ヤンデレはヤンデレでした。
「婚約破棄、ですの?」
きょとんとした顔を作って、首をかしげて問い直す。
私は女優いけるいける! 視界の端でうわーという顔をしている友人たちの顔なんて見ないっ!
ちゃんと泣けるように玉ねぎは用意した。
よぉし、準備は完了。
「わ、私がなにしたというんですの!」
涙目で喚いた私グッジョブ!
今日のために頑張ったんだから! 約束の婚約破棄ですよっ!
事の起こりは生まれる前から。
でも、私が私になった日から、おさらいしましょう!
いっせかいーっ! てんせいーっ! しましたーっ!
いええぇぇぇーーいっ!
……失礼しました。死亡後のバカみたいなテンションが抜けきらず、つい表に出てきてしまいました。ご了承ください。
某池崎氏のように全力で叫びたいですが、それをすると母親(仮)が泣きそうな顔をするので出来ません。
乳児を卒業して幼児なので、理由無く叫ぶ泣くとおろおろされます。
おお、母よ、大丈夫じゃぞ。なぜか精神的にちょっと不安定なだけで、問題はないぞ。などとあうあう言ってもおろおろが止まらないので、少々不安です。大丈夫? うちの母。
いや、幼児の言葉を理解しろとか言うのではないのですが。どうもお一人のようで、父親らしきものをみたことなく日々が過ぎるとどうなっているのかと。
ほとんど母と一緒ってのも不穏。綺麗な部屋で内装も整っていることからかなりの邸宅というのはわかる。使用人くらいいてもいいじゃないってくらいの家。でも、誰もみない。
かんきんされてるーっ!?
みたいな。
……笑えません。
なお、自力で移動出来たりできるので既に大きく育ち済みです。でも、お話はできない。
母、無口すぎでは? 言語マスターに不安しかありませぬ。むしろ、そろそろマスターしなければいけない年なのでは? 幼児語すら実は知らぬのですが?
私が私の意識を取り戻したのはつい一ヶ月前のことなので、それ以前はおぼろげです。単調な日々で日数が意味が無くしそうです。
どうしたの神様。確か、良い血筋の良いご家庭に生まれ、育つ予定ではなかったの? 余裕余裕のイージーモードって聞いたんだけど!? 18歳くらいに聖女になるけどそれまでは溺愛の愛される私という話じゃなかった!?
というスタートからさらに一年後、事態は進展しました。
やっぱり、おかしかったようです。ヤンデレに監禁されてました。
のらりくらりと娘および、孫に会わせないことを心配した母方の両親がしびれを切らして、物理的に突入したそうですよ。武装した一団が来たときには何事かと思いましたね。
後々のお話を統合すると某ゲーム風世界のヒロインだったわたしの母、悪役令嬢に目を付けられ罠に嵌められ父と結婚させられたという……。
本編始まる前に退場させられましたよ系。なお、父はバッドエンド要員。最終的に売られるように送りつけられる先っぽいです。
ただ、それにしてはハイスペック過ぎるんではないかと思います。
顔がよい。能力有り。少々年上ですが、そんなの気にならない程度に好条件なんですね。皆がよいという優良物件なので、油断したようですよ。
婚約後、即監禁。すげぇなと思うのですが、母は監禁されている意識もなかったようです。
いったいどうやって丸め込んだんでしょうね。
そんな父とのご対面は、穏やかではありませんでした。
ヤンデレですからね。母至上主義がいきすぎて母の娘たる私に対しては複雑な何かがあるようです。
母がいるというからおいてやる、みたいな事を言われました。そのときは言語習得していなかったので翻訳済みの言葉でしたが。
おかげさまで、話すことには以後、苦労させられました。それが以降の人生の枷であり、良きことであったというのも皮肉な話です。
このヤンデレが、と日本語で返してやりました。
きょとんとした顔で見返されたので、続けて鬱憤晴らしで色々言ってやりました。
そこでようやく、この娘が話せないと言うことに気がついたようです。話せないっていうか、別言語を自分で作りだしちゃってるって。
天才か、とか言ってましたけど、それ前世の世界の言葉です。
さすが母の娘とか言っちゃってますけど、貴方の娘でもあるんですけどね。父よ。
それはさておき、この状態を作り出した元凶たる悪役令嬢。転生者でしょう。そんな彼女は今は王妃やってるそうですねっ!
母の境遇は成金系男爵家の娘で、天真爛漫、純粋無垢にお育ちになりました。親の代が成金、成金と言われ続けた反動で清廉なお姫様を育てちゃったみたいです。絵本の中にいるようなお姫様を。
そのおかげか正統派ヒロインの母、ヤンデレな父に絆されてます。好きというより困った人だなと思っていたそうですよ。ストックホルムシンドロームですか?
まあ、正直なところ父も母が絡まないと普通というか有能でして。逆に有能だからこそ何年もの監禁が成立しているという……。
父の爵位が公爵様ということで、本来なら泣き寝入りするところなんです。会わせないだけで、監禁の証拠とは言えませんからね。
でも、どうして、探し出されたのかといえば母が次代聖女候補としてあがっていたからです。そして、ほかの候補が全部、落ちました。
あれ? この娘なんでいないの? と気がついて、この救出劇となったらしいのです。
さて、この監禁。関与したのが公爵様ということで、配慮されました。裏でからんでいたのが自国の王妃なんじゃね?疑惑もあり、捜査は柵っと終了。
事件性なし!という。
つまりは溺愛過ぎて、閉じ込めちゃった(はぁと)。ということで処理されました。嘘じゃありません。残念ながら。
これからは反省して、色々面会とか外にも出すと父は言っています。本当ですか? 皆が懐疑的な表情になったのは仕方ありません。そこに母も入ってました。
これの処理、大変困ったでしょうね……。
ついでに言うと私の処理も困り果ててました。被害者と加害者の間の子供ってのは、困ります。どこかの養子に出される案もあったそうです。
なんと、王妃が引き取りたいとか。
……怖すぎる。ひしっと母にしがみつき回避1択です。父、母に敗北し、同居決定です。本当は邪魔とか思ってたの知ってます。
この先の溺愛が嘘のようですね。ははは。
当時は父が大人げなく幼児の私に張り合ってくるのが問題な他はそれなりに親子やってました。
今まで何で無関心だったかっていうと見たら害してしまうのではないかと恐れたとか。
……なんでしょうね。この人と思ったのは確かです。
今は、溺愛、時々、敵対の父とそれを困ったように、でも楽しそうに見てる母と一緒に暮らしております。
表面上なにもなかったってことになってます。実際問題、手続き的にはどこも問題なかったみたいです。監禁ってのが、一般的にどーよそれ、なだけで。
今は監視の下、穏やかな生活です。
来年には下の子も産まれますし。お姉さんになるんですねーっ! と楽しみにしてたら。
なんと! 王子様から婚約の打診がありました。父から同席しなさいと言われたので同席してたんです。
即断りました。父が。うちのかわいい娘には婿が来るので不要とのことで。え、と父を二度見しましたね。
可愛い娘って!? 可愛い娘って!?
「とうしゃま、しゅき!」
人目をはばからず、ダイブをかましてやりましたよ! 篭絡のチャンス到来です! 完落ちを狙います。
面食らっている父と使者の人。
おや、間合いを間違えましたか?
「おうち、いるの。ずっと!」
「う、うむ。というわけで、無理だ。どうしてもと言うなら、我が家への借金と借りを返してから言ってもらおう。そこで初めて交渉が始められる」
……不穏ですね。
公爵家というのは王族の誰かが臣籍降下する場合に入る家のようなもの。兄弟やその他親族そろって同じ公爵家に所属しているってことも珍しくないんです。
家の中の序列は決まってますけど、家族って感じじゃない。でも資産は共同管理という謎の状況。
そういう家なので、歴史は長く財力も権威も有り余ってます。
実はもう一つの王家と称されるほどに。
というわけで、我が家、王家が困るごとに駆り出され、尻ぬぐいをしてきた経緯があってのこの父の発言なわけです。
ふざけんじゃねぇと恫喝しているようなもんですね。
そうしたら、ですね。なんと、別の王子がお婿さん候補になりました。
最初のは第一王子。次期王。次は第三王子。側妃の子で生まれたてほやほや。私、七歳。
断るなら、次生まれた子に婚約申し込むけど。教会経由でなどと言われました。なぜ、教会なのか。それは、王家の冠婚葬祭全部口出ししてくる厄介な人たちだから。そんで、賄賂に弱い。一部なのか全部なのかは知らないけど、父がそう言ってた。
そんな人たちに婚約相談すると揉めるそうです。当事者ほっといて、権力闘争的に揉めるそうです。
父曰く、熾火に火種ぶち込んで、割ってない栗を投げ入れるみたいな表現をされました。
火に油よりも悪そうです。
そこまでして、私を婚約者にしたいのはなぜなのか、首をかしげますね。親子そろって同じ角度で首をかしげていると執事に笑われたりもしました。
とりあえずは、受けて、養育権はこちらにという話になったんですけどね。
生まれたてで乳母付きでやってきた婚約者様。そのあとに、我が家には双子が生まれました。
実質、三つ子がそこにいるようなもので。そうなるんじゃないかなぁと思った通りに、姉弟として育ってしまいました。婚約者なのに。
私が15歳の時に、この婚約は解消しました。破棄じゃなくて解消。側妃様が実家に帰るという実質離婚ですね。側妃様は外国から嫁いできたのですが、あちらの国で王太子が家出したっていう裏事情ありです。
継承者、いなくなっちゃった……っていう。元々、不仲だったので子供だけでなく側妃様も国元に帰ることになりました。
側妃様とは交流もあり、面会もありだったのでわりとスムーズに……。
いえ、お姉ちゃんを守れるくらい強くなってくるからっ! とぶんぶん手を振って去っていた元婚約者に不吉な予感がしました。
ま、まさか、おまえもヤンデレないよな? 父だけで十分だぞ。ほんとだぞ。振りでもフラグでもないからな?
……胸騒ぎは置いといて、次に王家が婚約者を送ってきました。一度は断った第一王子が。この人は同い年なんですけどね。
人の顔見て、平凡と評して鼻で笑うやつなんですよ。いけ好かない感じ。
双子の息子がいるんだから、嫁に出せるだろなんて、腹の立つ言い草ではあります。
「ねぇ、お父様」
「なんだ。娘よ」
「いい加減、絞めてきましょ」
「そうだな。ものじゃないんだから」
仄暗いものを浮かべて我々は密談することにしました。母は清いままでいてほしいので、そっとしておきます。そうでなくてもやんちゃな双子とその下の妹相手で疲弊してますからね。
心配をかけることはしません。ええ、しませんとも!
さて、やばいほうに最強タッグであろう私と父は、王家の弱みを握りに行きました。
表面上、従順に王家の要望通り婚約を受け入れ王妃教育を受けるため王城に出入りすることにします。ほどほどにできる系の私、いびりに近い教育に打ちひしがれる、というわけではなくすべて記録しておきました。
今に見ておれ。愉悦に浸っていられるのも今のうち。ぐぬぬぬと。
父は父で、過去の色々を顧みたり、調べたりした結果、あることに気がついちゃったんです。
あれ? 監禁する必要ってなかったんじゃない?
って。
誰が公爵家の奥方に手出しするんだって話ですよ。王様でもなきゃそんな命知らずいないでしょうに。当時、王太子だった現王では到底無理な話だった。先代はそれなりに年だったので、もしそれをしたら非難轟轟な事件になります。
それでも、不安な父にそれなら閉じ込めてしまえばいいと囁いたのは王妃であったと。そうすればどこにもいかない。今のままなら誰かに連れ攫われてしまうだろうと。
そう言って、手元に置ておかねばならないと思い込ませた一端が王妃にあったようです。
結果。監禁しましたと。
ま、父も父で鵜呑みにしたのが悪いんでしょうけど。恋は盲目です。ヤンデレる理由もなくもないんですよね。ほっとくとハーレム作っちゃうゲームヒロインなので。
そのついでに、昔すっごい冴えない少年で、その当時母にあったことがあるそうです。その後、心根を入れ替えて頑張った結果が今なのだと知りました。
なるほど、バッドエンドだけど言うほどバッドではなかったんですか。
すごいなヒロイン。
そして、根っこのところでの父の自信のなさの原因を知った気がします。冴えない原因もなんかあったっぽいんですけど。それはむっとし顔で、黙ってました。
いっそ、乗っ取るかという言葉からきっと現王様がいらんことしたんじゃないかと推測しますけどね。
こわっ。
それはさておき、さらに気がついちゃったらしいんですよね。
その誘いに乗らなければ、もしかしたら、最初から今のように平和に暮らしていけたんじゃないかって。私が小さいころからちゃんと大事にできたんじゃないかって。
遅くないですかね? と十六の私は思いました。え、今ごろ気がついたの、と素で聞いてしまって心底落ち込んだ父を全力で励ますのは疲れました。
私被害者なんですけどー。なんで、加害者励ましてんの? と思うところはあります。謝罪されてますけど、なんなら甘やかされてますけど。
普通はそうじゃないのに、時々感情の揺り幅がおかしいんですよね。父って。
それはそれとして。
王妃がなぜ、そうしたのか、というのがやはり疑問として残っているのです。彼女たちはその当時、会ったこともないはずです。なのに、どこにも出したくないみたいに、父に監禁するようそそのかした。ただの男爵の娘なんて、結婚もせずに愛人でもよかったはずなのに、きっちり結婚までさせて。
理由はわからないけど、母をどうにか王城に来させず、学園にも通わせず、教会にも見つかることもさせずにいたかった、らしい。ということまではわかっているのですが。
なぜ? が埋まらない。そうですよね。悪役令嬢で断罪されたくないならヒロインを最初から排除しちゃえなんてところ、物語の枠外じゃないとわかりません。
そんな話を私からするわけにはいかず、どうしてでしょうかと話を合わせてはいました。
怪訝そうな表情で見られたので、笑ってごまかしましたけどごまかされましたかね。
聖女候補だったからでは? といえば、そういえば王妃も候補で最後まで残ったものの神からの承認が得られなかったときいたことがあると。
当代の聖女様はもうお年なので、引退したいと事あるごとに老体に鞭打ってとかなんとかごねる方だそうです。
儂のスローライフ計画返せとかなんとか……。こっちもなんか転生してます?
さらに一年ほど経過して、17歳の私。婚約者の浮気現場に遭遇しました。場所は庭園。たまたまの散歩というより、義務的お茶会に出席のための移動中でした。
まあ、噂は聞いていたんですよ。お節介な人たちが、浮気してますよぉと心配そうな顔でにやにやと話をするんです。
こっちの反応を伺って、楽しむ悪趣味。
興味ないので、あら、殿下は陛下にそっくりですのね、と返しておきました。ええ、側妃が十人もなんて王妃様、管理大変でしょうね。また、増やすとか言ってましたけど。心痛をお察しします。
ざまぁみろ。
さて、現場というのは、木陰に誰かいるなぁと思ってみたら、目撃というやつです。
お相手は子爵令嬢。名前は忘れた。みんな流行りに乗っかるから、個性的な見た目してないと同じように見えて困りますね。
なにかこう、カラーバリエーションみたいな。
ほうほう。キスするかね。とまじまじと見てしまったのもいけない気がします。もっと激しいことする? とさらに黙ってみてるのも、普通ダメですね。
ほら、うちにはいちゃいちゃバカップルがいるからそのくらいは慣れて……。
慣れちゃいけない気がします。
そんないちゃいちゃを冷たい目で見ていれば、ご令嬢のほうが先に私の存在に気がついて、慌てていました。
「もうおしまい?」
なんて言えば、ふたりとも絶句してました。
「一応、婚約条件を思い出すように忠告する。
浮気厳禁。父がねじ込んだ条件破ると罰金」
なお、支払いが遅れると利子がえげつなく増えていく。
「浮気ではない。友人としての範囲だ」
「うむ?
じゃあ、ヒース」
ご令嬢は一人で歩かないので、護衛と侍女がついて回る。そのうちの護衛のほうを呼んだ。
「はっ」
「かがんで」
疑問を浮かべながらもかがむ君は良い子だ。お気に入りの護衛の頬にちゅっとキスする。
「な、なんてことをっ」
「友人の範囲。問題ない」
こういうのはちゃんと思い知らせないと。
ちなみにヒースは女性。あの父が私のそばに男を寄せるわけがない。見た目は男性のように見せるようしているのは、女性の護衛が舐められるからだけど。実力は折り紙付き。
「お嬢様、お戯れが過ぎます」
「ん。ヒースと私は仲良し。大丈夫」
彼らを放置してヒースにエスコートしてもらってお茶会に行く。
「いいんですか?」
「好きでもない男がなにしようと勝手にしてほしい」
そのうち、捨てるし。
ひどい女だなと自分でも思うけど仕方ない。
「……お嬢様、ひどいですねー」
「ひどいんですよー」
事あるごとに地味だのかわいくないだの、おまえみたいなのが婚約者とはとため息つく相手と仲良くする義理はない。
父に報告するとサクッと抹殺されそうなので言ってない。まだ、おいしく熟してないので刈り取らないでほしい。
本当に悪いと思っているが、貴方の母親には恨みがあるのだ。
逆恨みのようだとも思っているけれど、まあ、仕方ない。
さらにさらに一年後、婚約破棄されたのが今。
一応、夜会での出来事。ただし、国王夫妻が入ってくる前のご歓談中というやつだ。予定通り、国王夫妻には遅れてもらえたようだ。父が嫌がらせのように、というか嫌がらせでどうでもいい話を延々としているはずだ。しかも絶妙に断りにくい案件を挟んで。
さて、我が婚約者はかなり盛り上がっている。
私がいかに悪女かと聴衆に訴えかけているのはなかなかに面白い。
罪状は殿下のお気に入りにいじわるしたから。彼女こそが本物の聖女であるので、婚約者の地位を渡したくない私が意地悪をしたということらしい。
「そ、そんなことしてませんわっ!」
玉ねぎが目に染みる。ぽろぽろと涙がこぼれて、多少は哀れに見えると思います。こらこらなんでそこで肩を震わせているのだね。わが友よ。
爆笑をこらえるなら外に出なさいな。
「見苦しいな。さっさと捕まえろ」
王子の取り巻きが、さくっと私を捕まえます。
予定通りです。
「……ほんっとうに、あとで弁解してくれるんでしょうね。公爵閣下に吊るされたくありません」
「わかってるわよ。ちゃんと傷一つ付けないならね。うちのお父様、溺愛だから」
取り巻きの一人が、すでにこちらの手の内なんです。痛いのは嫌なので、捕獲役は君に決めたっ! と落としました。
泣きながら、連行される私。
「お待ちください」
ん?
甲高い、でも、女の子ではない声が聞こえてきました。予定にありません。疑問に思って視線を向ければ、少年がいました。
「あれ?」
思わず、素に戻ってしまいました。
やだ、元婚約者の弟(気分)じゃないですか。あちらもごたごたしていると聞いたんですけど、大丈夫ですか?
「姉さん、なんで、こんなことになってるんですかっ!」
「え。いや、事情があって?」
詰め寄られる私。来るなんて聞いてないから想定外過ぎて、困惑しますよ。
なんで、あっちじゃなくて、私が詰め寄られるのか。
「事情。ああ、あの役立たずな男ですね。婚約破棄してもらえてよかったです。どうにも国王夫妻が頷いてくれないので、大変困っていたので」
「へ?」
可愛い顔してなんかひどいこと言ってません? 天使のようにきゅるんとした感じなのに、吐き捨ててくれちゃって。
「私のかわいい弟がやさぐれた」
「だれが、かわいい、おとうと、ですかっ!」
低く唸るように言われてしまったのですが、君、まだ私より小さい。目線が下であると気がついたのか、恥ずかしそうにうつむいてますよ。
「僕が、もうちょっと大きくなるまではと思ったんですけど、そうもいかなくて。
おっきくなりますよっ!」
「あ、うん。大きくなりたまえ。叔父さんが大柄と聞くし、大きくなるよ。うん」
微妙な年ごろの少年に身長の問題は自尊心を傷つけるらしく、弟たちにもやらかしたのだ。はやく、お姉ちゃんを追い越して、小さいなって言ってって。
三日ぐらい口きいてくれませんでしたね!
「ちゃんとつり合いとれるようになります!
こほん。そうではなくて、じゃあ、今、婚約破棄されたのでフリーですね!」
「いや、書類上の破棄が済んでないので宣言だけ。残念ながら、これとは婚約中。残念」
「ちっ」
悪い顔してる。我が元婚約者が悪い子になってる。
「おい。そいつ、誰」
「おや、お忘れですか。あなたの弟です。現在は、トーリの第二王子ってことになってます」
養子に入ってそういうことに。
でも、王太子じゃないのはなぜなのか。そういう約束って聞いたんだけど。
「そろそろ、王弟となる予定なので婿入りにきました」
「は?」
おそらく、この場の人たちの心はひとつだったでしょうね。
トーリって王女様しか残ってなくて、継承権は直系男子のみとなっていたはずです。
「親書を届けに来たのですが、夜会ということで少しだけ顔を出したんですよ。
姉さんに会えるかと思って」
そう言って頬を染めるところが可愛らしいですが。脳みそついていけてません。
「……なんの騒ぎだ」
都合よくなのかちょうどよくなのか、国王陛下がお出ましです。そのあとをすました顔で父がついてきていますが、サムズアップしてます。
やってやったぜ!という顔ですよ。あれ。
「……共謀してる」
「戻ってきたい。婿になりたい。といったら快く知恵を貸していただけました」
「……父、しばらく口きいてやらない」
どこから、いつから結託してたんでしょ。弟その3にしかみえないんですけどね。
「父上、この女と婚約を破棄し、真の聖女たるライラと婚約……」
「やめなさい」
「母上?」
「その女が悪いのね。誑かして。衛兵、連れ出して」
さらっと罪をライラ嬢におしつけましたよ。王妃様。青ざめますよね。よく知らない人ですが、ご愁傷様です。おそらく、実家は断絶、自分は修道院送りでしょう。華やか王妃ライフはおさらばです。
……というか、破棄させないつもりですね。こちらに口出しさせなきゃ大丈夫とか甘すぎますね!
「お詫びしますわ。まだ若くて誘惑に弱いの。あなたもちゃんと捕まえておかなきゃいけないわ」
にっこり笑って、だから許せと強要できるのが強者ってもんです。
「条件に引っかかりましたので、賠償か、破棄かどちらかご選択ください」
私は無視しますけど。
「あら。どの条件かしら」
「他の女性を愛するといえば、破棄すると。お互いのためにいれた条件。
あるいは、同等に愛することを約束し、同じように振舞うこと。出来なければ、金銭であがなう」
「お遊びよ。貴方も護衛と戯れていたじゃない」
「女性同士のじゃれ合いと同じではない、と思います。
じゃあ、殿下、そのひと男の人なんですね」
地獄のような沈黙がありました。
あれ?
冗談だよ冗談。といえない空気感ですね。
「愛人の一人や二人許すものだろう」
国王陛下はめんどくさいと言いたげに切って捨てました。
で、なんで、私のほうを見ますかね?
「息子が気に入らぬなら、わたしがもらってやろう」
「断ります」
即答したのは父でした。
背後から、さくっと羽交い絞めとかやめたほうがいいと思いますよ。うん。殺意が溢れてます。
「ねぇ、陛下。最近、よく眠れないとおっしゃっていたので、よく、眠ってみましょうか。永劫、目覚めなくて結構ですよ」
……父がブチ切れてます。
切れるまでが速攻過ぎて逆にビビりますよ。
「お前の妻はわたしのものだった。お前に譲ってやったのだ。娘くらい寄こせ」
父はそのまま無言で、絞め落としてました。
打ち捨てて足蹴にするくらいには腹立たしいってところですか。血を見なかっただけさいわいですが、生きてますよね?
焦る私を横目に王冠を取って王の椅子に乗っけてます。その隣にそのまま立って。
「これに、正常な判断能力はない。次代が育つまで預かってやる」
……予定にない簒奪が今起きました。な、なぜにっ!
「聞いてます?」
「いいえ、全然」
ですよね。みなが呆然としている中、婚約破棄はうやむやになり、事後処理が淡々と行われていきました。
……これってもしかして。
「最初から計画のうちだったとか」
そうしたら、うちの父はなかなか恐ろしい人です。
呆然としていた王子もその愛する人も回収され。王妃が愕然としているうちに父に何か耳打ちされて青ざめて連れていかれました。
なんでしょう。この蚊帳の外感。
夜会の会場から私たちも別の部屋へ移動し、父がやってきたのはそれから数時間後。
ご機嫌に入ってきた父に私はいらっとしましたね!
「お父様」
「ん?」
「ん? じゃありませんっ!」
私がそう言うと途端におろおろするのはいつもの父です。
父の証言によるとなんでも私を王が側妃にしようと計画していたそうです。つまり、追加される予定と聞いた側妃って私のこと……。し、知らなかった……。
つまり、息子に婚約破棄させて傷心の私を引き取ったという形で手に入れると。
気に入った理由。母の娘だから。以上。
「クズですね」
「クズだな」
そんなクズが、簡単に諦めるわけないと念入りに画策していたのだとか。私が知ると囮とかするとか言いだしそうで黙ってたそうですよ。
子供は子供で遊んでなさいということでしょうか。
王位継承は、今のところ第二王子が有力だそうです。第三王子だった元婚約者は、継承権の放棄をしているのでこれに巻き込まれることもありません。
とはいえ、我が家がやらかしたことなので落ち着いた日々にはなりそうもありません。
……あとで他の人に聞いたところによると父、暗殺されそうになってたらしいんで。未亡人の母を入手しようとする国王の意地とを感じます。
なんだって、今なのかはわかりません。
あるいは、外に出るようになったせいでしょうか。子育てもひと段落して社交始めてましたからね。
……結局は、ヤンデレはヤンデレでした。これに尽きます。王妃様の敗因というのは、この人をヤンデレ化させたってことでしょう。
それを母が知っているかは闇の中。
ちなみに婚約は正式に破棄されました。その後、年下元婚約者に口説かれる(予定)