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4.寛

「……魔王フリージア殿、何故私はここに呼ばれたのでしょう」


震える手で珈琲カップを受け皿に置き、俺は目の前に君臨する“災厄”に問う。

殿じゃなくて様の方が良かったかな……機嫌損ねたら俺なんて永久に冷凍保存される。


「ウェーブよ」


重く響く魔王の声。一音一音を発するたびに、鉛玉を下腹に押しつけられたような息苦しさを感じさせる。

さあ、何を言う、魔王。

生憎自国の情報など、末端兵ほどしか知り得てはいない。拷問されようものなら舌を噛み切って死んでやろう。


「その、“魔王”って呼ぶの止めない?儂すごい嫌なやつみたいじゃない?普通にフリージアさんって呼んでくれたら良いのに。儂がお前と話したいからプラムが応急処置してくれたのだが……」


「そうなのだぞー!プラムすごい!プラムえらい!とうさま、ウェーブが生きてるの、プラムのおかげだよねー!」


「ねー、そうだね、プラムえらいね、よしよし良い子だぞ」


目の前で繰り広げられる良いパパハートフル親子劇場。……正気か?俺だけこの場の空気のミスマッチさについて行けていない。


「わかりました、フリージアさん。私を生かしておいた理由はなんですか?生憎魔界の方々に有利になる情報など、一般市民の私が持ち合わせているはずもなく……」



「くくく、情報?なんじゃそれ、興味もないわ」


興味もないだと……⁉︎もう魔王軍はオーウィットに攻め込むに足るだけの情報を得ているとでも言うのか。だとしたら、王国が滅亡する日もそう遠くはない未来だ。俺の持つ情報が目的ではないとすればーー。


「だとすれば、ここで私を生かしておく理由は一つですね。このまま王国に帰して、私をスパイとして利用するおつもりですか……」


「スパイ?そんなものもう何十年も前から送り込んでおるわ。必要もない」


送り込んでる⁉︎そんな……王国の情報は筒抜けだったと言うことか。

まあ、追放された祖国がどうなろうと俺の知ったことではない。焼き払われようが、永久凍土になろうがどちらでも良い。


「だとすれば、私を生かした理由が見つかりません。なぜ、私を殺さず、あまつさえ魔王の懐までお呼びになったのですか」


「……」


フリージアは押し黙った。むう、と閉口したまま動かない。

突然歯切れが悪くなる彼をみて、俺は動揺した。もしかして、情報や諜報よりも重要な意味があるのか……?


「…………たかったのだよ」


あんなに大きかったフリージアの声が虫の羽音より小さくなった。全く聞き取れない。


「ほらアナタ!しゃきっとしなさい!ウェーブさん困ってるでしょ!」


「とうさま、ちゃんとおはなししないと、ウェーブに伝わらないのだ!」


がんばれ頑張れとストレリチアさんとプラムがフリージアの背中を押す。


「……っ!話してみたかったのだよ!!人間と!!!!!!!!!!」


意を決して発したフリージアの声は大きく、居室の空間そのものを震わすほどだった。カタカタと頭上のシャンデリアが小さく揺れた。音圧で体がのけぞりそうになるのをぐっとこらえた。


「いやほら、儂こんな見た目だし、王国内では“災厄”とか呼ばれて目の敵にされてるみたいだし、でも、人間のこと知りたくて……。」


「人間のことを知りたい……とおっしゃいますと?」


恐る恐る俺は尋ねた。王国で語り継がれし“災厄”の姿と、目の前でもじもじ視線を泳がせながら話すフリージアのギャップに思考が追い付かない。俺の頭ほどあるフリージアの双眸が所在なく左右に揺れている。


「オーウィットに送った間者から聞く話は眉唾物ばかりだった。規律の元支配する王政、発展した城下町、研究され体系化された魔法理論、対話による紛争解決……。どれも今の儂の統治下には今一つ足りない部分だ。理知的で利他主義、そして勤勉。儂はそんな人間のことを愛してやまないのだ」


真っ直ぐ向けられたフリージアの眼差しに俺は釘付けにされている。

この男、俺を懐柔しようだとか、警戒心を解こうだとか、そういった打算的な考えではなく、本心で語っている。目の前に座す“災厄”は俺たち人間が思っている以上に、謙虚で、誠実で、それでいて芯が強い。暴虐な魔王であってくれたほうがいくらかマシだと思うほどに。


「フリージア殿」


気が付けば恐れ慄いていた自分はもういなかった。

喉元から滑り落ちるようにするりと声が出る。


「私は祖国を追われ、この場所に流れ着いた身です。貴方が思っているほどオーウィットの国民は綺麗ではありませんし、利他的でもありません。そこについては今はまだ詳しくお伝えすべきではないと思っております。フリージア殿のお話を聞き、私自身の認識の相違があったことを痛感しました。貴方には一度捨て置いたこの命を拾っていただいた恩があります。私でお力になれることがあれば何なりとお申し付け下さい」


人間の世界で爪弾きにされた俺が、魔界で拾われた。

このめぐりあわせにはきっと何か意味があったのだろう。フリージアの描く魔界の未来像はきっと暴力や恐怖による力の支配ではない。理性を持ち合わせた合理的な未来だ。


「私の両親は魔法の研究者でした。私自身の魔法適正は問題ありません。こちらの世界において魔法を教えてくれというのならそれも出来ましょう。体制の改革を、というのであれば人間界での王の在り方からお伝え出来ますし、国の発展ということでしたらまずは――」


「ウェーブ。もうよい。十分だ」


フリージアに静止され、語りを中断する。


「まずお前の話を聞く前にやらねばならぬことがある」


……あっ、もしかしてどこかで機嫌損ねた?まずいことした?


「せっかくの珈琲が冷めてしまったな。淹れなおしてくるよ。話はそのあとだ。ゆっくりくつろいで待っておれ」


「ああー!とうさま!プラムがやりたいのだー!」


「おおープラム!そっかあ。じゃあパパといっしょにおにいちゃんにあったかいおのみもの作ってあげようねー」


そう言ってフリージアはキッチンへと消えた。

「騒がしくてごめんなさいね」とストレリチアさんが淑やかに笑った。

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