2. 命の恩人
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家の玄関先で父と母が俺を待っていた。
学園帰りに俺を労ってくれる時みたいに柔和な笑みを2人とも浮かべていた。
後は玄関ステップを上がれば良いだけだ。
「父さん、母さん……!」
手を伸ばせば届く距離にいる二人に向かって、俺は叫んだ。酷く懐かしいような、もう二度と会えないような喪失感さえ感じたからだ。
「ウェーブ、おかえりなさい」
母の綺麗な二重瞼が細くなった。透き通る声で俺を呼んでいる。
「おかえりなさいーーそう言いたい所だけれど、こっちに帰ってきては駄目よ」
線を描く彼女の瞳は、優しい声色とは裏腹に悲しそうだった。
「もっと抱きしめてやりたかった。研究ばかりでお前の学校生活の話などあまり聞けなかったな」
父は眉を上げながら困ったように笑った。
「なんで?俺今帰るよ!父さん!まだ父さんに話したいこと沢山あるのに!」
喉が熱くなるほどに強く叫んだ。しかしその声は上手く発声出来なかった。
「お前にはまだやるべき事があるはずだ。俺はお前をここで終わらせるわけには行かない」
父の発する言葉が理解できなかった。
やるべき事?今すぐ家の中に入って、家族三人で仲良く今日の出来事を話す以外にやることなんてーー。
「ごめんね、ウェーブ」「ごめんな、ウェーブ」2人の声が重なる。
「お前は」
「貴方は」
それが最後の合図かのように、父と母は俺を真っ直ぐ見つめた。
「きっと未来を作ることが出来る」
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「父さ……っ!母さ……っ!!」
目覚めて、それが夢だったと気づくのに時間はかからなかった。数刻前の見るに堪えない残忍な光景を思い出して嘔吐く。
ーー両親はもう死んだ。殺された。
そこにあるのは冷徹な事実だけだった。
「いっ……」
起き上がった衝撃が体に走る。俺の体を貫通した矢は抜けていた。誰かが抜いてくれたのだろう。
ご丁寧に俺が息絶えぬよう、魔力を注ぎながら。
治癒はしてくれなかった様だが、この程度なら注がれた魔力があれば自分で回復できる。
俺は傷口に手を当て、呪文を唱えた。
「遡行」
対象物の時間の流れを巻き戻し、元あった状態に戻す魔法だ。肉体であれ物体であれどんなものでも元通りに出来る。
……何にせよ、どこの誰か知らないが有難い。
柔らかいベッドと、30畳ほどはあるゆとりのある小部屋。客室だろうか。ベッドのそばに置かれた飲料水と、ほのかに残る魔力の痕跡が、俺を助けてくれた人の心根の優しさを表していた。
俺を運んでからもここで看病してくれていたのだろう。
体に残る魔力の痕跡から、どんな人が助けてくれたのかの見当はついていた。
しかし、俺はにわかに信じがたかった。何故、俺を助けたのか。
扉の向こう側からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。1つは打ちつけるような鋭い音ーー恐らくヒールや革の類。
もう1つは床材に吸着するようなしっとりとした音ーー裸足もしくは人型の足ではない。
勢いよくドアが開いて、いや、開いてと言うよりは開け飛ばされたと言うくらいには乱暴だった。
「おおーー!!起きたのだなーー!元気になったのだなーー!!?」
寝起きの俺には耳障りな程大きな声とともに、少女が駆け寄って来た。俺の太腿あたりをバシバリと叩く。頭頂部に小さな角が二本ある。うなじあたりで切りそろえられた透き通るほどの銀髪が元気よく揺れている。
「お体の方はもう問題ございませんか?」
少女と共に入ってきた女性にも声をかけられる。
少女と同じ銀髪は真っ直ぐ腰の辺りまで伸びていた。陶器のような白い肌と、人間よりひと回り大きい尖った耳が特徴的だった。
少女の方は定かではないが、女性の方はおそらく《エルフ》だと思われた。
悠久の時を生き、基本的に群れることを是としない種族が何故俺を……。
「ここまで運んで頂きありがとうございます。あの、ええと……」
「ごめんなさい、名前も名乗っておりませんでしたね。私はストレリチア。この子は娘のーー」
「プラムなのだ!かあさまととうさまのこどもなのだ!」
少女は子供ながらきちんと両親のことを「かあさま」「とうさま」と呼んだ。ぴょこぴょこと落ち着きのない動きと似つかない育ちの良さが表れている。
「俺に魔力を注いで絶命しないようつなぎとめてくれたのはプラムだね。ありがとう、助かったよ」
「おおー!すごいのだ!おまえなぜわかったのだ!?」
「プラム、おまえという言葉遣いはよろしくありませんよ」
ストレリチアさんに窘められバツが悪そうにするプラム。
「いえ、俺もまだ名乗ってなかったので……俺はウェーブです。ウェーブ=ウォールナット。回復術を習得しているもので、魔力の動きや性質を読み取るのは得意なんです」
先程プラムが俺に触れた時、体内に流れる魔力と同じ性質を感じた。
洗練された魔力。人間に到達することすら難しい領域だ。それでいて包み込むような優しさを孕んでいるのは、おそらくストレリチアさんの血を継いだものだろう。
これほどの魔力を持つ少女も、人間界とは違う空気も、王国から遠く離れた地で運良く保護されたことも、この場所が“そう”であれば納得がいく。
プラムの「とうさま」は恐らくーー。
「ウェーブさんが意識を取り戻し次第、この城の主ーーふふ、私の夫なんですけどねーーにお会い頂くようになっておりますので、ついてきて頂けますか?」
ストレリチアさんは柔和な笑みを浮かべ俺にそう言った。裏の無さそうな言葉だが、これから連れて行かれる場所、また、これから会う予定の対象のことを考えると、気は進まなかった。
「病み上がりなのにごめんなさいね」
はやくはやく、とプラムも急かす。
「とうさま、ウェーブにあいたがってた!」
多分この子は自分の親がどれほど強大で、畏怖すべき対象なのかわかっていないのだろう。普通に怖い。てか帰りたい。いや、もう帰れないけど……。
……俺、命拾いしたけどやっぱり殺されるんじゃ。
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