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8.RIP

 記憶が走馬灯のように駆け巡る。


 いつも俺には無関心だったお袋に、暴力を振るってきた粗暴な兄。親父は物心ついた時には既にいなかったし、今もどこで何をしているのか、そもそも生きているのかすら知らない。

 何もないど田舎の貧乏な家に生まれて、不幸しかない生活を送ってきた。そんな人生から自分を救ってくれたのは──……神様ならぬ、雷様だった。


 雷が落ちた時は死ぬかと思ったが、顔の火傷以外に外傷はないし、それ以来は電気が効かなくなった。詳しい理屈はわからなかったしどうでも良いが、どうやら雷に打たれて特別な能力が開花したらしい。


 最高だ。


 普通の人間にはない特別なものがある、というのがこれほどまでに心地良いとは思わなかった。優越感に酔いしれていると、お袋に無視されることが辛くなくなった。その能力を行使すれば、あれほど恐れていた兄が触れるだけで痛みに泣き叫んだ。『帯電体質』を会得してから、それだけで有頂天になっていた。


 しかし、ガキの頃はそれで満足していたが、成長するにつれて考える。このままでは俺は「ちょっと珍しい体質をもつ一般人」みたいな肩書きで、特に目立つことなく一生を終えるのではないだろうか。

 特別な能力があっても使わなければ、何も成さなければ、世間から見れば何もないのと同じだ。俺が生きていたことなんて忘れ去られてしまうだろう。

 せっかく特別な能力を得られたのに、そんなのはまっぴらだ。何か、俺が生きていたという証を残したい。だが俺の『帯電体質』は、意外と役立てるのが難しい──いや、ハッキリと言うと、実生活では役に立たない。まだ「歌が上手い」だとか「絵が上手い」だとか、そういった才能の方が世の中に必要とされ、人々から注目される。


 どうしたものかと考えていたある日のこと。また兄が俺に暴力を振るってきた。電気対策にゴム手袋をして、腹や頭を殴ってきた。前まではただ縮こまり兄が飽きるのを待つだけだったが、今は違った。今の俺は自信に満ち溢れていたし、一度負かした相手が懲りずにまた暴力を振るってきたことに、憤慨した。なんの才能もない人間が、特別な能力のある自分を舐め腐っている。許し難い。そして、この日初めて能力に頼らずに兄に反撃した。足払いして転ばした後、馬乗りになり首を絞め、電気を思う存分流した。兄は喘ぎながら泡を吹き、とうとう動かなくなった。

 動揺はしなかった。

 むしろ俺は、楽しそうに笑っていた。これからもっともっとこの能力で人を殺せば、世界中の人間が俺に恐怖し、俺の名を延々と語り継ぐことになるじゃないか! どうしてこんな、簡単なことに気がつかなかったのだろう……!


 回想の場面が切り替わる。


 この狂気の沙汰としか思えないバトルロワイヤルに参加する前に出会った、白髪の子ども(?)との問答を思い出していた。確かユニスと名乗っていた、この戦いの主催者だ。


『あなたは何故、殺人を犯したのでしょうか?』


 そんなことを聞かれたので、ニヤリと笑ってこう答えた。


『俺を人殺しのクズ野郎と罵った奴は……100年後には忘れ去られている』

『……はぁ』

『だが俺は違う。100年後も200年後も、最高にイカしてイカれた電撃使いの殺人鬼だと人々に語り継がれていくのさ! 皮肉にも俺を嫌悪する善良な民衆が、ギャーギャー騒ぎ立てるお陰でな! ひゃはははははッ!』


 悪名は無名に勝る。俺の人生を言い表すのにこれほど適した言葉はないだろう。実際、殺人鬼となり大勢を殺した結果、面白いように自分の望み通りになった。テレビで、ネットで、新聞で、数々のメディアが自分のことや自分の能力をニュースにして盛り上がっていた。

 ここまで有名になればもう何も悔いはない。俺のことを恨み嫌悪する人々の罵詈雑言がとても心地良かった。騒げば騒ぐほど俺の望み通りになるというのに、人々は黙らない。人の口には戸は立てられぬとは、よく言ったものだ。


 だが、一つだけ懸念があった。既に生に悔いはなく、いつ死んでも構わないと思っていた俺だが、どうせなら最期は派手に逝きたい。人生を物語に例えるなら、死はクライマックスの重要な部分だ。他の殺人鬼や犯罪者と同じようにただ処刑されるというのは、些かつまらないのではと思い始めた。

 こんなことなら、警察に大人しく捕まらずに死ぬまで抵抗でもすれば良かったか? なんてことも思ったが、監獄に入ってから転機は訪れた。言うまでもなく、秘密の聖戦(アルカナバトル)の参戦だ。たとえ公にならない戦いでも普通に処刑されるよりはずっと良い。少なくとも何人かが、俺の本当の死に様を知っておいてくれてるだけで気が楽になる。奇妙だが、最初から勝って生き延びることよりも死ぬ場所を求めて参戦していた。


 結果は、情けないことに誰も殺せずに終わってしまうようだが、それでも俺のような殺人鬼には随分と上出来な結末だ。


 どうせ今も、この場面をカメラを通して観戦している連中がいるのだろう。せっかくの最期だ。今の気持ちを赤裸々に吐き出してこの生涯を終えよう。


 不敵に笑った。


「──……最高の気分だ」


 ぐしゃり


 【審判(ジャッジメント)】の斧が振り下ろされて、【(タワー)】の顔と喉と胸と腹を縦一直線に叩き割る。血飛沫が舞い上がり、臓腑が床にぶち撒かれた。忌々しいことに、【(タワー)】の死に顔は愉快そうに笑っていた。


***


「──はぁっ……! はぁ……はぁ……終わったのでしょうか……?」


 観戦室にて、ソフィアが息を荒くしながらそう尋ねる。カメラ越しとはいえ本物の殺し合いを見た結果、過呼吸を引き起こすほどに緊張していたようだ。


「キツければ無理して見なくても良いのですよ? ……しかし、見事に【審判(ジャッジメント)】が勝利しましたね。何度か危ない展開がありましたが、まぁ終わり良ければ全て良しです」


 【世界(ワールド)】がそう言う。ソフィアと違って、あの殺し合いを見ても緊張した様子はなかった。図太い性格だからなのか、見慣れているからなのだろうか。外見は子どもにしか見えないというのに強かなものだ。


「【審判(ジャッジメント)】が勝利したことは、我々にとって実に喜ばしいことでもあります。何せ相手は【(タワー)】の名を冠する殺人鬼故に、誰も彼の勝利に賭けていませんでしたので」

「……え!?」


 【世界(ワールド)】の付き人である老紳士の一言に、ソフィアは驚愕した。聞き間違いでなければこの老紳士は、あれほどの激闘を繰り広げた【(タワー)】の勝利を、誰も期待していなかったことになる。ソフィアがそう考えたことを察したのか、【世界(ワールド)】は慌ててその勘違いを訂正する。


「【(タワー)】に賭けている人がいないのは、別に彼が弱いからというわけではありませんよ。ただ、タロットカードの中でも最もネガティブとされる大アルカナのカードですので、彼が勝利すると縁起が悪い──それだけです」

「縁起って……どういう意味なのでしょうか? タロットカードの暗示なんて、この戦いに何か関係があるのですか?」


 てっきり聖戦におけるタロットカードの役割なんて、参戦者の識別のためだけだと思っていたソフィアは大層驚いた。そして、ならばタロットカードの本当の役割とは何だろうと予測する。もしやタロットカードに秘められた意味がこの先の戦いを大きく左右するのではないか、なんて考えたところで、【世界(ワールド)】から真相が語られる。ソフィアが想定していたよりも、ずっとくだらない、馬鹿馬鹿しい真相が。


「いえ、ただ賭けるだけですと、途中で予測を外した方々が最後まで楽しめないと思いまして、このバトルロワイヤルにちょっとした要素を付け足しただけに過ぎません──『占い』という、メルヘンチックな要素を」

「……は?」

「今この場には、この国の重鎮の方々が揃っていますので、せっかくですから国の将来でも占ってみようかと思ったのですよ。いわゆるワンオラクルという占いです。人命を使った占いなんて何だか当たる気がしませんか? タロットカードは1枚だけでも正位置と逆位置とで様々な意味がありますが、『塔』はどちらでも悪い意味をもつカードでしたので、優勝して欲しくなかったというだけなのです」


 ソフィアはぞっとした。

 一概に言えたことではないが、無意味に殺し合わせるよりも、くだらない理由を添えた殺し合いの方が命を侮辱しているような感覚を覚えた。【世界(ワールド)】の話のニュアンスからは、観客を楽しませようという意思しか感じられなかったが、それが逆に不気味でもあった。心の底からこの催しを、楽しいものと認識しているということだからだ。恨みがあるわけでもないのに、人に対してここまで冷酷になれるものなのか。


「いくら何でも……そんな……」

「ソフィア様、先ほどユニス様が申し上げましたように、無理に戦いをご覧になる必要はございませんよ」


 絶句するソフィアを見兼ねてか、老紳士が落ち着いた口調で諭すように言う。それでも席を立つことはしないソフィアに、【世界(ワールド)】はあっけらかんといった様子で、


「ソフィアさん。唐突ですが、SNSはやっていますか?」


と聞いてきた。

 余りにも唐突過ぎて何も言えずにぽかんとするソフィアを気にせずに、【世界(ワールド)】は話し続ける。


「SNSでも、インターネットの掲示板でも良いのですが、世の中で殺人、暴行、児童虐待、動物虐待、強姦、セクハラ、パワハラ、誹謗中傷、自殺教唆……有り体に言えば犯罪が行われた際の反応は様々です。しかし皆一様に犯人を恨み、こう言います──『犯人も同じ目に遭わせれば良い』と」


 ここまで聞いて、ようやくソフィアは【世界(ワールド)】が何を言いたいのかがわかった。そして、彼を含めたこの場にいる人々が、この残酷な戦いを平然と観戦できる理由も察した。


「言ったでしょう? 『ただ残酷であれば良いというわけでもない』と。この戦いは殺人鬼が参戦するから良いんですよ。この戦いは、多くの善良な民衆の方々が望んで止まない“罰”なのですよ。人を殺しておいて、被害者の尊厳と命を踏み躙っておいて、尊厳を保ったまま痛みのないように殺す『死刑』だなんて生温い。加害者が被害者よりも軽い苦痛で済まされているなんて、間違いだ。殺したように、殺されるべきだ──そう思いませんか?」


 その囁きは、その大義名分は、ソフィアの胸中に燻っていた罪悪感をじわじわと消化していった。理性がその理屈を残酷だ、間違いだと断じるが、感情はその理屈に納得しているように感じる。ソフィアはそんな自分が何だか嫌だった。


「それに、見てくださいよ──こんな目に遭っても、【(タワー)】は満足そうに笑っている。反省も後悔もしていないんですよ。残念なことに、世の中には彼のような、わかり合うことが不可能な凶人はどうしたって存在するのです。きっと中身が人間じゃなくなっているんですよ」

「……わかり合うことが、不可能……ですか」

「ええ。まぁ、貴女の言う通り、僕たちも命を弄ぶ悪趣味な人間であることは否定しませんが……命を弄ばれて当然なのですよ。殺人鬼……というよりも、“悪”であるなら」


 最後に【世界(ワールド)】はそう言った。

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