ついに見つかった?
『えーーー、また辞めたの!?』
その晩、姉様との電話でのこと。
驚くどころか大笑いしていた。
『なんで? 心の中でくらい何言っても良いじゃん。私なんか心の中で社長でも同僚でも同級生でも、ざっと100人は呪殺してるよ?』
……姉ながら恐ろしい女だと思った。
『まあ次の仕事も決まってるんならいいよ。でもさー、たまには自分がやってみたいって仕事に就いてみたら?』
「…………」
『他人の意見とか自分の心持が気になるって仕事に集中できてない証拠でしょ?』
私のやってみたいこと。口にしたらまた大笑いされるから言いたくなかった。
『そういえば奏の新しい仕事ってなに?』
柊奏。これが私の名前。
「……配達の仕事だけど」
おや、と姉様は驚いた声を出した。
『ずいぶん変わったねー。前はパソコン関係でしょ?』
「うん、ちょっと」
『……なに?』
私はそれ以上、教えなかった。
試用期間の間、車に乗ってパンフレットとか機材とか色んなものを運ぶ仕事……姉には配達業なんて言ったけど、実態はその時々で運ぶものが変わる雑用係みたいなもの。にも関わらずお給料が意外と良い。
何より仕事の中でひとりだけでいられる時間が多くて、けっこう楽しくて。
でもたぶんここも長くはいられないと予感はしていた。
運転は楽しいし、運んだ先で機材を組み立てるのも好きだけど、重い荷物を運ぶのが私にはきつい。
「不思議なんだけど、車の運転って意外と楽しいね」
姉様は『ハア!?』と全力でひとを小馬鹿にするように嗤った。
『何をいまさら。車を運転してお金貰える仕事なら柊家の人間は全員喜ぶわ!』
「私は柊家の人間じゃないから。例外だから」
『またそうやってすぐ私は特別だって顔する』
「してない!」
『してる!』
そんなこんな『してる』「してない」と、どーでもいい口喧嘩で通話を終える。
(……私が特別な人間だったら、どれだけ楽か)
車の運転がさほど好きじゃないって女は周りにいくらでもいる。運転が苦手だって言って車に興味ないと言うと特別扱いされるのは心外もいいとこだ。
私を除く柊家が変なだけだ。
でも、兄様の言葉を思い出す。
『マツダの車は嫌か?』
マツダといえばロータリーエンジン。と連想するのは、やっぱり私のどこかに柊家の血が流れているのかもしれない、そんな風に苦笑しつつ私はスマホを操作した。
ロータリーエンジンは超高回転型の……という所までしかわからないけど、機械的なメカニズムは目を惹く。
「すごい、ピストンを使わずにハウジング内をローターが回って……」
お父さんは生まれ故郷の特産品であるロータリーエンジンに憧れていた。よく話もしていた。
だけど子供が3人もいたからスポーツカーは断念した。
けれど今なら、
(……私が乗ったら、喜ぶかな)
実家に帰った時に運転させてあげたら泣くかも。
とか思いながらロータリーエンジンについて調べ続けていた。
「ふむ、値段も手ごろ」
中古で条件に合うのがあった。
赤くて、ミッションで、軽自動車ではないけど割と小型で69万。
ついに見つかった? 私の車。