02
「それじゃあお母さんかお父さんの電話番号とか、家の住所を教えてくれる?小学校の名前でもいいよ」
交番に着いて、互いに暖かいお茶で一息ついてから親探しが始まった。
そこでトウカは別の人を提案する。
「あの、困ったらこの人に電話しろ、って言われてる人がいて」
「ん?ご両親・・・ではないの?」
「はい。その、親戚のお姉ちゃんなんですけど、お電話を貸してくれると・・・」
「んー・・・分かった。はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
ご両親ではなく親戚にという点で引っかかる物がある婦警だったが、冬場の人気の少ない駐車場近くに、長袖とはいえワンピースのみでいることの異常性から家庭の問題があると判断した。
昨今の家庭問題には警察も下手に介入出来ないと考えているのだ。
そんな婦警さんの内情には一切気づかずに祈るように電話をするトウカ。
これで違う人が電話に出たら計画が頓挫するからだ。
電話がつながる。
「も、もしもし」
『?はい、もしもし。どちら様でしょうか?』
その聞き覚えのある声から勝利を確信するトウカ。
「南條麗華さんのお電話でしょうか?」
『はい。そちらは?』
「桃園斗也さんから、あなたに頼るように言われました」
電話先の声が一時的に途切れる。
『・・・どういうことでしょうか?』
「飲み会の借りを精算して欲しいと」
『なっ!・・・こちらが迎えに行くべきですか?それとも場所を伝えた方が?』
「前者でお願いします。詳しくは婦警さんに」
『ふけい?えっ、ちょっと』
戸惑う後輩の声を無視してトウカは婦警に電話を変える。
婦警から住所が告げられ、電話が切れてから数分間雑談(という名の事情探り)をトウカがされている所で交番のドアが開いた。
「すみません、先程連絡いただいた南條ですが」
「お待ちしていました。とうかちゃん、この人がとうかちゃんのお姉さん?」
「はい。れーかお姉ちゃんです」
トウカの声を聞いた南條は驚いてその姿をまじまじと見る。
「えっ、あなたが・・・おほん。とうかちゃん。本当にせんぱ、桃園さんに言われたの?」
彼女の知る機転が利く後輩の姿に満足しながらトウカは答える。
「はい。カルーアの件、って」
「っっ」
少し顔が引き攣ったのを見て(やべ、やりすぎた)とトウカは内心焦る。
「そ、その、よろしく頼むって、言ってました!」
「・・・はぁ。私を頼るんだからよっぽどなんでしょうね。分かりました。それでは婦警さん」
「すみません、規則なのでこちらの書類にご記入をお願いします。あと運転免許証なども拝見させていただけると幸いです」
「・・・わかりました」
万が一のための書類に記入した南條とトウカは手を繋いで、外に停めてあった軽自動車に乗って交番を去った。
「・・・で、先輩から何を言われたんですか?というか先輩はどんな状況なんですか?確認のために電話しても出ないんですが」
「長くなりますから。家に着いてからにしましょう」
変わらない口調と表情に不気味さを覚える南條。
当人としては女の子に擬態するのに一杯一杯で表情にまで気が回っていないだけである。
そこから無言のまま5分ほど走り、トウカにとって見覚えのあるマンションの屋外駐車場に止まった。
(まだここに住んでいるのか。てっきり引っ越したと思ってたけど)
「一応言っておきますが、夜中なので静かにお願いしますね」
「はい。ところでどうして敬語なんですか?」
「まだあなたの素性が分かっていないからです。何故先輩が私に預けてきたのかもね。それをこの後言うんでしょう?」
「まあ、はい」
一度中に入ってしまえばほぼ100%説明が出来ると考えているトウカにとって、家の中に入れるかどうかは大きかった。
本当は居酒屋に行くのが一番確実なのだが。
8階建てマンションの4階に登り、これまた見覚えのあるドアに入ると、少し記憶と違う玄関が見えた。
(アロマ?消臭用か?いやまあ、流石に4年前からは変わるよな)
リボンを解くと絹のように広がった靴を脱ぎ、遠慮無しに中に入る。
「え、ちょっ」
家主の止めも聞かずに中に入ってさっさとソファに座るトウカ。
かつてであれば絶対にしなかった所業だが、それは異性だったからであり、同性ならこれくらい大丈夫だろと考えていた。
むしろこの勝手を知る感じがこれからの説明に説得力を生み出す可能性も考えている。
「ちょっと!勝手に中に」
慌てて追いかけてきた彼女に、仮面を脱いで一言。
「改めて、一年ぶりだな。南條」
体を捻りながら昔馴染みのように振る舞うトウカに対して南條は、
「は・・・??」
と返すことしか出来なかった。