ジャンル・やかた 76
何も見えない 何も聴こえない
漆黒の闇の中にアッシュはいた。
何故自分がここにいるのか、いつからいるのか
わからなかったが、何も考えたくもなかった。
アッシュは、ただそこにジッといるだけだった。
ただ一瞬、ほんの微かな香りが漂う事もあり
何だかとても懐かしく、いとおしい匂いなのだが
それが何なのかも思い出せない。
アッシュは、ただそこに立たずんでいるだけだった。
「ちょっと、あんた! いつまでそうしているんだい?」
聞き覚えのある声に、アッシュのすべてが息を吹き返した。
途端に周囲が明るくなり、視界が開け、はっきりと見えるようになった。
目の前に立っていたのはローズで、ここは館の屋上だった。
ああ、そうだった。
私はこの館の主だったんだ。
そして多分、死んだんだ。
「だってローズさんが言ったんじゃないですかー。
『ここで待ってな。』 ってー。」
「あんたねえ・・・・・。
だからと言って、何十年も待ってるんじゃないよ。」
「へ? そんなに待たせたんですかー? ひっでーーーーーー!
遅刻するにも程があるってもんですよー。
てゆーか、私それ、すっかり地縛しちゃってるじゃないですかー。
びっくりー!
まさか自分が地縛霊になるとはーーー。
最初はホラーで、次にアドベンチャー、そんで洗脳セミナーときて
最後が心霊ものとは、壮大な生涯ですよねー。」
ローズは頭を振った。
「あんたと話すと、いっつもわけがわかんなくなるのは相変わらずだねえ。」
「いい加減、慣れてくださいよー。」
アッシュがヘラヘラ笑うのを見て、ローズもついつられて笑ってしまう。
「ま、いいや。 ほら、あそこに行くんだよ。」
ローズが指差した先には、黒い渦が巻いている。
「え? うっそーーーーーっっっ!
何かいかにも “地獄への入り口” って感じじゃないですかー。
普通、花畑とか光の階段とかじゃないんですかー?」
後ずさりするアッシュに、ローズが迫る。
「あんたねえ、あたしらがそんな良いとこに行けると思ってるのかい?
あたしらはこれから、今までした事の償いをしなきゃいけないんだよ。」
「ええええええええええ------っっっ
生前反省して、結構良い事もしたのにダメなんですかー?」
「反省と償いは、また違うんだよ。 良い行いも別問題さ。
した事の始末は必ずつけなければいけないんだ。」
アッシュはビビりながら訊いた。
「何ー? 熱湯風呂とか氷漬けとかいう目に遭うんですか-?」
「いや、そんなもんはないよ。
ただ生きていた時に自分がしてきた事を、自分の姿を言葉を
1分1秒残らず目の前で再現されるのさ。
あたしらはただそれを見せられるだけさ。
繰り返し繰り返し、何十年も何百年もね。」
その言葉にアッシュは絶望的になった。
「うっわーーーーーー・・・・・、それはマジ地獄すぎるー・・・。
私、ここでこのまま地縛しといて良いですかー?」
うなだれるアッシュに、ローズが肩を叩く。
「何十年ここにいようが、いつかは絶対に受けなきゃいけない事なんだよ。
そうやって自分の行いを省みて初めて、安らかな眠りにつけるんだ。
あたしは自殺したから、その分償いの時間も長いけど
一緒の場所なんだから、さあ行こう。」
アッシュの表情がパッと明るくなった。
「えっ、ローズさんも一緒なんですかー?」
「そうだよ、皆並んで自己嫌悪を味わい続けるのさ。」
「えっ、じゃあ、大久保清とかいましたー?」
「・・・・・知らないよ、そんなヤツ・・・。」
「んじゃ、行きますかー。
ローズさんと一緒なら、どこでもオッケーゴ-ゴゴー! ですよー。」
「・・・相変わらず、妙な前向きさだね・・・。」
ローズが隣に並んだ瞬間、アッシュの右目が見えるようになった。
アッシュは驚いてローズを見た。
「ん? どうしたんだい?」
ローズの笑みに、アッシュも笑って返した。
「何でもないですー。 さ、ズンズン行きましょー。」
「行く前に、館の様子を見納めしなくて良いのかい?」
アッシュが軽快に答える。
「良いんですよー。
私の出番は終わりましたからー。
立つ鳥、跡を汚さず、老兵は去るのみ
我が人生に一遍の悔いもなし、byラオウ ですよー。
後は後の人たちに任せましょうー。」
「あんたらしいね。」
ローズが微笑むと、アッシュが調子こいてローズの両手を握った。
そんなアッシュの行為に苦笑しつつも、ローズも合わせてくれる。
「さあ、これから永い永い地獄が待ってるんですから
せめて今だけは、ワルツでも踊りながら楽しく進みましょうよー。」
終わり。




