絵本を読んで
次のページをめくろうとしたが、絵本の話はここで終わってしまった。
タイミングよく、学園の時計塔が閉館を告げる鐘を鳴らし、鐘の音がリゴーンリゴーンと辺りに響いた。
絵本を閉じると、私の目の前に立つ小さい少女はにこりと笑顔を見せる。
「おねえちゃん!絵本読んでくれてありがとう!」
絵本を少女に返すと、少女は嬉しそうに絵本を抱きしめた。
「ええ、どういたしまして……だけど……」
少女の嬉しそうな笑顔を見ることができて私も嬉しい。
嬉しいのだけど……
何故私は今、学園の中庭で、子供に絵本を読んでいるのだろう……?
そもそも何故こんな小さな子が、夕暮れに一人で学園に……?
ここ、ヘリオドール王国の王立魔導学園は、16歳から通うことができる。
けれどこの子は、頑張って10歳に見えるか見えないか……いや、見えないな、たぶん6歳くらいだろう。
───事の始まりは数十分前に遡る。
午後の魔法講義も終わり、寮へ帰ろうとしていた時。
「あっ、ベリル〜! よかった、まだ帰ってなかった!」
「アッシュ?」
紫のショートヘアを揺らしながら笑顔で私の名前を呼び駆け寄ってきたのは、友人のアシュリー・サパーツ。
彼女はサパーツ商会の一人娘で、私と同い歳ということもあり仲良くなった、学園入学当初からの親友だ。
そんな彼女が慌てて、何かあったのだろうか?
「どうしたの?」
「この前やった魔法テストの結果、もう貼り出されてるって! 全体順位が低かった人は明日追試があるらしいから早めに見に行った方がいいよ」
「もう結果が出たのね。ありがとう、今から行ってみるわ。アッシュはもう見てきたの?」
「うん、今回は父さんにドヤされなくて済みそう……」
アッシュは遠い目をしながらハハ…と笑う。
「そう、よかった! 今回のテストは上手くいったって言っていたものね、おめでとう。私も早く見に行かなきゃね」
「まー、あんたは大丈夫だと思うけどね」
「どうかしら? 今回のテストは実技も筆記も難しかったもの」
「よく言うわ、毎回狙って平均点取ってるくせに」
ジト目で見てくるアッシュを見て、小さく笑みがこぼれる。
「ふふ、そんなことしてないって。偶然、運良く毎回平均なのよ」
「運良く、ねぇ。まぁあんたがそれでいいならいいけど。でもあたしは悔しいよ! あんたならあの5人にも引けを取らないはずなのに」
「あの5人?」
「ほら、学園じゃ知らない人はいない有名な5人……え……知らない? あんたホント周りに興味ないわね……」
「私はアッシュがいてくれればそれでいいもの」
呆れた表情を浮べていたアッシュだったが、私の言葉に顔を赤くしそっぽを向いてしまう。
「なっ、い、今はそういう話をしているんじゃなくて!」
アッシュは私と違って表情がコロコロ変わるから、見ていて微笑ましい。
見た目はとてもかっこいいけれど、彼女は喜怒哀楽を素直に表現する可愛らしい人だ。
ふふっと笑うと、彼女はハァ、と小さくため息をつき、シッシッと手を払う。
「もう、いいわ、さっさと結果見に行ってきなさい。場所は中庭を抜けた先にある講堂前よ」
「ふふ、ありがとう、行ってくるわね。それじゃあ、また明日」
「はいはい、気をつけて帰んのよー」
アシュリーと別れ、講堂へと向かう。
夕陽が中庭をオレンジ色に染めている。
冬も過ぎ、だいぶ暖かくなってきたなぁ、なんて考えながら歩いていると、スカートの裾がクイッと後ろに引っ張られる。
不思議に思って振り返ると、そこには可愛らしい小さな少女が、上目遣いでこちらを見上げていた。
「………………」
「………………」
「…………………………」
「………………えっと?」
私のスカートの裾を掴んだまま、ただただ見つめてくる少女。
こぼれてしまいそうな大きな瞳と、ピンク色のフリルのワンピースがとても愛らしい。
「おねえちゃん、絵本、読んで?」
「………………はい?」