ入学させたが、学園に入って1年経った今でも、私は〝平凡〟なまま。
幼少期から訓練していただけあって、魔力制御は上手くやれている。
学園卒業まで、私は〝平凡〟でいるんだ。
……私は、この絵本の中の魔法使いのようにはならない。
……まぁこの絵本の趣旨は、魔法使いが村を追い出された云々より、魔獣の森は危険だから入っては行けないと、絵本を通して子供に教えるためのものなのだろうけど。
「パパがいってたの、ここにいる人たちはみんな魔法がつかえるんだって! ベリルおねえちゃんもつかえるんでしょー? みせてーー!」
キラキラとした目をしながらはしゃぐエーティ。
「う、うーん……でも、お姉さん魔法上手じゃないの。ほ、ほら! 日も暮れてきたし、そろそろパパのところに戻った方がいいと思うわ!」
「ダイジョーブだよ! じょーずじゃなくてもヘーキだよ! エーティ、魔法つかえないから……」
そう言うと、エーティはしょんぼりと肩を落とした。
どうやら魔法が使えないことを気にしているらしい。
悩んだ挙句、エーティのしょんぼりとした表情に負けた。
「……わかったわ。それならせっかくだし、その絵本に魔法をかけてみましょうか」
「絵本に?」
「そう。今ここで魔法を見せてもいいのだけど、それだと今この瞬間だけのものになってしまうでしょう? でもその絵本に魔法をかければ、エーティの好きな時にいつでも見ることができるの。もちろん、かけた魔法が気に入らなければ解いてもらって構わないわ。絵本を2回叩けば解けるから」
どうかしら?と提案してみる。
エーティは目を輝かせて、うんうんと頷いた。
「わーすごい! 絵本に魔法かけてほしい!」
エーティの了承を得たところで、彼女から絵本を借り、その表紙に手をかざす。
中庭に吹く風が、ほんの少しだけ強くなる。
周囲から淡く桃色に輝く粒子が浮き上がり、それらは絵本の中にゆっくりと入っていった。
本来なら、魔法には魔法を発動させるための言葉を詠唱する必要があるのだが、今はあえて無詠唱で行おう。
エーティの目に映るこの魔法が、よりかっこよく美しくなればいいなと思った。
「……はい、完成」
再びエーティに絵本を返すと、彼女はキョトンとした表情をする。
それもそのはず、絵本は〝まだ〟何の変哲もない。
「お家に帰ったら、絵本を開いてみて」
「いま見ちゃダメなの?」
「ええ、お家に帰ってからじゃないと、この魔法は解けてしまうの」
本当はここで絵本開いても家で開いても同じことが起こるのだが、日も暮れてきたし早く帰した方がいいだろう。
なのでそういうことにしておく。
「お家に帰ってからって約束できる?」
「うん! わかった! エーティ約束できるよ!」
「ふふ、偉いわ。それじゃあ、早くパパを迎えに行ってあげてね」
「うん!! ありがとう、ベリルおねえちゃん!!」
「ええ、またね」
また会えるかはわからないけれど、その時はあの魔法の感想を聞かせてくれるかしら?
喜んでもらえるといいのだけど……。
何度も振り返り手を振るエーティを見送りながら、そんなことを思っていた。
「……私も早く帰ろう」
微かに夕陽の残る中庭を抜けると、街灯がポツポツとつき始める。
しばらく歩き、私の住む寮棟がもう目前というところで、ふと足を止める。
「…………テストの結果、見るの忘れたわ…」
何のために中庭を通ったのか……。
エーティに会い、すっかり目的を忘れていた。
……まぁいいか。
エーティの嬉しそうな笑顔を思い出し、私も小さく笑みをこぼす。
今回もきっと、私の成績は〝平凡〟なものだろう。
これからも、平凡な毎日が続いていく。
───そう、思っていたのに。
この時の私には、エーティに贈ったあの魔法が、私の〝平凡〟を壊すものになるなんて、知る由もなかった。