拝啓、公爵様。悪役令嬢は立派に育ちました。
俺の仕えるお嬢様――公爵令嬢リアトリスは大層お転婆な少女だった。
ドラゴンが見たいと言えば、使用人総出で向かい(勿論見つからない)、拳より大きなダイアモンドが欲しいといえば、使用人全員で採掘に行かされた(勿論そんなものはない)。
周囲からすれば、迷惑極まりなく、権力を振りかざすだけの嫌らしい人間に映っただろう。
だけど、お嬢様は好奇心が強く、感情表現が少し過激なだけなのだ。
俺たち使用人からしてみれば、仕事に忙殺されながらも、とても微笑ましく楽しい毎日だった。
――そんな日常が変化したのは、お嬢様と第一王子クラウス様との婚約が決まった時だ。
初めての面会の直前、理想の婚約者を生き生きと語るリアトリス様は、親の都合で決まった婚約に不満を持っていた。国内で有名な恋愛物語の主人公を指さして、私はこういう人と結婚したいの!と声高らかに否定していた。
しかし、面会が終わったリアトリス様はポーっと顔を赤くして部屋から出てきた。珍しいことに、しゅんとして何事かを考えている様子で。俺たちはすぐに、ああ、リアトリス様は恋する乙女になったんだなぁと微笑ましく忍び笑いを漏らしたものだ。
それからリアトリス様のお転婆は鳴りを潜め――ることは決してなく、ワガママは全てクラウス様に関してのものになった。
洋服やアクセサリー、お化粧品に躊躇せず大金を使うリアトリス様に、公爵様や公爵夫人様は眉をひそめていたが、クラウス様に私のいい所をたくさん見て欲しいの!と、少し照れながら俺に笑いかけるリアトリス様はもうあの頃のお転婆なお嬢様とは少し違うんだなぁと子が巣立っていく親の気持ちを味わったものだ。
それからも、
今すぐクラウス様と会わせなさい!ほら、クラウス様のお城に行くわよ!というリアトリス様の無茶振りに右往左往させられる俺たちだったが、それでも毎日はとても充実していた。
流れが変わりだしたのは、マリア様が王子の前に現れた時からだ。
これまで平民として農家に生まれ、暮らしていたマリア様はある日突然聖女の力に目覚めた。国を発展させ支える強大な聖女の力に権力者が目をつけるのは当然だった。
マリア様は王城に招かれ、歓迎される。そして、他国の人間からの囲い込みの意味も含めて王城で暮らすようになった。
それからだ。リアトリス様の面会をクラウス王子が断るようになったのは。
リアトリス様は酷く落ち込んでいた。あれだけ活発だったお嬢様が部屋の中に何日もこもったのは初めてだった。
しかし、使用人が食事や身の回りの世話をしない訳にはいかない。強い口調で絶対入らないで!と叫ぶリアトリス様に周りの使用人は入室を躊躇っていたが、俺は思い切って、食事のトレイを手にし、ドアを開けた。
中ではリアトリス様がベッドで枕に顔をうずめ、うつ伏せになって震えていた。俺に気づき、顔を上げたリアトリス様は目の周りを真っ赤に腫らしていた。
入室を強い言葉で否定されるかとビクビクしていたが、意外にも、入るなっていったでしょ……と弱々しく呟いただけだった。
俺はテキパキと長い間やっていなかった掃除や衣類の片付けをし、風呂に入っていなかったお嬢様の体を濡れ布巾で拭いた。
その間、俺は色々な話をした。王子とは全く関係のない与太話の類だ。
魔王を倒す冒険者の話やそこに現れる強大な魔物の話、旅人が見つけた珍しいドラゴンの話。リアトリス様がそれに反応することは無かったが、最後に笑える話を幾つか話してみると、堪えきれずにぷるぷると体を震わせていた。
そして、リアトリス様の洗った髪を乾かし、櫛で梳かしていると、ふと、とすんと後ろの俺に体を預けてきた。
驚く俺にお嬢様は小さく、ありがとうと震える声で言った。
長い使用人としての生活の中で初めて感謝を言われた。俺も思わず嗚咽を漏らして泣くと、なんでアンタが泣いてんのよと呆れられた。
それから、使用人の中で俺だけが世話役として側仕えすることを許された。他の使用人が中に入ろうとすると、強い言葉で拒絶し、俺に入らせるなと指示を出した。それは公爵様や公爵夫人様も同様だった。
俺はテキパキと普段の何倍もの仕事をこなしていくものの、しかし食事も満足に取らないリアトリス様は段々と弱っていく。俺は俺で、流動食を作ったり、スープを作ったり、いっそ食欲を増す豪華絢爛な料理を用意してみたりしたが、結局リアトリス様が口にしたのは水だけだった。
そんなある日、王子が久しぶりに面会を許可した。
それを聞いたリアトリス様は飛び上がるように喜んだ。そして、早く準備するのよ!とまた以前のように俺たち使用人を困らせた。だが俺たちはただただ嬉しかった。
しかし同時に嫌な予感もしていた。
噂によれば、今回の面会は公爵家の扱いに他の貴族から指摘を受けた王家が嫌々ながらに行うものだということだ。
王家にとって最たる価値は公爵家からマリア様へと移っているのではないかと、公爵様がぽつりと漏らした。
面会は僅か30分で終わった。しかもクラウス様の隣にはマリア様がいたという。なんて酷い話だろうか。
帰ってきたリアトリス様はまた落ち込んでしまわれるだろう――そう思っていた俺たちだったが、予想に反して、リアトリス様は激怒していた。
マリアがクラウス様を私から取ったのだわ!と髪を振り乱しながら暴れるリアトリス様を慌てて止める。リアトリス様の矛先は全てマリア様に向かっていた。
その目は、愛しき人を取られたという純粋な恨みに染まっていた。
危険な兆候だと思った。お嬢様のお転婆――行動力がそこに全て向かってしまってはきっと不味いことになる。
来年から、クラウス王子もリアトリス様も家庭教師による城内教育が終わり、国内最高峰の学力を誇る貴族学院での授業が始まる。
そこには同年代であるマリア様も加わるだろう。学校でクラウス王子と仲良さげなマリア様を見た時、リアトリス様が取る行動は手に取るように見えた。
リアトリス様はとても優しく、正義を愛する人徳。だからこそ、自身が婚約者であるにも関わらず、マリア様の取った行動が許せないのだろう。
愛しの王子にその感情を向けられないリアトリス様の怒りはマリア様に向かう。それを何とかして止めなければと使命感に苛まれた。
貴族学院では、使用人が一人校内まで一緒について行くことが許可されている。指名するのは公爵様だ。だが、使用人ごときが主様と話す機会を設けるなど不可能である。しかし娘であり当事者のリアトリス様の意向であれば問題はないはず。
俺は学院に共について行きたい旨を、時間が経ち、ようやく落ち着いたリアトリス様に話した。
すると、良い忠誠心ね!褒めてあげるわ!と二つ言葉でリアトリス様に許可を頂いた。
聞けば、元々俺を指名しようと考えていたらしい。
クラウス様に誘いを断られるようになり、部屋にこもっていた時のことをぽつりぽつりと話すお嬢様。その時一番近くにいたのが俺だったこと。死んでしまいたいとさえ思っていた私を必死で支えてくれたこと。俺のつまらない話が幼い頃の自分を思い出し、実はとても気持ちが落ち着いて、嬉しかったこと。最後に、本当に感謝してるわと口にするリアトリス様。俺はまたも泣いた。大泣きだった。
リアトリス様はそんな俺を見て、ただ一言。馬鹿ねと笑いながら呟いた。
数ヶ月後、俺を付き人にしてリアトリス様は学院に入学した。しかし予想に反して、俺が恐れていたことなど何も起きなかった。
家から出たリアトリス様はとても賢く、聡明で、誰に対しても礼儀を忘れない。いつの間にか立派な淑女に育っていた。
まあ、家に戻ると、元のワガママお嬢様であったが……。
クラウス王子の常に隣に寄り添うマリア様の姿を見て取り乱す場面もあったが、しかし深呼吸して気持ちを落ちつけ、平常心で対話していた。
……まあ、嫌味は何度か吐き捨てていたが。それはリアトリス様の立場を考えれば当然のことだろう。俺も一言どころか百ほど言いたいことがあった。
そんなある日、舞踏会が学校で開催された。
リアトリス様は使用人たちに指示を飛ばしまくり、いつも以上にドレスやアクセサリー、化粧などに気を使った。リアトリス様はクラウス様の婚約者として、この舞踏会に参加するからだ。
よって当然ながら舞台の中央でクラウス様とリアトリス様が踊る……はずだったのだが、何故かマリア様はクラウス様に突然ダンスの相手を申し込んだ。
唖然とする俺とリアトリス様だったが、クラウス様は躊躇もなくそれを承諾し、マリア様の手を取る。
本来の相手が第一王子クラウス様であるリアトリス様を誘うことの出来る貴族などおらず、曲が始まってもリアトリス様はぽつんと一人立っていた。
そして曲が終わり、リアトリス様は怒りを押し殺して、マリア様に近づいていく。恐らく冷静にさっきの行動を注意しようとしたのだと思う。
しかし、そんなリアトリス様に気づかず、マリア様は再度クラウス様にダンスの相手を申し込む。
今度は周りの貴族たちも大きくどよめいた。2回目のダンスは婚約者のみが行えること。
つまりはリアトリス様ではなく、マリア様が婚約者だと言っているに等しい。貴族社会のルールを完全に無視した極めて失礼な行動であった。
思わず感情が発火し、マリア様を強い口調で非難するリアトリス様。
しかし、マリア様は驚いた様子で、涙を浮かべて走り去ってしまう。それをクラウス様はリアトリス様に注意し、後を追って行った。
当然のことを言っただけじゃない……なんで私が。と茫然自失で肩を落とすリアトリス様。俺はといえば……何も声をかけられなかった。
俺もクラウス様とマリア様への怒りを募らせていたからだ。婚約者であるお嬢様をなんと侮辱する行動なのかと。愛する人に理不尽に拒絶されたリアトリス様の悲しみは如何程だっただろうか。
そうこうしているうちに、2回目の曲が流れ始まる。クラウス様を見れば、離れた場所でマリア様と2回目のダンスを踊っていた。
リアトリス様はぽつんとまた1人。
俺は意を決して、リアトリス様の左手を取った。
驚くリアトリス様を気にせず、もう片方の手も取り、ダンスをする。
貴族社会の踊りなど知らない。見よう見まねだ。多分、酷いものだろう。とても見れるものではない。
しかし、ぷらんと人形のように手をぶら下げていたリアトリス様の手は、次第に俺をリードするように動き出した。
俺はそれに従うだけだったが、俺の踊りを馬鹿にしたように笑みを浮かべて踊るリアトリス様の姿はとても愛らしいと思った。
その後、クラウス様とは特に言葉を交わすことも無く、舞踏会は終了の運びとなった。
結局、リアトリス様が今日のために特注で用意したクラウス様の好きな色のドレスも。きっと気に入ってくれるわ!と何時間もかけて選んだアクセサリーも。使用人が何回もやり直してようやく満足のいく形になったお化粧も。全てが無駄になってしまった。
馬車に乗って帰路へ就くリアトリス様は、隣で項垂れていた。どうしたらクラウス様に振り向いて貰えるのかしら……と力なく呟くお嬢様に俺は何気なく呟いた。クラウス様はお淑やかな女性が好きなのではと。
――誰がお淑やかじゃないって!と思いっきり股間を蹴られた。
いや、こういう所では?と痛む場所を両手で抑えながら反論する俺に、なら私はどうしたらいいのよ、と困り顔のリアトリス様。
俺は、お嬢様は勿論今のままでも魅力的ですが、クラウス様の好みに合わせることも大事です。俺も全力で協力します。お嬢様の良いところをクラウス様に思い知らせてやりましょう!と言うと、リアトリス様はその声に同意して、そうね!私頑張るわ!と決意を新たにしていた。
そしてその日から俺とリアトリス様のクラウス様への戦いが始まった。
俺はといえば、他の使用人にも協力を依頼して、クラウス様の好みの情報を集めた。そしてそれを元に、リアトリス様の性格や行動を変えていくプランを練る。
その結果、ワガママで勝気なリアトリス様はクラウス様の為に決死の努力を積み重ね、どんどん立派な淑女へと変わっていった。
これまで以上に周りの人を身分に関わらず大切にし、面倒くさがっていた勉強にも力を入れ、将来の王妃としての政治的知識も深める。
誰が見ても魅力的になっていくリアトリス様にクラウス様も前のようにぞんざいに扱うことはなくなり、休日によく会うようになった。俺はそれを遠くから見て涙を流したものだ。
しかし、そんな日々も急激に変化していく。学園内でリアトリス様がマリア様を虐めているとの噂が立ったのだ。
噂の内容は酷いもので、マリア様の服を引き裂いたり、持ち物をゴミ箱に捨てたり、お弁当に虫を入れたりと、リアトリス様がするはずも無いことであった。
しかし、真に受けたクラウス様は、リアトリス様を徹底的に避けるようになる。そして対照的にマリア様との親交を深めていった。
……傍目から見ても、クラウス様とマリア様は男女の関係にあるようにしか思えないくらいに。
リアトリス様の否定の言葉はクラウス様に届くことはなく、クラウス様だけでなく学園内外問わず周りの人間もそれに合わせて、リアトリス様を拒絶するようになっていった。
ある人は、舞踏会でリアトリス様がマリア様に激怒したことを言いふらし、その噂の信ぴょう性を説いていた。――もはや、噂は噂では無くなっていた。
――私やってないのに、そんなこと……!
部屋であの時のように枕に顔をうつ伏せにして、嗚咽を漏らしながら叫ぶリアトリス様。
慰める言葉は思い浮かんだが、きっと今のリアトリス様には届かない。
なら、俺に出来ることは果たして何だろうか。
次の日、公爵様にも学院を休むリアトリス様にも黙って、俺は学院に向かった。
隠れて雇った馬車の費用は俺の給料の一月分もした。
クラウス様を見つけた俺は目の前に滑り込むと、土下座の体勢になり、全力で頭を地面に叩きつけた。
どうか俺の話を聞いてくれませんか!!と必死の形相の俺に、クラウス様が取り押さえようと近づいてくる近衛兵士を抑える。
そして許可を得た俺はとにかく必死でリアトリス様のことを話した。
初めてクラウス様と会った時のリアトリス様。それから恋心を抱き、ずっとクラウス様のことを考えていること。そんな中、面会を拒絶されて酷く落ち込んだこと。また面会を許してもらった時、飛び上がるほど喜んだこと。そして隣にマリア様がいた事に泣きながら憤っていたこと。舞踏会でのことは、クラウス様への愛の強さゆえにリアトリス様が思わず強く注意してしまったこと。そして、それから必死でクラウス様に気に入られるために、努力し続けたこと。そして、クラウス様と休日に会うリアトリス様のとても幸せそうな表情。
俺は涙ながらに叫ぶ。
貴方は、リアトリス様と過ごして、何も思わなかったのですか!?
あれだけ貴方のことが好きで、好きになってもらうために全力で努力して、頑張っているお嬢様が、マリア様にあんな陰湿な嫌がらせをする人間だと本当に思っているんですか!?
私はこれまでずっとずっとリアトリス様の傍で仕えていました!リアトリス様のことならなんでも知っています!
リアトリス様は絶対にそのようなことをする人じゃありません!!
息を呑むクラウス様。そして、リアトリスが俺のことを……俺は一体……と何事かを呟く。そして俺に向かって頭を下げた。
すまない。確かに私は噂話を鵜呑みにしていたようだ。この事に関する私の発言は全て撤回することにする。……リアトリスにも伝えておいてくれ。すまないと。
俺は土下座のまま顔を上げて言った。
リアトリス様と、会って言って貰えませんか?
……わかった。今日行くよ。
それと最後にもうひとつ……この事はリアトリス様には内緒にしてくれませんか。
……俺が、多分リアトリス様に怒られちゃうので。
それを聞いたクラウス様は目を丸くしてから、快活に笑って頷いた。
そして、予約していた帰りの馬車を待ち、日が暮れてからようやく家に戻った俺にリアトリス様が飛びつき抱きついてくる。
アンタどこ行ってたのよ!それよりやったわ!クラウス様が家に来て誤解だって謝ってくれたのよ!それに今週末にもう一度会おうって!きっと思いが通じたんだわ!
翌日、リアトリス様と学園に行くと噂は完全に払拭されていた。犯人はマリア様を羨む別の貴族の生徒だったらしい。彼らはすぐに処罰されることとなった。
マリア様は被害者とはいえ、別人を犯人と決めつけ強く非難し、個人的な制裁まで与えてしまったことから、聖女とはいえ王子と距離を置かれるようになった。
それに、クラウス様は朝からリアトリス様のことを校門前で待ち、一緒に登校するようになった。俺と目が合うと、深く頭を下げる。それを見てリアトリス様は何かあったの?と不思議そうな顔をしていた。
そして俺は二人から離れて、楽しげな様子を見守る。
リアトリス様は長年思い続けた愛しき人と満面の笑みで会話していた。その顔は本当に幸せそうだった。
俺は思わず泣いた。周りの生徒に怪訝な目で見られた。
授業が終わり、クラウス様と校門前で別れ、いつものように帰路につく中、ふとリアトリス様に頭を撫でられる。
慌てる俺に、リアトリス様は心底嬉しそうに満面の笑みでふふっと笑っていた。
そんな毎日が続いていく。
クラウス様は自分のために必死で努力を重ね続けるリアトリス様を知る度、どんどんと惹かれていった。
毎日、毎日。リアトリス様は笑顔が絶えなくなった。にんまりと嬉しそうに講義を聞くその隣にはいつもクラウス様がいた。
俺はなんだか自分の場所が取られてしまった気がして、苦笑する。
俺は親ではないのだが、子はもう巣立つ直前なことは分かった。
そんなある日、帰路の馬車の中でリアトリス様が珍しく真剣な表情で唐突に口にした。
私、聞いたわ。
なにをですか?と聞き返すと、じっと俺の目を見つめるリアトリス様。
貴方がクラウス様の誤解を晴らしたんですってね。土下座して頭を地面に惨めに何度もぶつけて、しかも……私の恥ずかしい話まで全部口にして。
コツンと拳が優しく俺の頭を小突く。
――リアトリス様を信じろって。
俺は急に気恥ずかしくなってきた。
……クラウス様には内緒にしてくれと言ったんですけど。……だって本当に赤裸々に話しちゃいましたから、リアトリス様のこと。それを聞いたら絶対怒るじゃないですか……リアトリス様。
馬鹿……。アンタ私のこと何だと思ってるのよ。
……本当に、感謝してるわ。今までありがとね……。っ…………。
そう言えば、リアトリス様に名前を呼んで貰ったのは、これが初めてかもしれない。
初めて会った時から犬だのお前だの、馬鹿だの。まともな呼び方なんて全然しなくて。まあ、もう慣れちゃいましたけど。
ちゃんと、俺の名前覚えてくれてたんですね、リアトリス様。
……こちらこそ、楽しい12年間でした。
毎日が良くも悪くも刺激的で。お転婆姫のワガママに付き合わされてばかりの忙しい日々でしたが……。本当に。もうすぐ終わりなのかと思うと。
…………。
……。
ずっとお慕いしておりました。リアトリス様。
どうか、お幸せに。
俺は涙を流した。
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