3. 王
ストレリチアさんに先導してもらい、プラムに手を引かれ、至れり尽くせりで連れてこられたのは、重く禍々しい扉の前だった。
「あなたー、お客様をお連れしましたよー」
そんなホームパーティみたいなノリで声掛けできる場じゃない。
扉の厚みも鋼鉄の7層ミルフィーユくらいあるし、ストレリチアさんの透き通る声は扉の前でかき消されるだろう。
扉の奥からの返事はない。
「とうさまー!!ウェーブきたよー!!なにしてるのだー!?」
プラムも大きな声で叫ぶ。
おそらくこの奥の部屋は玉座だろう。王の間。魔界を統べる選ばれし魔物のみが座ることを許される。
この世のもの全てを終焉に向かわせることさえ容易いという「魔王」。
人間界に降り立ったが最後塵も残らないと言われる。
人類にとっての最大悪、忌むべき対象、滅すべき災厄。
魔王フリージア。
ストレリチアさんもプラムも理解していないが、人間のこの俺をわざわざ助け、生かしておいた理由は一つだろう。陵辱の限りを尽くす「拷問」。
災厄降り立つその日に備えて、人間界の情報を聞き出すつもりだろう。
これから俺は死ぬ。
きっと想像を絶する苦痛と、死んだ方がマシなほどの辱めを受け、祖国の情報を全て魔界に伝えざるを得なくなる。
暴虐の限りを尽くされた俺の体は果たして人間の形を保てているだろうか。
あの世で父と母に会えるのなら、それはそれで悪くはーー。
「え!?ちょっと待って、聞いてない!早くない?まだ散らかってるんだけど!!!」
………………ん??
なんだ今の。
「あなたまだ片付けてなかったの!?お客さん通すまでにって言ってたよね!?……もう開けますよ」
言うが早いかストレリチアさんは扉に手をかざした。
石臼で挽くような重たい音とともに、両扉は開かれた。
ふぅ、と息を吐き、俺は覚悟を決めた。この先の運命、何が待ち受けていようと、人類として尊厳のある死を選ぶと。
「よくぞ来た、人間よ」
魔王フリージアは玉座に腰をかけ、俺を品定めするように一瞥した。幾多の骸を積み上げ、実力と狂気でのし上がったことを思わせる覇気のある声は、俺を心から震え上がらせた。
用意していた言葉が出ない。想像の域を超えた怪物の前で、俺は完全に呑まれていた。
「……っ!あ……」
喉元で言葉はつっかえ力なく萎んだ。
「くっくっく、遠路はるばる本当にありがとうだな。回復直後にお時間を頂いて申し訳ないのだが、ゆっくり話をしたいと思ってな」
……魔王なのに言葉遣いが丁寧だった。
「立ち話も無粋だろう、どうぞこちらへお掛けください。珈琲でも淹れようか。砂糖とミルクは必要ですか?」
「え、あ、ブラックで大丈夫です……」
「とうさまがおしごとモードなのだー!!へんなしゃべりかたなのだ!」
「もう、プラム、パパの邪魔しちゃダメでしょう?パパ今お仕事頑張ってるからねぇ〜、かっこいいね〜」
プラムがクスクスと笑う姿を、ストレリチアさんが宥める。
え、何俺本当にホームパーティーにでも招待されてます??
「あのねあのね、ウェーブ、とうさまにはひみつだよ、っていわれてたんだけどね。とうさま、ウェーブとおはなしするのわくわくしてたんだよ!きのうもねーー」
「ちょっと、プラム、やめなさい!ふたりだけの秘密だぞって言ったでしょ!ウェーブくんびっくりしちゃうから!」
キッチンの方からフリージアの声が聞こえる。気恥ずかしそうな、照れ隠しが窺える声色だった。
玉座にキッチン完備してるんだ……応接室兼用なんだ……。
「大変お待たせしました。うちで取れた珈琲豆から挽いた珈琲です。どうぞ、お口に合えば良いのですが……お茶受けは魔王一と呼び声高い名店“シルクドショコラ”のショートケーキでございます」
珈琲は、ピカピカに磨かれた銀食器と一つの曇りもない純白の陶器で運ばれてきた。
「あ、頂きます……いい匂いですね……ケーキも甘さが上品でとても美味しいです……」
ずず、と一口飲む。苦味よりも酸味の強さが先に来る珈琲だった。桃を齧った時のようなほのかな酸味だ。
受け皿にコーヒーカップを戻す。
「……」
「……」
「なんで俺こんな寛いでるの!?!?!?!」
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