(1) ウェーブ=ウォールナット
「あー。もう、死ぬかも」
俺の名前はウェーブ。ウェーブ=ウォールナット。
稀代の回復術士ウィーラーと母なる大地ウェビアンの子だ。それはもう高名な両親の元ですくすく育った。魔力の適性も問題なく、特に回復魔法において右に出るものは居なかった。
両親の名に恥じないよう、たゆまぬ努力を重ね、魔法学校も主席で卒業。地元じゃ負け知らず。
「オーウィット王国にウェーブ有り」そう言われる日も近いだろう。まさに将来を嘱望される回復術士。
だった。
が、現在。
魔力は底をつき、王国から遠く離れた広大な大地に這いつくばっている。恐らく領地の外だろう。
オーウィット王国の騎士から受けた矢傷は回復できないままだった。
時間経過で魔力を吸収する魔法でも矢に組み込んで放ったのだろう。
なかなかやるでは無いか。いや言うてる場合か。
追っ手はなんとか振り切ったが、もう俺の命もここまでだろう。
どうしてこうなってしまったのか。
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不死の研究は大罪である。
人の生命は有限であり、儚さこそが至高だからだ。
満開の桜が春先に咲くからこそ美しいように。
尺が決まっているからこそ、人は各々の人生を豊かにしようともがき続けるのだ。
物書きが締切に追われてこそ最良の選択肢を思いつくように。
「永遠」という時間は人の成長を阻害する。
そんなもっともらしいような、的を射ていないような理由で父と母は殺された。
危険因子だと言う理由だけで、俺も殺されそうになった。
両親が決死の覚悟で庇ってくれたおかげで命からがらその場を逃げ出すことが出来た。
駆け出した俺の足音と、騎士の怒号、両親に騎士の剣が突き立てられる嫌な音が重なって聞こえていた。
裸足で逃げ出す俺の背中を騎士の矢が貫いたが、その痛みすら気にも留めずただ走った。
今際の際、両親はどんな顔をしていたか見ることすら叶わなかった。
ただより良い回復魔法の研究を重ねていただけの両親だった。
父と母はオーウィット王国お抱えの一線級の回復術士だった。国王直下の魔王軍討伐部隊に長年籍を置き、騎士たちと共に常に戦いに明け暮れていた。
母が私を身篭ってから2人は揃って剣を置いて、多くのものに惜しまれながらも引退した。
それから20年間、両親は魔法の研究を重ねた。
「回復魔法を突き詰めても魔王は討伐できないだろう。だが、今死ぬべきじゃない人間を救うことは出来る。それはきっと何年後か分からない未来を豊かにしてくれると思うんだ」
そう父は言っていた。
父の言葉を借りるとすれば、父も母も「今死ぬべき人間」ではなかっただろう。
俺を騎士の剣から庇いながら、背中越しにかけてくれた言葉もそうだった。
「お前は今ここで死ぬべき人間じゃない。きっとこれから先誰かを助け、そして未来を創っていくだろう」
だから、俺達のことは気にせず逃げろ、と。
その研究の成果が、成れの果てが“この現実”
か。
なんて皮肉だ。
魔法で傷は治せても、未知の領域への理解が得られない国のトップの頭の作りは直せない。
なんだよ、意外とクソじゃん、人間界。
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矢は心臓を一突きにして、肋骨の間を縫って貫通していた。
血反吐吐いて走っていた頃は感じなかった痛みが身体中を巡る。
呼吸が浅くなり、視界が霞む。滲む涙は頬を伝い、枯れた大地に吸い込まれた。
夢なのか現実なのか分からないふわふわした感覚の中、俺は重く響く二匹の龍の足音を聞いた気がした。
「おいおめえ、大丈夫か?」
「あ……誰だ……治すぞ……クソ……」
そこで俺の視界は黒く染まった。
はじめましてこんにちは!ばつと申します。
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