捕まえた。
アスタルには化け物が住んでいる。それは数多くの敵を屠る強靱な身体を持ち、異形の化け物の頭をしていた。そして、その化け物は、花嫁を探している。
「と、聞いたのでやってきました!」
「帰れ。」
「なぜ?!」
目の前で憤慨したように喚いてる女に目眩がする。女は隣国の公爵令嬢。オレの噂を聞いて、飛んできたのだという。
「ですが、ヴェルグ様がお相手を探しているのも、それが難航しているのも事実でしょう?私はお買い得ですよ!なんせ、公爵令嬢ですので!ヴェルグ様が入り用の《家格》は満たしているはずです!」
…確かに、オレに今必要なものは後ろ盾になる家の力だ。それを重視して、あらゆる家に声をかけ、断られている。
オレは、生まれ付き体格に恵まれていた。だからこそ、戦で武功を上げ、国に認められ、新たに領地を与えられた。しかし、成り上がるオレを、面白く思わない者もいる。この頭は、そいつらにやられたもの。もう二度と、元には戻らない呪い。
「あのな、面白半分で来たのかもしれんが、わかっているのか?一生オレと顔をつき合わせて生きるんだぞ?社交にも出ねばならんし、いい見世物だろう。」
自分でも、この顔を確認したときは絶望した。恐ろしい形相の頭蓋骨からは異形の牙が生え、まるで自らを殺すように脳天を掠る。四本の牙を持つ、化け物の頭蓋。暗く底の見えない眼窩には鈍い金色の目が光っている。
「むしろ自慢です!最高です!ヴェルグ様は私の理想そのものなんです!結婚を前提に結婚しましょう!」
きらきらと眩しい瞳を向けられ、戸惑う。馬鹿にしているんだろうか?笑いものにしたいんだろうか。困惑するオレに、息荒くにじり寄ってきて思わず半歩下がる。なんだこの圧は。
「異世界なら異形頭もいるだろうと自分を磨いてきたのに、寄ってくるのは顔だけでなよついた男ばかり!どれだけがっかりしたことか!もう両親を説得するのも限界の年齢になってしまったけど、待ってて良かった!なんてことは無い、私の運命の人は隣国にいたんですもの、国内を探してもいないわけです!さぁ、私と番いましょう!子作りも喜んで!ご安心下さい、処女です!」
「まてまてまて、女が自分からそういうことを言うな!」
「何を言ってるんですか!チャンスは自分で掴みに行かなければ、何もものに出来ないのですよ!私は、貴方が欲しい!」
屋敷の玄関口で絶叫され、目眩がする。ほんとになんなんだ…!勘弁してくれ…。思わず手で顔を覆う。
「すきあり!」
「うおっ!?」
素人とは思えないような脚裁きで、脚を払われ後ろに倒れ込む。したたかに尻を打ち付け、痛みに呻くと、目の前に満面の笑みの女。
「エリスと申します。ご覧の通り武道の心得があります。家は公爵、両親はヴェルグ様との婚姻に大賛成。私は貴方が好き。あとは貴方が諦めて、私と結婚してくれれば良いのです。利用して下さい。悪戯に優しくするだけで、私は簡単に貴方のものになる。」
「…正気か。」
「もちろん。」
ちゅっ、と口先に柔らかい感触が走る。バチバチと電撃が当たったかのように、心臓が痛む。愛おしげに微笑む彼女に息が詰まる。頭蓋の顔に、熱が集まる。
「あら、顔色も変わるんですね。ふふふっ。」
「…っ、後から後悔しても知らんぞ!」
思わず口から出た言葉に、はた、と我に返る。オレは今、何を言った?オレの言葉ににんまり笑う彼女に、心臓が煩い。
「これから先、貴方と共にあることで、後悔する事なんてありません。」
覆い被さるように抱き締められ、身動きがとれない。
「捕まえましたよ、絶対に逃がしません。」
背中に回る細い腕と、オレの身体に触れる柔らかさに緊張して、彼女の声はまったく聞こえていなかった。