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6.悪戦苦闘

「ついに始まりましたね。それにしても、いの一番に彼女が戦うことになるとは思いませんでした」


 観戦室にて、【世界(ワールド)】がそう呟いた。


「確か彼女は【審判(ジャッジメント)】の名を冠した殺人鬼でございましたね。奇しくも、貴方様が最後に面会した殺人鬼が、最初に戦うことになるとは。些か驚きました」


 老紳士が言う。驚いたと言う割には表情を一切変えずに微笑み続けている。


「彼女の境遇には色々と同情させられる部分があるので、僕は勝ち残って欲しいと思っているんですがね。いかにして戦いを避けるかというところも重要なバトルロイヤルで、序盤からこの調子だと不安になっちゃいます」

「それじゃあ、ユニスさんはその……彼女に賭けているんですか?」


 おずおずと、ソフィアが聞いてくる。こっちはこっちで、緊張のし過ぎなのか顔色が優れなく、見ていて不安だ。


「僕は誰にも賭けていませんし、賭けるつもりもないですね。見ているだけで満足です」

「見ているだけで、ですか……。失礼ですが、やっぱりお金持ちや権力者の方々って、こういう少し残酷な見せ物とかが好きなのでしょうか?」

「あー……富裕層や権力者には、そういうイメージありますよね。否定はしません。ですが、ただ残酷であれば良いというわけでもないんですよ」

「えっと……はぁ」


 ソフィアはよくわからないといった体で頷いた。そして会話が途切れたのを機に、予め配られていたパンフレットへ視線を移す。パンフレットには聖戦に参加している殺人鬼の情報が事細かく載っていて、ソフィアは【審判(ジャッジメント)】のページを開いていた。


「お姉さんの敵討ちですか。これは確かに、応援したくなりますね……。勝てるでしょうか?」


 その単純な質問に、【世界(ワールド)】は答えられず口を噤む。そして面会室で会話した時のことを思い出す。『殺したいから殺した』と、彼女があっけらかんと言い放った、あの時のことを。


 殺人鬼としての“素質”はある。殺人を躊躇しないこと、殺人に理由を求めないことは一瞬の戸惑いが命取りになる殺し合いにおいて実に有利に働く。しかしその素質は、聖戦参加者であるならばむしろ持っていない方が少ない。【審判(ジャッジメント)】と敵対しているあの男も当然、筋金入りの殺人鬼だ。そして、強烈な殺意は時に戦闘能力の差を凌駕する。


「見込みはあると思いますが……どうでしょう。何しろ相手はあの男ですから、負ける可能性も十分にあると思います」


***


 廊下の壁を力強く蹴って、男は宙に舞った。頭上から繰り出されるかかと落としを斧の柄でガードする。そして男が着地するのと同時に、私の蹴りが男の肩にヒットした。


「ぅぐっ」


 呻き声が聞こえた。

 すかさず斧を横薙ぎに振るうが、男は這いつくばるようにしてこれを躱し、襲いかかってくる。


 斧は重心が手元から離れているので、一撃ごとに隙ができる。だから普通に考えれば男の判断は間違ってはいない。隙が生じればその隙をつく──戦法として当たり前のことだ。しかし私は、そんなセオリーに沿った戦い方が通用しないほどには喧嘩慣れしている。斧を左手一本で持ち、右手を離し、そして素早く男に右肘を食らわせて、怯んだところに蹴りを入れた。


 男は酩酊したかのようにふらついて、後退りする。


「やっぱ暴力はスカッとするぜ。てめぇ、力はそこそこ強いがてんで喧嘩慣れしてねぇな!」


 容赦なく斧を振るって追撃する。一撃でも食らえば致命傷になるとわかっているのだろう。先程の攻撃でふらつきながらも、必死になって躱してくる。


「てめぇのことなんざ知らねえが、どーせ殺人鬼なんざ女子供を狙うような卑怯者だろう。そんな奴らに負ける道理は──ねぇ!!」


 斧を躱すことに夢中になっている時を狙い、また蹴り飛ばす。しかし女の私が女子供などと言うのはおかしかっただろうか。そして殺人鬼なのも同じだった。

 男は勢いよく転がり、私から距離を取る。決定打には至っていないようでのっそりと立ち上がったが、矢張りダメージはあるのだろう。中腰の姿勢で辛そうにしている。


「どうするよぉ。また挑みかかって来るか? それとも尻尾巻いて逃げるのか?」


 男は答えない。私はいつ攻撃されても対処できるように斧を構えて啖呵を切る。


「さっきまでの威勢はどうしたよ? よもや今更殺し合いが怖くなったなんて言わないよなぁ。先に仕掛けてきたのはそっちなんだぜ。てめぇは絶対にぶっ殺してやる」


 男は未だ黙りこくっている。いい加減に終わらせたくなってきた私は、今度こそ斧でぶっ殺してやろうとゆっくりと迫る。と、ここで男が口を開きぼそっと何か呟いた。


「ん? 何か言ったか?」


「……るせぇ」


「最期に言い残すことがあるなら聞いてやらないこともないぜ。直ぐに忘れちまうかもしれねーが──」




「シャラァァァァァァ—————ッッッッッップ!!!!!」




「……あぇ?」


 何だ……? 今の、スタングレネードでも爆発したかのようなシャウトは……??


 呆然としていると、男はおもむろに被っていたフードを取り、着ていたレインコートを脱ぎ捨てた。あらわになったその顔は、右半分の皮膚が焼け爛れていて、目が血のように赤かった。左目は青いので、オッドアイということになる。あまりにも痛々しい有り様を見せつけられて、息を呑んだ。これが少しでもこちらを怯ませる作戦であるならば、大成功だろう。


 そんな私を横目にして、男は懐から黒い棒のようなものを2本取り出して、曲芸師のように軽やかに振り回した。すると棒の先端からバチバチと火花が散る。バトンタイプのスタンガンのようだ。


 テーザー銃以外にも武器を持っていたとは。いや、テーザー銃もスタンガンの一種だった。つまり男の武器は複数あれど全てスタンガンに統一されているのだろう。電気を扱う殺人鬼とは、随分と珍妙だ。


 そして激しく散る火花を見るに、あのスタンガンの電流は相当なものだ。最早非殺傷性の武器ではない。まともに食らったら感電死するだろう。


 私は戦いが激化すると思い警戒して斧を構え直し──


「ヨォ、YO(ヨォ)♪……カマすぜチェケラッッッ!」

「……は?」


「耳障り な言葉俺に届く

響かない し韻もない 耳に毒

俺じゃオメーの相手は役不足

ぶった切るぜ言葉のトマホーク!


見せつけてやるぜ格の違い

勝てると思ったら大間違い

イキる弱輩 を始末する機会

逃さぬと誓い 挑む殺し合い


俺はレペゼン殺人鬼 必殺電気で脱ピンチ


イカれ具合が規格外 俺との出会い

でお前お仕舞い! Yeah!」




 い……──


──……イカれてやがる……。


(こいつラッパーか? 羞恥心とかないのか? 殺し合いの最中に何やってんだ!?)


 数々の疑問やら何やらが頭の中でごちゃ混ぜになり、何も言えずにいた。この薄ら寒い感情には覚えがある。ドン引きしているのだ。


 男はそんな私を意に介さずに、スタンガンを逆手に持ちニヤリと笑う。そしてバチバチと鳴るスタンガンの先端を、()()()()()()()()()()()


「……は? え、何やってんだ!?」


 一瞬の出来事だった。

 これには流石に声を上げた。自殺してくれるのは結構だが、行動も展開も急過ぎる。さっきから本当に、何がしたいのかわからない。男は全身を小刻みに痙攣させてくぐもった笑い声を上げる。髪は逆立ち、焼け爛れた顔の皮膚から煙が上がった。

 こうなったらもう手遅れだろう。頭はもちろん、命が。私がトドメを刺すまでもない。むしろ下手に触れて感電しないように気をつけるべきだ──……と、考えた時のことだった。


「──俺は雷に愛されてるんだ」


 そんな声が聞こえた。誰に語り掛けるわけでもなく、ぽつり呟くような声だった。


 驚いて、思わず斧を落としかける。次の瞬間には男が勢いよく迫ってきた。振り回されるスタンガンの火花が眩しくて思わず後退りすると、すかさず飛び蹴りをかましてくる。その攻撃を腕でガードしたのが間違いだった。


「いっ──痛えッ!」


 単なる打撃ではないと、瞬時に理解する。この腕の痺れは感電した時のそれだ。スタンガンで殴られたわけではないのに、電撃を食らった!


「ガキの頃にヨォ……俺が外で遊んでいる時、雷に打たれたことがある。顔が焼け爛れて、お袋に気色悪がられたけれどヨォ、そんなことどうでもよくなるくらいハッピーな気分だったぜ」

「……何がだよ」

「くくく……それ以来俺の全身はバッテリーみたいに電気を溜められるようになったんだッ! 普通の人間が死ぬような電気も俺は痛くも痒くもねぇ! 電気を溜めて自在に放てる『帯電体質』とか超超超イカしてるだろォ! 神様が特別に与えてくれた最ッッッ高のギフトだぜぇ!!」


 とびきりの笑顔で、そう言った。

 男は話終わったとばかりにスタンガンを振り回して襲いかかってくる。私も斧を振るって応戦するが、ここからが『帯電体質』の本領発揮だった。


「痛だだだ!?」


 斧とスタンガンがぶつかり合う度に電撃が走る。それどころか、ただの蹴りや拳の一撃でも、触れただけでもビリビリと痺れる。体術の差を能力で補うことにより、立場を完全に逆転された。


 まずい。非常にまずい。


「どーしたヨォ! さっきまでのクソうっぜぇ煽りでアンサー返してこいよオラァ!」

「……るっせぇな! 口喧嘩してるつもりか──痛だだだ!」


 先程までは通用していた格闘術が、てんで通用しない。下手に接触しただけでもダメージとなる『帯電体質』はもちろんのこと厄介だが、それ以上に電気そのものがもつ性質が脅威だった。

 幾度もの感電により、身体が麻痺している。動けなくなるほどではないが、激しい戦闘の最中でこのバッドステータスだ。気を抜けば命取りになるだろう。むしろ戦えているだけで褒めて欲しいくらいだ。


「──ぐぇっ」


 痺れが祟って、蹴りを腹に食らう。幸い靴底のゴムの部分が当たったからか、電気によるダメージはなかった。それでも十分痛かったけれど。

 男はまたもやスタンガンを自身に当てて、下品に高笑いし始めた。


「ひゃ———はっははははぁ———っ!!!


痺れ切らしたぜ 俺の高圧電流!


お仕舞いだね 下す音楽天誅!


正に手向け歌! これぞ罰ゲームだ!


雷鳴と共に轟かす ラップフェスタ!


お前らワックマーダー 殺すサグラッパー


Like a アヴァターラ 俺の名は【(タワー)】!」

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